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アニメの改変による「ちなつの答え」の変化 (ゆるゆり♪♪:八話感想)

2012.08.22 15:10|ゆるゆり
マッサージの話を期待していたのは私だけでしょうか?

ちなつが無双する相手としては、まずあかりが浮かぶ私です。

そういった意味では、勝手に期待して、
勝手に期待は裏切られたわけですが、内容自体は非常に面白かったと思います。
アルバムが先行していますが、カラオケでの光景もありましたね。

千歳が綾乃に歌わせてあげるシーンは何度見てもいいと思います。
「一言声をかけてよね いつでも力になる それが本当の愛」っていう歌詞が、
もう千歳と綾乃のためにあるようなもので、散々騒ぎました。

さて今回は、京子の原稿をごらく部で手伝う、45話「大絶賛作画中!!」、
カラオケでの一部始終が描かれる、intermission.4「うたうよ!?ミラクるん♪」、
ちなつと結衣のデートを描く、Special.4「もうゆるいゆりなんて言わせない!!」、
以上の三つのお話が基となっています。

今回も気になった点を挙げていこうと思いますので、
もしよろしければお付き合いください。




○アニメの改変の論点:「クリスマス」、「下級生」、「ちなつの答え」

アニメ8話は、原作であった話三つを基礎にしながら、
いつも以上に多くの肉付け、改変が行われていたように思います。
しかし私は、それを指摘することでアニメを賞賛したいわけでも、
批判したいわけでもありません。
重要なのは、原作から変わっているかどうかではなく、
変わったところから何が引き出され得るかということだと考えているからです。

そのような立場の私にとっては、今回の原作とアニメの差異が、
非常に興味深い考察点を提示しているように思われたことこそ肝要でした。
そこで今回はその差異を取り上げようと思い立ったわけです。
特に、目を引いたのは作中の三つの改変です。
感想も踏まえて、それを順に述べていこうと思います。


①「クリスマス」に行われたカラオケ

第一に、今回はカラオケでの話が、「クリスマス」付近に行われていたということです。

冒頭の「あっかり~ん」からクリスマスの雰囲気は提示されていましたが、
特に全員でカラオケに行く話が、クリスマス付近の出来事と規定されていました。
その話が始まるときの、京子の台詞を引用しておきます。

たのも~
カラオケボックスでクリスマスパーティしようぜ!


京子が生徒会の面々をクリスマスパーティに誘いに行くわけです。
カラオケに行ったのがクリスマスであったということは、
完全にアニメオリジナルの設定です。

原作ではいつも通り、その日が何か特別な日であったとは言明されません。
特に何もない一日でした。
それどころか、原作でカラオケに行ったのは夏のことであり、
京子たちが全員、夏の制服を着ている頃の話でした。
これが、クリスマス付近に行われたと改変されました。

この変化は、一見大きな意味を持っていないように思います。
実際に、カラオケの話の中でクリスマスであることが展開に絡んでくるということは、
あかりがクリスマスらしい選曲をする以外は、ほとんどありません。

クリスマスならではのプレゼント交換やら、何やらがあったわけではなかった。
別にクリスマスに行われたと規定する必要はなかったのではないかと思うほどです。

しかし、クリスマスという設定が加えられたということはおそらく無意味ではありません。
では、どのような理由があったというのでしょう。
私はその答えに、他の話と比較することで肉薄してみようと思います。

比較対象となる話は、脚本担当を同じくするアニメ三話のバレンタインの話です。
ちなつがマフラーの編み方を向日葵に習い、
結果として櫻子がやきもちを焼くことになる話ですね。
この話をバレンタインのこととして描いたのは、アニメによる改変です。
原作では、バレンタインではなく、ちなつもチョコは送りませんでした。

この話を媒介として、クリスマスという規定が行われたことを説明できると思います。

私は、バレンタインの話と位置付けられた理由の一つは、
より多くの人物の登場機会を増やすためであったように思います。

原作では、この話は下級生を中心とする話でしかありませんでした。
マフラーを渡そうとするちなつ、編み方を教える向日葵、
ちなつに嫉妬する櫻子、そして向日葵の代わりに勉強を教えるあかり。
以上の四人しか登場しません。
上級生四人は全く現れないのです。

