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祐巳が瞳子の姉になるまで:「姉の心情」の否定

2012.12.16 15:08|マリア様がみてる
本日は『マリア様がみてる』に関して少し考察をしてみたいと思います。
対象は、祐巳と瞳子の関係についてです。
特に「瞳子の事情に対する祐巳の態度」に着目して、二人の関係を捉え直してみます。
瞳子の家庭事情は、二人が姉妹になるまで長く尾を引いた重大事です。
祐巳はそれに対してどのような態度で関与したのでしょうか。
また、そこからどのようなことが読み取れるのでしょうか。

まず、祐巳が「他人の事情」に対して一般的な態度を示した場面があります。
それは、体育祭で祐巳が可南子と勝負をする「レディ、GO!」の中の一コマです。
ここで祐巳は、奇しくも瞳子その人に自身の態度を示しています。

「そうか。瞳子ちゃんは、可南子ちゃんの事情を知っているんだ」
「ええ。こちらは、人から聞いたことですが。どの程度のことか、
 祐巳さまにもお知らせしましょうか? 彼女、お父さまが--」
「やめて、瞳子ちゃん」(中略)

「可南子ちゃんが私に直接話したいというなら、聞く。
 でも、今の私は瞳子ちゃんに聞いてまでそれを知る必要はないんだ」

 (『マリア様がみてる レディ、GO!』、pp.61‐62)


祐巳は人の個人的な事情に関して、聞かず立ち入らないという立場を表明しています。
祐巳と可南子の関係において、それは直接に問題となる事象ではないからです。
しかし、ただ一つ例外として、「情報に関わる本人の意志」があった場合を挙げています。
すなわち、可南子本人が望むのならば、それを知ることは吝かではないということです。
まとめれば、「原則は非関与」が祐巳の一般的な態度と言えます。

この原則を、祐巳は瞳子の場合には覆しています。
十二月、瞳子が家出をして祐巳の家に世話になった後に、
優がお礼にやってきたとき、祐巳は瞳子の事情に関して優に尋ねています。

「瞳子ちゃんが何で家出したのか、知っている?」(中略)

「瞳子からは……」
「何となく、聞けなかった」
 祐巳は正直に白状した。聞いても、きっと話してくれなかったと思う。
「それでも、あえて聞きたい、と?」
 一瞬、「面白半分」とか、「野次馬根性」とか、「ただの好奇心」とか、そういう嫌な単語が頭の中に浮かんだ。そんなんじゃない。そう打ち消したかったけれど、でもそれらの単語と自分の今の気持ちを並べてみても、どこがどう違うのだか境目がわからなかった。
 瞳子ちゃんのことが気になる。教えてもらえるのなら、それらの嫌な単語を引き受けったっていいとさえ思えた。

  (『マリア様がみてる 未来の白地図』、p.55)


この後、優はもう一度よく考えるように促したため、祐巳は事情を聞けませんでした。
しかし、祐巳はこのとき明らかに「原則は非関与」を破っています。
しかも、関与する例外的な条件として挙げられていた、「本人の意志」を無視する形でです。
その理由は何でしょうか。
これは引用の中に明示されています。
「瞳子ちゃんのことが気になる」からです。
この理由のために、祐巳は自身の一般的態度を崩しています。

これは祐巳が瞳子に対して既に「姉としての気持ち」を抱いている場面と取れます。
現に、原則は関与できない領域だけれど、それでも関与したいという心情は、
以下の場面で、祥子が祐巳に対して抱くものと酷似しています。
優に瞳子の家出の事実を初めて知らされる場面です。

 祐巳が言わなかったということは、今は相談すべきではないと判断したからだろう。それは、家出という、瞳子ちゃんのプライバシーに関わる話であったからかもしれない。いや、もしかしたら祐巳は、瞳子ちゃんのことは誰の力も借りずに解決しようと考えているのではないだろうか。
 成立するかどうかは正直言ってわからないが、これは間違いなく祐巳と瞳子ちゃんという「姉妹」の問題だから。たとえ姉とはいえ、踏み込めない領域もある。

