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第五巻から第七巻にかけての穂乃花の気持ちの変化 ――言い出せないのは今や身分違いだからでなく (原悠衣『きんいろモザイク』第七巻)

2016.10.30 15:48|きんいろモザイク
今回は、先日発売された『きんいろモザイク』第七巻について考察します。
この巻で、穂乃花がカレンに二人で写真を撮ることをなかなか言い出せない修学旅行の話は、
第五巻で、メアドをなかなか聞き出せない話を彷彿とさせるものですが、
その両話を比較すると、穂乃花の気持ちの変化が表されていることを見出せる気がします。
この記事では、この側面を明らかにしていきます。

まずは、第七巻と第五巻の類似性が見出せる場面を確認します。

「何だかタイミング逃すと どんどん言い辛くなるね」
「まだ撮れてないのぉ?」
「だって想像の中の私がヘンタイっぽくなっちゃうの!」
「何で!?」 (第七巻、82ページ)


――考えすぎかもしれないけど・・・
 いきなりメアド聞くなんて 何かナンパっぽくないかなー (第五巻、10ページ)


写真の話を持ちかける自分が「ヘンタイっぽく」なってしまうためにためらう点は、
メアドを聞く自分が「ナンパっぽく」なってしまうためにためらう点と重ねられ、
ここにおいては両話は類似的であったと言えます。

両話が決定的に違うのは、第七巻では、第五巻において見出せた、
「身分違い」ゆえに話を持ち掛けられないといった意識が見出せないということです。
第五巻では、SPに断られると想像する点に表れているように、
カレンを高嶺の花と捉えた上で、「遠くから見つめるのがお似合い」と考えます。

「どうしよー カレンちゃんが警戒モードだよ――
 しかもメッセージ入れ忘れちゃった」
「ドジだわ」
――やっぱり私なんて遠くから見つめるのがお似合いだよ… (第五巻、11ページ)


この意識が第七巻では見出せないんですよね。
とは言え、カレンを高嶺の花と捉えることを止めたかと言うとそうではなくて、
穂乃花の中でカレンが憧れるべき高貴なイメージであり続けていることは、
使っているシャンプーを聞くシーン等(第七巻、80ページ)に表れています。

つまり、第七巻の穂乃花は、カレンを憧れるべき存在として捉え続けながらも、
そこで自分は彼女と住む世界が違うと考えることがなくなっているんですよね。
似たような構成の話の第五巻のメアドの話との対比において、
この事実が極めて明確に浮かび上がってきています。

この第五巻から第七巻への穂乃花の決定的な変化、その最大のきっかけは、
言うまでもなく、第六巻の末尾の話に他なりません。
一緒に遊ぶことが、カレンにとっても「幸せ」であると知ったあの日、
穂乃花はカレンの隣に並ぶことを目指し始めたのです。

「私も忘れていることも覚えていてくれたなんて
 ありがたき幸せ…」
「HAHAHA」

「今日はホノカと一緒に遊べて とっても楽しかったデス!
 ありがたき 幸せ…」
「私の真似!?」

「カレンちゃん 今度この服着て また一緒にお買い物行こう…!」
「! もちろんデス!」(略)

「さあホノカ 一緒にお茶会しまショウ!」
――私もいつかカレンちゃんみたいになれるかな (第六巻、115~118ページ)


カレンがお姫様のような憧れの存在であるならば、
一般市民としてそこから遠ざかるのではなく、
もう一人のお姫様としてその隣に並ぶことを志向して、
「私もいつかカレンちゃんみたいになれるかな」と思うに至っているんですよね。
だから第七巻では、「身分違い」が問題にならないのです。

結論として、第七巻で穂乃花がカレンにツーショットを持ちかけるのをためらう話は、
第五巻で穂乃花がカレンにメアドを聞くのをためらう話と類似性を持ちますが、
その中で決定的な差異が際立っていると考えられます。
その決定的な差異とは、穂乃花が「遠くから見つめるのがお似合い」とは考えていない点です。
ここに、穂乃花のカレンに対する気持ちの明確な進展を見出せるのではないでしょうか。


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ジャンル:アニメ・コミック

同じ課題に直面した私たちから ――「アイカツ」における教えることの連続性 (アイカツスターズ!第二十四話考察)

2016.10.16 17:30|アイカツ!
今回は、第二十四話について考えていきたいと思います。
第二十四話は、ゆめたちがゆめの家に赴き、
母親とぶつかってしまったレイナの背中を押す場面が印象的です。
第二十四話で、ゆめたちがレイナに本当のキモチを伝えること等を教える場面は、
四人がそのことを教える点につっこみを入れ得るところであると思います。
つまり、ゆめたちは劇場版で「本当のキモチで臨むこと」を学び、
真昼は第15話で「本当のキモチを伝えること」を学び、
あこは第17話等を通してゆめたちに対して「素直」になり始めたという中で、
彼女たちがレイナにそれを教えることは、つっこもうと思えばつっこめるところでしょう。
しかし私は、そういった彼女たちが教える点こそ、極めて「アイカツ」らしかったと思います。
教える側と教えられる側を分断された二項で捉えていないのです。 
 