この下級生だけの話を、バレンタイン前の出来事とすることで、
アニメは上級生を登場させることができたと考えることができます。
上級生は、中心的に描かれる向日葵と櫻子の関係性に関与するわけではないので、
その関係を巡る話の中、その「小さい枠の内」には登場しませんが、
バレンタインという「大きい枠の内」において登場することになります。


つまり、結衣が京子とチョコを買いに行ったり、
千歳の力を借りた綾乃が京子にチョコを渡したりする光景が、
同じバレンタインに関連する出来事として、合間に挿入されることになるのです。

登場する人物の範囲を広げるための手段としての、「特別な日」
これと同じことが、8話のクリスマスについても言えると思います。

原作においては、カラオケには上級生だけで行っていました。
どのような契機があって四人で行くことになったかは語られません。
これに下級生も含めるために、
クリスマスの話という位置づけがされたのではないでしょうか。

クリスマスという特別な日だから、京子が全員でカラオケに行きたがる。
これはとても自然なことに見えます。
アニメ一期でもやった話ですが、京子は以前、
クリスマスに全員を集めてデート企画を行った前例があるからです。


上級生だけでなく、全員でカラオケに行くということを導くために、
その決行日がクリスマスとされたのではないでしょうか。
それが言い過ぎかも知れませんが、バレンタインの例を踏まえると、
理由の一つくらいには数えられるような気がします。



②カラオケにおける「下級生」の描写

第二に、上述の効果もあって、カラオケでの下級生が描かれたということです。

ここは原作を基礎にしながら、ほとんどオリジナルで加えられているので、
そこでのそれぞれの人物の特徴を指摘しておこうと思います。

まずは、あかりです。
あかりはクリスマスソングをみんなで歌おうとしたのですが、
結局自分しかその曲を知らずに、一人で歌うことになったシーンが印象的です。
みんなで歌えそうな歌を選ぼうとするところがあかりらしいですよね。
ある意味、この辺りも京子と対照的です。

そして、あかりはそうした「気遣い」で特徴づけられていたと思います。
それを示していると取ることができる場面が以下の二つです。
まずは、京子が飲み物を取ってこようとする場面です。

みんななに飲む? とってきてあげる
いいのん?
うん

あっ あかりも行くよ 京子ちゃん


京子と一緒に率先して飲み物を取りに行こうとするわけです。
これだけであれば、別に取り上げるべきだとは思いません。
しかし、後の場面でもう一度同様の描写が加えられています。

もうジュース空だね 今度はあかりが取りに行くよ


カラオケの話の中で、あかりは二度に渡って、飲み物を取りに行こうとしているわけです。
ここに、あかりが「気遣い」という点で以て、強調されていることが見て取れると思います。

あかりは、影が薄いキャラクターとして理解されやすいですが、
こうしたあかりの「気遣い」の側面を、アニメオリジナルの部分で、
アニメはよく描いてくれていたと思います。
「気遣い」で特徴づけられる少女としてのあかり。


次に、櫻子と向日葵を取り上げましょう。
二人は非常に対照的な性格を持っていました。
櫻子は自分で入れた曲を途中で分からないところは向日葵に歌わせておきながら、
盛り上がるところは再び歌うという、非常に「らしい」振り回しっぷりです。
それに対して向日葵は「仕方ない」ということで振り回されてあげる。

最終的には二人でデュエットすることになります。
歌の内容があまりに合い過ぎていて、お腹いっぱいになりました。

そうした「振り回す、振り回される」という点で対照的な二人は、
それゆえに京子と結衣に重ねられて語られることが原作でもあるわけですが、
もう一つ別の軸でとても対照的に描かれていました。
櫻子、向日葵についてそれぞれ順番にその場面を引用してみます。

次 杉浦先輩いってみよー!


櫻子が綾乃に順番を振る場面です。
それに対して向日葵は、こう言います。

杉浦先輩 全然歌ってないんじゃないですか?


