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朔夜が救われず、止められる理由 (零-月蝕の仮面-)

2014.05.11 16:39|零シリーズ
零 ~月蝕の仮面~零 ~月蝕の仮面~
(2008/07/31)
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今回は、『零-月蝕の仮面-』のエンディングについて考えてみたいと思います。
けだし、零シリーズの中で月蝕の仮面だけは、最後に対峙する相手を救う形を取りません。
すなわち、朔夜は主人公たちに「救われる」のではなく、単に「止められる」のです。
ここは月蝕の仮面という作品の特異な点と言える気がします。
まずは歴代の作品のエンディングを振り返りつつ、このことについて説明していきます。



○『零-月蝕の仮面-』:朔夜が救われず、止められる理由


まずは、第一作目の霧絵の場合を振り返ってみましょう。
この作品では、彼女の想い人に似ていた真冬が霧絵とともに残ることにします。
その場面において、真冬が霧絵を「救う」という形式が提示されています。

「深紅、やっぱり僕は行かなくては」
「何を言ってるの、兄さん!?」
「僕にしかできないことがあるんだ」(中略)

「深紅、霧絵に導かれてる間、ずっと彼女の悲鳴が聞こえていたんだ。
 助けてと。縄の巫女として門を封じる宿命。
 想う人とともにいたいという気持ち。
 その狭間で、彼女は引き裂かれていた。
 それが禍刻を招いてしまった。
 瘴気を浴びた彼女の霊は、自分と同じ苦しみを与えるだけの存在になっていた。
 瘴気から解放された今、彼女は縄の巫女の役目を果たそうとしている。
 彼女の魂は、未来永劫、この門を封じなければならないんだ。
 たった一人で。途切れることのない苦しみ。
 その苦しみが少しでも軽くなるのなら、彼女の望みが少しでも叶えられれば、
 僕は、彼女の傍で、少しでも力になりたいんだ。深紅……」
「兄さん……。ああ。魂たちが、還っていく」
「深紅、どうしてここに導かれたのか、今なら分かる気がする。
 僕はこの運命を、受け入れようと思う。深紅、今までありがとう」

――あの日から、私が、あり得ないものを見ることはなくなったのです。 (零)


霧絵がそれで実際に救われるのかという部分は明らかではありませんが、
ここで霧絵は止められるだけではないことがはっきりと示されています。
『零』は瘴気を浴びた霧絵を深紅が止めるだけでなく、
真冬が救いもする物語として現れてくるのです。

八重が紗重のところに帰ってくる『零-紅い蝶-』でも、同じことが言えるでしょう。
少なくとも紅い蝶エンドにおいては、紗重を救う側面が大きいと考えられます。
紗重は、儀式のやり直しで「止められる」というより「救われる」のです。
そして、『零-刺青の聲-』についても、零華は止められるだけではありません。

もう、目を閉じていいから……

「ゆきなさよ はたて ゆきなさよ はたて
 ゆきぶね ゆらして はたて
 このきし ひらいて はたて
 ろうろう みわたり かのきしに
 ゆきなさよ はたて ゆきなさよ はたて」 (零-刺青の聲-)


怜が目を閉じさせることで、確かに零華は救われるのです。
このように、零は最後に対峙する相手を救う物語であったと言えます。
それぞれの作品で、真冬が霧絵を、八重が紗重を、
怜が零華を救うという形になっていることが分かります。

然るに、『零-月蝕の仮面-』においては事情が明らかに異なっています。
上述の引用部に表れているような、「救い」の形式が全く取られていないのです。
朔夜は単に、止められて向こうに還っていくことになります。
彼女が「救われる」というような描かれ方がされていません。
この月蝕の仮面の特異性というのはどこからくるのでしょうか。

けだしこれは、朔夜を救う「資格」を持つ人物が既にいなかったというところから生じています。
無印は想い人の面影を有する真冬が、蝶は紗重が待ち続けていた八重が、
聲は零華の悲しみを十分に知った怜がいましたが、
月蝕では朔夜を救えるような人物が既にいなかったのではないでしょうか。
強いていえば、朔夜と深い関係を持つ海咲であれば救えたかも知れませんが、
彼女は子どもの頃より朔夜に「救われる」側であって、
その関係は海咲が戻ってきた時点においても変わってはいませんでした。
つまり、朔夜が止められたまさにそのとき、海咲は彼女に閉じ込められていたのです。

おそらく朔夜を「救う」資格があったのは、他の誰でもない耀だけでした。
その耀が絶望し、朔夜とともに全てが咲くのを受け入れてしまったからこそ、
朔夜はよもや救われず、単に止められるしかなかったのではないでしょうか。

耀の諦念は、長四郎との「鬼ごっこ」を止めにするところから推察できます。

「霧島か… 鬼ごっこも… 結構面白かったな でも… もう終わりだ」(中略)

「もう鬼ごっこはお仕舞いだ 全部無くなるんだ 俺も あんたも」 (零-月蝕の仮面-)

 
長四郎が仮面の欠片を流歌に渡した後からの言葉です。
既に「全部無くなる」ということを受け入れていることが分かります。
彼は結局朔夜を救うことができず、そのことについて諦めてしまった。
だからこそ、耀の思惑に対抗するものとしての長四郎が、朔夜を「止める」ことになります。
長四郎には朔夜を救う資格を持つほどの、彼女との縁は持ってはいません。
ただし、以前の記事で述べたように、彼には灰原家を止める資格はあります。

ゆえに、朔夜は「救われる」のではなく「止められる」のだと思います。
月蝕の仮面は儀式の失敗の後の物語ですが、
その失敗の際に彼女の「救われる物語」は完結しているのです。
耀の失敗と絶望という、最悪の結果でもって。
だからこそ、主人公たちがやって来た時点においては、
朔夜が長四郎たちによって「止められる物語」だけが進行します。
月蝕の仮面はこれまでの作品とは異なり、
救うべき者が、救うことを諦めた後の物語でした。
そこが月蝕の仮面の結末の特異性を生んでいると考えられます。



○関連記事

  主人公三人の役割と長四郎が朔夜を止める理由

   月蝕の仮面のラストで、何故長四郎が朔夜を止める役を引き受けるのかを考えました。


テーマ:零シリーズ
ジャンル:ゲーム

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