スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

そして二人は世界に抗う (大北紘子『月と泥』)

2013.05.31 18:28|百合作品
月と泥 (百合姫コミックス)月と泥 (百合姫コミックス)
(2013/05/18)
大北 紘子

商品詳細を見る


絶望、諦観、羨望、孤独-―。
光のミエル先に、希望なんてなかった。

男なんて、みんな死んじゃえばいい。 (『月と泥』帯より)


まず衝撃的な文句が目につく本作。
これはおそらく表題作をイメージしたものでしょうが、
収録されている作品は基本的に、男性に対抗する二人という主旨を持っているわけではありません。
彼女たちが挑戦するのは、むしろ彼女たちを支配する運命、ないし彼女たちを取り巻く世界です。
作中で男性が対抗されるとしても、それはその延長で間接的に対抗されるに過ぎません。
今回は特に表題作「月と泥」を紹介する中で、このテーマについて考えてみたいと思います。



○世界に対抗するミリタリーベース:「拠点」としての二人の関係


「月と泥」は土壇場の描写から急に始まります。
何かから懸命に逃げる二人の少女。
体力は限界で、やがて長髪の少女が足を取られて転んでしまいます。

「ごめんなさい 足がもつれて」
「いいのよ 早く立って」
「リサ… 私もういいんです 帰りたい…」
「どこへ帰るって言うの!? あんな人のところへ!?」
「いいの 他に居場所がないんです ずっとそうだったの 構わないで…
 もうほっといてください… きっとまたひどい目に遭うだけです」 (5-6ページ)


ここでリサと呼ばれた少女は、長髪の少女の背後で不意に岩に手をのばし、頭上高く振り上げます。
そして、それを振り下ろす――

まさにその瞬間、カメラがフレームアウトして、時間が過去に飛んでいきます。
如何にしてリサが長髪の少女と出会い、ともに逃げるに至ったかが語られるのです。
長髪の少女は「お父さん」に売られる予定でした。
リサはそれを知り、少女の手を引いて駆け出していきます。

この物語において、私が指摘したいことは二つあります。

第一に、リサが岩を持って振り上げる場面が前置されているために、
リサが手にした岩でもって、諦めた少女に手を下そうとしているように見えるということです。


観察し得る限り、周囲にはリサと少女の二人以外の人影はありません。
そのような状況下でリサが岩を振り上げれば、
それは当然、少女に対して振り下ろされると予想することができます。
悲劇的な運命に従わせるくらいなら、自分の手でいっそ――
結局のところ、少女は不幸な身空から解放されることなく、悲劇的な最期を迎える――
そうした展開が、フレームアウトの後に想像できてしまうわけです。

けれども、この予想は見事に裏切られることになります。
後で改めて語られるように、リサは少女に向かって岩を振り上げたわけではありませんでした。
いつの間にか少女の傍に忍び寄っていた、「お父さん」に振り上げていたのです。
後には頭を砕かれた男が転がっていました。

問題は、こうした誤った予想を生み得る、土壇場の前置が行われた理由です。
私は、そうした誤解を敢えて生んで、二つの未来を対比させるためであったと考えます。
少女に岩が振り下ろされる未来と、男に岩が振り下ろされる未来。
少女の悲劇的な運命に対抗し、それを克服していく未来を、
運命に抗い切れなかった未来「に対して」提示する効果が、前置により生まれています。
対比により、「運命への対抗」が強く作中に表れるようになっているのではないでしょうか。

第二に、「運命からの逃避」では駄目であったということです。

リサは長髪の少女を連れて遠くの街に逃げようとしますが、
それだけでは少女が自身の運命を払拭することはできません。
実際に彼女は、リサに「ほっといてください」と言うに至ります。
ここに、「運命からの逃避」ではなく「運命への対抗」が必要とされていることが見出せます。
リサは、少女を連れて逃げるだけではなく、男を殺す必要があったのです。
作品のテーマは、あくまで「運命への対抗」であったことが分かります。


以上の二点から、「運命への対抗」というテーマが非常に強く表れていることが窺えます。
運命を否定し切れない結末でもなく、運命から逃げ切る結末でもなく、
運命に抵抗し、それを克服していく結末こそ、作品が提示しているものと言えます。


けだし、このテーマは作者の他の作品においても描かれています。
例えば『月と泥』に同じく収録されている「六花にかくれて」で、
具同は笹島を連れて逃げるだけではなく、その病を超克しようとしています。
具同は笹島が背負い、半ば受け入れていた死の運命と戦うわけです。
あるいは「丘上の約束」で、いつきは約束通りみつを救い出します。
それは彼女が受け入れていた運命から、いつきが脱却させたということです。

更に、前作である『裸足のキメラ』にも注目してみましょう。

裸足のキメラ (百合姫コミックス)裸足のキメラ (百合姫コミックス)
(2012/05/18)
大北 紘子

商品詳細を見る


この中の「名もなき草の花の野に」でも、野薊は銀蘭の死を運命として受け入れ、
泣き寝入りするのではなく、復讐をきっちりと果たそうとします。
ここからも「運命への対抗」というテーマを引き出すことができると思います。

もちろん、「運命への対抗」という一つのテーマで、
ある作者の全ての作品を捉えようとすることは乱暴ですし、不可能でしょう。
事実、作者はこの枠内に収まらない作品もたくさん描いています。
しかし、自身の現状を運命として受け入れさせようとするような世界を前提とした上で、
それに二人の紐帯でもって対抗し、超克していくというテーマを、
作者の作品の一つの特徴として考えることはできるように思います。


そして「月と泥」の最後の場面は、こうしたテーマを象徴するものです。
男の頭を打った後、リサは少女に声をかけます。

「…行こう 誰も助けないなら私が助ける
 あんたも私を守ってくれるね 離さないで」 (26ページ)


この言葉を受けて少女はリサの手を取り、二人は月下の泥濘を駆けて行くことになります。

二人の関係は、運命と、それを受け入れさせようとする世界に対抗するための拠点です。
前述の台詞には、この関係があるからこそ対抗することができるということが示されています。
それは二人を外界の荒波から隔絶する「乙女の港」とでも言うべき、優しいものではありません。
二人が外界に対抗するために必要な「ミリタリーベース」とでも言うべきものです。
二人はその拠点から世界に対抗し、その拠点によって運命を乗り越えていきます。
そうした「拠点」としての二人の関係を、『月と泥』の中に見出すことができるのではないでしょうか。


テーマ:百合
ジャンル:アニメ・コミック

コメント

非公開コメント

プロフィール

天秤

Author:天秤
天秤と申します。
アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
よろしくお願いいたします。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

カテゴリ

最新記事

最近のつぶやき

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

アクセスカウンター

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

  • ページトップへ
  • ホームへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。