スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

穂乃果は「one of them」であること (ラブライブ!第六話感想)

2013.11.16 09:23|ラブライブ!
これからのSomeday/Wonder zoneこれからのSomeday/Wonder zone
(2013/03/06)
μ's

商品詳細を見る

第6話「センターは誰だ?」が再放送されました。
話の中で印象的なのは、次のリーダー不在を選び取る場面です。

「じゃあいいんじゃないかな、なくても」
「なくても!?」
うん、リーダーなしでも全然平気だと思うよ。
 みんなそれで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」
「しかし……」
「そうよ! リーダーなしなんてグループ、聞いたことないわよ」
「大体センターはどうするの?」
「それなんだけど、私考えたんだ。みんなで歌うってどうかな?」
「みんな?」
「家でアイドルの動画とか見ながら思ったんだ。
 なんかね、みんなで順番に歌えたら素敵だなって。
 そんな曲、作れないかなって」 (6話)


今回はここで示されている、リーダーは形式的には不在だけれど、
実質的には穂乃果であるということの意味を考えてみます。
実際にリーダーのような役割を演じていて、
メンバーにもこの後でそのことを認められながら、
何故穂乃花は表向きにはリーダーにならなかったのでしょうか。

思うにこの疑問は、μ'sというグループの特性に結びついています。
この疑問を通じて、μ'sに肉薄してみることにしましょう。



○『ラブライブ!』第6話:「μ'sの一部品」としての穂乃果


仮にμ'sにおいて穂乃果のリーダーシップが最も重要であれば、
彼女がリーダーになっても全く問題はなかったと思います。
けだし穂乃果がリーダーにならないのは、
彼女のリーダーシップ以上に重大な要素というものがあって、
それが彼女をリーダーにすることと対立するからです。

穂乃果のリーダーシップ以上に、μ'sにとって必要な要素とは、
「メンバー間で支え合うこと」であり、この要素の有する相互的、水平的な響きが、
リーダーを決めることと対立するのだと思います。
第6話では、作詞作曲、ダンスなど、技術的な面が強調されますが、
支え合いはそこに留まらず、性質的な面にも及びます。

例えば、第11話で顕著に示された通り、穂乃果のリーダーらしい性質は、
他方で抑制を必要とするのであり、海未やことりが支えて初めて上手く機能するものです。
第6話でも、取材に対する反応に、二年生三人のそれぞれの役割を見出せます。

「取材……何てアイドルな響き!」
「穂乃果!」
「オッケーだよね、海未ちゃん! それ見た人μ'sのこと覚えてくれるし」
そうね、断る理由はないかも!
「ことり!」 (6話)


この取材に対する反応も、穂乃果がアクセルを踏んで、
海未がブレーキを踏むという形になっています。
こうなったときに最終的に重要な役割を演じるのがことりで、
今回は穂乃果に加担したので、取材に応じることになりました。
調整役としてのことりの役割の重さがここには表れています。


このように、穂乃果一人がリーダーとして重要なのではなく、
μ'sの支え合いの中ではそれぞれが重要な役割を演じるのです。



結論として、μ'sが活動するに当たって、穂乃果のリーダーシップよりも、
「相互の支え合い」が重要だからこそリーダーは不在であると考えられます。
穂乃果は、特に誰かが及び腰になっているときに、
相対的に重要になる「μ'sの一部品」に過ぎません。
他のメンバーと比較したときにとりわけ重要になる立場にあるのではなく、
μ'sの中の「one of them」として、リーダーのような役割を演じるのです。
第6話はリーダー不在を選び取らせることで、
そうしたμ'sのスタンスを浮き彫りにしているのだと思います。


テーマ:ラブライブ!
ジャンル:アニメ・コミック

にこの勧誘に見る「μ'sのやり方」 (ラブライブ!第五話感想)

2013.11.07 17:30|ラブライブ!
ラブライブ!  μ's Best Album Best Live! collection 【通常盤】ラブライブ! μ's Best Album Best Live! collection 【通常盤】
(2013/01/09)
μ's

商品詳細を見る

最近移動中にベストをよく聞き直しているわけですが、
『Mermaid festa vol.1』の、それぞれが「さよなら」を言っていくパートで、
希が「楽しかったよ♪」って言うのが結構好きなんですよね。
あの歌詞からしたら場違いとすら思える明るさ。
それを希が言うことで、「敢えて明るく言っている」という感じが生まれる妙です。

さて、第四話に引き続き、第五話に関しても考えていきたいと思います。
とりわけにこを引っ張り込むために、
どのような方法が取られていたかを確認します。
けだし、にこを加入させるために取られた方法というのは、
真姫に曲を作ってもらうときにも取られ、
この後絵里の加入の際にも取られる、特徴的なものです。
その「μ'sのやり方」とでも言うべきものを、今回は見ていくことにしましょう。



○『ラブライブ!』第五話:にこの勧誘に見る「μ'sのやり方」


(1)穂乃果・ことり・海未のバランス

まず、余談ではありますが、前半に気になる場面があるので注目します。
雨が降っているにも係らず、穂乃果と凛が屋上に突貫していく場面です。

「あ、雨少し弱くなったかも」
「やっぱり確率だよ! よかった」
「このくらいなら練習できるにゃ!」
「ですが、下が濡れていて滑りやすいですし、またいつ降り出すかも」
「大丈夫大丈夫! 練習できるよ」
「う~テンション上がるにゃー!」(中略)

「私帰る」
「わ、私も、今日は……」
そうね、また明日にしよっか」 (5話)


ここで、無理する穂乃果(たち)を海未が諌めるもののそれでは止まらず、
ことりが「また明日にしよっか」と最終的に決断を下すという流れが提示されています。
調停役のことりの考えが確定した時点で、穂乃果もようやく諦めるのです。
ことりがきちんと機能していれば、穂乃果の暴走をかくのごとく止めることができます。
これは、彼女がきちんと機能できなかった11話とは対照的です。
二年生三人の中で、穂乃果がアクセルを踏み、海未がブレーキを踏むのに対し、
ことりがどちらにつくかということが重要であるとここで示されています。


