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「アイドルとPの物語」においてPが関わらず、関われない領野

2016.07.24 15:19|アイドルマスター
ついに今週、『アイドルマスター プラチナスターズ』が発売されます。
初めてのPS4での作品となり、ビジュアルも変更されるなど、
興味を惹かれる部分が多い本作ですが、個人的には、
そこでどのような物語が展開されるのかということが一番興味深いです。
強化合宿において、如何なる「アイドルとPの物語」が展開されるのか。

今回は、新作の発売前のこの時期に、『アイドルマスター』が、
「アイドルとPの物語」であることについて考えてみたいと思います。
同シリーズは、主にPがアイドルに(アイドルがPに)出会ったところから物語が始まり、
その関わり合いが物語の要になるという点において、
「アイドルの物語」からは区別される「アイドルとPの物語」です。
しかし、物語中でPが大きな存在感を持つとはいえ、
全ての領野においてPが関わってくるわけではありません。
「アイドルとPの物語」でありながら、アイドルに委ねられた領域もあるのです。
この記事では、少しだけここに触れていこうかと思います。
アイドルマスターPS(プラチナスターズ)の発売前ということで、
話はアイドルマスターSPの物語から始めていくことにいたします。
もしよろしければ、少しの間、思い出しつつお付き合いいただければ幸いです。

今回取り上げたいのは、『アイドルマスターSP』におけるとある春香の行動です。
同作品において、Aランク昇格に際してSPの春香は、響を前に自信をなくして、
Pの言葉も満足に聞かず会場から逃げ出してしまいますが、
Pが春香の逃げ出した先の公園で追いついたときには、
春香は既に自分で落ち着きを取り戻していて、
再びトップアイドルを目指すことを決意していました。

そこで春香は、会場でのPの言葉を思い出して、
そして自分の気持ちを思い出したという意味のことを言うので、
正確には「一人で」トップアイドルを再び目指す決意をしたわけではないのですが、
少なくともその決意が生じたとき、春香は公園にただ一人でいました。
そこにPは、いませんでした。
ここでは、会場でのPの言葉を思い出して、立ち直るという展開となっていますが、
そうであれば、会場でのPの言葉を聞いてそこで立ち直ってもよかったはずです。
しかし、そうはならず、春香は公園まで駆けて行って、
心配して駆けつけたPを尻目に、自分一人で整理を付けて、
立ち直るという流れになっていることが意味深です。

まるで、公園で一人で立ち直ること自体に、何か意味があるかのように見えます。

このことは私に不可避に、一部の作品において、
春香がアイドルを目指すきっかけとなったと示される、
幼少期によく誰かと一緒に歌ったという、エピソードを思い出させるものです。
当然そのときも、Pは公園にはいませんでした。
春香がアイドルを目指そうと考えたとき、Pは近くにいなかったのです。

春香の物語において、アイドルを目指すきっかけとなったときのことが示されるにせよ、
トップアイドルを改めて目指そうと決意するときのことが示されるにせよ、
そこにPはいなかったんですよね。
アイドルへの気持ちをPに抱かされるのではなく、春香が抱くということは、重要に見えます。

Pは、春香の物語において、様々な面から春香に関与しますし、
それゆえに春香にとって大切な人物になることは、
大方の作品において共通かと存じますが、それだけ春香に関わるPでも、
春香がアイドルへの意志を抱く瞬間には関与しません。
春香が公園においてアイドルを目指すとき、Pは一緒にいないのです。

アイドルが公園でアイドルへの意志を抱き、
または思い出すとき、Pは近くにいないということ。
アニメも、このことを思い出させるものであったと思います。
春香は、第二十四話で仕事から遠ざかってしまいます。
そこでも、春香は誰かの言葉によって戻るというよりは、
公園で一人で自分の気持ちを整理して、765プロへと戻っていったのです。
少なくとも、そこにはPの関与はほとんどありませんでした。
『アイドルマスター』は、「アイドルとPの物語」であり、
Pはアイドルに多面的に関わりますが、
Pが関わらず、あるいは関われない領野もあるのです。


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テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

リトルフェアリー物語においてゆめが散在する物語と邂逅する意味 (アイカツスターズ!第十三話考察)

2016.07.10 17:47|アイカツ!
今回は、『アイカツスターズ!』第十三話「リトルフェアリー物語」を考えてみたいと思います。
リトルフェアリー物語は、高度にカオスな物語に違いありませんでしたが、
その実その内には『アイカツスターズ!』のテーマが、あったような気がしないでもありません。
この物語の笑えるくらいに特徴的で、個性的な点というのは、裏にそのテーマを感じさせます。
この記事では、リトルフェアリー物語を真面目に考察していきます。
この劇中劇は、どのような特徴、個性を有していて、それが何を示唆しているのでしょうか。
もしよろしければ、内容を思い出しつつ、少しの間お付き合いください。


第一に、リトルフェアリー物語の最たる特徴というのは、
物語が多数ごちゃまぜに詰め込まれていて、
それぞれがまとまらず独立して平気で物語を進行していることです。
つまり、妖精のゆめの物語を進行させながら、
シンデレラやったり白雪姫やったり赤ずきんやったりする。
一つの物語の中に包含される個々の物語が多過ぎてカオスなのです。