歌っていない綾乃に順番を振る、という同じ動作をしつつも、
以上のように対照性が明確に表れて来ています。
向日葵の場合は、「気遣い」の延長で綾乃に順番を振っているわけですが、
櫻子の場合は、おそらく何も考えていません。


既にやったアニメの話でも、櫻子は綾乃のアイスを食べてしまったり、
結構綾乃に対して割と無遠慮に行動します(原作9巻も参照)。

また、あかりに悪戯をして、その結果あかりが鳥に襲われるのを、
笑って眺めているというようなこともあります。
この辺りはアニメ化されたときにも話題になったようですが、
全て原作から輪をかけて変化させられたわけではない、
原作の時点で描かれている、櫻子のかけがえのない特徴の一つと言えます。

この辺りの櫻子と向日葵の性質の対照性は、往々にして、
「おバカと優等生」という軸で語られることになります。
しかし、あかりに対する結構えげつない悪戯の件や、
カラオケでも描かれた綾乃へのコミットの仕方を考えると、
二人の対照性はむしろ、「子どもと大人」の対照性です。
櫻子は「おバカ」という小さな概念だけに留まらず、
より大きな概念である「幼さ」を作中で表象している。

私にはそのように考えられるのです。
それは向日葵との対比の中で語られ、また撫子や花子との対比の中で語られます。

以上の櫻子と向日葵の、「子ども」と「大人」の対照性が、
綾乃への一言に現れていたように思います。



そして最後に、ちなつに関してです。
8話のサブタイトルからしても、主役に他ならないちなつですが、
カラオケでも十二分な活躍を見せてくれました。

一言で言って、ちなつは「企む」女の子です。
そのこともあって、よく「黒い」とみなされることになります。
実際、カラオケでもどうにかして結衣とデュエットをすることを目指しています。
そしてその計画が大体は上手くいかない。
カラオケではそのように描かれていますが、
まさしくここが非常にちなつらしさを描き出している部分であると言えます。

ちなつと結衣とのデートの話を思い出してください。
ここでもちなつは色々企んで、結果ホラーを見ることにするわけですが、
自分の意図した通りに上手くはいきませんでした。

また、恋愛絡みではありませんが、おそらく来週アニメでやる、
ちなつが押入れに隠れる話でも、ちなつは色々考えて押入れに持ち物を隠しているうちに、
意図せず(当初の計画とは異なって)押入れから出られなくなってしまいます。

以上のように、ちなつは(特に恋愛に関して)「企むこと」、
そしてそれが「上手くいかないこと」で特徴づけられていると言えると思いますが、
カラオケでもそれが描かれていたと言えると思います。


これは同じく片想いの主体である綾乃と比べることができます。
彼女は、京子と一緒にデュエットすることなど企みません。
いや企んでいたのかも知れませんが、少なくともそれが作中で語られることはありません。
それなのに、千歳の助けもあって、結果的に上手くいってしまう。
綾乃との対比の中で、ちなつの特徴が浮き彫りになっています。



③デートにおける「ちなつの答え」

最後に論題として持ってくるのは、ほんの些細な差異のことです。
それゆえに、私の話は単なるこじつけにしか見えないかも知れません。
私もそれを自覚しています。
しかし、それにもかかわらず、私はこれを最も語りたかった。
この微妙な変化にこそ、非常に興味深い事柄が読み取れるのではないかと、
アニメを見直しながら思ったためです。

それは、ちなつと結衣のデートの中にある差異です。
けだし、それによってデート終盤での「ちなつの答え」の意味合いが変わります。
私のブログは文字だけブログなので非常に分かりづらいのですが、
まずはその場面の台詞を抜き出してみます。

ちなつちゃん急ごう 電車に間に合わないかも

私はなにをうじうじしてたんだろ
やっぱり今日は最高の日じゃない!

先輩 先輩 先輩 先輩
先輩大好きです~っ

ちょ ちなつちゃん 電車電車!


ほとんど最後の場面です。
二人の台詞自体は、原作とほとんど変わりません。
変わっているのは、このとき描かれる背景のことです。
原作では「先輩大好きです~!」と言って、ちなつが結衣に抱きついた瞬間は、
二人を描くのではなく、駅の屋根と空を描いています。
どのような状況でちなつが抱きついたのかは描かれません。

しかし、アニメではそれがしっかり描かれています。
道中で結衣に抱きつくちなつは明らかに、
周辺の人々の注目を集めていることまで描かれる。

私はこれこそ、些細な変化ではありますが、非常に大きな意味を持つ変化だと思います。

それを説明するためには、まずこの回が『ゆるゆり』の中でも、
とても特殊な回であったことを述べておく必要があります。
原作のこの回のタイトルは、「もうゆるいゆりなんて言わせないっ!!」で、
これだけでもその特異性を証明するには十分かもしれません。
『ゆるゆり』自身が、この回は「ゆるいゆり」ではないと宣言しているのです。
しかし、普段と何が違うのでしょう。
当然、以下の場面が「違う」と言うことができると思います。

