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みんなを気遣うひめとひめを気遣うツバサたち (アイカツスターズ!第十一話考察)

2016.06.26 17:37|アイカツ!
今回は、『アイカツスターズ!』第十一話について考えます。
特に注目するのは、S4の四人による「しーっ」の動作です。
第十一話では、S4が人差し指を立てて静かにすることを促す動作が印象的なのですが、
興味深いのは、前半でひめがこの動作をやっていて、
最後にツバサとゆずと夜空がやっていたという対比的な構図であったと思います。
最後だけならともかく、この「しーっ」は、S4の共通の動作として表れていました。
それゆえに一層印象的となっているこの動作に、如何なる意味を見つけられるでしょうか。

aikatsustars01.png
 集まったファンに対して「しーっ」の動作をするひめ。

aikatsustars02.png
 ゆめに対して「しーっ」の動作をするツバサ、ゆず、夜空の三人。

思うに、この話における人差し指を立てての「静かに」は、
「誰かへの気遣い」を象徴する動作であって、
それは第一義的には自分のためになされたわけではありませんでした。
ひめの「しーっ」は周囲への気遣いを、
ツバサたちの「しーっ」はひめへの気遣いを求めるものであったのです。

この、ひめの「しーっ」からツバサたちへの「しーっ」への流れが強調するものは、
「誰に対しても優しくて」、周囲への細かな気遣いを常に忘れていなかったひめが、
S4の仲間たちのうちにあっては、気遣われる側でもあれるということに他ならなかったと思います。
第十一話は、そういったS4の関係性をこそ、強調していたのではないでしょうか。

考えてみると、ひめは一日密着の中で、
ゆめ、ファン、周囲、他のS4の面々、番組スタッフと、
あらゆる人たちを気遣い続けるさまが描かれてきました。
第十一話をその観点から見直してみると、ひめの一日というのは、
周囲のあらゆる人たちへの気遣いによって成り立っていたということが分かります。
試しに列記してみましょう。

・ ゆめの初ライブについての激励等
・ 特注のドレスを生かしつつの、ゆめの失敗のフォロー
・ 出待ちのファンへとの撮影
・ 出待ちのファンに対する周囲を気遣っての「しーっ」
・ 昼食時のファンとの撮影
・ 「待ってくれてる人」のための体調不良をおしての出演
・ ツバサたちに対するお土産
・ 山口ディレクターたち番組スタッフに対するお土産

こういった「気遣う」ひめを描き切った後に、最後に持ってきたのが「気遣われる」ひめだったのです。

その最後の場面にしても、他のS4のメンバーにクッキーをわざわざ買っていったり、
番組スタッフにお土産を渡したりしているという徹底ぶりでした。
後輩たち、番組スタッフに差し入れを持参した第四話を引き継ぎ、
「気遣い」を重要なテーマとして描いたのが第十一話で、
その象徴が印象的な「しーっ」の動作であったと言えると思います。

結論として、第十一話において前半でひめが「しーっ」の動作をし、
最後にツバサたちが「しーっ」の動作をしたことの意味は、
一方でみんなを気遣い、他方でツバサたちに気遣われる、
ひめの二面性を強調することにこそあったのではないでしょうか。
ひめは、自分の周囲の誰をも気遣うアイドル過ぎるアイドルなのですが、
そのような彼女の活動は、気遣ってくれる友達があってこそであるとも考えられるのです。


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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

律の選択と由乃の考え方の関連性 ――由乃が「妹の部屋」を語る意味

2016.06.19 17:07|マリア様がみてる
今回は、『マリア様がみてる』の「ステップ」について考えていきます。
「ステップ」は、本編の面々は登場しない、独立した短編スタイルの物語ですが、
それでいて特に由乃たちとの深い関わりを持っている物語です。
詳しいことは、敢えてここでは述べませんが、
その由乃たちとの関連が、この物語の一つの種であり核となっていると言えるでしょう。
この記事では、そういった関わりの一つとして、「ステップ」における律の選択と、
「くもりガラスの向こう側」における由乃の考え方との間の関連性について指摘したいと思います。

