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アイドル・大空あかりの歩む道 ――虹のかかった空のように (アイカツ!第170話考察)

2016.02.21 20:40|アイカツ!
今回は、『アイカツ!』第166話と第170話を中心に振り返り、
大空あかりというアイドルについて考えていきたいと思います。
第166話においては、あかりが目指すクイーンの姿が描かれるとともに、
かつていちごに、見失った最初の風を思い出させてもらったあかりが、
スミレにとっての最初の風を思い出させる様が描かれていました。
また、第167話や第170話においては、翼がドレスを完成させていく過程で、
あかりがどのようなアイドルであるのかといったことが、明確に示されたと思います。
この記事では、第166話で示されたあかりの目指すクイーンの姿について確認し、
そこからあかりがどのような道を歩むアイドルなのかということについて考えたいと思います。
もしよろしければ、あかりが二年目に登場して以降、
これまでに歩んできた道を想いつつお付き合いいただければ幸いです。

(1) 憧れのアイドルへの飛翔

まずは、あかりが第166話で提示した、
どのようなクイーンになりたいかという問いへの答えを確認します。

「あかりちゃんは、どんなクイーンになりたいですか?」
「そうですねー。アイドルって、頑張ったら誰かの笑顔のきっかけになれると思うんです。
 だから私は、もっと大勢の人たちに笑顔になってもらえる、
 そんなスターライトクイーンになりたいと思ってます!」(中略)

――みんなの笑顔。そう、そのために、私はアイドルの階段を上っていきたい。
 星宮先輩に憧れて上り始めた、アイドルの階段。
 どこまで行けるか確かめたい!
 私は、星宮先輩との約束を、果たしたいんだ。 (第166話)


このあかりの答えの特徴は、
あかりがいちごのことを想って出した答えであるということです。
スミレは、おそらく第117話で自分が歌を選択したところから、
歌でアイドルを究めるという答えに至り、
ひなきは、おそらくルミナスで日本全国を回り、色々なアイカツと出会ったことから、
有名になって色々な領域に挑戦し、皆を楽しくさせるという答えに至りました。
あかりは、この二人に対して、いちごとの約束を胸に答えを出しました。
ルミナスの三人は、同様の過程をもってともに成長してきたアイドルと言えますが、
その中でスミレは第117話前後の自分の道の選択、
ひなきは第152話前後の様々な領域への挑戦、
あかりは二年目から続いて来た憧れのアイドルへの飛翔の中から、
特に自分の答えを見つけ出したと考えられます。

三人の答えは、ここまでのアイカツをそれぞれに振り返るものになっているのですが、
あかりはその原点であるところの彼女の憧れのアイドルを、
今一度振り返ることによって、更に上へと飛んでいくことを決意しているのです。
第166話であかりが、上空へと続く階段の先に、一時だけいちごが見える場面は象徴的です。
ここまで階段を上ってきたあかりは、ようやくいちごの後ろ姿を捉えるまでになったのですが、
そのときにはいちごは更に上へと進んでいるに違いないということを、
あかりが思っていたからこそのイメージであったと思います。

さて、第166話は、一方で上述のように、
あかりがいちごのことを想って、その後を今後も追いかけることを改めて描きながら、
他方であかりが現にかつてのいちごのように振舞えるようになったことをも描いていました。
すなわち、あかりはスミレに言葉をかけて、
彼女が「最初の風」を再発見する助けとなったのです。
これは、第101話において、あかりがいちごの言葉によって、
自身の最初の風を思い出させてもらったことと対応する場面と考えられます。
かつて、いちごによって思い出させてもらう側であったあかりが、
今度はスミレに思い出させてあげているのです。

ちょうど『START DASH SENSATION』の二番で歌われるように、
最初の風を一緒に探してあげられる、
かつてのいちごのようなアイドルに、あかりは既になっていました。

キミが見つけた最初の風を
いつか見失いそうな時は
一緒に探せるような
わたしになっていたいな

あの日があって今が 最高になる
教えてくれたんだ今日の笑顔 忘れないよ (『START DASH SENSATION』)


第166話は、スミレが答えを出してスタートダッシュを決めるまでの物語でありながら、
同時にそのスミレの手をあかりが引く物語にもなっていたと思います。
あかりは、憧れのアイドルであるいちごのところへ飛翔するアイドルとして描かれていました。

(2) 停滞からの飛翔 

ここまでは、第166話であかりは、一方でいちごの後を今後も追いかけるアイドルとして、
他方で今現にかつてのいちごのように振舞えるアイドルとして描いていると論じましたが、
第166話はあかりをいちごとの繋がりだけをもって描いたわけではありませんでした。
つまり、あかりたちならではのテーマも、その中で描いていたのです。
この側面についても触れておこうと思います。

第166話は、『START DASH SENSATION』の二番が主なテーマになっていて、
同曲の「最初の風」というフレーズがサブタイトルに使われています。
ここで、何故「風」なのかということを考えてみましょう。
『アイカツ!』中でアイドルは、星等に重ねられますから、
憧れの存在の重要さを示すのであれば、例えば「最初の光」でもよかったはずです。
しかし、ここでは「最初の風」というフレーズが使われています。
ここには、どのような意味があるのでしょうか。
この問いの答えは、『START DASH SENSATION』のOPを見ると見えてきます。

