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これからに向けて「開かれた」六人の関係 (ひだまりスケッチ四期全体感想)

2012.12.25 16:55|ひだまりスケッチ
ひだまりスケッチ×ハニカムが終わってしまいました。
そのことは寂しいのですが、内容は最後までとてもよかったと思います。
修学旅行という、ヒロと沙英の卒業を仄めかすところからスタートした以上、
本当は二人の卒業で締めるのが構成的により綺麗だったと言えるかも知れません。
しかし、そこは原作の進み具合の問題もありますし、
それを抜きにしても、「卒業に向けて六人の関係をどうするか」というテーマは、
最後までぶれていなかったのでよかったと思います。

「ヒロと沙英の卒業に向けて六人の関係をどうするか」。
その問いに対する答えは、ヒロが卒業について不安に思う六話や、
有沢さんがゆのに対して領導する七話などにおいて、繰り返し提示されてきました。
そして終盤においても、その答えと取れる関係の変化がしっかりと描かれていたと思います。
今回は、十一話と十二話において特に目立った、「ある一人の登場人物」と絡めて、
上述の全体的なテーマに関して論じていきます。

その人物とは、他の誰でもありません、夏目その人です。

終盤において、彼女がひだまり荘の六人の中に迎えられるという構図が強調されていました。
十二話においては、以下の場面が当てはまります。

「沙英!」
「夏目?」
「こ、こんなところで偶然ね」
「そうだね」
「あけましておめでとう……」
「あけましておめでとう、今年もよろしくね」
「こ、こちらこそ……」

「よかったら、ここで初日の出一緒に見ていかない?」


ヒロの一声で、夏目は後輩たちとも挨拶をして、一緒に初日の出を眺めることになります。
この場面のように、夏目が六人の中に入っていくという構図は、
クリスマスパーティに参加する十一話から続けて強調されていると取れます。

この点は、夏目が変わらずに沙英を中心に見ているために一際目立ちます。
すなわち、初日の出の場面でも分かるように、夏目が沙英を中心に見ているのなら、
本来沙英との距離を詰めたり、関係を変化させたりするだけで足りるはずです。
それなのに夏目は敢えて、「ひだまり荘の六人とも」距離を詰めています。
ここに、何らかの意味を見だせるのではないか。

けだし、夏目と六人との肉薄が作中で描かれたことは、
先の「卒業に向けて六人の関係をどうするか」というテーマに関連します。
端的に言えば、夏目という関係外部の存在がその中に招かれることにより、
六人の関係が「外に開かれた」ということを示しているのではないかと思うのです。
そのことを順を追って説明して参ります。



(1)基本的に「閉じた関係」であった、ひだまり荘住人の関係


第一に、ひだまりスケッチという作品自体について考えてみます。
この作品は、ひだまり荘で暮らす住人たちを中心に扱っています。
そして住民たちの関係には、他の人々とは異なる、どこか疑似家族的な親しさを見出せます。
この親しい関係は、基本的に「閉じたもの」です。
つまり、「現在ひだまり荘の住人である」という資格があって初めて、
この関係の中に入ることができると考えられます。


その証左として、基本的に外部の人間は、この関係の中に入り込むことはできません。
例えば四期で言えば、一話で部屋に招かれていた沙英たちの友人は、
決して六人の輪の中には招かれませんでした。
また、五話ではなずなの両親もなずなの部屋に招かれるに留まりました。
七話で有沢さんはゆのとのみ、関係を深めました。
以上のように、ぎりぎりでひだまり荘という場所に招かれることはあっても、
六人の輪の中に誰かが招かれるということは、「一つの例外」を除いてありませんでした。


確かに、六人を皆知る大家さんや吉野屋先生であれば、彼女たちと関わっていくことはあります。
九話では、大家さんが六人の人生ゲームに同席しています。
しかし彼女たちは大人であって、そこで厳然たる線引きが行われていると考えられます。
つまるところ、ゆのはひだまり荘のメンバーに対するのと同様の「親しさ」でもって、
大家さんや吉野屋先生と関わることは決してありません。
その意味で彼女たちも、六人の輪へ入ることはできていません。