「ステップ」は、「くもりガラスの向こう側」における由乃の言葉を想起させる、
確かにそこと繋がっている物語で、由乃が祐巳より先に、
「『姉の部屋』や『仲間の部屋』とは別に、
『妹の部屋』がある」という考え方に至っていた理由を、「ステップ」の中に見出すこともできます。

「くもりガラスの向こう側」で、
由乃は「幸せだけれど冷たい風が入ってくる」と述べた祐巳の気持ちについて、
「『姉の部屋』や『仲間の部屋』が満ち足りていても、
増築してしまった『妹の部屋』が空っぽだから」と的確に説明して見せるのですが、
これについては考察点たりえます。

つまり、何故由乃が祐巳に先んじて、
そういう考え方を既に持ち得ていたかということが、考えるべき問題たりえるんですよね。
後に、由乃自身が祐巳に置いてかれるという焦りの感覚を抱く場面があるだけに、
由乃が祐巳に教える「くもりガラス」の先の場面は目立ちます。

当然由乃には菜々のことがあるので、
彼女との経験をもとにそう語ったとも考えられますが、
由乃が菜々用の部屋を完成させたのは、思わず菜々を応援した、
「黄薔薇真剣勝負」のときで、「くもりガラス」の時点では当人の言うように、
「増築工事真っ最中」であったと思われるんですよね。

そういう過渡期の状態にあった由乃が、
妹ができたからといって姉に向ける気持ちが減るわけではないという、
「別の部屋」思考を早くも祐巳に先んじて身につけていた理由を、
「ステップ」に見出すことができます。
由乃の傍には、それを体現している人たちが常にいたのです。

「ステップ」の律の「男の人の中で一番、じゃだめですか」は、
まさしく「別の部屋」思考に基づく告白であって、律が佳月の入っている部屋とは別に、
甲太の入る部屋を作っていなかったらし得ない告白と言えます。
そして、そういう考え方に基づいて、実際に佳月とともに家まで建ててしまう。

というところまで考えると、
由乃が祐巳に「『妹の部屋』は他の部屋とは別」ということを教えることは、
なかなかに象徴的なことであると言えます。
由乃は、自身が妹の部屋を増設中だろうと、
その考え方を自然に身に着けて語ることができる立場にある。
このことが、「ステップ」からは具体的に分かります。

結論として、「くもりガラスの向こう側」で他の誰でもなく由乃が、
「別の部屋」という考え方を祐巳に教えるのは、
由乃がそれを成すのに最も適当であったためと考えられないでしょうか。
由乃はそういう考え方を自然に身に着けられるような家でずっと育ってきたんですよね。


ロックでの成功譚が一般化されていたことの意味 (アイカツスターズ!第六話考察)

2016.06.12 16:02|アイカツ!
今回は、『アイカツスターズ!』第六話について考えていきます。
有名進学校で勉強ばかりをしてきた四人が、
あるときロックに転向して大成する劇中劇が本話の要となっていました。
この記事では、この話の次の部分について掘り下げて考えていきます。

つまり、前半で小春はドラマ原作の内容を紹介するに当たり、
「がり勉だった四人がロックで大成する」という具体的な面を取り上げていたのですが、
実際のドラマ内のツバサは、その語りの中で、
「仲間がいたから道を進めた」という抽象的な面を取り上げていました。
ここには、如何なる意味を見出すことができるのでしょうか。

けだし、「具体的/抽象的」という対照性を掘り下げれば、
当初は「勉強からロックへ」というところに限った話であったのですが、
そこからその限定を取り外していったということであると考えられます。

この流れは、ゆめの役に関わる監督の改変によっても後押しされていました。

つまり、急きょすばるの彼女役でゆめが導入されたことにより、
夢を追いかけるのはロックに転向した四人ばかりではないことが提示されていたのであり、
ここにおいて、「がり勉がロックに転向して成功した」という具体性は、
一定程度緩和されることになったのです。

