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漫画版「露草」がより重点を置いたもの (小沢真理『花物語』)

2014.04.27 08:41|百合作品
花物語 (愛蔵版コミックス)花物語 (愛蔵版コミックス)
(2014/03/25)
小沢 真理

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今回は、小沢真理さんによる、吉屋信子『花物語』のコミカライズについて紹介します。
『花物語』は、大正五年より連載の始まった、全五十二篇の短篇より成る少女小説です。
そこでは女どうしの出会いや別れが、主に思い出を振り返るという形で書き綴られていきます。
現在、河出文庫から上下巻で手に入りやすい文庫本が出ていますが
その下巻の裏表紙は、作品を次のように紹介しています。

 女学校中の憧れの的である下級生を思慕するあまり苦悩する少女、美しく志高い生徒と心通わせる女教師、実の妹に自らのすべてを捧げて尽くした姉……可憐に咲く花のような少女たちの儚い物語。「女学校のバイブル」と呼ばれて大ベストセラーになった、乙女たちの心に永遠に残る珠玉の短篇集。 (下巻、裏表紙)


作中では死や帰郷による別離が多く描かれ、紹介の通り「儚さ」の印象も強いですが、
他方で二人の関係を糧に、厳しい世の中を生きていこうとする「力強さ」も見出せます。
「『花物語』の主人公たちは世界に抗する」(下巻、380ページ)。
原作下巻の「解説」で、千野帽子はこのように語りました。
主人公たちは、単に世界に翻弄されるだけの儚い存在として登場するのではなく、
二人の関係や思い出を支えに、力強く生きようとする主体としても登場するのです。

先月、この『花物語』のコミックスが発売されました。
この中では、原作の五十二の短篇のうち、十二が選ばれ漫画化されています。
私が読んだ限り、小説の雰囲気をとても大切にしている印象です。
コミックスの裏表紙の謳い文句も引用してみましょう。

「私、この花には忘れられない思い出があるの――」

いつまでも胸の奥にきらめく思い出。
甘く、ほんの少し痛い、棘のような青春。
少女小説の不朽の名作「花物語」を可憐な筆致で鮮やかに漫画化。 (漫画、裏表紙)


例えば「紫陽花」では、隆子が弟子入りして絵を習えるようにと、
舞い唄う身となって助けてくれたお俊ちゃんが、病気で亡くなってしまいます。
こういう部分には胸を刺す「棘」を確かに感じることができるでしょう。
ただし、決してそれだけでは物語は終わりません。
隆子はお俊ちゃんとの思い出を胸に、約束であった絵の制作に取り掛かるのです。
その姿には、二人の関係や思い出が生む、毅然とした意志を見出すことができます。
こういった二面性を持つ物語に興味があれば、読んでみると面白いかと思います。



○漫画版「露草」がより重点を置いたもの:一條さんの立ち位置の変化から


ここからは、特に「露草」の内容に踏み込んで考えてみたいと思います。
この作品は、元々ちょっと拘りがある作品でもあったので、読んで特に印象に残りました。
漫画では、一條さんという登場人物の立ち位置に決定的な変更が加えられています。
この点に注目して、漫画版「露草」を読み込んでみます。

「露草」は、本当の姉妹のように愛し合う秋津さんと凉子の物語です。
両親がなく「いじらしいほど弱い性格」の凉子のために、秋津さんは尽くしてきました。
学資が捻出できずあわや帰郷となったときには、その肩代わりを申し出るのです。

『凉ちゃん、心配しなくていいの、私ね、お母さんにお願いして凉ちゃんの学資ぐらいどうにかして貰うつもりよ、そして今までより私少し倹約して凉ちゃんの学資のためにつくしましょう。ね、それなら凉ちゃんは伯父さんのお世話にならなくてもいられるのですもの、いいでしょう、凉ちゃん』 (上巻、258ページ)