(2)にこの勧誘に見る「μ'sのやり方」

次に、本題であるにこ加入までの過程を見ていきたいと思います。
5話でにこは、μ'sのメンバーを色々な理由でダメだしします。
具体的には、ハンバーガーショップでは「ダンスも歌も全然なっていない」こと、
部室では「キャラづくりを全然していない」ことが指摘されています。

このようににこが穂乃果たちを認めない理由は二転三転するものの、
結局大きいのは「にこと同じ所を見ることができていない」(と思われる)ことに他なりません。
それが反対する根っこにあって、歌やダンスやキャラづくりのことは、
それを証明する不真面目の現れに過ぎないのです。

にこにとってはダメだしの向こうにあるものが反対する理由であり、
歌やダンスやキャラづくりは、反対の理由として提示されているものの、
実際はそれ自体が直接的な理由というわけではありません。

ゆえに、にこを説得するためには「にこと同じ所を見られる」ことを示す必要がありました。
穂乃果は海未と仲良くなった経験から、これに直感的に気付きます。
そして、これまでの方針を転換してにこを七人目として巻き込むことにするのです。

「おつかれさまです!」
「なっ……」

「お茶です! 部長!」
「部長!?」
「今年の予算表になります、部長!」
「部長、ここにあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきましたー」
「こら! 勝手に!」
「さ、参考にちょっと貸して。部長のおすすめの曲」
「な、なら迷わずにこれを……」
「あー! だからそれは!」
「ところで次の曲の相談をしたいのですが、部長!」
「やはり次は、さらにアイドルを意識した方がいいかと思いまして」
「それと、振り付けも何かいいのがあったら」
「歌のパート分けもよろしくお願いします!」

「……こんなことで押し切れると思ってるの?」
押し切る? 私はただ相談しているだけです。
 音ノ木坂アイドル研究部所属の、μ'sの七人が歌う、次の曲を!」 (5話)


最後の穂乃果の言葉から分かるように、これは既に説得ではありません。
にこの説得ではなくて、にこの勧誘になっています。
にこにとってそれは、「私たちはにこと同じ所を見る」という、
穂乃果たち全員の決意の表明に他なりませんでした。

そのために彼女はこれまでの頑なな態度を翻します。
にこの目からすれば、ダンスも歌もキャラづくりも問題外。
けれども彼女たちは、自分と同じ所を見るという意志を持っている。

ここで重要なのは、穂乃果だけではなく、μ's全員で勧誘しているということです。
にこの加入過程においては、穂乃果が中心的な役割を担うものの、
結局はみんながにこと同じ所を見据える決意を示したことが、
にこ加入の直接のきっかけになっていると考えられます。
ここでいわば、「穂乃果の物語」から「みんなの物語」への転換が行われています。
この転換は他の箇所でも見出せる、「μ'sのやり方」とでも言うべきものです。

これまでの部分なら、真姫に曲を依頼する2話がまさしくこれと同じ過程を取っています。
つまり、そこでは穂乃果が中心的な役割を演じましたが、
最終的には三人の神社での練習光景を見て、真姫は曲を送ります。
穂乃果ではなく、「μ'sのみんなが」引っ張り込んだ形になっています。

この、穂乃果が中心的な役割を演じながら、
形式的にはみんなで引っ張り込むという「μ'sのやり方」は、6話でさらに端的に描かれます。
すなわち、実質的なリーダーとして穂乃果がいる一方、形式的にはリーダー不在で横並び。
このμ'sの特徴的な考え方が、誰かの勧誘の際にも表れています。
穂乃果が中心になるけれども、勧誘するのはみんななのです。



○関連記事


  「穂乃果の物語」としてではなく「三人の物語」として (1話、2話、3話感想)



テーマ:ラブライブ!
ジャンル:アニメ・コミック

みんなで叶える夢として (ラブライブ!第四話感想)

2013.11.06 17:01|ラブライブ!
ラブライブ!   (Love Live! School Idol Project) 3 (初回限定版) [Blu-ray]ラブライブ! (Love Live! School Idol Project) 3 (初回限定版) [Blu-ray]
(2013/05/28)
新田恵海、南條愛乃 他

商品詳細を見る

現在、アニメ『ラブライブ!』の再放送が行われています。
テレビで改めて眺めていると、初めて気付くことも結構多いんですよね。
今回は少し短めですが、第四話を見ていて考えたことを書きたいと思います。
もしよろしければ、少しの間お付き合いください。



○『ラブライブ!』第四話:みんなで叶える夢として


まず4話は、「やりたいのならやればいい」という考え方で、
一人で道を決めて選び取ることの難しさが、すごく強調されていると思います。
花陽、凛、真姫の三人の姿を通じて描かれたのは、
「本当はやりたいのに選べない」ということでした。
次の場面には、それが分かりやすく表れています。

「私がスクールアイドルに?」
「うん。私、放課後いつも音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌、聞きたくて」
「私の?」
「うん。ずっと聞いていたいくらい、好きで。だから……」
「私ね、大学は医学部って決まってるの」
「そうなんだ」
だから、私の音楽はもう終わってるってわけ……。
 それよりあなた、アイドル、やりたいんでしょ?」
「え?」
「この前のライブのとき、夢中で見てたじゃない」
「え、西木野さんもいたんだ」
「え、いや、私はたまたま通りかかっただけだけど。
 やりたいならやればいいじゃない。そしたら少しは、応援してあげるから」
「ありがとう」 (4話)


この後、花陽の気持ちは加入に傾き始めますが、
声という自分のコンプレックスがきっかけで再び尻込みしてしまうことになります。
花陽は声が小さいという意識、凛はかわいい恰好が似合わないという意識、
真姫は将来への意識が原因となって、「やりたい」を一人では選べないわけです。

そこで、特徴的な相互の「引っ張り合い」が描かれることになります。
一人では選べないので、お互いにμ'sの方へ引っ張り合うことで、
自分の「やりたい」を掴み取るのです。

花陽は凛と真姫によって、最後には穂乃果たちのもとへ連れて行かれます。

「つまり、メンバーになるってこと?」(中略)