先に述べた「一つの例外」とは、沙英の妹である智花のことです。
彼女だけは、一期の時点でひだまり荘住人の輪の中に入ることができていました。
そしてそれは、なずなと乃莉の入学の後にも変わることがなく、
四期でも十話において、彼女は六人の輪の中にいたと言えます。
けれども、作品において例外中の例外(元々アニメから登場)であることを抜きにしても、
彼女の場合は、沙英の妹であるという特別な地位が大きいと思います。

すなわち、彼女は「沙英の妹」であるという点で、他者である事実が軽減され、
かつ大人であるという線引きもされなかったため、例外的に加入できたと考えられます。

以上より、ひだまり荘住人の関係というのは、かなり親しいものであるゆえに、
メンバーが限定された、「閉じた関係」であったと言えると思います。


(2)夏目によって「開かれる」ひだまり荘住人の関係


第二に、原則閉じられたものであったひだまり荘住人の関係が、
夏目によって「開かれた」と読めるということを改めて説明していきます。
夏目は当初、沙英を常に気にしている外部の人物として作中に現れました。
そしてゆのたちと関わることもこれまでに程々にありましたが、
十一話のクリスマスパーティの段階まで、外部であったことに変わりはなかったと言えます。
以下の場面は、その論拠となる十一話からの抜粋です。
夏目はパーティを楽しむ中でふと思います。

「あれ? 私けっこう人見知りなのに……」
「ここの辞書には載ってないかもねー」


これは夏目にとって、沙英(とヒロ)以外は人見知りの対象になり得たということです。
この台詞は、彼女がこれまで関係の外部であり続けたことの証左となります。
クリスマスパーティの時点で、夏目は境界を外から中へ飛び越えたと言えます。

そして、これは六人の輪の側から見れば、「外部に開かれた」瞬間に他なりません。
先述したとおり、ひだまり荘住人の関係は、外部に開かれることがほぼありませんでした。
しかし、夏目はここにおいて、六人の親しさの輪の中に入り込んでいます。
当然、夏目はひだまり荘の住人ではないので、外部にとどまってはいるのですが、
関係の中に入り込み、一緒に楽しみ、一緒に笑い合うということはできているのです。
この点で、夏目がクリスマスパーティに招かれたことにより、
閉じていた六人の関係は、事実上、外部に開かれたということができると思います。

そしてそれは一緒に初日の出を見る、十二話のシーンへと繋がっていきます。


(3)卒業に向けて「開かれた関係」:みんなで繋がり続けるために


第三に、夏目によって「開かれた六人の関係」が、今期全体のテーマである、
「ヒロと沙英の卒業に向けて六人の関係をどうするか」ということに、
どう繋がるのかということについて考え、それからまとめたいと思います。

既に私は、ひだまり荘住人の関係が、これまで「閉じられたもの」であったと語りましたが、
これは「現在」ひだまり荘で暮らしている住人の間に限定されているという意味であり、
そこに入り込めない外部としては、「卒業生」も含むと考えられます。

もはやひだまり荘に住んでいない以上、卒業生は現在のその関係の中に入ることはできません。
私がそう考えたのは、みさと先輩のことがあるからです。

みさと先輩(とりり先輩)とは、三期九話などで詳しく登場した、ヒロと沙英の二年上の先輩です。
既に卒業したみさと先輩と、ヒロと沙英との関わりは作中でほぼ描かれていません。
ひだまり荘に彼女たちがいた当時は、ヒロや沙英と親しい関係を築いているのですが、
それ以後どうなったかについては、ほとんどノータッチです。
この事実を鑑みると、作品におけるひだまり荘住人の親しい関係とは「現役同士」の関係です。
そこに二つ上の卒業生たちは入ってくることがありません。

この事実は、思い続けることによって、卒業しても関係を継続し更によくしていくという、
四期六話や七話などで一貫して提出されてきた作品の答えに暗い影を落とします。
ひだまり荘住人の関係は、元々「閉じていた」ために、
上述のように、卒業生までは含めないと解せるからです。

そのため、夏目が関係を事実として「開いた」ことが重要なのです。
それまでは、ひだまり荘の現居住者だけの「閉じられたもの」であった関係を、
夏目が開き、広げたため、卒業してもそこに加われる可能性が示されたと言えます。
六話や七話で示された、ヒロと沙英、あるいはゆのの「関係の継続」への意志とともに、
夏目によって終盤に示された「関係の開放」が、彼女たちの望む未来を保証するのです。

