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『ひだまりスケッチ』の「愛すべき中途半端」 (ひだまりスケッチ四期七話感想②)

2012.11.28 14:31|ひだまりスケッチ
環境が変わっても繋がっていようとすれば、ずっと繋がっていられる。

七話最後でのゆのの言葉です。
六話でヒロと沙英が、関係を「望んでいる」ことで「もっとよくなる」と結論付けたのに対応する形で、
今度はゆのの側から、「繋がっていようとする」ことで「繋がっていられる」という結論を出しています。
ほとんど同様の答えが、改めて、下級生であるゆのの口から発せられているわけです。

この辺りの繋がりは非常にアニメが上手く残した部分であると思います。
四期に入ってから、ストックが少ない原作側の事情もあるでしょうが、
これまでほど激しい「時系列シャッフル」が行われず、
むしろ「物語の連続性」を大切にする方針に変わっているように見受けられます。
そして、それが最も効果を上げていた話が、六話・七話の間の繋がりだったと思うんですよね。

上級生二人の答えから、下級生であるゆのの答えへ。

それにしても、六話・七話は見直していて、引用したいと思わせるような台詞が多いです。
こうした「言葉で持っていく」ような作品は私の大好物なので、
今までの話の中でも特に感動しながら見ることができました。
七話の有沢さんの名言は、きっとゆのの中にずっと残り続けるだろうと思います。

さて、というわけで六話を扱った前回の記事の続きです。
合わせて読む必要はありませんが、もしよろしければ。
それでは、今回は有沢さんとのデートがあった七話を中心に考えていきます。



○個人・関係それぞれのレベルにおける「中途半端」な変化の肯定

まず、前回から何について話しているのかを確認しましょう。
私は、ヒロと沙英の卒業という「環境の変化」が近づくにつれて、
現実味を帯びてくる「関係の変化」に対してどう振る舞うかという問題に関する、
『ひだまりスケッチ』という作品の答えを分析していたのでした。

対象は、中でもそのテーマが色濃く出ていた、ヒロが環境の変化を恐れ悩む、六話の「ヒロさん」と、
ゆのが有沢さんに大切なことを教えてもらう、七話の「秘密のデート」です。

そして六話に関しては、前回の記事で申し上げた通り、ヒロの問題解決を通して、
「望んでいれば」六人の関係は変わらず、むしろもっとよくなるということが、
三年生二人の答えとして受け入れられたというわけでした。

ここからは、その上級生の答えに応える形で提示された、
七話におけるゆのの答えを確認した後で、全体をまとめていきたいと思います。

最初は、七話の有沢さんとゆののデートに関して論じていきます。


(2)有沢さんの領導とゆのの答え


そもそも有沢さんとゆのが出会う話は、三期五話にアニメ化されたものでした。
タイトルまで挙げれば、後半の1月31日「まっすぐな言葉」です。
ここでゆのは進路について聞かれて、まだ「多分」美大としか答えられません。
一年生なのだから仕方ないことではありますが、
そのようなゆのに対して有沢さんは自らの考えについて述べます。

有沢さんは、大学に行って何をする予定なんですか。

決まってないよ。
去年の秋頃に、オープンキャンパスを見に行ってね。
圧倒されちゃった。
年は二つ三つしか違わないのに、作品の質も取り組み方も全然違うんだもの。
格好良くて、きらきらして、それで、あ、この中に入りたい、
この場所で自分を伸ばしていきたいって、そう思ったの。


この言葉は、ゆのにまっすぐ届きました。
ゆのがこの言葉に感銘を受けたことは、アニメの表現でとても強調されています。
このように有沢さんは、ゆのの前を行く二つ上の先輩として、
ゆのが前に進んでいくのを言葉で導く立場を時に担います。

初対面の時は、ゆのが遠からず抱える「進路」という問題に対して、
自分の選択姿勢を示すことにより領導しました。

この「進路という問題の先輩」という有沢さんの役割は、四期七話でもそれなりに維持されていて、
近況を伝え合う中で、彼女はゆのの参考になる美大の話を語っています。
しかし、今回はそれ以上に大きな役割が彼女に任されていました。
「卒業という問題の先輩」としての役割です。
彼女は卒業という環境の変化を経験した先人として、ゆのに以下のように述べています。
やまぶき祭のパンフレットの表紙となったとゆのが報告した後の言葉です。

折角ゆのさんとメールアドレス交換したのに、あれからもう半年以上経つのよね。
いつでも連絡しようと思えばできるって安心しちゃってたんだけど、
実際に連絡しなければ、繋がってないのと同じかなあって。
簡単に会える環境があると意識しないけど、
環境が変わっても繋がり続けるためには、行動が必要かなって思ったの。


個人的には、この一連の言葉が「秘密のデート」という物語の核だったと思います。
実際にゆのの側でもこれが最も印象に残った言葉として表現されており、
別れた後でゆのは「行動」が大切だという有沢さんの言葉を思い出しています。
さて、有沢さんはここで、卒業という「環境の変化」を実際に体験した先輩として、
ゆのに誰かと繋がり続けようとする「行動」の重要性を伝えています。