「わ、私はまだ、なんていうか……」
「もう! いつまで迷ってるの!? 絶対やった方がいいの!」
「それには賛成。やってみたい気持ちがあるなら、やってみた方がいいわ」
「で、でも……」
「さっきも言ったでしょう? 声出すなんて簡単! あなただったらできるわ」
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたいって思ってたこと」
「凛ちゃん……。西木野さん……」
「頑張って、凛がずっと付いててあげるから」
「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ?」

「え、えっと、私、小泉……」

「私、小泉花陽と言います。一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、
 得意なものも何もないです。でも、でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!
 だから、μ'sのメンバーにしてください!」 (4話)


この言いたかった一言を、花陽は凛と真姫のおかげでついに言うことができたわけです。
そしてこの直後、花陽を引きずるようにしてμ'sに入れた凛と真姫も、
その花陽の姿に引きずられるようにしてμ'sに入ることになります。
この相互の「引っ張り合い」が、アニメ全体で度々描かれていたと思います。
例えば、にこと絵里は穂乃果が主に引っ張り込んだので(5話、7話)、
穂乃果が脱退したときには二人が逆に引っ張り込みました(13話)。
このようにメンバー全員に関して、一人ではμ'sを選び取れていない局面が存在し、
そこで仲間が極めて重大な役割を演じることになるのです。

何故このような「引っ張り合い」が描かれるかというと、先に述べたように、
アニメは「やりたいならやればいい」という考えで、
簡単には選び取れないことがあるということを重視しているからです。
思うにμ'sは、そういった選び難い目的地として描かれます。
アニメでμ'sは、それ自体がいわば「みんなで叶える夢」なのです。



○関連記事


  九人のμ'sへの帰着、新しい夢への出発 (ラブライブ!全体感想)



テーマ:ラブライブ!
ジャンル:アニメ・コミック

九人のμ'sへの帰着、新しい夢への出発 (ラブライブ!考察②)

2013.05.12 21:03|ラブライブ!
ラブライブ! (Love Live! School Idol Project)  7 (初回限定版) [Blu-ray]ラブライブ! (Love Live! School Idol Project) 7 (初回限定版) [Blu-ray]
(2013/09/25)
新田恵海、南條愛乃 他

商品詳細を見る


引き続き、アニメ『ラブライブ!』についての記事です。

まず、この記事は以下にリンクを貼った記事の続きになります。
正直こちらだけ読んでいただいても内容の理解に差支えはありませんが、
以下の記事を先に読んでいただいた方がおそらくより分かりやすいので、
もしよろしければ目を通していただければと思います。

自分の想いとの邂逅、みんなの想いとの対峙

前回は、13話で穂乃果が自分の想いと出会い、
またみんなの想いを受け止めて復帰に向かう過程を確認しました。
今回はそれを踏まえた上で、『ラブライブ!』が最後に改めて強調した「μ's」というユニットは、
九人にとってどのような関係だったのかということについて、考えたいと思います。

けだしこのことは、13話で穂乃果とことりの復帰が描かれる中で表現されました。
ゆえに、穂乃果の復帰とことりの復帰、この二つの側面から始めていきます。



○穂乃果の復帰:「補い合う関係」としてのμ's


まず、穂乃果の復帰という側面から考えます。

穂乃果はアイドルに戻ることを決意した後、その気持ちを海未に伝えます。
二人きりの講堂で、穂乃果は自身の正直な気持ちを告白するのです。

「私ね、ここでファーストライブやって、ことりちゃんと海未ちゃんと歌ったときに思った。
 もっと歌いたいって、スクールアイドルやっていたいって。
 辞めるって言ったけど、気持ちは変わらなかった。
 学校のためとか、ラブライブのためとかじゃなく、あたし好きなの、歌うのが!
 それだけは譲れない。だから……ごめんなさい!
 これからもきっと迷惑かける。
 夢中になって誰かが悩んでいるのに気付かなかったり、入れ込み過ぎて空回りすると思う。
 だって私、不器用だもん!
 でも! 追いかけていたいの!
 わがままなのは分かっているけど、私!」 (13話)


ここで、穂乃果の考えが逆転していることが見て取れます。
12話で穂乃果はことりを傷つけたを契機に、「自己否定」へと向かいました。
その結果、「これまでの自分」、スクールアイドルに夢中になって取り組んでいた自分が否定され、
最終的にアイドルを辞めると宣言するところまで至ってしまいます。
その時点では、彼女の中でアイドルをやりたいという気持ちは半ば忘れられ、
アイドルをやるべきではないという気持ちの方が強く前に出ていたと言うことができます。
それは穂乃果が自己否定の末に、自分を見失った結果もたらされた優劣です。

その力関係が、この場面では反転しています。

すなわち、この時点でも穂乃果は迷惑をかけたり、誰かを傷つけたりする可能性を考え、
自分はアイドルをやるべきではないかも知れないという気持ちを少しは持っていますが、
それは「好き」という感情に基づく、アイドルをやりたいという気持ちに道を譲っているのです。
にこが叱咤で自身の気持ちを強く意識させ、絵里が告白で自己否定を止めた結果、
穂乃果は自分の中で本当に大切な気持ちを掘り起こすことができたのでした。

そして、この穂乃果の言葉を受けて、海未は以下のように返します。

「でもね、はっきり言いますが、穂乃果には昔からずっと迷惑かけられっ放しですよ。
「え!?」

「ことりとよく話していました。穂乃果と一緒にいると、いつも大変なことになると。
 どんなに止めても、夢中になったら何にも聞こえてなくて。
 大体、スクールアイドルだってそうです。私は本気で嫌だったんですよ」
「海未ちゃん……」

「どうにかして辞めようと思っていました。穂乃果を恨んだりもしましたよ。
 全然気づいてなかったでしょうけど」
「……ごめん」

「ですが、穂乃果は連れて行ってくれるんです。
 私やことりでは、勇気がなくて行けないような凄いところに」
「海未ちゃん……」

「私が怒ったのは、穂乃果がことりの気持ちに気付かなかったからじゃなく、
 穂乃果が自分の気持ちに嘘を付いているのが分かったからです。
 穂乃果に振り回されるのは、もう慣れっこなんです。
 だからその代わりに、連れて行ってください! 私たちの知らない世界へ!
 それが穂乃果の凄いところなんです。私もことりも、μ'sのみんなもそう思っています」(13話)


