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765プロという「家族」① ――みんなとわたしの間の問題 (アニメ総論)

2012.09.26 15:44|アイドルマスター
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今回は、2011年のアニメ版アイドルマスターについての総論として、
そこで提示された「765プロという家族」について考えてみたいと思います。
この感覚は、仕事の忙しさゆえに次第にみんなの時間が取れなくなっていく終盤に、
特に家族というものについて思うところのある千早によって提出されたものです。

「いいえ。春香のためだけじゃなく、これは私の願いなの。
 私が歌を失いかけたとき、手を差し伸べてくれたのは春香と、みんなだった。
 今の私にとって、765プロは新しい家族なの。
 仕事を第一に考えるのは、私たちの使命なのかも知れない。
 だけど、諦めたくない。お願い、力を貸して欲しい!」 (24話)


この直後に美希も、765プロを「ただいまって帰れる場所」と言い表しています。
「家族」としての765プロ、「帰れる場所」としての765プロ。
これがアニメの終盤で、春香の動揺を契機に描き出されたものでした、
『キャラ★メルFebri』のアニメの各話解説でも、以下のように語られています。

『アイマス』の劇中で描かれる765プロにはどこか「家族」のイメージが託されている」。
  (『キャラ★メルFebri』Vol.10、2012年3月、p.27)


この「765プロという家族」について、今回と次回、二回に渡って論じていきたいと思います。
今回、春香の提出した問題がどのようなものであったかを確認した後で、
次回、その問題がどのように解決されていくかということに注目し、
そこから「765プロという家族」について考えてみるつもりです。
もしよろしければ、アニメの内容を振り返りながら少しお付き合い下さい。



○「家族」について①:みんなとわたしの間の問題


それではまず、アニメで最後に取り上げられた春香の問題を確認しましょう。
繰り返しになりますが、アニメで「765プロという家族」というテーマが描き出されたのは、
二十二話辺りから始まる、この春香の問題の中においてでした。
よって、「765プロという家族」に肉薄していく前準備として、
まずは春香の問題について明らかにしておこうと思うのです。

春香はみなで海に赴く、五話の時点で既にこう言っています。
夢が叶って、忙しくなった自分たちを想像してみた後の言葉です。

「でも、もしそうなったら、
 みんな揃ってこんな旅行とか、もうできなくなっちゃうのかな」 (5話)


実際に忙しくなったために、この懸念が現実化したのが23話です。
既に22話の時点で春香はこの類の寂しさを知覚していますが、
そのときは奇跡的にクリスマスに全員で集合することができたため、問題はありませんでした。
しかし、23話では765プロの面々は実際にみんなで集まれなくなってしまいます。
個々の仕事のために、765プロ感謝祭の合同練習に集まれない日々が続く。
しかも、そこに「生っすか!?サンデー」の打ち切りが重なる。
「みんな」での活動が、それぞれの活動によって浸食されてしまうのです。

「みんなで楽しく歌って踊って」(24話)
アイドルになって、そのような夢を叶えようとしていたのに、
有名になるに連れてその夢はどこか遠くへと離れて行ってしまう。
それが、アニメで春香の投げかけた問題でした。
「みんな」と「わたし」の間に横たわる問題とでも言うべきものです。
これは、問題として二つの次元を持ちます。
以下、順序立てて確認していくことにします。

第一は、「みんなの活動」と「個々人の仕事」の間の緊張という次元です。
第23話で全体練習ができないのは、個々人での仕事が忙しいからです。
また「生っすか!?サンデー」の打ち切りも、765プロが有名になって、
全てのアイドルを一番組で独占することが厳しくなったため引き起こされたことでした。
つまり、他の個々の仕事のために全体の仕事が犠牲となったわけです。
「みんなの活動」とそれぞれの「わたしの仕事」の間に緊張があります。
これが春香の直面した問題の第一の次元でした。

第二は、「みんなの意識」と「わたし(春香)の意識」の間の緊張という次元です。
第一の次元は、現実の仕事にかかずらうものでしたが、
今度はその仕事に対するアイドルの意識が問題となります。
春香は、自身の夢である「みんなで楽しく」を第一に考え必死に動きます。
それに対して、他のみんなは春香ほどには「みんな」を意識してはいません。
他のアイドルたちは「みんなの活動」を軽視しているわけではありませんが、
春香と比べると相対的に「個々人の活動」を重視しようとしているのです。

