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九人のμ'sへの帰着、新しい夢への出発 (ラブライブ!考察②)

2013.05.12 21:03|ラブライブ!
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引き続き、アニメ『ラブライブ!』についての記事です。

まず、この記事は以下にリンクを貼った記事の続きになります。
正直こちらだけ読んでいただいても内容の理解に差支えはありませんが、
以下の記事を先に読んでいただいた方がおそらくより分かりやすいので、
もしよろしければ目を通していただければと思います。

自分の想いとの邂逅、みんなの想いとの対峙

前回は、13話で穂乃果が自分の想いと出会い、
またみんなの想いを受け止めて復帰に向かう過程を確認しました。
今回はそれを踏まえた上で、『ラブライブ!』が最後に改めて強調した「μ's」というユニットは、
九人にとってどのような関係だったのかということについて、考えたいと思います。

けだしこのことは、13話で穂乃果とことりの復帰が描かれる中で表現されました。
ゆえに、穂乃果の復帰とことりの復帰、この二つの側面から始めていきます。



○穂乃果の復帰:「補い合う関係」としてのμ's


まず、穂乃果の復帰という側面から考えます。

穂乃果はアイドルに戻ることを決意した後、その気持ちを海未に伝えます。
二人きりの講堂で、穂乃果は自身の正直な気持ちを告白するのです。

「私ね、ここでファーストライブやって、ことりちゃんと海未ちゃんと歌ったときに思った。
 もっと歌いたいって、スクールアイドルやっていたいって。
 辞めるって言ったけど、気持ちは変わらなかった。
 学校のためとか、ラブライブのためとかじゃなく、あたし好きなの、歌うのが!
 それだけは譲れない。だから……ごめんなさい!
 これからもきっと迷惑かける。
 夢中になって誰かが悩んでいるのに気付かなかったり、入れ込み過ぎて空回りすると思う。
 だって私、不器用だもん!
 でも! 追いかけていたいの!
 わがままなのは分かっているけど、私!」 (13話)


ここで、穂乃果の考えが逆転していることが見て取れます。
12話で穂乃果はことりを傷つけたを契機に、「自己否定」へと向かいました。
その結果、「これまでの自分」、スクールアイドルに夢中になって取り組んでいた自分が否定され、
最終的にアイドルを辞めると宣言するところまで至ってしまいます。
その時点では、彼女の中でアイドルをやりたいという気持ちは半ば忘れられ、
アイドルをやるべきではないという気持ちの方が強く前に出ていたと言うことができます。
それは穂乃果が自己否定の末に、自分を見失った結果もたらされた優劣です。

その力関係が、この場面では反転しています。

すなわち、この時点でも穂乃果は迷惑をかけたり、誰かを傷つけたりする可能性を考え、
自分はアイドルをやるべきではないかも知れないという気持ちを少しは持っていますが、
それは「好き」という感情に基づく、アイドルをやりたいという気持ちに道を譲っているのです。
にこが叱咤で自身の気持ちを強く意識させ、絵里が告白で自己否定を止めた結果、
穂乃果は自分の中で本当に大切な気持ちを掘り起こすことができたのでした。

そして、この穂乃果の言葉を受けて、海未は以下のように返します。

「でもね、はっきり言いますが、穂乃果には昔からずっと迷惑かけられっ放しですよ。
「え!?」

「ことりとよく話していました。穂乃果と一緒にいると、いつも大変なことになると。
 どんなに止めても、夢中になったら何にも聞こえてなくて。
 大体、スクールアイドルだってそうです。私は本気で嫌だったんですよ」
「海未ちゃん……」

「どうにかして辞めようと思っていました。穂乃果を恨んだりもしましたよ。
 全然気づいてなかったでしょうけど」
「……ごめん」

「ですが、穂乃果は連れて行ってくれるんです。
 私やことりでは、勇気がなくて行けないような凄いところに」
「海未ちゃん……」

「私が怒ったのは、穂乃果がことりの気持ちに気付かなかったからじゃなく、
 穂乃果が自分の気持ちに嘘を付いているのが分かったからです。
 穂乃果に振り回されるのは、もう慣れっこなんです。
 だからその代わりに、連れて行ってください! 私たちの知らない世界へ!
 それが穂乃果の凄いところなんです。私もことりも、μ'sのみんなもそう思っています」(13話)