それはヒロと沙英の結論である、ひだまり荘六人の関係を「望んでいれば」、
環境が変わっても関係は変わらず、むしろもっとよくなるという考えに繋がるものです。

そして、有沢さんの言葉は、ゆのによって言い換えられて結論付けられます。
別れた後で、ゆのは有沢さんの言葉を以下のように言い換えます。

環境が変わっても繋がり続けるためには、行動が必要かなって思ったの。

それって言い換えると、環境が変わっても繋がっていようとすれば、
ずっと繋がっていられる。


そして、ゆのはヒロと沙英にメールを送信することにします。
「沙英さん、ヒロさん、これからもずっと仲良くして下さいね」
ゆのは「環境の変化」に対して、ずっと繋がり続けようという想いで、
それを表す行動で、関係を維持することを決意しました。
それは、関係を「望み続ける」ことで維持しようと考えた、上級生二人の答えと一致するものです。
『ひだまりスケッチ』の結論として、「当事者の想い」があれば「環境の変化」は、
悪い意味での「関係の変化」に繋がらないということが掲げられていると読めます。



(3)まとめ


これまで六話・七話を振り返る中で、「環境の変化」が近付き、
それに伴い現実に成り得る「関係の変化」の危機に対して、
『ひだまりスケッチ』という作品がどのような考えを提示しているのか探って参りました。
結果として、六話では関係を構成する当事者であるヒロと沙英の「望み」が重視されており、
また七話ではそれが少し具体化されて、「繋がり続けたいという想い」と「行動」が、
関係を継続させていくためには必要であると描かれていると分かりました。


私はこの結論の上に、もう一つ気付いたことを付け加えたいと思います。

それは『ひだまりスケッチ』が、個人レベルにおいても、関係(集団)レベルにおいても、
「変化」に際しては、変わる部分と変わらない部分を持つことが良しであるとしており、
いわば「愛すべき中途半端」を肯定しているということです。
少し詳しく説明します。

まず、個人のレベルにおける「変化」に関しては、七話の有沢さんの言葉があります。
ゆのとのデートの帰り道での会話です。

ゆのさんそういうとこ、全然変わってない。

うう、さっきはちょっと大人っぽくなったって言ってもらったのに。

そこは変わらなくてもいいところ。
ゆのさんなところよね。

私なところ?

うん。
変わったところと変わらないところ、どっちもあるから、また会いたくなるんだよね。


有沢さんは、一方でゆのが個人として変わったところを持ちながらも、
他方で変わっていない部分も持っているということを評価しています。

変化した部分も変化していない部分も両方とも持っているから、また会いたくなる。
彼女はただゆのが大人になり、変わることを望んでいるわけでも、
ずっと昔のままのゆので居続けることを望んでいるわけでもないのです。
その中間、変わる部分も変わらない部分もあるという「中途半端」こそ肝要とされています。

これは個人としての「成長」にだけ当てはまるのではありません。
関係(集団)にも当てはまることとして作中で描かれています。
前回も引用しましたが、もう一度、六話の重要な部分を引用します。
ヒロが寂しさを告白した後に、沙英が諭す六話の結論とも言える場面です。

そりゃあ私もさみしいよ、めちゃくちゃさみしい。
でもさ、大丈夫だよ、変わらないよ
私たちが望んでいれば大丈夫だよ。
きっと、今よりもっとよくなるよ


沙英は「六人の関係」について、望んでいれば「変わらない」とする一方、
そうすることで「もっとよくなる」とも言っています。

これは厳密に考えれば矛盾するものと捉えられるかもしれませんが、
沙英が言っているのは、当事者が望み続けることで、
六人の関係の変わらないべきである部分は変わらないし、
もっとよく成り得るところはそのように変わっていくということだと思います。
つまり、関係が絶えず変わりながらも(よくなりながらも)、
重要な部分だけはずっと変わらないことが目指されているのです。

関係においても、変わりゆく部分と変わらない部分が両方あるという、
「中途半端」こそが規範的に考えられているということが分かる台詞です。

結論として、「環境の変化」に対して差し向けられるもう一つの答えとして、
個人レベルでも関係レベルでも、変わる部分と変わらない部分があるという、
「中途半端な変化」を愛おしいものとして『ひだまりスケッチ』は肯定しています。
潔くこれまでとは違う世界に飛び出してしまうのではなく、これまでにしがみつくのでもなく、
変わらない部分を持ちつつも変わっていくということは、確かに重要なことではないかと私も思います。



以上になります。
最初でも述べましたように、六話・七話の名言率の高さは異常でした。
引用してて、何度もいい言葉だなあとしみじみしていた次第です。

既にアニメ八話も放送されていて、やまぶき祭の様子が描かれていました。
ゆのの表紙のデザインが採用されたパンフレットですが、
ゆのは「昨年の思い出」をそこに託していましたね。
アニメ一期一話のコラージュにせよ、四期の夏休みの自主制作にせよ、
ゆのはひだまり荘とやまぶき高校での「思い出」を、
作品に託すキャラクターとして描かれることが結構多いように思います。

パンフレットの表紙もゆのならではという感じがしますよね。

あと見返す中でEDを眺めていて思ったのですが、
四期EDは「六人で歩く」ということが後半の方でかなり強調されているように思います。
三期EDは「新入生二人を迎える」という構図になっていて、
SPのEDは眠っているゆのを気遣う五人の姿を描き、
「六人での日常」をよく表現しているものと解釈できますが、
それに対して四期は「みんなで前に歩いていく」ことを強調しているように見えます。

さて、既に後半に入り込んでいますが、最後まで四期を楽しんでいこうと思います。
まだ某妹の彼女とか登場していませんし、まだまだこれからです。


テーマ:ひだまりスケッチ
ジャンル:アニメ・コミック

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