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凛とまどかの変わっていくことと変わらないこと ――二人が『MY SHOW TIME!』と『ハローニューワールド』を選んだ意味 (アイカツ!第175話考察)

2016.03.27 16:34|アイカツ!
今回は、『アイカツ!』第171話と第175話を中心に考えたいと思います。
注目するのは、凛とまどかの二人がどのように提示されていたかということです。
この観点から、第171話と第175話の物語を考えたいと思います。
一つ、特に重要な問題としては、第175話で、
とりわけルミナスの三人が新曲でもって挑むのに対して、
凛とまどかが歌い慣れたそれぞれの曲で挑むことに如何なる意味があるかということです。

このことについて、物語上の答えを見つけることは、
凛とまどかというアイドルを理解する上で必須のことであると思います。
もしよろしければ、これまでの内容を振り返りつつ、お付き合いいただければ幸いです。

(1) 二人が変わっていく中で変わらないこと

まずは、第171話がどのような物語であったかを考えてみたいと思います。
第171話で印象的なのは、前半において凛とまどかが一緒に練習している場面です。
ここが、かつての二人からの進展を象徴的に示す箇所であった気がします。

ここで二人がジャンプしている箇所がありますが、
あれは『Let's アイカツ!』の振りではなかろうかと思います。
それぞれの長所が、相手との対比の中で特に顕著に表れた、
二人が最初に一緒にやった振り付けです。

あのとき凛のダンスは、まどかとの対比の中で際立って示され、
またまどかの笑顔は、凛との対比の中で際立って示されていました。
まどかは、あのときは明らかに凛のダンスに付いていけておらず、
特にそれが同時にジャンプの振りのところで顕著に表れていたのですが、
今回の練習の場面では、まどかは凛と同等に跳んで見せていたのです。
また、凛の方は凛の方で、まどかと同等の眩しい笑顔で、
跳んで見せることができていました。
まどかがステージ上で凛とともにあれるほどに成長し、
また凛がまどかとともにあれるほどに成長したことは、
第171話前半のあの二人でジャンプする練習風景に既に表れていたのです。

前半の部分で、そのテーマは早くも提示されていました。
第171話は、そこから始まって、二人が更に一歩進むことを描いたのだと思います。
それでは、その更なる一歩とは何であったのでしょうか。

第171話が描いたのは、凛とまどかがステージ上で「ともに」在ることのその先、
すなわち、ステージ上で「一つで」在ることに他ならなかったと思います。
かつて2wingSが、「和音」や「ふたご座」のイメージで示してきた、
ただ一緒であるだけでなく、「二人で一つである」というテーマです。

お互いに競い合ったり励まし合ったりするだけでなくて、
二人で同じように抱えている想いがあって、
それを二人だからこそ提示できるものとして提示していく。
「ともに在る」から「一つで在る」への移行というのは、
そういった移行であり、それが2wingSの進んだ道であったと言えます。

2wingSの場合は、このテーマが、例えば第82話で「手を握っていた」いちごとセイラが、
第100話では無意識に「手を重ねていた」ことや、
「和音」や「ふたご座」というイメージで示されていたのですが、
今回の凛とまどかの場合は、二人のサインで示されていました。

つまり、ただ凛とまどかのサインを並べて描くだけでなくて、
まどかがそれを一つのハートで囲って、一つのサインとして描いたところに、
二人が「ともに在る」だけでなくて「一つで在る」アイドルとして、
『フレンド』を歌うのだというテーマを見出すことができるのです。

結論として第171話は、凛とまどかが一緒に在ることができるだけの実力を身に着けたことを示した上で、
二人が「ともに在る」状態から「一つで在る」状態へと進んで行く様を描いたのだと思います。
それは、かつて2wingSが歩んだ道と同様のものです。
凛とまどかは、単に一緒にステージに立つだけでなく、
二人が一緒にあるからこそ示せる二人だからこその想いを、
ステージ上で提示していたと言えます。

二人が変わっていく中にあっても決して変わらない親友の絆。
凛とまどかは、『フレンド』に自分たちだけの想いを乗せて届けたのです。

(2) 二人が変わらない中で変わっていくこと

第171話は、たくましい成長を遂げ、その意味で昔の二人からは変わった凛とまどかの、
それでも変わらない親友の絆にスポットを当てていたと考えることができます。
第175話は、それに対して、二人が二人のまま変わらない中で、
それでも成長して変わってきたということが強調されていたと思います。
このことを指摘するために、次の問題から始めることにします。

先述したとおり、第175話において考えるべき大きな問題は、
ルミナス三人が新曲等で臨むのに対し、まどかと凛が既存曲で臨んだことです。
ここには、如何なる物語上の意味を見出すことができるでしょうか。

けだし、第171話でまどかと凛が示したテーマである、
「変わっていくことと変わらないこと」をステージ上で再度表現するには、
『MY SHOW TIME!』と『ハローニューワールド』以上に適切な曲はなかったのではないでしょうか。
先に述べたとおり、凛とまどかは、
自分たちが変わっていく中で変わらない絆があるということを、
『フレンド』に乗せて示していました。
二人が最初期から歌ってきた両曲は、
こうして「変わっていくことと変わらないこと」を表象してきた二人が、
ステージ上でそのテーマを表現するために選んだものと考えられます。
この両曲が、以前と変わらないながら、次の二つの意味で確かに変わっている、
「変わっていくことと変わらないこと」の両面を体現するものに他ならないためです。


第一に、両曲は、今回フィーバーアピールで彩られることになりました。
フィーバーアピールによって変わった、かねてからの二人の曲だからこそ、
二人が変わらない部分を持ちながらも、確かに成長して変わってきたことを表現しています。

第二に、今言ったことの延長として、まどかと凛が互いに知己とここまで歩んできたことで、
『MY SHOW TIME!』と『ハローニューワールド』は、
かつては持っていなかった意味を有することになりました。

つまり、第175話を受け『MY SHOW TIME!』は、
まどかという具体的な永遠のライバルを得た凛の曲となっていたし、
第171話を受け『ハローニューワールド』は、
凛という新しい世界を発見させてくれる存在を得たまどかの曲となっていました。

特に、『ハローニューワールド』について言えば、当初は主にあすかとの関係において、
新しい世界を見せる者としてのまどかの曲であったのが、
第171話を経て明確に転換した曲として今回披露されたのだと考えることができます。

つまり、第171話で凛がまどかを連れて行って綺麗な夕日を見せるという部分が、
まどかがあすかに綺麗な世界を発見させたのと同様に、
凛がまどかに綺麗な世界を発見させた場面に他ならないのであって、
「キミ」(=凛)がいて、更に新しい世界を発見する「ワタシ」(=まどか)の曲となったのです。

このように、両曲は、歌詞が変わらないながら、
歌詞に新たな意味が加わっていたのであり、
その意味でも二人が変わらない中で変わっていくことを、
表現していたと捉えることができると思います。


フィーバーアピールと歌詞の両面から、
二人が変わらない中でも変わってきたのだということは提示されていたのです。

(3) まとめ

ここまでのまとめとして、凛とまどかは、それぞれにアイカツを重ねて進展すると同時に、
その中でも変わらない永遠の絆を持ち続ける二人として提示されていたと思います。
このうちの特に後者を強調したのが第171話であって、
それに対して前者を強調したのが第175話であったのではないでしょうか。



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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

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