冷静になってみれば ほんとのデートってどんなのかな
あんなふうに手を繋いだり…

ほんとのデート…
じゃあこれは?
女の子同士って やっぱりおかしいのかな


ちなつが本屋で男女のカップルを見て、考え込む場面です。
よく『ゆるゆり』は、『けいおん』などの日常系などに近いという主張があり、
もちろんそれには意味があるとは思いますが、以上の場面などは、
『ゆるゆり』を明らかにそれらから区別する契機となるものとして重要なものです。
こういった場面は看過されてはいけません。

この考え込む場面は、ちなつの自問自答の形式を取っていますが、
ちなつと周囲の環境との間の問答でもあると比喩的に考えることができます。

すなわち、既存のイデオロギーを持って、周囲がちなつに問います。
「女の子同士って やっぱりおかしい」のでは?
それに対して、ちなつが答えを探すのがデートの話の後半です。

そしてアニメは、まさにちなつが答える瞬間に、
「周囲の環境」とでも言うものに対して答えているのだということを、
強調していると取ることができると思います。

もう少し詳しく説明しましょう。

すなわち、衆目など歯牙にもかけず結衣に抱きつくちなつという描き方は、
ちなつの答えを自問自答においてだけではなくて、
ちなつと周囲の間における問答においても、
ちなつが答えているということを強調しているように思うのです。


ちなつは、周囲にある既存の「普通」と照らし合わせて、
「おかしいのかな」と思いました。
この時点でちなつは周囲を気にしています。
しかし、デートの終わりにおいて、ちなつはもはや周囲を気にしていない。
そんなもの気にしていないのです。
ちなつの行動自体が、周囲への答えとして現れています。
先程まで周囲を気にしていたちなつが、
もはや全く気にせずに結衣に抱きつきにいっている。
ちなつは周囲のイデオロギーなど些些たる問題として、
この時点では結衣に抱きついていると言えます。


もちろん、原作の時点でもちなつの答えが曖昧にされていたわけではありません。
ちなつは「うじうじ」していた自分を否定することで答えを出しています。
しかし、それは自分に対する答えであって、それはそれで重要ですが、
周囲との関係の中でちなつがそう言えたのかということに対しては言及されていません。
ちなつが結衣にひっつく場面に、他の人間の目が存在したかは分からないのです。
少なくとも描かれた限りにおいては、誰も他の人(周囲)は登場していません。


けれどもアニメは、周囲がいたことを描いたのです。
そこに作り手の側がどのような意味を込めたのかということは私には分かりません。
しかし、少なくとも作品は以上のように読めるようになっている。
ちなつの答えは、自分への答えでもあり、
同時に周囲への答えでもあるということがより明確になっています。


このことを、私は指摘したかったのです。
そのことを礼賛するでも非難するでもありません。
ただ、重要な変化として指摘したかったのです。



以上です。

8話はタイトルからしてちなつを中心に描いているもので、
何の話を持ってくるだろうかと思っていたのですが、
最後に結衣とのデートの話を持ってきたことは、非常によかったと思います。
上述のような意味合いもあり、この回はちなつにとって大切な回でした。
これは純粋な賞賛です。

また、冒頭がちなつの「じゃあ原稿貸してください」でスタートして、
視聴者にちなつの芸術センスを喚起させておいて、
それに答える形であのEDを持ってきたことはとても綺麗な構成だと思いました。

デートの話はちなつの芸術センスは話題に入らないので、
それだけであのEDであれば唐突な感は否めなかったでしょうが、
あの冒頭があることで、上手く双括型に持ち込んでいたと思います。
つまり、8話全体のオチとして、あのEDは機能していた。

そのようなことを考えながら、私は8話を見た次第です。
来週も楽しみに待っていようと思います。

テーマ:ゆるゆり
ジャンル:アニメ・コミック

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ゆるゆり♪♪ 第8話 「ちなつ無双」

ちなつ回だったのかな? 特殊EDに全て持ってかれましたw ちなつ画伯の絵には狂気を感じますね( ̄▽ ̄) 愛と狂気は紙一重なんでしょう;
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