  (『マリア様がみてる 大きな扉 小さな鍵』、p.38)


祥子が、自分の立ち入れる領域でないにも係らず、それが気になってしまっていることは、
この前の場面で無意識に、祐巳と瞳子のことを考えてしまっていることから明らかです。
そして祥子が「気になる」のは、彼女が祐巳の姉だからと考えられます。
それと全く同じようにして、祐巳も瞳子のことが「気になる」のです。

その時点で既に祐巳は形式はともかく、内面的には瞳子の姉となっています。
例え自身の踏み込めない領域でも、気になってしまう「姉の心情」
老婆心とまで言わないにしても、その姉らしい関与への性向を祐巳にも見出せます。

けれども、これを祐巳は最終的に否定します。
優に聞くか聞くまいか、悩んだ末に柏木家までやって来た祐巳は、
そこに自分を導いた決意を否定して、何も聞くことなく立ち去ります。

 瞳子ちゃんを妹にしたい。
 瞳子ちゃんのことを何でも知りたい。
 瞳子ちゃんを手に入れたい。
 だったら今すぐに指に力を入れて、柏木さんを呼び出せばいい。呼んで「教えてください」と頼めばいい。
(でも……!)(中略)

 祐巳は左手を添えて、インターホンの前で固くなった右手を下ろした。柏木さんに聞くことは、瞳子ちゃんの閉ざしたガラス窓を無理矢理外からこじ開けるようなものだと、気づいたのだ。
 そんなことをしてはいけない。そんなことをされたら、ますます瞳子ちゃんは心を閉ざしてしまうだろう。
 そんなことをする人は、お姉さまじゃない。
 そう呼んでもらう資格はない。
 祐巳は踵を返して歩き出した。

  (『マリア様がみてる くもりガラスの向こう側』、pp.189-190)


これは、結論だけに着目すれば、最初の原則に戻ったということです。
「本人の意志」という条件がない限り、「原則は非関与」
その一般的な祐巳の態度が、改めて繰り返されたというだけに見えます。
しかし、この場面は、「気になっているのに関与しない」というところが重要です。
一般的な態度の場合は、そこまで気になっていません。
それと、それを無視してしまうほどに気になるのに、その気持ちを押し殺すことは違います。
「お姉さま」として、姉としては当然の「気になる」心情を否定することこそ大切なのです。

その態度は上述の祥子の態度と一致します。
祐巳と瞳子のことを気にしながらも、彼女は必要以上に踏み込みません。
そこは当人たちの領域として尊重しています。
同様に祐巳も、自身の感情を否定して瞳子の意志を尊重します。
それこそが「お姉さま」であると、引用部にははっきり示されています。

結論として、「本人の意志」がない限り「原則は非関与」という一般的な態度を、
「瞳子のことが気になる」という姉として自然な「姉の心情」は否定しますが、
祐巳は、それを以て事情を聞くのは、姉としてしてはならないと更に否定しました。
換言すれば、祐巳は「姉の心情を否定して」、瞳子の姉に相応しい存在になったと言えます。

ご承知の通り、実際に祐巳が優から事情を聞きださなかったことで、
祐巳と瞳子という姉妹の問題は良い方向へ転びました。
部分的なものではありますが、姉としての心情を祐巳が否定する場面は、
怪獣のように「垣根をどんどん壊して」瞳子の方へと向かう方針を改めて、
瞳子を慮り、彼女を待つという方針へと転換する第一歩であったと位置づけられると思います。


テーマ:マリア様がみてる
ジャンル:アニメ・コミック

コメント

No title

はじめまして。面白く拝読させて頂きました。実に誠実で深い考察に脱帽です。私はアニメしか見たことがなく、アニメ「マリア様がみてる」が大好きなので、今さらな感じですが、実は考察を試み、本当は天秤さんのように有意義な考察をしたかったのですが、書き終わってみると、荒唐無稽で素っ頓狂で馬鹿みたいなシロモノになっていました。先に天秤さんの記事に出会ってれば、こんな無謀なことしなかったのに...と反省。突然のコメント失礼しました。