OPは、かかっていた雲が流されて、太陽が顔を出すところから始まっています。
例えば朝日が昇るところから始まるというわけではないのです。
冒頭のあかりの髪が僅かに雫に濡れているようにも見えることから、
もしかしたら小雨が降っていたのかも知れないことが分かります。

aikatsu21.png
 OP冒頭、あかりの髪は雫に濡れているように見える。

aikatsu22.png
 直後タイトルロゴが出る部分では、虹が印象的。

この始まり方を鑑みると、光にかかっていた雲を流してくれるものとして、
「風」を用い、「最初の風」としているのではないかと思います。
当初は雲がかかっていたけれども、それを最初の風が流してくれる。
これは、あかりたちの物語に重ねられる展開です。

あかりたちの物語がいちごたちの物語と区別される一つの重要な部分として、
あかりたちの物語は「リスタートからの物語」であったということがあります。
あかりたちは、以前に「光」に出会って、途中までは空へ向かっていたのですが、
いつしかそこに雲がかかってしまって進めなくなってしまっていました。

すなわち、あかりはトップアイドルになるという目標を、
いちごの真似をするということと取り違えてしまい、
スミレは入学後に立ち止まって孤立してしまい、
ひなきはかつての失敗から自分を制御してしまっていました。

そういった「雲」がかかっていた所からのリスタートが、
あかりたちの新たな活動のスタートであったからこそ、
「最初の風」というフレーズであったのではないかという気がします。
第166話は、あかりたちの「最初の風」をテーマにする中で、
あかりたちが停滞の状態から上がってきたアイドルであることを想起させるものでもありました。

とりわけあかりは、誰より重い停滞の中にあったアイドルと言えるでしょう。
二年目終盤にかけての彼女の懊悩は、
ここまでの全話を振り返ってみても、かなり重い部類に入るものでした。
しかし、そのようなあかりだからこそ、
勇気付け、背中を押すことができる人たちがいるとも考えられます。
ノエルは、おそらくそういった人たちのうちの一人であったと思います。
第172話でノエルは、ドリームアカデミーの生徒として登場して次のように語りました。

「アイドルに興味を持ったきっかけは、いちごちゃんのステージから元気をもらったことで、
 その後2wingSで輝いているお姉ちゃんを見ていたら、
 胸の奥に、小さく、自分もアイドルになりたいって想いが生まれたの。
 そんな小さかった想いが、同い年でアイカツを頑張っている、
 あかりちゃんたちを見ているうちに、どんどん、大きくなっていったの!」 (第172話)


ここで重要なのは、いちごやセイラをきっかけに芽生えた想いが、
あかりたちによって大きく育てられたということです。
これは、ノエルにとってあかりたちが同級生であり、
いちごやセイラよりも近い存在であったからこそのことであったと思います。
ノエルがそうであったかどうかということは明白ではありませんが、
自分から遠過ぎる憧れの存在は、そこへ踏み出すのを躊躇させるものでも有り得ます。
自分がそこに近付くことができるのか、自分がそこを目指してもいいのか。
そういった想いが、自分を今いる場所に引き止めてしまうのです。
そこで、どん底から這い上がってきたあかりは、一つの勇気となり得ます。
努力で憧れに近付けることを誰よりも強く発信できるのは、あかりに他ならないのです。
あかりはこのように、停滞から飛翔するアイドルとしても描かれてきたと言えると思います。

(3) 虹のかかった空への飛翔

ここまでは、あかりが第166話で、第一に憧れのアイドルへと飛翔するアイドルとして、
第二に、停滞した状況から抜け出して飛翔するアイドルとして描かれていると述べました。
ここからは、第167話から第170話までの流れの中、特に第170話において、
あかりがどのように描かれていたかを考えていきます。

まず、あかりはここで、かつて自分が頭の中でイメージしていたアイドルに、
現実で追いつくことができたアイドルとして表現されていたと思います。
このことは、『START DASH SENSATION』のステージにおいて象徴的に示されていました。

このステージは、巨大な王冠の中であかりが踊るものとなっており、
あかりがいわば『START DASH SENSATION』の冒頭の、
「アタマのなか膨らむイメージ」として表れていたと思います。
王冠の中にいたあかりは、頭の中にあったイメージと重ねられます。

このステージで示唆されるのは、今のあかりが、
かつてアタマのなかに膨らんでいたイメージでしかなかった、
輝かしいアイドルの姿そのものになっているということに他ならなかったと思います。
今や「アタマのなか膨らむイメージ」に、現実のあかりが追いついていて、
その理想的なイメージとしてパフォーマンスすることができるのです。
だからこそ、王冠の中であかりは踊っていたのではないでしょうか。

つまり、今回の「王冠の中」というステージは、
歌詞中の「アタマのなか」の表現であり、そこであかりが躍ることは、
今の現実のあかりが、かつて頭の中で膨らんでいたイメージのあかり(あたらしいわたし)に、
なることができていることを示していたのではないかと思います。