この一連のやり取りに、μ'sがどのようなものなのかという答えが鮮明に表れていると思います。
ここで海未は、穂乃果の弱みを認識しながら、それを正すように要請しません。
穂乃果の性質としてそれを受け入れています。
それが反面で、「凄いところ」へと向かっていく推進力になることを海未は知っているのです。

ただ、それを放置しておくほど、海未は能天気ではありません。
海未は穂乃果の弱みを、穂乃果自身の努力により解決させようとはしませんが、
自分たちの抑制により適切なものへと収めようとはするのです。

このことは11話で穂乃果が暴走した場面を見れば分かります。

「ちょっと、振り付け変えるつもり!?」
「そ、それはちょっと……」
「絶対こっちの方が盛り上がるよ! 昨日思い付いたとき、これだって思ったんだ。
 はぁ~、私って天才!」
「ことり、これはさすがに……」 (11話)


「私たちはともかく、穂乃果は少し休むべきです」
「大丈夫! 私、燃えてるから!」
「夜も遅くまで練習しているんでしょう?」
「だって、もうすぐライブだよ!」
「……ことり」
「私?」
「ことりからも言ってやってください」 (11話)


海未は穂乃果が暴走した場合、自分たちでそれを抑制することを予定しています。
11話ではことりが本調子ではなかったため上手くいきませんでしたが、
普段はそうすることで行き過ぎを是正してきたと考えられます。
穂乃果の弱みは個人の「努力」により克服されるのではなく、
周囲との「関係」の中で乗り越えられるのです。
これが、アニメで描かれてきたμ'sという関係性における最大の特徴の一つだと思います。

穂乃果だけではありません。
例えば海未は人前に出ることが苦手ですが、これも個人の努力によって克服されるのではなく、
μ'sという関係の中で乗り越えられることになります。

「はぁ、困ったなあ……」
でも、海未ちゃんが辛いんだったら、何か考えないと
「ひ、人前じゃなければ大丈夫だと思うんです。人前じゃなければ……」
「色々考えるより、慣れちゃった方が早いよ。じゃあ行こう!」 (3話)


下線部でことりが、海未の問題を三人の問題として考えていることは象徴的です。
実際にこの後で三人は、海未の苦手克服のために「三人で」ビラ配りを行います。
そして最終的に、海未は率先してビラを配るまでになるのです。
ここでも「海未の努力によって」というより、「μ'sという関係の中で」、
海未が弱みを乗り越えていることが強調されています。

9話の路上ライブの際にも、海未の苦手意識は表出しますが、
このときも最終的には「九人で一緒に」海未はライブをやり遂げて見せます。

完全に同じ構造が、9話でことりの弱みが取り上げられたときにも見出せます。
9話では、穂乃果や海未に比べて「何もない」と感じることりの「自信のなさ」が問題となります。
ゆえに、「新しい自分になるべく歌詞作りに挑戦」(10話)するわけですが、
これは結局、ことり一人の力で成し遂げられるわけではありませんでした。

「やっぱり私じゃ……」
「……ことりちゃん! こうなったら一緒に考えよう! とっておきの方法で!」 (9話)


結果として、全員でメイド喫茶に押しかけて考えることになります。
ことりはその中で、特に穂乃果から助言を受けて歌詞を完成させるのです。
そして最終的に、ことりは穂乃果すらリードする勢いでライブへと進んでいきます。
路上ライブに尻込みする海未を前に、穂乃果よりも先に「面白そう!」と答えたのはことりでした。
ここでも、ことりの問題が「μ'sという関係の中で」克服されていることが分かります。
ライブの後のことりの言葉は端的にこのことを示しています。

「うまくいってよかったね。ことりちゃんのおかげだよ」
「ううん、私じゃないよ。みんながいてくれたから、みんなで作った曲だから
「そんなこと。でも、そういうことにしとこうかな」 (9話)


明らかにことり一人の努力ではなく、「μ'sという関係」に強調点が置かれています。

10話でも、素直になれない真姫の「面倒なところ」が話の中心になりますが、
これも「真姫の努力によって」というより、「μ'sという関係の中で」克服されます。
すなわち、同じように「面倒なところ」を持つ希の助けもあって解決されるわけです。
希は最初、真姫に「無茶」を勧めますが、最後には半ば強引に無茶させます。
けれどもそのおかげで、真姫は「ありがとう」を伝えることができました。

このように、『ラブライブ!』は誰かの弱みに焦点を当てる場合、
それが「努力」によって乗り越えられる様を描き出そうとしてきたと言うより、
それが「関係」の中で乗り越えられる様を描き出そうとしてきたと言えます。

ただ注意すべきなのは、「努力」をないがしろにしているというわけではないということです。
その証拠に『ラブライブ!』では、「練習風景」が強調されてきました。
5話や8話の屋上での練習を中心として、「努力」は終始描かれています。
しかし、穂乃果の暴走癖や真姫の「面倒なところ」を初めとする、個人の性質と不可分な「弱み」、
換言すれば、それ自体がその個人の特徴の一つと呼べるような「弱み」は、
「μ'sという関係の中で」助け合うことにより、乗り越えられるのです。

アニメは乗り越えられる対象の性質によって、「努力」によって乗り越えられるべきものと、
「関係」によって乗り越えられるべきものを峻別しています。

そして、「関係」による克服こそ、アニメの描いたμ'sという関係の特徴でした。
誰かの弱みは、その関係の中で一人ひとりが助け合うことで乗り越えられる。
そうした「補い合う関係」として、μ'sは作中に表れています。
私は、μ'sがそうした関係だからこそ、個々人がμ'sという関係の中で、
時に自分の限界を乗り越えて前に進むことができるのだと思います。
海未の言葉を借りれば、その中でこそ「自分の知らない世界」へと漕ぎ出すことができるのです。