返信です。

>TOKYO-DEADさん

コメントありがとうございます。
『マリア様がみてる』はアニメの方も面白いですよね。
私も大好きで、未だに時々見返しています。

不躾は承知で、TOKYO-DEADさんのサイトの考察を拝読させていただきました。
マリみてのエンターテイメント性の源を探り、
そこから三国志との類似を見出すというのは、
私にはない視点であったため、とても刺激になりました。

個人的には、絵画に一概に優劣は付けられないのと同じで、
考察も単純に優劣が付けられるものではないと思います。
何と言えばいいのか、誰の考察にもその人固有の色が滲み出る気がするんですよね。
ゆえに、その人の考察はその人にしか書けないのではないでしょうか。

拝読した考察には、TOKYO-DEADさんの色が出ていたように感じます。
今までマリみての考察は何点か読んできましたが、確かに類を見ないものでした。
なので、是非今後もその色を磨いていって欲しいと思います。

少しうるさく聞こえてしまいましたら申し訳ございません。
同じくマリみてを考察している方を発見して、少し興奮し過ぎたのかも知れませんねw
けれど、また何かマリみてで考えたときには、是非聞かせていただきたいと思います。

ご返信、恐縮次第です。

天秤さんのように、確かな洞察力と、卓越した文章力を同時に持たれている方に、ご返信のように言っていただけるとは、赤面する反面、光栄の極みです。アニメ「マリア様がみてる」は、私の大好きな作品で、天秤さんと同じく、もう何度となく見返しています(それであの「考察」?スミマセン。)。そして私の中では、アニメ4期の最も面白い、且つ、最重要テーマであろうと思うのが(天秤さんの言葉をお借りします)、「祐巳が瞳子の姉になるまで」です。私の拙く、推敲を欠く考察ですが、結果こうして天秤さんの『祐巳が瞳子の姉になるまで:「姉の心情」の否定』という、真に「考察」たりうる記事にめぐりあえた事は、無謀でも、稚拙でも、「マリみて」の考察に挑んで良かったと今では思っています。『祐巳が瞳子の姉になるまで:「姉の心情」の否定』には、私が「マリみて」アニメ4期を見るにつけ、「面白い」「名作だ」と漠然と思っていた、その感情の「具体的理由と正体」が言葉ではっきり記されていたんです。繰り返しになるので、最後にしますが、その炯眼と誠実で深い「考察」に脱帽です。もし機会があれば、今回の「マリみて」の考察後記のようなものを書こうと思っているのですが、その際に天秤さんのこの「記事」を何らかの形で紹介したいなと思いますが、迷惑でしたらもちろんやめます。この記事ありきの後記なので。長々と書き散らかして申し訳ありませんでした。今回は本当にありがとうございました。私はただのアニメ好きで、百合ジャンルにも疎いのですが、「アイマス」と、今はなんといっても「アイカツ!」面白いですね。このあと、「絶望先生」の天秤さんの二次創作を拝読させて頂きます。

返信です。

>TOKYO-DEADさん

返信ありがとうございます。
こちらこそ、そう言っていただけると感激の至りです。
「マリみて 考察」で検索すると、本当に素晴らしい研究ばかり引っかかるので、
正直びくびくしていたのですが、何かのお役に立てたのなら幸いです。

記事の紹介に関しては、全く問題ございません。
こういった場に掲げている以上、引用は如何なるものでも覚悟の上ですし、大歓迎です。
お好きなように使っていただければと思います。

「絶望先生」の創作は、小説にしては理屈っぽく読みづらいかも知れません。
あれを書いていて創作よりも考察がやりたいのだと改めて気付いたために、
残してあるようなものなので、まったりと力を抜いて読んでいただければと思います。

私も考察を拝読して、久しぶりに三国志を読み返したくなりました。
私は(初心者らしく)蜀贔屓で、麋竺が特に好きなので、徐州時代を中心に。
今後もサイトに伺い、勉強させていただくかも知れませんが、よろしくお願いいたします。
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アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
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