この一連のやり取りに、μ'sがどのようなものなのかという答えが鮮明に表れていると思います。
ここで海未は、穂乃果の弱みを認識しながら、それを正すように要請しません。
穂乃果の性質としてそれを受け入れています。
それが反面で、「凄いところ」へと向かっていく推進力になることを海未は知っているのです。

ただ、それを放置しておくほど、海未は能天気ではありません。
海未は穂乃果の弱みを、穂乃果自身の努力により解決させようとはしませんが、
自分たちの抑制により適切なものへと収めようとはするのです。

このことは11話で穂乃果が暴走した場面を見れば分かります。

「ちょっと、振り付け変えるつもり!?」
「そ、それはちょっと……」
「絶対こっちの方が盛り上がるよ! 昨日思い付いたとき、これだって思ったんだ。
 はぁ~、私って天才!」
「ことり、これはさすがに……」 (11話)


「私たちはともかく、穂乃果は少し休むべきです」
「大丈夫! 私、燃えてるから!」
「夜も遅くまで練習しているんでしょう?」
「だって、もうすぐライブだよ!」
「……ことり」
「私?」
「ことりからも言ってやってください」 (11話)


海未は穂乃果が暴走した場合、自分たちでそれを抑制することを予定しています。
11話ではことりが本調子ではなかったため上手くいきませんでしたが、
普段はそうすることで行き過ぎを是正してきたと考えられます。
穂乃果の弱みは個人の「努力」により克服されるのではなく、
周囲との「関係」の中で乗り越えられるのです。
これが、アニメで描かれてきたμ'sという関係性における最大の特徴の一つだと思います。

穂乃果だけではありません。
例えば海未は人前に出ることが苦手ですが、これも個人の努力によって克服されるのではなく、
μ'sという関係の中で乗り越えられることになります。

「はぁ、困ったなあ……」
でも、海未ちゃんが辛いんだったら、何か考えないと
「ひ、人前じゃなければ大丈夫だと思うんです。人前じゃなければ……」
「色々考えるより、慣れちゃった方が早いよ。じゃあ行こう!」 (3話)


下線部でことりが、海未の問題を三人の問題として考えていることは象徴的です。
実際にこの後で三人は、海未の苦手克服のために「三人で」ビラ配りを行います。
そして最終的に、海未は率先してビラを配るまでになるのです。
ここでも「海未の努力によって」というより、「μ'sという関係の中で」、
海未が弱みを乗り越えていることが強調されています。

9話の路上ライブの際にも、海未の苦手意識は表出しますが、
このときも最終的には「九人で一緒に」海未はライブをやり遂げて見せます。

完全に同じ構造が、9話でことりの弱みが取り上げられたときにも見出せます。
9話では、穂乃果や海未に比べて「何もない」と感じることりの「自信のなさ」が問題となります。
ゆえに、「新しい自分になるべく歌詞作りに挑戦」(10話)するわけですが、
これは結局、ことり一人の力で成し遂げられるわけではありませんでした。

「やっぱり私じゃ……」
「……ことりちゃん! こうなったら一緒に考えよう! とっておきの方法で!」 (9話)


結果として、全員でメイド喫茶に押しかけて考えることになります。
ことりはその中で、特に穂乃果から助言を受けて歌詞を完成させるのです。
そして最終的に、ことりは穂乃果すらリードする勢いでライブへと進んでいきます。
路上ライブに尻込みする海未を前に、穂乃果よりも先に「面白そう!」と答えたのはことりでした。
ここでも、ことりの問題が「μ'sという関係の中で」克服されていることが分かります。
ライブの後のことりの言葉は端的にこのことを示しています。

「うまくいってよかったね。ことりちゃんのおかげだよ」
「ううん、私じゃないよ。みんながいてくれたから、みんなで作った曲だから
「そんなこと。でも、そういうことにしとこうかな」 (9話)


明らかにことり一人の努力ではなく、「μ'sという関係」に強調点が置かれています。

10話でも、素直になれない真姫の「面倒なところ」が話の中心になりますが、
これも「真姫の努力によって」というより、「μ'sという関係の中で」克服されます。
すなわち、同じように「面倒なところ」を持つ希の助けもあって解決されるわけです。
希は最初、真姫に「無茶」を勧めますが、最後には半ば強引に無茶させます。
けれどもそのおかげで、真姫は「ありがとう」を伝えることができました。