この具体的な(狭い)ところから抽象的な(広い)ところへの移行は、
このドラマが具体的にロックという具体的領域で成功したことを問題とするものではなくて、
仲間とともに道を進み成功したことを問題にするものであることについての、
明確な宣言であったととらえることができます。

問題は、こういったドラマの話が、
なぜ、本作の最初の時期の話に挿入されていたかということです。

ロックという領域を扱うドラマが、自らロックを脱ぎ去った、
その先の「仲間とともに進むこと」こそがテーマだと主張する話を、
『アイカツスターズ!』が提示したことには、どのような意味が見出だせるのでしょうか。

私は、そのことは『アイカツスターズ!』が、アイドルという領域を描きながら、
その本丸とするテーマは必ずしもそこにはなく、
その領域を取っ払ってなお残るようなものであるということを、
自ら宣言したということに他ならないのではないかと思います。

『アイカツ!』からそうであったように思いますが、本作品は、
アイドルを描き、アイドルにだけにしか適用できないテーマのみを扱うわけではないのです。
アイドル「を通して」描かれることが、一つの要点なのではないでしょうか。


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

アトリエシリーズの主人公が主に錬金術士である理由 ――『ソフィーのアトリエ』からの小検討

2016.06.05 15:43|アトリエシリーズ
ソフィーのアトリエにおいては錬金術が、
「素材の願いを聴き、それを叶えることでものを創り出す技術」として提示されていました。
私が忘れているだけかも知れませんが、
いずれにしてもこういう表し方でここまで強調されたのは、
本作が初めてであったのではと思います。

錬金術のこの側面の強調は、
初代の「世界を救うのはもうやめた」からの「世界を救うより大切なこと」を描く流れを、
本作において再び持ち出したアトリエシリーズが、
何故錬金術士を主人公として据えているのかという疑問に、
ある程度は答えるものであったのではないかと思います。

というのも、アトリエシリーズが「世界を救うより大切なこと」として、
「自分の夢を叶えること」をテーマとして描く場合において、
何故主人公が錬金術士なのかということは、大きな疑問足り得ると思うんですよね。
夢を叶えるだけなら、他の職業でもいいのではないか。
何故錬金術士であるべきなのか。

比較として、「世界を救うこと」をテーマとして描く作品であれば、
何故その主人公が主人公であるかということについてはほとんど自明であり、
程度の差こそあれど、その主人公が「世界を救うこと」に関与してくるからこそ、
主人公として扱われるのです。

しかし、「世界を救うこと」を対岸にとって、
「自分の夢を叶えること」をテーマとする場合においては、
自分の夢を叶えようとする者であれば、主人公が誰であっても構わないはずです。
然るに、アトリエシリーズは、そのほとんど全ての作品において錬金術士を主人公に据えています。

これは何故かということは、アトリエシリーズを理解しようとする上で、
避けられない問題であると思います。
そして、『ソフィーのアトリエ』の考え方を踏まえると、
これは錬金術士が「夢を叶えることで夢を叶える職業」に他ならないためであると考えられます。

つまり、錬金術士は素材の願いを聴き、その願いを叶える点において、
「夢を叶えること」に極めて深く関わる職業と言います。
このため、錬金術士は、「夢を叶えること」をテーマとして描く物語の中で、
中心に据えられる代表者としてふさわしいと考えられるのです。

それは「世界を救うこと」を描く物語で、「世界を救うこと」に最も深く関わるような者が、
その中心的人物となりやすいことと同様であり、
「夢を叶えること」を描く物語では、「夢を叶えること」に最も深く関わるような者で有り得る、
錬金術士が中心的人物となるというだけの話なのです。

結論として、『ソフィーのアトリエ』において提示された、
錬金術は「素材の願いを聴き、それを叶えることでものを創り出す技術」ということを踏まえると、
アトリエシリーズで主に錬金術士が主人公である理由について、一つには、
その技術自体が「夢を叶えること」に深く関連しているためであると考えることができます。


テーマ:アトリエシリーズ
ジャンル:ゲーム

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アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
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