○ことりの復帰:「みんなで目指す場所」としてのμ's


次に、ことりの復帰という側面から考えます。

ことりは海未の後押しを受けた穂乃果の言葉により、復帰を決意します。
穂乃果は空港で自身の素直な気持ちをぶつけるのです。

「ことりちゃん!」
「あっ!」
「ことりちゃん!」

「ことりちゃん、ごめん! 私、スクールアイドルやりたいの!
 ことりちゃんと一緒にやりたいの!
 いつか、別の夢に向かうときが来るとしても! 行かないで!」

「……ううん、私の方こそごめん。私、自分の気持ち、分かってたのに」 (13話)


ここで問題なのは、「私、自分の気持ち、分かってたのに」ということりの言です。
彼女はスクールアイドルを続けたいと本当は思っていたけれど、
それを選び取ることができなかったと、ここでは示されています。
そのことは、13話に入っても穂乃果からのメールを待ち続けていることからも分かります。

lovelive13.png

これは、穂乃果が復帰を決意した場面で、まるで対比させるかのように差し込まれています。
留学が決定しても、ことりは穂乃果に止められることを何処かで望んでいたのです。
このことは一見、「自分の気持ち」を一人で選択できない意志の弱さを明示しているように見えます。
先述の通り、9話でことりの「自信のなさ」は、μ'sという関係の中で乗り越えられました。
それなのに、13話では彼女が自身の意志に関して依然自信を持てていないとも捉え得るので、
ここでことりの成長のなさが浮き彫りになっていると読むこともできるでしょう。
11話でことりの母が以下のように述べていることも、その読み方を援護します。

「どうするの? こんなチャンス、滅多にないわよ」
「うん……」

「お母さん! お母さんは行った方がいいと思う?」
「それは自分で決めることよ」 (11話)


ことりの母はことりに自分で決める機会をしっかりと与えているのにも係らず、
ことりは一人で「自分の気持ち」を選べず、穂乃果の助けを要したというわけです。
ことりのその姿にもやもやした方というのは、結構多かったのではないでしょうか。

けれども、μ'sか留学かという選択におけることりの迷いは、
この一部だけを見て捉えられるべきではなく、アニメ全体を見て捉えられるべきです。


そもそもアニメは「μ's」ないし「スクールアイドル」という選択肢を、
一人で選び取るものではなく、一貫して「みんなで選び取るもの」として描いています。
以下、具体的な場面を抽出していきたいと思います。

それが最初に示されるのは1話です。
海未は一人では決してスクールアイドルになろうとはしなかったでしょうが、
弓道の練習中にアイドルポーズを決めてみる姿から分かるように、
「やりたいという気持ち」はあったのであり、穂乃果とことりがいたからそれを選び取れました。
一人では選べない「自分の気持ち」を、彼女はみんなと一緒だから選べたのです。
海未は以下のように述べています。

「一人で練習しても意味がありませんよ。やるなら三人でやらないと」 (1話)


ここで海未は、三人であるから意味があることを指摘しています。
そして結果として、三人でスクールアイドルを始めることになるのです。

全く同じことが、4話でもテーマになっています。
花陽、凛、真姫の三人は、それぞれスクールアイドルに興味を持っていましたが、
それぞれの理由からなかなか入部することができませんでした。
彼女たちが一人であったなら、その状況はずっと動かなかったでしょう。
しかし、彼女たちは三人だったから、μ'sに入ると意思表示することができました。

「つまり、メンバーになるってこと?」(中略)

「わ、私はまだ、なんていうか……」
「もう! いつまで迷ってるの!? 絶対やった方がいいの!」
「それには賛成。やってみたい気持ちがあるなら、やってみた方がいいわ」
「で、でも……」
「さっきも言ったでしょう? 声出すなんて簡単! あなただったらできるわ」
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたいって思ってたこと」
「凛ちゃん……。西木野さん……」
「頑張って、凛がずっと付いててあげるから」
「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ?」

「え、えっと、私、小泉……」

「私、小泉花陽と言います。一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、
 得意なものも何もないです。でも、でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!
 だから、μ'sのメンバーにしてください!」 (4話)


このように、凛や真姫の助けがあって、花陽が加入できたということが非常に強調されています。
そして凛と真姫も、花陽の表明を受けて、直後に加入することになります。
それぞれの理由から「自分の気持ち」を選べなかった三人が、
三人一緒だったからこそ、μ'sに加わることができたのです。

4話は、そうした主題を持った話でした。

同様のことが、5話や8話でも形を少し変えて描かれています。
すなわち、にこや絵里はμ'sに興味がありながら、素直にそこに入ることができませんでした。
しかし、周囲の助けもあって、無事μ'sの一員になることになります。
その過程で特に大きな存在感を発揮したのは穂乃果です。
やはりここでも、一人では選び取れないものとしてμ'sは提示されていることが分かります。
みんなが一緒だから、「自分の気持ち」を選択することができる。
希も10話で示されるように、μ'sへのただならぬ想いは早い段階から持っていたにも係らず、
他の八人がいない限りは、そこに入ることができなかったと考えることができます。

唯一の例外は、最初にアイドルになることを決意した穂乃果です。
しかし彼女も、13話において、μ'sから抜けた後に一人ではそこに戻れませんでした。
前の記事で述べましたが、にこや絵里の言葉があって、穂乃果は復帰するのです。
穂乃果が5話で気持ちを再燃させたにこにより気持ちを再燃させられ、
穂乃果が8話で手を伸ばして救った絵里により、手を伸ばして救われることは象徴的です。

彼女も「みんながいるから」μ'sに帰るという選択ができました。

以上の場面で繰り返し提示されてきたのは、
「誰かと一緒だからこそ選択できる自分の気持ちがある」ということです。
それは自分の正直な気持ちですが、だからこそ一人では選び難い気持ちであり、
選ぶためには誰かの後押しを必要とします。
μ'sというのは、そうした「みんなで選び取るもの」なのです。

終盤のことりの留学に関しても、この延長で見るべきだと思います。
つまり、ことりの「自分の気持ち」は自分一人で選択できるものではなく、
誰かと一緒だからこそ選べるものだったということです。
ことりにとって「誰か」とは、特に親友である穂乃果のことを指します。
彼女の一声こそ、ことりがμ'sを選ぶための条件なのです。

