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Pの示した「自由」という方針の本意 ――ともに考え、行動していく意志としての (『シンデレラガールズ』:第十話考察)

2015.04.05 17:43|アイドルマスター
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(2015/04/08)
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今回は、アニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第十話を考えます。
Pは、きらり、莉嘉、みりあから成る凸レーションをプロモーションしていく中で、
自身のプロデュース方針とでも言うべきものを美嘉に話していました。

「次の回、どうするの?」
引き続き、三人の思うように進めていただこうかと
「何それ! 丸投げ!?」
「いえ。凸レーションは、自由に行動させたら、面白いユニットだと思います。
 三人に、賭けてみたいんです」
「ふーん。いいけど、責任取るのはプロデューサーの仕事だし」
「はい」 (第十話)


今回は、ここで示されている、三人に「自由」に行動させるという方針の本意を考えます。
三人に自由に行動させると言えば、三人が自分で考え、行動し、
そこにPは関与しないという、「自由放任」という意味を思い浮かべます。
しかし、第十話において、Pはそのような方針で動いてはいませんでした。
三人に思いのままに行動させて、後の責任はPが負うというような、
任せっぱなしのプロデュースを行ってはいなかったのです。
となれば、Pの「自由」という方針は、単なる「自由放任」ではなかったと考えられます。
今回は、この部分に着目し、Pの「自由」という方針の本意を考えてみたいと思います。



第十話のPの三人に自由に行動させるという方針は、
Pが何もせずアイドルにまかせるといった「自由放任」のことを意味してはいなかったと思います。
美嘉はそう受け取り、万一の事態を想定してPに釘を刺したのですが、
Pはおそらく、その意味で「自由に」と言ったわけではありません。

その証左に、Pは美嘉に三人に自由に行動させると言いながら、直後の車内のシーンで、
莉嘉が挙げたセクシーにアピールするという案を斥けています。

「セクシーに言ったらいいかも。お話聞いてくれたら、ご褒美あ・げ・る」
「お話聞いてくれたらご褒美……?」
それ以外で
「うーん」
「お客さんを巻き込むってどうしたらいいんだろう」
「もう、全然浮かばないよ。Pくん、ヒント!」 (第十話)


ここから、Pが「自由に」と言ったのは、美嘉が想像したように、
単に三人の好き勝手にさせるということではないということが分かると思います。
また、莉嘉にヒントを求められて、Pも一緒に考えていることも重要です。
Pは自由放任の姿勢で明らかに三人に丸投げしているわけではありません。

ゆえに、Pの言う「自由」がどのような意味であったのかということが問題となります。
けだし、Pが「自由」と言ったのは、Pが一人で決定し、
アイドルたちがその方針に従うという形を前提にした上での、
相対的な自由であって、三人が考え、Pがその案を検討するという形でした。

第十話において、PikaPikaPoPとのコラボを含んだCDの宣伝企画については、
Pが一人で決めてアイドルに投げているところ、
舞台上でどのようにアピールするかということは、
三人に自由に考えさせて、行動させようとしています。
ここにこそ、Pの述べた「自由」が表れていたのではないでしょうか。

だからこそ、Pは冒頭で莉嘉のセクシー路線をやんわりと斥けて、
舞台で言う内容を自分も含めた「事前打ち合わせ」で決めておきながら、
美嘉に「引き続き、三人が思うように」と述べているのです。
Pは冒頭の時点で、自由放任の姿勢で三人に任せてはいません。
三人に考えさせて、自分も検討しているのです。
Pの言う「三人が思うように」、「自由に」というのは、
そこから「引き続く」ものに他ならないのです。

結論として、Pは美嘉に「三人が思うように」、「自由に」と述べているのですが、
これらは、Pの関与を受け付けない自由放任的な意味での「自由」とは異なります。
Pは自分もアイドルの案を検討することを前提に、三人に「自由」にさせると述べているのです。

そう言うとPは、自身の管理下でのみ、アイドルの自由を認めているかのように聞こえますが、
そうではなくて、できる限り「自由」に進めてもらうというのがPの立場なのです。
原則「自由」であって、何か理由がある場合にあっては、Pが関与するという在り方です。

この辺りは、第八話の蘭子の話のときも同様で、Pは自身が一人で企画して、
蘭子の却下を喰らったところから、蘭子の企画を伝えてもらうところに移っているのですが、
そのときにあっても完全に蘭子の自由にさせたわけではありませんでした。
蘭子は、「魔王」と言っていましたが、魔王というコンセプトにはしなかったのです。

SRでは蘭子が「魔王」として提示されるものもあることを考えれば、
蘭子の案を改めて、敢えて「堕天使」へと舵を切る必要はないように見えます。
それにもかかわらず、Pが蘭子の「魔王」を「堕天使」と言い換えたのは、
最初から魔王として押し出すと、蘭子のイメージが誤解されてしまい得るからです。
P自身がそうであったように、蘭子をホラーと結び付けて理解してしまい得ます。

これとある程度は同様に、Pが莉嘉のセクシー路線をやんわりと断るのは、
三人の凸レーションというユニットが、あの曲を宣伝していくに当たって、
PRしていくべき性質は「セクシー」だけではないためです。
すなわち、『LET'S GO HAPPY!!』は、歌詞に表れているように、
「セクシー」な莉嘉と「ラブリー」なみりあ、そして「ハピハピ」なきらりの三人の曲なのです。
そのためPは、莉嘉の「セクシー」全開な案を斥けたのですが、
その上で本人も納得いくところを、事前打ち合わせで見つけているのだと思います。

また、三人とはぐれた後、ちひろに注意されて冷静さを取り戻した際に、
それでもPがアイドルを探し続けたのも、ある意味でこのことに関連します。
Pが「自由放任」路線であったならば、ちひろの言うように彼女たちに任せたでしょう。
しかしPは、三人を自分の目の届かないところで自由にしておきませんでした。

自由に行動させるという方針を打ち出していたPが、
あの局面で三人の自由にさせておかなかったのは、
そうしておくことによって万一の事態があり得るからに他なりません。
Pは理由があったために、彼女たちの「自由」に関与していたのです。
だからこそ、三人がいるところに何としてでも戻ろうとしていたと考えられます。

結論として、第十話で明示されたPの「自由」路線は、
美嘉が考えたように「丸投げ」でもなければ、純粋な「自由放任」でもなく、
きちんとした理由がない限りアイドルの「自由」とするという類のものなのではなかったでしょうか。
そのため、Pは三人の考えを自分の側でも検討し、三人とともに行動しようとしていたのです。
Pの「自由」という方針は、アイドルだけでも自分だけでもなく、アイドルとPが、
ともに考え、ともに行動していく意志を表すものに他ならなかったと思います。



○関連記事

   二つの魔法から始まるシンデレラストーリー (第一話)
   憧れの初ステージに係る「意志」と「緊張」 ――手をとり合うシンデレラ (第三話)
   魔法を持続させる鍵としての「信じること」 ――第六話の未央とPの問題から (第六話)
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テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

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