第24話では、個々人の仕事でみんなの時間が取れなくなるのは「仕方ない」ことと、
諦念を抱えながらも働く少女たちの姿が描写されています。

つまり、あくまで相対的にですが、「みんなの活動」を重視したがる春香と、
「個々人の活動」を重視しているみんなという対立が見られます。

これは実際には見かけ上の対立でしかなかったのかも知れません。
24話で明かされるように、他のみんなも「みんなの活動」の減少に思うところはあったのです。

しかし春香は、見かけ上のものでしかなかったかも知れない、
この意識における差を第23話で確かに感じてしまっています。
例えば春香は真に、まずは眼前の生放送に集中するべきであると諭されます(23話)。
さらに美希に、舞台での主役の座を巡って争うのにもかかわらず、
「一緒に頑張ろう」と考えるのは間違っていると考えを批判されてしまいます(24話)。
これらを経て、みんなとわたしの間の意識のズレを春香は認識することになります。

しかし、春香はみんなになかなか自分の考えを述べることができません。
自分の仕事をきっちりやり遂げることは、仕事をもらったアイドルとしての責務だからです。
このことは24話の千早の科白で強調されています。
仲間たちは何も間違っていません。
その責務を果たすために「みんな」の時間が減るのは仕方のないことなのです。
このような意識は春香にもあったのでしょう。
だから、言うことができません。
以下の科白で、春香は言えなかった理由に関して言及しています。

「でも、みんな嫌じゃないかなって思ったの。
 私のみんなで楽しくが、みんなの負担になっちゃわないかなって思ったら、怖くて」 (24話)


みんな、個々の仕事に一生懸命に取り組もうとしている。
それが全く正しいことであるからこそ、春香は考えを言い出せません。
みんなとわたしの考えは違う、そして我が儘なのは自分。
そのような意識がずっと春香にはあったために、自分で抱え込むことになってしまった。

第23話のラストで、プロデューサーにさえ彼女は言うことができません。
自分で頭をこつんと小突く象徴的な動作で、全てを封じ込めてしまいます。
春香にとっては、「みんなの意識」「わたし(春香)の意識」の間に緊張があるのです。
相対的に「個々の仕事」を重視するみんなと、「全体の活動」を重視する春香。

そして、二つの次元を持つこの問題を解決しようとしたのが第24話です。
まず、自分の我が儘だと考えて、ずっと自分の気持ちを抑えていた春香が崩壊します。
つまり春香は、「みんなの活動」を「個々の活動」より重視するために、
美希との競争で勝ち取った芝居の主役を降りようとします。
第一の次元において、「みんなの活動」の時間の減少の直接的な原因となっている、
「個々人の仕事」を減らすという手段に春香は打って出ようとするのです。


おそらく春香は、心中ではその手段が間違いだということに気付いていたと思います。
しかしそれでも、彼女にはその手段しか残されていませんでした。
前述の理由によって、第二の次元での解決に動くことが春香にはできなかったからです。
つまり、みんなに自分の寂しさを打ち明け、「みんなの活動」の重視を訴えかけるということは、
春香にとって自分の我が儘を押し通すことでしかなかったため、やってはいけないことでした。

だから、仕方なく仕事を減らすというもう一つの「自分勝手」に、
「個々人の仕事」を軽んじるとも取れる方向に春香は進んでしまいます。
そういった方法であれば、一応は春香個人の仕事を減らすだけで済みます。
それは、問題の解決に繋がらない明らかな悪手ですが、
春香にとっては、「夢」を繋ぎとめるための最後の一手でした。

それすら律子や美希との議論の内で否定されて、春香は自分を見失ってしまいます。
自分が歩む動力源であったはずの、アイドルとしての「夢」すら分からなくなってしまうのです。

結論として、23話で春香が抱えた問題と言うのは二つの次元を持っていました。
第一は、「みんなの活動」と「個々人の仕事」との間の緊張です。
第二は、そこから派生する、個々のアイドルの意識の問題です。
すなわちそこでは、「みんなの活動」と「個々人の仕事」のどちらを重視するのかということに関する、
「みんなの意識」と「わたしの意識」の差が問題となります。

第24話で春香は、「みんなで楽しく」という夢が崩れそうになるのを、
第一の次元への介入によって解決しようとしました。
個々の仕事が多いのならば、減らしてしまえばいいという恣意的な考えです。
それが否定され、夢への道が完全に閉ざされたように思えたため、
春香は自分が何故アイドルをやっているのか分からなくなり、活動を休止してしまいます。
第一の次元において問題を解決するという手法は、作中で否定されたのです。

ゆえにここから、物語は第二の次元において解決を図ることになります。
自分の我が儘ではないかとの認識から、春香にはできなかったそれを、
千早を始めとする「みんな」の側から実行していくことになるわけです。

そして、春香も自分の夢を見つめ直し、みんなのことを改めて考えることで問題を解決します。
この解決の局面で登場するのが「765プロという家族」という感覚です。
次回はそのことについて論じていきたいと思います。


テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

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