留学に際しての騒動は、ことりの意志の弱さを明らかにしていると言うより、
μ'sがどのようなものであるかを改めて示していると考えることができます。


結論として、μ'sは一人でではなく、みんなで選択するものとして描かれています。
一人ではそこに向かうことはできないけれど、みんなと一緒ならば向かうことができる。
そうした「みんなで目指す場所」として、μ'sは作中に表れているのです。
ことりの復帰までの道程は、そのことを改めて強調しています。



さて、長くなってしまいました。
もしここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。

簡単にまとめますと、13話での穂乃果とことりの復帰はそれぞれ、
μ'sが「補い合う関係」であることと、「みんなで目指す場所」であることを示しています。
廃校を阻止するための手段としての意味が失われても、
九人にとってそうしたものとしてμ'sは意味を持ち続けます。
みんなと一緒だから成り立つμ'sという関係の中で、
九人は相互に補い合いながら、新たな世界へと向かっていく。

そうした情景を、九人での講堂ライブに見出すことができるのではないでしょうか。
穂乃果は晴れやかな表情で、集まった観客に伝えます。

「私たちのファーストライブは、この講堂でした!
 そのとき、私は思ったんです。いつか、ここを満員にしてみせるって!
 一生懸命頑張って、今、私たちがここにいる。
 この想いを、いつかみんなに届けるって! その夢が今日、叶いました!
 だから、私たちはまた駆け出します! 新しい夢に向かって!」 (13話)


μ'sの出発から始まった物語は、μ'sへの到着で一先ず終わりを告げます。
しかし、九人の物語はそこから「新しい夢」へと続いていくのです。
それは九人が相互に助け合うことができる、μ'sだからこそ掴み得る夢に違いありません。



【関連記事】

 「穂乃果の物語」ではなく「三人の物語」として (3話感想)
 本当の意味で、同じグループの一員へ (10話感想)


テーマ:ラブライブ!
ジャンル:アニメ・コミック

自分の想いとの邂逅、みんなの想いとの対峙 (ラブライブ!考察①)

2013.05.09 18:17|ラブライブ!
ラブライブ! (Love Live! School Idol Project) 1 (初回限定版) [Blu-ray]ラブライブ! (Love Live! School Idol Project) 1 (初回限定版) [Blu-ray]
(2013/03/22)
新田恵海、南條愛乃 他

商品詳細を見る


放送から一ヶ月以上経過していますが、今回はアニメ『ラブライブ!』について考えてみます。
最終話、物語が辿り着いたのは廃校阻止でもなく、ラブライブ出場でもありませんでした。
廃校阻止は12話でさらっと達成され、ラブライブは辞退することになったのです。
物語の到達点は、ことりの留学と穂乃果の脱退を経た上での「μ'sの再出発」でした。
おそらくこれは、大方の予想や期待を裏切る展開だったのではないでしょうか。
この展開の賛否はともかく、こうした流れの中でアニメは何を描いたのか。
今回はそのことについて、13話に特に注目して改めて考えてみたいと思います。

言うまでもなく、13話で問われたのは「μ'sそのものの意味」です。
廃校を防ぐための手段として選択されたそれは、今や手段としての意味を失いました。
そのとき、九人にとってどのようなものとして、μ'sは存在し得るのか。
けだし、13話ではそれが、穂乃果の復帰とことりの復帰、この二つの側面から描かれていました。
ゆえに、まずは復帰の過程を確認し、その後で読み取れるものを提示していこうと思います。
ただ長くなりましたので、二回に分けて論じていきます。
今回は13話の内容を見ていくことで、復帰の過程を確認します。

もしよろしければ、内容を思い出しながら少しお付き合いください。



○13話で穂乃果が受け止めるもの:自分の想いと、みんなの想い


まず、12話から13話にかけての流れを確認してみましょう。
前回12話の最後で、穂乃果はメンバーの前でアイドルを辞めることを宣言します。
この前後の穂乃果の心理は複雑ですが、根本には「自責の念」があったと考えることができます。
それは、脱退を表明する場面にはっきりと示されています。

「私がもう少し周りを見ていれば、あんなことにはならなかった」
「そ、そんなに自分を責めなくても……」
「自分が何もしなければ、こんなことにはならなかった!」(中略)

「やめます」
「え?」
「私、スクールアイドル、やめます」 (12話)


ここで穂乃果は、強烈な「自己否定」に陥っています。
ことりの留学が決定し、μ'sを抜けることになったのは自分のせい。
そうした「自責の念」から、穂乃果はこれまでの自分を徹底的に否定していきます。
スクールアイドルを始めた自分、ラブライブを目指して邁進していた自分。
それらを全て過ちとして、無理矢理に処理しようとするのです。

アライズ(A-RISE)に追いつくことを無理と断じる箇所は、最も象徴的なワンシーンです。

12話時点の穂乃果にとって、ラブライブに出場してアライズに挑戦しようとしていた自分は、
暴走してことりの異変に気付けなかった、否定されるべき自分に他なりませんでした。
ゆえに穂乃果は、これまでの努力を水泡に返すような言葉を敢えて言ってのけるのです。
「アライズみたいになんて、いくら練習したってなれっこない」。

こうして自分を否定していく中で、穂乃果は自分を見失っていきます。
そして本来の自分であれば言わないようなことを、自分の意見として提示してしまうのです。
それが、スクールアイドルを辞めるということでした。
実際に海未は、13話でそれを穂乃果の「嘘」と見なしています。

「私が怒ったのは、穂乃果がことりの気持ちに気付かなかったからじゃなく、
 穂乃果が自分の気持ちに嘘を付いているのが分かったからです」 (13話)


13話は、こうして自己否定の末に自分を見失った穂乃果が、
「自分を取り戻していく物語」として考えることができます。
以下ではその奪回の過程に着目することで、物語のテーマを探っていきます。


