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「幼さ」という観点からの櫻子と京子の比較 (ゆるゆり♪♪:九話感想)

2012.08.30 17:37|ゆるゆり
あかりの家にナチュラルに泊まっているちなつ。

結衣のことに関していつも相談に乗っているのが、
あかりであることからも分かるように、
ちなつにとってあかりは「隣にいる」女の子です。

京子と結衣、櫻子と向日葵、綾乃と千歳と同じように、
あかりとちなつもお互いの家に遊びに行ったり、泊まりに行ったりしても、
全く違和感のない関係であるように描かれていると思います。

あかりにとっては、京子と結衣という幼馴染がいるにもかかわらず、
そうした関係に収まっているのがちなつであるということは興味深いことです。


まあ何が言いたいかというと、ちなあかはいいものだということです。

さて、今回は下級生四人がテスト勉強に勤しむ、44話「勉強会という何か」、
ちなつが押入れにこもって出られなくなる、52話「暗闇でドッキリ!」、
冒頭で触れた、intermission.3「怖いものは怖いんだモン!!…ですよねー。」、
珍しい組み合わせが見られる、intermission.8「偶然の一日、ハプニングな毎日。」、
以上四つの話が、ほとんど重大な改変なくまとめられていました。

一期の時よりも話の消費ペースが早いように思うのは私だけでしょうか。
ほぼ七巻までは使ってしまったので、八巻に入っていきそうですね。
普通はこのペースだと未だアニメ化していない原作の数が足りなくなるので、
三期はやらない(やれない)のかなと勘繰るところなのですが、
なもりさんだとペースが異常なので、その面では問題ない気がしますw

それでは、もしよろしければお付き合い下さい。




○櫻子と京子の比較:「幼さ」という観点から

今回は櫻子と京子が明確に比較されることが多かったように思います。
いい機会なので、今回は私が大室櫻子という人物を、
どのように解釈しているかを踏まえて説明していこうと思います。

まず、アニメ九話の中で、櫻子と京子が比較された場面から話を始めましょう。
最初の勉強会の話では、ちなつがこのようなことを言っています。

なんか櫻子ちゃんって ちょっと京子先輩に似てる

そうなの? 知的なところとか?

うん…なんかそういうこと言うところとか…


また最後の話の中でも、向日葵が京子に関して以下のように評価しています。
本屋でばったりと会って参考書に関する助言を貰う場面ですね。

…不思議な先輩だけど 実はしっかりしているところもあって
ちょっと尊敬してしまいますわ

櫻子とは大違い


このように、作中で櫻子と京子が比較の中で語られています。
これは原作の段階からの傾向であって、七巻の櫻子の人物紹介には、
彼女が京子と「似て非なる存在」であることが書かれています。

確かに、櫻子と京子は少し調子に乗りやすいところだとか、
周囲(特に向日葵や結衣)をどんどん巻き込んでいくところ、
奔放なところで、とても似通っているように思います。

また、八巻において京子は、向日葵をちなつにしばらく取られて、
焼きもちを焼いた櫻子を彷彿とさせる仕方で、
結衣を陸上部に取られそうになって調子を崩すことにもなります。
物語における役割という観点でみれば、二人とも物語を「動かす」
そのように考えられるのではないでしょうか。

しかし、作中ではその差異もはっきりと意識されています。
確かまだアニメ化はされていない話だったとは思いますが、
原作のBonus track.8「違いの分かる女」がちょうどそのことに関する話です。

ここでは、結衣と向日葵がお互いの相方について語り合います。
印象としては、アニメ一期であったクリスマスデートの話における、
結衣と綾乃の会話に近いものがあります。
そこでもその場に不在の京子と千歳についてそれぞれが語りました。
二人にとっての「隣にいる」存在に関する会話というわけです。

さて、話が逸れましたが、結衣と向日葵はお互い語り合う中で、
京子と櫻子の類似性を見出しつつも、同時に差異を意識することになります。

結衣は会話の後、京子との帰り道で以下のように言います。

まあけど 行動パターンとか似てるは似てるけど
どこか根本的に違う気がしたなあ


そしてどこが違うかということは、向日葵によって結論されるのでした。
櫻子との帰り道で、向日葵は悟ります。

…分かりましたわ
歳納先輩と違って あなたは本当に本当にバカなんですのね
コンビ組むとしたら間違いなく櫻子がボケですわね…


つまり、櫻子が「おバカ」であり、京子はそうでないことによって、
二人の最も大きな差異は作中で説明されることになる。

実際にアニメ九話の最後の話において、何も考えていないように見えた京子は、
実は色々考えていて、向日葵に参考書を薦めてあげるわけですが、
櫻子はおそらく実際に何も考えていません。
結果として結衣に「本物だ…!」と言わしめます。
黒いくらげに想いを馳せる櫻子の姿は、確かに京子には見出せない、
「愛すべきおバカ」である櫻子の姿が浮かび上がっています。
「頭の良さ」という要素が二人を明確に分かつものと捉えられます。