私は、四期の最後に夏目が出てきたことをそう解釈したい。

ここまでをまとめると以下のようになります。
すなわち、閉じていたひだまり荘の六人の輪が、夏目によって開かれたことにより、
ヒロと沙英が卒業後に後輩と繋がり続ける事実上の根拠が確保されたと言えます。
ひだまり荘の六人の関係は、卒業で四人になることに備えて、
これからもみんなで繋がり続けるために開かれた。

そう考えるからこそ、アニメ四期の終わり方は、
これまでの結論を補強した実に綺麗な終わり方であったと思うのです。



以上で『ひだまりスケッチ×ハニカム』の考察は終了になります。
ひだまりスケッチは一期の頃から見ていましたが、
中でも四期は個人的に最も楽しみながら見れたというのが率直な感想です。
今回の記事も、とにかく感謝の気持ちを込めて書き上げた次第です。
四期が非常に綺麗な終わり方だったとは言いつつも、原作も続きがあることなので、
五期でも特別編でもいいので描いて欲しいと思わずにはいられません。

また、おそらく年内に書くのはこれで最後だと思います。
仮にここまで付き合って下さった方がいらっしゃいましたら、来年もよろしくお願いいたします。


テーマ:ひだまりスケッチ
ジャンル:アニメ・コミック

コメント

No title

その節は大変お世話になり、ありがとうございます。今回もまた、「考察とはかくありなん」と世に広く喧伝して回りたい程の美文でした。「ひだまりスケッチ」4期の核心は天秤氏の最終定義にして、表題でもある『これからに向けて「開かれた」六人の関係』だと私も確信しました。これには私なりの根拠もございます(以下述懐しますのは私の素っ頓狂な妄想ですのでスルーして頂いても結構です)。私も「ひだまりスケッチ」大好きで1-4期全部見ました。そして4期に「xハニカム」という言葉が選ばれたのか、まず引っかかりました。私は無学故、なにぶん言葉を知りません。そこで「ハニカム」を調べました。そこには「ハニカム構造(ハニカムこうぞう、英語:honeycomb structure)とは、正六角形または正六角柱を隙間なく並べた構造である。」と書いてありました。そして天秤氏のこの「考察」で、とうとう合点がいきました。ハニカムは正六角形を3次元空間充填すればする程、強度が増し最終的には塊状のものとなります。これは閉じられた内へと向かう構造です。そして面白いのはハニカムは「同様に、塊状の素材に孔を開ければ、板材による構造が残る。これらがハニカムである。」というのです。穿つことによって開放的連続構造体になるという『これからに向けて「開かれた」六人の関係』に限りなくイメージが近いと、そう思った次第です。ともすると「ひだまりスケッチxハニカム」は、最初から天秤氏の仰る『夏目によって終盤に示された「関係の開放」が、彼女たちの望む未来を保証』したタイトルだったのか?いやいや、邪推が過ぎました。申し訳ございません。天秤氏の洞察力、構成力、解析力、文章力は一般人の域を超えています。切に出版物を出されることを希望します。わかば色のルーフトップは間違いなく(前にも書きましたが)研究対象にすらなりうるブログです。長々と駄文を書き連ねてしまいました。あと、「天秤氏」と呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?(って事後承諾相すみません)

返信です。

>TOKYO-DEADさん

最近の漫画の展開はまだ読んでいないので分かりませんが、
四期の意味するところはこういうことだったらいいなあ、
という希望も含めてわいわいと考えてみました。

ハニカムは何か六角形みたいなものという、
てきとうな理解でしたが、そうした意味を含むものだったんですね。
そのたった一言から、そこまで考察を広げるとは脱帽です。
実際、各期のタイトルの意味も考えてみると面白いかも知れません。

「氏」を付けてもらうほどの人間ではございませんが、
問題はありませんので、お好きなように呼んでいただければと思います。
本当にそこまで評価していただけると、恐れ多くて震えが止まりません。
けれども、ありがとうございます。
兜の緒を締め直さねばと感じる次第です。

考察と言いながら先行研究も理論も何も使わないブログですが、
これからも色々とご指導いただければ幸いです。
ひだまりは卒業編も作成決定しているので、今から楽しみですよね!
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Author:天秤
天秤と申します。
アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
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