(1)心の奥に残っていた光景


第一に、13話では穂乃果が自分の気持ちと改めて対峙します。
それはクラスメイトに連れられて向かったゲームセンターでのことでした。
穂乃果はダンスゲームの最中、とある景色を想起します。

lovelive10.png

ここで想起されたのは、みんなとの練習の風景と、μ'sのランキング画面です。
穂乃果は12話の自己否定の中で、それらを拒絶し遠ざけました。
それらが自分を夢中にさせ、暴走させたに違いないからです。
しかし、それでもなお、ここで穂乃果の心中にはそれらが浮かんできます。
穂乃果は、如何に否定しても否定しきれない本当の気持ちに改めて出会うのです。
眼前に顕現した二つの景色は、それを証明するものと考えられます。

ゲームセンターに向かう際、クラスメイトたちは穂乃果を責めませんでした。
穂乃果の意志を尊重して、むしろ彼女の決断を肯定しています。

「だって穂乃果は学校守ろうと頑張ったんだよ」
「そうだけど……」
「学校を守るためにアイドル始めて、その目的が達成できたから辞めた」
 何も気にすることないじゃない。ね?」 (13話)


穂乃果自身も12話で、手段としてのスクールアイドルの役目が終わったことを強調していました。
ゆえに、穂乃果は辞めても問題ないと結論したのです。
しかし、その論理が間違っていたことを、穂乃果はゲームセンターで悟ることになります。
彼女にとって、μ'sでの活動は手段としての意味以上のものを持っていたからです。
ダンスの最中に思い出と出会い、ダンスの楽しさに久々に触れたことで、穂乃果はそれを再確認します。

けれども、それだけでは穂乃果はμ'sに戻ることができません。
自分にとってアイドルとしての活動がかけがえのないものだったとしても、
それが自分を暴走させ、友達を傷つけたということは否定されないからです。
ゲームセンターからの帰り道、穂乃果は一人で考えます。

--今度は誰も悲しませないことをやりたいな。
 自分勝手にならずに済んで、でも楽しくて。
 たくさんの人を笑顔にするために、頑張ることができて。

「そんなもの、あるのかな?」 (13話)


「誰かを傷つけ得る」ということが否定されないため、穂乃果は戻れないのです。
ことりを傷つけたという事実が持つ重大さが、この独白には表れています。
そのため、穂乃果はこの時点で復帰を決意するには至りません。
彼女が一人ではμ'sに戻れなかったということは、けだし重要な意味を持っています。
このことについては、ことりの復帰を論じる際に改めて取り上げようと思います。


(2)にこの叱咤:目的としてのスクールアイドル


第二に、穂乃果は自分の正直な気持ちに出会った後で、練習に励むにこたちに出会います。
そしてにこに、厳しい叱咤を受けることになります。

「μ'sが休止したからって、スクールアイドルやっちゃいけないって決まりはないでしょ?」
「でも、何で?」
「好きだからよ」

「にこはアイドルが大好きなの! みんなの前で歌って、ダンスして、
 みんなと一緒に盛り上がって、また明日から頑張ろうって、
 そういう気持ちにさせることができるイドルが私は大好きなの!
 穂乃果みたいないい加減な好きとは違うの!」
「違う! 私だって!」
「どこが違うの? 自分から辞めるって言ったのよ。やってもしょうがないって」 (13話)


にこはここで、穂乃果がゲームセンターで薄々気付いていたことを明確に述べて見せています。
すなわち、スクールアイドルとしての活動は単なる学校存続のための手段ではなく、
それ自体として意味のある目的であるということを提示して見せるのです。

にこは「目標が達成できたから辞める」と言った穂乃果に対して、
自分にとってそれは手段に過ぎないものではないと言い放ちます。
これは13話冒頭での絵里の問いかけに答えるものです。

「正直、穂乃果が言い出さなくても、いずれこの問題にはぶつかっていたと思う。
 来年までだけど、学校が存続することになって、私たちは何を目標にこれから頑張るのか、
 考えなきゃいけないときが来てたのよ」 (13話)


これに対して、にこは「大好きだから」アイドルを続けると答えるわけです。
自分にとっては、そもそもスクールアイドルは「手段」ではない。
それ自体が大切な「目的」だから、学校の存続が決まっても当然続ける。
にこの提案について来たのが、当初からアイドルに興味があり、
自分からアライズの映像ライブを見に行っていた花陽と凛だったことは示唆的です。

穂乃果はにこの答えを聞いて、自分にも同様の想いがあることを明らかに自覚しています。
だからこそ、彼女の挑発的な言葉に反論しかけるのです。
にこの叱咤は、穂乃果に自身の本心を一層悟らせたと言えると思います。
しかし、穂乃果は先述の自責ゆえに、まだ復帰を選ぶことはできない。

この時点では、穂乃果の復帰のために必要な両輪のうち、一つが修復されたに過ぎないのです。


(3)絵里の告白:自己否定からの脱却


第三に、穂乃果は家で絵里と出会います。
彼女は穂乃果の部屋で、自分のことについて正直に告白します。

「私ね、すごくしっかりしてて、いつも冷静に見えるって言われるけど、
 本当は全然そんなことないの」
「絵里ちゃん……」

「いつも迷って困って泣き出しそうで、希に実際はずかしところ見られたこともあるのよ。
 でも、隠してる。自分の弱いところを……。私は穂乃果が羨ましい。
 素直に自分が想っている気持ちを、そのまま行動に起こせる姿がすごいなって」
「そんなこと……」

「ねえ、穂乃果。私には、穂乃果に何を言ってあげればいいか、正直分からない。
 私たちでさえ、ことりがいなくなってしまうことがショックなんだから、
 海未や穂乃果の気持ちを考えると辛くなる。でもね。
 私は穂乃果に、一番大切なものを教えてもらったの。
 変わることを恐れないで、突き進む勇気。
 私はあのとき、あなたの手に救われた」 (13話)


この言葉を受けて、穂乃果は復帰を決意するわけですが、
何故この言葉が穂乃果にとって有効打になったかは語られていません。
しかし穂乃果が、自責に端を発する「自己否定」から辞めるに至ったことを踏まえると、
絵里の言葉は穂乃果の否定した「これまでの穂乃果」を描き出した上で、
それを肯定して見せたから、復帰のきっかけとなったと考えることができます。

