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「特別編①」が描き出した『...In The Name Of。...LOVE?』の二側面について (門司雪『アイドルマスター ミリオンライブ!3』)

2016.05.08 18:22|アイドルマスター
今回は、門司雪さん『アイドルマスター ミリオンライブ!3』について考えます。
原作は、バンダイナムコエンターテイメント開発のソーシャルゲームで、
アイドルが主に765プロライブ劇場を舞台に活動し、成長していく物語となっています。
物語の特徴として挙げられるのは、個々のアイドルの曲の内容を踏まえているということです。
『アイドルマスター』のうちの一コンテンツとして展開していく中で、
『アイドルマスター ミリオンライブ』系列の曲も既に多数発表されていますが、
こうした曲の歌詞が直接使用されたり、話に絡んで来たりしています。
そのため、物語を読むと改めて曲を聴きたくなり、
曲を聴くと物語をまた読みたくなるところがあって、
これが、この作品の白眉な点だと個人的には思います。
読む中で、それぞれの曲をどんどん掘り下げさせてくれる物語なのです。
この記事では、この作品の第三巻のうち「特別編①」で描かれた瑞希の物語を考えます。
ここで瑞希は、今度挑むこととなったラブソングに気持ちを乗せるために、
恋とはどのような気持ちであるのかという命題の答えを模索します。
この記事では、この物語によって表されている、この物語に関連する曲である、
『...In The Name Of。...LOVE?』の持つ二側面を考えていきたいと思います。
もしよろしければ、作品を手に少々お付き合いいただけると幸いです。

まず、この話で重要だと思うのは、瑞希が恋の気持ちを知ろうとするところから、
話が一回展開しているところです。
瑞希の考えるべきテーマは、美奈子や可奈への相談を経て、
当初の「恋の気持ち」から「私流好き」へシフトしている。
このシフトが重要なのは、作中の瑞希の新曲として設定されているであろう、
『...In The Name Of。...LOVE?』が、
「直ちに恋の気持ちと同定できない好きという気持ち」を歌った曲であるためです。

それは、必ずしも恋の気持ちを乗せて歌える曲でないと言えます。
つまり、同曲は、最終的に恋かどうかよく分からなかった自分の気持ちが、
恋であると認識される過程を描く曲であるため、
初めから恋の気持ちを完全に理解してしまったら、
むしろ「気持ちをのせ」られない曲であったのではないかということです。

この曲に「気持ちをのせ」るためには、
恋の気持ちを理解するということよりも、
恋の気持ちと直ちに同定できないような、
「自分流の誰かが好きという気持ち」を抱く必要があったのではないかと思います。
美奈子と可奈の助言の意義は、ここにこそあったのではないでしょうか。

この物語によって、改めて露わになる『...In The Name Of。...LOVE?』の一側面は、
ラブソングが恋を歌う歌のことを指すとするのならば、
この曲は「ラブソング」というより、いわば「ラブソングに至る歌」なのだということであったと思います。
それは、当初から恋の気持ちを歌うというよりは、
当初は恋の気持ちと直ちに同定できないような自身の気持ちを歌っているのです。

次に、瑞希が恋の気持ちを知るために、
静香やジュリアにロールプレイニングを頼んだ場面に注目します。
ここで瑞希はジュリアに「これが恋でしょうか?」と聞き、
ジュリアに「絶対違うと思う」と返されました。
ここで、瑞希がジュリアに抱いたかも知れない心情が、
恋の気持ちと「違うと思う」と即答されるのは何故でしょうか。
これは、瑞希が何の逡巡もなく、
ジュリアに自身の気持ちについて尋ねられたからに他ならないと思います。

仮にそれが恋の気持ちであったなら、その対象である相手に簡単には聞けない。
そういった認識を前提にして「違うと思う」と回答されたのではないでしょうか。

この点は、『...In The Name Of。 ...LOVE?』の歌詞の一つの肝にもなっています。
つまり、一度目のサビにおいては自分の気持ちを上手く表現できずに伝えられなかったのが、
曲の末尾にかけて明らかに転換していっているのです。

すなわち、冒頭以降、恋がはっきり分からなくて、それで自分の気持ちを上手く表現できず、
結果として伝えられないという流れであったのが、
二回目から三回目のサビにかけてそれが恋であると悟り、
悟ったけれど、今度は逆にそれゆえに伝えられないという形になっているのです。

一言で言えば、「表現できないから伝えられない」から、
「表現できるのだけど伝えられない」へと転換しています。
「恋、をした表情」が最早「わからない」のではないのだけど、
それでも「読み取って」くれることを願い、「届かない」と想うに留まっているのですよね。

問題は、何故そこで「読み取って」くれることを願うに留まっているかということで、
そこについては歌詞上では明確に書かれているわけではないのですが、
その理由は十分に推察できるものでしょう。
今まで伝えられなかった理由が解消されたのにもかかわらず、それでもまだ伝えられない理由。
そこには、この曲が言外に伝えようとするテーマがあるように思います。

本題に戻りますが、この作品は、『...In The Name Of。 ...LOVE?』の持つ、
この側面をも拾ってくれているのだと思います。
瑞希とジュリアの「恋でしょうか?」、「違うと思う」のやり取りがあった上で、
最後に瑞希とPのシーンがあるのです。

あのラストシーンで、瑞希は今度は「これが恋でしょうか?」とは問いません。
そこには、瑞希が恋を知覚し、最早それを誰かに問う必要がなくなったからという理由のほかに、
もう一つ、説明するまでもない恋ならではの理由があったに違いないのではないでしょうか。
恋であるからこそ、その相手に「恋でしょうか?」と気軽には確認できないのです。

結論として、『アイドルマスター ミリオンライブ!3』の瑞希の物語には、
『...In The Name Of。 ...LOVE?』の持つ二つの側面を特に浮き彫りにしていたと考えられます。
すなわち、第一に、それが恋の気持ちと言うより、やがて恋の気持ちと同定される、
自分流の好きという気持ちを歌った「ラブソングに至る歌」であるという側面、
第二に、当初の「表現できないから伝えられない」から、
「表現できるのだけど伝えられない」へと移行していくという側面です。

瑞希の物語は、こういった曲の側面を明らかにしていたのではないでしょうか。

瑞希の物語は、ページ数で言えば二十ページに満たない掌編です。
しかし、名曲が少ない文字数で驚くほど雄弁に語るのと同様に、
その物語は言外に多くのことを伝えてくれていると思います。
物語を読んで曲を一層好きになるし、曲を聴いて物語を一層好きになる、
そのような物語であったと思います。


テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

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