しかし、二人の差異を別の方面からも見ることができるのではないかとも思います。

前回少し触れましたが、櫻子を本質的に特徴づける要素、
すなわちここでは、彼女を明確に京子と別の存在として打ち立てる要素は「幼さ」です。
確かに、「頭の良さ」という軸も二人の差異を説明しますが、
同時にそこに「幼さ」という軸を加えることができるように思うのです。


この「幼さ」というのは私が勝手に印象に基づき名付けたものなので、
もしかしたらその言葉では不適切かも知れませんが、
ともかく「おバカ」であることだけでは説明できない差異を、
「幼さ」と呼ぶべきかもしれないような何かが説明するように私には思えるのです。

特にそのことが浮き彫りになると考えるのが、あかりへの関わり方への違いです。
京子は特に作品の初期においては、よくあかりを影が薄いことなどでいじっていましたが、
櫻子はそれとは違う方法で、あかりにコミットすることが多くあります。

「悪戯」です。

既にアニメ化した話においては、偶然外で見かけた居眠り中のあかりの額に、
クッキーを乗せて鳩があかりに群がる様を見て大笑いしたり
(アニメでは確かお団子にクッキーを差し込んでいました)、
勉強会においてあかりのお団子にペンを差して遊んだりしました。
こういったあかりへの悪戯は、けだし櫻子に特有のものです。
この点を、私は櫻子の「幼さ」の表象であると読んでいます。

敢えて「幼さ」という言葉を使うのは、以下の場面によります。
これは、まだアニメ化されていない話です。
櫻子と向日葵が一緒に道に迷う、42話「旅は道連れ…?」の内に、
向日葵が以下のように考えるシーンがあります。

…まったく
好き放題遊んで 疲れたら眠って…
子どもの頃からなにも成長していませんわ


櫻子は幼かったときから、その幼さを象徴する部分において変わっていない。
作中で櫻子が「子ども」であることが明確に示されている部分です。
ここから私は、櫻子を特徴づけるものとしての「幼さ」を引き出しています。
彼女は、そうした面では成長している、明らかに「大人」である向日葵や、
撫子や花子との関わりの中で、「幼さ」を強調されているのです。


実際には、櫻子と向日葵の幼少時代が語られる、54話「もう、してた。」で、
櫻子も昔から変化していることは分かるのですが、
しかし向日葵によれば「変わっていない」ことが強調されています。
そしてその変わっていない点というのが、全くもって子どもらしい特徴なのです。

これに対して、京子は明らかに成長しています。
と言うより、反転してさえいます。
ご存知のように、京子は幼少期、結衣に守ってもらっていた、か弱い女の子でした。
何があったのかはまだ詳しく語られていないものの、彼女は成長の結果として、
現在の奔放なまとめ役に収まったということは分かります。

変わった結果、成長した結果、現在の性格になった。

ここが、京子の思慮深い奔放さというか、
考えていないようでしっかりしている点の、契機ではないかと思うのです。

彼女は根っこでは頭がいいため、櫻子と差異化されもするのですが、
彼女の今の櫻子と似通っている性格が、成長した結果、
そうした意味で大人になった結果、身に着けたものであるということ。
成長したことを表象する現在の性格。
ここが櫻子と決定的に異なっています。
先に述べたように、櫻子の現在の性格は変わっていないところだからです。
如何に二人が似通っていても、そのことが持つ意味は違う。

だからこそ上述したように、あかりとの関わり方などにおいて、
微妙だけれど決定的な差が生まれてくるように思います。

厳密には、「頭の良さ」という軸とは別に、「幼さ」という軸があるのではないのでしょう。
二つの軸はどこかで関連しているように思われます。
しかし、視座としては異なるものです。
作中で表象される櫻子と京子の違いを考える際、
「頭の良さ」という軸と同様に、それとは異なるけれどそれと関連はする、
「幼さ」という軸で考えてみることもできるのではないでしょうか。




以上です。
私はこのようなことを考えながら見ていましたが、
皆様はどのようなことを考えてご覧になったでしょうか。

ちなみに、今回アニメ化された勉強会の話は、『百合男子②』でも取り上げられています。
しかも、あの話には京子と結衣がほとんど登場しないにも係らず、
主人公である啓介は、あの中に京結衣を見出しているのです。

その辺りに作者である倉田嘘さんのただならぬ観察眼(妄想力)を感じることができます。
そこの解釈というか、妄想は非常に興味深かったので、
もし興味がある方は手に取ってみても面白いと思います。

一方私はあの話の中で、櫻子が結局教えられなかったことに大きな意味を見出しています。
みんなが教え合っている中で、遊び続けていた櫻子。
これによって、櫻子にまともに勉強を教えることができる特権的な地位が、
向日葵の持つものであることが再び保障されたと解釈することができると思うのです。


アニメでは三話のバレンタイン回において、あかりでは教えられませんでした。
櫻子はそこで向日葵の教え方の良さを悟るわけです。
そして今度も、櫻子は(遊んでいたため)教えられなかった。
これにより、「櫻子に勉強させるものとしての向日葵」という考え方をすることができます。

あと、ちなつがあかりの家に泊まりに行く話がアニメで見られて眼福でした。

次回は八巻の内容に入るのでしょうか。
来週も色々考えながら楽しんで見ようと思います。

テーマ:ゆるゆり
ジャンル:アニメ・コミック

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