ここまで穂乃果にとって、これまでの自分は自分勝手で、周囲に迷惑をかけ、
あまつさえ親友を傷つけた、否定されるべきものでした。
それを絵里は、自分の立場から肯定してみせるのです。
彼女は、自己否定の結果として見失われた穂乃果の姿を言明した上で、
その穂乃果だったからこそ、もたらすことができたものを提示しています。

そのため穂乃果は、自分を見つめ直すことができたのではないでしょうか。
否定されるべき自分は、絵里を救った自分でもあった。
極端にマイナスに傾いた天秤は、ここで修正をかけられています。
自己否定のループは、ようやくここで終わりを告げることになります。

つまり、にこが穂乃果に自分の正直な感情を強く意識させたのに対して、
絵里は「これまでの穂乃果」を肯定することで彼女の自己否定を止めたのです。
前に進む両輪が揃って、穂乃果は復帰へと向かうことになります。


(4)みんなの想いを受け止めて


第四に、絵里が帰った後、穂乃果は復帰の決意を固めます。
部屋でのシーンには穂乃果の独白がないため、彼女が何を具体的に考えたかは分かりません。
しかし、映像上の表現が何より雄弁にそれを語っています。
いくつか重要な表現を抜き出してみたいと思います。

まず、穂乃果はパソコン上のランキング画面に向かいますが、
このとき何らかの音楽を聞いています。
耳にイヤホンがささっていることに注目してください。

lovelive08.png

これより少し前に巻き戻すと、このとき聞いていると考えられるCDのケースが確認できます。

lovelive07.png

これは色から判断するに、おそらく12話で真姫が穂乃果に送ったCDです。
ほんの数秒のカットなので証左に乏しいですが、敢えてCDケースを映していることを鑑みると、
それが作中で登場した「特別な」CDであると考えても、あながち無理ではないと思います。
真姫のCDは12話で穂乃果に送られながら、作中では一度も聞かれてこなかったものです。
以下に12話の一場面を引用します。

lovelive06.png

このように、真姫からのCDは聞かれることなく地面に落ちています。
そして、この後に穂乃果がCDを聞く描写は全くありません。
13話の先のシーンになって初めて、穂乃果はCDを聞くのです。
これにはどのような意味があるのでしょうか。

真姫のCDは11話のライブで倒れた穂乃果に送られたものです。
それは、「μ'sのメンバーからの穂乃果への気持ち」を象徴するものと捉えられます。
倒れた穂乃果を労わる温かい心、落ち込む穂乃果に差し伸べられた手。
そういったものを示す記号として、CDを考えることができます。

12話で穂乃果はその気持ちを素直に受け取り、手を掴むことができません。
なぜなら、そこには「穂乃果のせいではない」というメンバーの気遣いがあるからです。
実際に絵里は、穂乃果ではなく、メンバー全員に責任があることを強調しています。
だからこそ、穂乃果はそれを受け取ることができないのです。
ラブライブの辞退とことりの留学の決定を受けて、
穂乃果は強い自責の念を抱き、徹底的な自己否定へと向かいました。
そうした方角へと進んでいた穂乃果にとっては、
μ'sのみんなの気持ちは、自分と対立する受け入れがたいものだったはずです。

「そうやって、全部自分のせいにするのは傲慢よ」
「でも!」 (12話)


絵里の言葉に対して咄嗟に出た「でも!」。
そこにCDを聞かなかった理由を見出すことができます。

けれども、13話で絵里の言葉を受けて、穂乃果は極端な自己否定を止めにします。
彼女がμ'sのメンバーから差し伸べられた手を払う理由はもうありません。
ゆえに、ここで初めて真姫の想いが詰まったCDに手を伸ばしたのではないでしょうか。
それは自己否定でどんどんμ'sから離れて行った穂乃果が、
μ'sのメンバーの気持ちを受け取って、戻っていくのを象徴する行為です。

穂乃果はこの場面で、知覚した自分の正直な気持ちを受け入れるだけでなく、
μ'sのみんなの気持ちも受け入れているということが、CDにより示されています。

また、穂乃果はここで押入れに仕舞っていた練習着を取り出します。

lovelive12.png

現実的に考えれば、ここで練習着に着替えた意味はほとんどないと言えます。
穂乃果はこの後、一人で自主練を行うわけではないのです。
穂乃果が練習着に着替えたのは、その必要があったからではなく、そうしたかったからに他なりません。
スクールアイドルに戻る固い決意はここにも見て取れます。
これは、12話でのことりの行動に対応するものです。

lovelive11.png

ことりは穂乃果に留学のことを伝えた後、
最後まで残しておいたステージ衣装を荷物の中に仕舞います。
彼女が衣装を最後まで仕舞わずにおいたのは、まだアイドルと留学との間で揺れていたからです。
しかし、穂乃果からの謝罪のメールを受けて、ことりの考えは一先ず固まります。
「衣装を仕舞う」動作はそれを表現していると考えられます。

穂乃果の「練習着を取り出す」動作は、「衣装を仕舞う」動作の真逆に当たります。
アイドルから離れていくことりに対して、穂乃果はアイドルへと戻っていく。
二人の対照的な状況が、動作の差異により上手く表現された場面だと思います。

まとめれば、これまでに自分の想いと向き合い、自己否定を止めた穂乃果は、
この場面でみんなの気持ちを受け止めて、前に進むことを決心します。


そしてこの後、海未とことりに正直に自分の考えを伝えて、九人のμ'sを取り戻すのです。
これが大まかな13話の流れでした。
それでは、こうした流れの中においてμ'sはどのような関係として現れているのでしょうか。
それに関しては次回、改めて論じていこうと思います。

 ⇒続き: 九人のμ'sへの帰着、新しい夢への出発 (ラブライブ!感想②)


テーマ:ラブライブ!
ジャンル:アニメ・コミック

プロフィール

天秤

Author:天秤
天秤と申します。
アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
よろしくお願いいたします。

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カテゴリ

最新記事

最近のつぶやき

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

アクセスカウンター

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

  • ページトップへ
  • ホームへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。