そして、物語を多く詰め込んでいるがゆえに、それぞれの物語が語り切れておらず、
例えば巨人の石が如何に奪われ、それを取り返すことが如何に大切かとか、
そういうあるべき説明がほとんどの物語において大体すっ飛ばされていて、
物語としての体を成していないと言えます。
元々のシンデレラや白雪姫や赤ずきんをぶっ壊すことだけを描いていて、
そのアレンジされた物語たちの顛末を事細かに語ってはいなかったのです。

リトルフェアリー物語は、数多の物語を取り込んでなおゆめの物語として進行するので、
彼女の物語の範疇に入ってくればその分だけ取り上げられますが、
その範疇から出ていけば当然最早語られなくなるというような潔さが特徴としてありました。

この物語上で語られるのは、ゆめの物語の範疇になかった、
巨人の石が魔王に取られる件ではなく、
ゆめの物語の範疇に入ってきた、
巨人の石を魔王から取り戻す件なのです。
巨人の石を奪い返す望の物語は、ゆめの物語の範疇に入ったときのみ問題となっていました。
中心に絶対的な主人公としてのゆめがいて、
その周縁に展開する各々の物語が時折ゆめの物語と交わってくることになる。

他の人物たちの物語が、ゆめの物語の範疇に入ってこない限りにおいて、
容赦なく切られているということは、
逆に言えば、ゆめが物語がそれとして展開している中で、
他の物語も同時に進行しているのだということを示唆します。
この点こそ、リトルフェアリー物語の要諦ではなかったでしょうか。

つまり、リトルフェアリー物語は、わけがわからないくらい物語を同時に展開させて、
それでいてゆめの物語の範疇に入らない部分は容赦なく切り捨てることで、
眼前に見えていない部分においても、
別の物語が同時に展開しているということをこそ、提示していたのではないかと思うのです。

これは、『アイカツ!』で言うところの、いちごがあかりに語った、
「スポットライトの話」を少なからず想起させるもので、
つまり、今はたまたまその人にスポットライトが当たっているけれど、
それはいつでも他の人に切り替わり得るといった考え方に通じるところがあります。

今回は、ゆめがくじで主人公を引いたから(偶然ゆめにスポットが当たっていた。)、
ゆめの物語が観客には見えるようになっていたのですが、
その中ですら、別の誰かの物語が同時に進行していることは明らかだったんですよね。
いつそちらに切り替わってもおかしくなかったと言えます。

よって、リトルフェアリー物語中の、過剰に盛り込まれた個々の物語と、
治癒されないそれぞれの物語の空白は、一の物語が映し出される中において、
別の多くの物語も同時に進行しているのだという、
『アイカツスターズ!』にも適用できそうなテーマを示していたと思います。


第二に、リトルフェアリー物語の他の特徴としては、
それぞれ個別に進行していたはずの物語が、
ゆめがひめのもとに向かい始めたことにより交わり始めたということがあります。
ゆめは、冒頭で示されるように、外に出ることを危険なことと認識していました。
そして、内に閉じこもっている限り、他の物語とは出会わなかったと考えられます。
ゆめがひめを追いかけ始めたことを契機に、
それぞれの物語の主役たちと袖振り合うこととなったのです。

リトルフェアリー物語中で、ゆめがひめの元へと向かい始めたことを契機に、
その物語が他の様々な物語と交じり、その物語の主と出会うこととなっていたことは、
そのまま『アイカツスターズ!』という物語の展開に重ねられると思います。
ゆめがひめを追い始めて、アイカツを始め、そこから種々の繋がりが生じる。

その意味で、リトルフェアリー物語中でゆめがひめの元へと向かう中で、
様々な物語とすれ違うことになることは、
彼女たちの現実のアイカツのメタファーに他ならず、
だからこそゆめたちの道中は「アイカツ」として表現され、明言されていたのだと思うんですよね。

つまり、リトルフェアリー物語中においては、ゆめを初めとして、
誰一人役の中でアイドルではないと思われる中で、
何故か「アイカツ」という掛け声を使い、
「ナイスアイカーツ!」という掛け声で望とハイタッチしていて、
はっきり言って一見意味不明なのですが、そこにも意味を見出せるのです。

すなわち、リトルフェアリー物語中で、アイドルでない役になり切っているはずの演者が、
それにもかかわらず「アイカツ」の語を使うのは、
その物語が彼女たちの現実のアイカツを表現した、
いわばメタファーに他ならないことを仄めかすためではなかったかと思うのです。

物語の末尾において、それぞれに展開していた個々の物語は、
急にゆめの物語の元へと集結していきます。
皆でゆずの家に集まって、めでたしめでたしと締めくくられるのです。
それは、ゆめが勇気を持って一歩外に踏み出して、
アイカツを始めることによって他のアイドルと繋がっていくということを、
暗示するための結末ではなかったでしょうか。

結論として、リトルフェアリー物語は、その特徴的で個性的な点において、
『アイカツスターズ!』のテーマを仄めかしていたと考えます。
第一に、一つの軸となる物語の周縁で多くの他の物語が展開する点は、
『アイカツスターズ!』がスポットライトを当てて描くアイドルの物語の裏において、
他のアイドルの物語も進行しているに違いないということを、
第二に、妖精のゆめがひめを探しに出たのを契機に他の物語と関わり始める点は、
『アイカツスターズ!』においてゆめがひめを追いかけ始め、それにより取り組み始めた「アイカツ」が、
他のアイドルの物語との関わりの契機に違いないということを示していたのではないでしょうか。


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

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