このように、『ラブライブ!』は誰かの弱みに焦点を当てる場合、
それが「努力」によって乗り越えられる様を描き出そうとしてきたと言うより、
それが「関係」の中で乗り越えられる様を描き出そうとしてきたと言えます。

ただ注意すべきなのは、「努力」をないがしろにしているというわけではないということです。
その証拠に『ラブライブ!』では、「練習風景」が強調されてきました。
5話や8話の屋上での練習を中心として、「努力」は終始描かれています。
しかし、穂乃果の暴走癖や真姫の「面倒なところ」を初めとする、個人の性質と不可分な「弱み」、
換言すれば、それ自体がその個人の特徴の一つと呼べるような「弱み」は、
「μ'sという関係の中で」助け合うことにより、乗り越えられるのです。

アニメは乗り越えられる対象の性質によって、「努力」によって乗り越えられるべきものと、
「関係」によって乗り越えられるべきものを峻別しています。

そして、「関係」による克服こそ、アニメの描いたμ'sという関係の特徴でした。
誰かの弱みは、その関係の中で一人ひとりが助け合うことで乗り越えられる。
そうした「補い合う関係」として、μ'sは作中に表れています。
私は、μ'sがそうした関係だからこそ、個々人がμ'sという関係の中で、
時に自分の限界を乗り越えて前に進むことができるのだと思います。
海未の言葉を借りれば、その中でこそ「自分の知らない世界」へと漕ぎ出すことができるのです。



○ことりの復帰:「みんなで目指す場所」としてのμ's


次に、ことりの復帰という側面から考えます。

ことりは海未の後押しを受けた穂乃果の言葉により、復帰を決意します。
穂乃果は空港で自身の素直な気持ちをぶつけるのです。

「ことりちゃん!」
「あっ!」
「ことりちゃん!」

「ことりちゃん、ごめん! 私、スクールアイドルやりたいの!
 ことりちゃんと一緒にやりたいの!
 いつか、別の夢に向かうときが来るとしても! 行かないで!」

「……ううん、私の方こそごめん。私、自分の気持ち、分かってたのに」 (13話)


ここで問題なのは、「私、自分の気持ち、分かってたのに」ということりの言です。
彼女はスクールアイドルを続けたいと本当は思っていたけれど、
それを選び取ることができなかったと、ここでは示されています。
そのことは、13話に入っても穂乃果からのメールを待ち続けていることからも分かります。

lovelive13.png

これは、穂乃果が復帰を決意した場面で、まるで対比させるかのように差し込まれています。
留学が決定しても、ことりは穂乃果に止められることを何処かで望んでいたのです。
このことは一見、「自分の気持ち」を一人で選択できない意志の弱さを明示しているように見えます。
先述の通り、9話でことりの「自信のなさ」は、μ'sという関係の中で乗り越えられました。
それなのに、13話では彼女が自身の意志に関して依然自信を持てていないとも捉え得るので、
ここでことりの成長のなさが浮き彫りになっていると読むこともできるでしょう。
11話でことりの母が以下のように述べていることも、その読み方を援護します。

「どうするの? こんなチャンス、滅多にないわよ」
「うん……」

「お母さん! お母さんは行った方がいいと思う?」
「それは自分で決めることよ」 (11話)


ことりの母はことりに自分で決める機会をしっかりと与えているのにも係らず、
ことりは一人で「自分の気持ち」を選べず、穂乃果の助けを要したというわけです。
ことりのその姿にもやもやした方というのは、結構多かったのではないでしょうか。

けれども、μ'sか留学かという選択におけることりの迷いは、
この一部だけを見て捉えられるべきではなく、アニメ全体を見て捉えられるべきです。


そもそもアニメは「μ's」ないし「スクールアイドル」という選択肢を、
一人で選び取るものではなく、一貫して「みんなで選び取るもの」として描いています。
以下、具体的な場面を抽出していきたいと思います。

それが最初に示されるのは1話です。
海未は一人では決してスクールアイドルになろうとはしなかったでしょうが、
弓道の練習中にアイドルポーズを決めてみる姿から分かるように、
「やりたいという気持ち」はあったのであり、穂乃果とことりがいたからそれを選び取れました。
一人では選べない「自分の気持ち」を、彼女はみんなと一緒だから選べたのです。
海未は以下のように述べています。