すなわち、「自分がかつて教えられ、学んだこと」、あるいは、
「自分にとっても課題であること」を誰かに教えるということは、
『アイカツ!』から続く教え方の描き方であると思うのですよね。
特徴は、教える側と教えられる側を規定し、両者を分断しないことです 
 
「教える者/教えられる者」、「先達/後進」という、
分断の図式でもって語るのではなく、
「教える者→教えられる者」、「先達→後進」という連続性の図式でもって語るのが、
アイカツシリーズにおける教え方の特徴であるのではないでしょうか。
今誰かに教える私は、誰かに教えられた私であるということ。

何かを教えるということは、それにふさわしい単純な傑物がそうするというわけではなくて、
かつてそれを教えられた人、学んだ人こそがそうするものなのです。
そしてそのとき教えられた人が、更に誰かに教えていく。
そういう繋がりの「ライン」でもって「教える」ということが描かれてきました。
 
 『アイカツ!』で言えば、第八九話のユリカとちまきの話が想起されます。
そこでユリカは、自分がかつて先達から学んだことを、ちまきに教えるに至っています。
まさしくああいった、「受け継ぐ」ということと同義の「教える」なのです。

『アイカツスターズ!』で言えば、第三話のツバサや第十八話の有莉が想起されます。
誰かが誰かに教えるときに、その教える側が、
教えるところのことを学んだ経緯がきっちり描かれていきます。
その意味で、先輩から後輩へと続く学びの連続性なのです。
 
第二十四話においては、大(ゆめの父親)が、要旨、
お客さんを笑顔にするような仕事をするべきということをゆめたちに教えますが、
大自身はそれを、幼少期のゆめから学んでいます。
大もまた、かつて学んだ者として、ゆめたちに教えているのです。

それで、第二十四話で、ゆめとローラは劇場版での経験を踏まえて、
真昼は第十五話の経験を踏まえて、
レイナに教えているということは言わずもがなですが、
そこで、あこはどうなのかということが問題になると思います。
あこが「素直が一番」と教える意味は、何であったのでしょうか。

ここには、分かりやすいゆめたちの影に隠れて、
非常に多くの含意があったのではないかと思います。
まず、あこが「素直が一番」と教えるのは、
一方でローラのつっこみのとおり「それ、自分で言う?」というところなのですが、
他方でこれほどの適任はいないと考えられるのです。 
 
というのも、確かにあこはゆめたちに対しては「素直」になり切れてはおらず、
第二十四話でも一度ゆめの家に行くのを断ってから付いてくるという塩梅なのですが、
すばるに対してはどうしようもないくらいに「素直」であって、
第十七話においては、本番中に卵料理を送ったりしています。
 
だから、レイナが「大切な人に自分の作ったものを送る」という文脈において、
「素直が一番」と伝えるのは、あこにこそふさわしくもあると言えます。
第十七話で実際にそれを実践してしまっているあこだからこそ、
レイナのキモチに共感してそう教えることに説得力があるのです。
 
つまり、「素直が一番」ということは、
一方で「それをあこが言うのか?」ということでもあるのですが、
他方で「それはあこだから言える」ということでもあると言えます。
その意味においてあこは、他の三人と同様にレイナに教えるのにふさわしい存在なのです。
 
また、あこがレイナに教える場面についてもう一つ言及しておくべきなのは、
あこの「ここは、それでいいんですの」というあこの言葉です。
この何気ない一言には、あこの成長が見い出せると思います。
というのも、こういった「選択」こそ、これまであこができなかったことだからです。 
 
あこは、ステージや演技や料理のスペックがことごとく高いにもかかわらず、
「素直でいることの選択」が上手くできず、
第十六話で応援を突っぱねたり(素直に応援を求められない)、
第十七話で本番中にすばるに猛アタックしてしまったり(過剰に素直であり過ぎる)しています。9月24日

劇場版においても、すばるに対してアタックしようとして、
小春に今はダメと静止されています。
こういう姿を鑑みると、そのあこが、第二十四話で「ここは、それでいいんですの」と、
自分で適当な選択を成し得ている点は、彼女の課題解決への一歩に他ならなかったと思います。
 
結論として、つい先日そのことを学んだゆめたちが、
レイナに本当のキモチであることを教えることには、
かつて学んだ者が今誰かに教えるという「アイカツ」式の教え方の描き方が見出せます。
また、その中であこが「素直が一番」と教える点には、
彼女が少しは素直でいることを選択できるようになったことを見出せます。
四人がそれぞれレイナに教える側に立つことによって、
四人が既に学んだ者であることを強調し、
それによって四人の成長を表す第二十四話であったのではないでしょうか。


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