しかし凉子はこの後、秋津さんに強く反発するようになります。
凉子は、これ以上自分の不幸に秋津さんを巻き込みたくはなかったのです。
それでも変わらず尽くしてくれる秋津さんのために、凉子は自ら帰郷してしまいます。
これまで伝えることができなかった、本心を綴った手紙だけを残して。

 秋津様――
  私は今日留守の間にお別れして帰ります。お目にかかると私は悲しくてせっかく決心した帰国の心が折れるといけませんからこの手紙を残したままいり、もうけっして再びお目にかかる事はないと存じます。私はあなた様をお姉様のように心から世界でたった一人の方と思ってお慕いしておりました。あの伯父からの手紙がまいりました時にも、私のために学資まで出して下さるというお心を知りまして私は嬉しい中にも悲しく恐ろしくなりました。私のような不幸な運命の者をお愛し下さるために、あなたがいろいろの苦しい重荷をお持ちにならねばならないと知りましてから、私は苦しくなりました。 (上巻、262-263ページ)

 
結果、秋津さんと凉子の二人は、想い合うがゆえに別れることになってしまいます。
この大筋の流れについては、小説も漫画もほとんど変わりません。
ただ、一條さんという三人目の登場人物の立ち位置は大きく変えられています。
小説では、一條さんは凉子とは対照的なお嬢様として登場していました。
彼女も秋津さんを愛しましたが、凉子がいる秋津さんには愛してもらえません。
そのために萎んでしまうというのが、小説での一條さんでした。

対して漫画では、秋津さんと涼子の関係を眺める語り手の立場で登場します。
秋津さんへの好意や凉子との対照性はほとんど取り上げられていません。
この変更により、どのような効果が生れていると言えるでしょうか。
私は、秋津さんと凉子の二人の関係がより強調される結果になったと思います。
漫画で涼子の幸福は、単にお姉さまである秋津さんのためだけに手放されることになっている。

というのも小説では、凉子は明らかに一條さんのことを意識していました。
秋津さんに愛されずに彼女が萎んでしまったとき、凉子は苦しみを感じています。

 あれほど快活で華美に見えた一條さんが、沈んだ様子でどこかしょんぼりして見えました。
 たいていのお友達に取り巻かれて、ぱあと淡紅色の葩を散らすような笑い声を出して、よくはしゃぎまわったその人が俄に二つ三つ齢をとったかのように大人びて寂しい人になりました。(中略)
 それで凉子の心の中には新しい苦しい思いが湧きました。 (上巻、257-258ページ)


そして最後の手紙の中でも、一條さんのことについて触れているのです。

 お姉様をお慕いしていらっしゃる一條様やそのほかの方達は、けっしてお姉様の重荷にはならない、幸い多い方でいらっしゃいます。私はいくら自分は不幸な身の上でございましても、自分の不幸のためにお慕いするお姉様までにお苦しみをかける事は、できません。私はどうしてもお別れして行かねばなりません。 (上巻、263-264ページ)


以上のように小説で涼子は、一條さんが萎んだことに対しても苦しんでいます。
そして不幸な自分が愛され、幸い多い一條さんが愛されないという対比から、
秋津さんに愛されることへの申し訳なさが生れたと考えることもできます。
しかし漫画では、そもそも一條さんの立ち位置が異なるため、
凉子は彼女のために苦しみもしなければ、手紙で彼女のことを取り上げることもしません。

ゆえに、秋津さんへの気持ち以外に帰郷の原因を考えることはできません。
漫画の凉子はただ秋津さんのためだけに苦しみ、帰郷を決めているのです。
凉子に帰郷を決めさせるほどの二人の関係にこそ重点が置かれていると言えます。

このように、漫画は小説の雰囲気を大切にしながら、いくつかの変更を施してもいます。
そうしたところに注目して読んでみても、面白いのではないかと思います。



 
  注 以下、小説からの引用は、吉屋信子『花物語 上』、河出書房、2009年5月と、
     吉屋信子『花物語 下』、河出書房、2009年5月による。


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック

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