「一人で練習しても意味がありませんよ。やるなら三人でやらないと」 (1話)


ここで海未は、三人であるから意味があることを指摘しています。
そして結果として、三人でスクールアイドルを始めることになるのです。

全く同じことが、4話でもテーマになっています。
花陽、凛、真姫の三人は、それぞれスクールアイドルに興味を持っていましたが、
それぞれの理由からなかなか入部することができませんでした。
彼女たちが一人であったなら、その状況はずっと動かなかったでしょう。
しかし、彼女たちは三人だったから、μ'sに入ると意思表示することができました。

「つまり、メンバーになるってこと?」(中略)

「わ、私はまだ、なんていうか……」
「もう! いつまで迷ってるの!? 絶対やった方がいいの!」
「それには賛成。やってみたい気持ちがあるなら、やってみた方がいいわ」
「で、でも……」
「さっきも言ったでしょう? 声出すなんて簡単! あなただったらできるわ」
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっとアイドルになりたいって思ってたこと」
「凛ちゃん……。西木野さん……」
「頑張って、凛がずっと付いててあげるから」
「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ?」

「え、えっと、私、小泉……」

「私、小泉花陽と言います。一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、
 得意なものも何もないです。でも、でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!
 だから、μ'sのメンバーにしてください!」 (4話)


このように、凛や真姫の助けがあって、花陽が加入できたということが非常に強調されています。
そして凛と真姫も、花陽の表明を受けて、直後に加入することになります。
それぞれの理由から「自分の気持ち」を選べなかった三人が、
三人一緒だったからこそ、μ'sに加わることができたのです。

4話は、そうした主題を持った話でした。

同様のことが、5話や8話でも形を少し変えて描かれています。
すなわち、にこや絵里はμ'sに興味がありながら、素直にそこに入ることができませんでした。
しかし、周囲の助けもあって、無事μ'sの一員になることになります。
その過程で特に大きな存在感を発揮したのは穂乃果です。
やはりここでも、一人では選び取れないものとしてμ'sは提示されていることが分かります。
みんなが一緒だから、「自分の気持ち」を選択することができる。
希も10話で示されるように、μ'sへのただならぬ想いは早い段階から持っていたにも係らず、
他の八人がいない限りは、そこに入ることができなかったと考えることができます。

唯一の例外は、最初にアイドルになることを決意した穂乃果です。
しかし彼女も、13話において、μ'sから抜けた後に一人ではそこに戻れませんでした。
前の記事で述べましたが、にこや絵里の言葉があって、穂乃果は復帰するのです。
穂乃果が5話で気持ちを再燃させたにこにより気持ちを再燃させられ、
穂乃果が8話で手を伸ばして救った絵里により、手を伸ばして救われることは象徴的です。

彼女も「みんながいるから」μ'sに帰るという選択ができました。

以上の場面で繰り返し提示されてきたのは、
「誰かと一緒だからこそ選択できる自分の気持ちがある」ということです。
それは自分の正直な気持ちですが、だからこそ一人では選び難い気持ちであり、
選ぶためには誰かの後押しを必要とします。
μ'sというのは、そうした「みんなで選び取るもの」なのです。

終盤のことりの留学に関しても、この延長で見るべきだと思います。
つまり、ことりの「自分の気持ち」は自分一人で選択できるものではなく、
誰かと一緒だからこそ選べるものだったということです。
ことりにとって「誰か」とは、特に親友である穂乃果のことを指します。
彼女の一声こそ、ことりがμ'sを選ぶための条件なのです。

留学に際しての騒動は、ことりの意志の弱さを明らかにしていると言うより、
μ'sがどのようなものであるかを改めて示していると考えることができます。


結論として、μ'sは一人でではなく、みんなで選択するものとして描かれています。
一人ではそこに向かうことはできないけれど、みんなと一緒ならば向かうことができる。
そうした「みんなで目指す場所」として、μ'sは作中に表れているのです。
ことりの復帰までの道程は、そのことを改めて強調しています。



さて、長くなってしまいました。
もしここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございます。

簡単にまとめますと、13話での穂乃果とことりの復帰はそれぞれ、
μ'sが「補い合う関係」であることと、「みんなで目指す場所」であることを示しています。
廃校を阻止するための手段としての意味が失われても、
九人にとってそうしたものとしてμ'sは意味を持ち続けます。
みんなと一緒だから成り立つμ'sという関係の中で、
九人は相互に補い合いながら、新たな世界へと向かっていく。

そうした情景を、九人での講堂ライブに見出すことができるのではないでしょうか。
穂乃果は晴れやかな表情で、集まった観客に伝えます。

「私たちのファーストライブは、この講堂でした!
 そのとき、私は思ったんです。いつか、ここを満員にしてみせるって!
 一生懸命頑張って、今、私たちがここにいる。
 この想いを、いつかみんなに届けるって! その夢が今日、叶いました!
 だから、私たちはまた駆け出します! 新しい夢に向かって!」 (13話)


μ'sの出発から始まった物語は、μ'sへの到着で一先ず終わりを告げます。
しかし、九人の物語はそこから「新しい夢」へと続いていくのです。
それは九人が相互に助け合うことができる、μ'sだからこそ掴み得る夢に違いありません。



【関連記事】

 「穂乃果の物語」ではなく「三人の物語」として (3話感想)
 本当の意味で、同じグループの一員へ (10話感想)


テーマ:ラブライブ!
ジャンル:アニメ・コミック

コメント

No title

ひとつ前の記事と合わせた感想ですが
穂乃果復活までの流れが、とても納得できる形でまとまっていて
自分の中でスッキリしました。どうして最後が絵里なんだ?という疑問をぼんやり抱いていたので。

「留学に際しての騒動は、ことりの意志の弱さを明らかにしていると言うより、
 μ'sがどのようなものであるかを改めて示していると考えることができます。」
この考え方にも成程と頷いてしまいました。
ことり留学に関して、私の中では海未の説得でも留学中止まで踏み切れなかったことりが
穂乃果の説得であっさり決断するという部分がポイントとして大きくて…
百合好きのフィルターを通してしまうと、ことりにとって本当に一番大切だったのは穂乃果といっしょにいることだったけど、ことり自身も留学を決定してしまうまでそれに気が付かなかった。常識ではもう留学取り消しなんてできないけど、穂乃果が引き留めてくれるなら…という流れを妄想して納得してしまったんですが。
フィルター抜きで考えると、あれは穂乃果の個性というか魅力、「ワガママ」いっても穂乃果ならアリだと思わせてしまうような部分を強調するために、ことりの意志がまだ弱い、と視聴者に受けとられかねない展開であってもあえて押し通したのかなと考えていました。

天秤さんの考え方だと、ことり留学がアニメ全話を通して描かれていたことの中にうまく含まれていてしっくりきますね

長々と乱文失礼いたしました。

返信です。

>ひとつ前の記事と合わせた感想ですが ~ の方

丁寧なコメントありがとうございます。
終盤の展開は複雑で、色々と解釈できますよね。
だからこそ各所で論争にもなるいい作品だったのだと思います。

私は、「μ'sはみんなで選び取るもの」であることを示していると取りましたが、
おっしゃっている考え方もとてもよく分かります。
拝読して、新たな見方を勉強させていただいたという気持ちです。

実際、ことりは穂乃果のおかげで復帰することができたし、
穂乃果は海未の言葉があったから「わがまま」であることができたし、
海未はことりの仲介のおかげでアイドルを選ぶことができたという点から、
三人にとって三人がそれぞれ大切だったと分かるので、
百合好きとしては最高においしい関係性ですよね。
コメントを読んで、穂乃果は気付かせた責任は取らなければならないなあと思いましたw

また穂乃果の魅力を強調するために、というのもよく分かります。
仮に最後の場面でことりが自分の気持ちが残ることだったと告白しないと、
穂乃果が前途ある友人を「わがまま」で連れ戻した感じが強くなってしまうんですよね。
そうした配慮もあっての描写だったのかも知れません。

私はラブライブ!を「μ'sの物語」として読みたかったので、上述の結論になりましたが、
「穂乃果の物語」として読むと、また別の見方ができる気がします。
もし何か考えることがあれば、またいつでも聞かせていただければ幸いです。
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◎ラブライブ!第8話「やりたいことは」

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