第170話は、このようにあかりがかつての自分の頭の中のイメージに近付いたことを描く一方で、
あかりというアイドルを一つの事物をもって表現していました。
すなわち、その言葉は一回も作中で使用されませんでしたが、
あかりは、「虹のかかった空」として表現されていたと思います。
だからこそ翼は、案段階では青と白のみのシンプルなドレスであったところに、
胸元にかかった七色の花の飾りを加えたのではないでしょうか。

「虹のかかった空」は、あかりというアイドルの端的なイメージと考えられます。
「空」は、外に出れば確実に目に入るもので、
それだけであれば「普通」の、ありふれたものなのですが、
そこに「虹」がかかったとき、ふと目を引き、元気をくれるものになると考えられます。
その意味で「虹のかかった空」は、学(あかりの父親)と翼がそれぞれ語っていたように、
「普通だけどいい」、「元気になる感じ」のものと言えます。

「珍しい?」
「珍しいとは言えないけど……」
「色が違うのは?」
「これは、ただ湿ってるからだね」
「あ、そう言えば、ドリーミーレイクの辺りは、昨日雨だったかも。
 ってことは、普通の土かあ」
いや、極めて普通だけど、いい土だ!
「パパ相当嬉しいのね、あかりが土持って帰って来て」 (第170話)


「ずっと大空を、青い空と白い雲をイメージして作ってた。
 でも何か足りない気がしてた。それが何か、昨日大空が来てくれて分かったんだよ。
 ただの明るい空よりも、もっと元気になる感じっていうかさ。
 正直、昨日来てくれて……迷いなくこれを作れたんだ。
 大空にふさわしいドレスになったと思う」
「すっごく素敵です! すっごくきらきらしてる!」
「ありがとな」
「え?」
「自信を持って完成だって言えるものができたよ」
「こちらこそありがとうございます。こんなに素敵なドレス! ふふっ」
「ほんと、アイドルってすげえな。笑顔で人を元気にできるんだから」 (第170話)


また、「虹」は雨の後にかかるものですが、
これが、泣いた後に笑顔になろうとする、
あかりの特長に結びついていると思います。
あかりの涙の後の笑顔は、雨の後の虹と同様に、
暗いところから明るいところへ、「元気になる」ことを象徴するものと言えます。
そして、あかりがそのように元気になることによって、
小陽(あかりの母親)がそうであったように、周囲もまた元気をもらうのです。

あかりには、どこか「普通」な面があって、
例えばスミレについては歌が、ひなきについてはモデルが、
特筆すべきものとして語られるのに対し、
特段何が一芸が秀でていると語られるわけではありません。
あかりの主たる活動である「大空お天気」は、
あかりを何かに秀でるアイドルとしては表現する類のものではないのです。

しかし、あかりは単なる普通ではありません。
普通は普通でも、目を離せなくさせ、人を笑顔に、元気にすることができる「普通」なのです。
あかりのこうした側面を、「空」というありふれたものに、
「虹」という人を元気にさせるものが加わった状態で表現しているのではないでしょうか。


確かに、第170話は「虹」という言葉を一回も使いませんでした。
しかし、翼が青空のドレスに最後に加えたのは主に七色の花の飾りでしたし、
ステージはあかりがドリーミングハートで空を虹色に変えるものでした。
ここには、「虹」があかりと関係するものとして提出されていることを見出せます。
あかりは、雨上がりに虹のかかった空のように、
人を笑顔に、元気にするアイドルとして描かれていたと思います。

(4) 結論

結論としてあかりは、第166話からの流れの中で、
主に三つの側面を持つアイドルとして提示されていたと思います。
つまり、第一に憧れのアイドルへと飛翔していくアイドルとして、
第二に停滞した状況から脱却して飛翔していくアイドルとして、
第三に苦境にあってすら笑顔になれ、それによって人を笑顔にすることができる、
虹のかかった空のようなアイドルへと飛翔していくアイドルとして、描かれていました。
どん底から憧れのアイドルを目指して大空へと飛び立ったあかりは、
憧れのアイドルの後を追いかけていく中で、
やがてその空に虹をかけて、人を笑顔にし、また元気にするアイドルへと、
更に高く飛翔していくアイドルとして、示されていたのではないでしょうか。



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ジャンル:アニメ・コミック

アイドル・氷上スミレの歩む道 ――仲間とともに進む女王として (アイカツ!第166話考察)

2016.02.14 15:36|アイカツ!
今回は、『アイカツ!』第166話を中心に振り返り、
氷上スミレというアイドルについて考えていきたいと思います。
第166話において、スミレが目指すクイーンの姿が描かれる中で、
彼女が如何なるアイドルであるのかということが、
あかりやひなきとの対照性の下に提示されていたと思います。
特に、スミレが第166話において歌った『いばらの女王』は、
スミレが如何なるアイドルなのかということを歌う曲となっています。
この記事では、第166話で示されたスミレの答えがどのようなものであったかを確認し、
その上で『いばらの女王』の歌詞について考えていきたいと思います。
これにより、スミレが如何なるアイドルであるのかということに、
一歩近付くことができると考えます。
もしよろしければ、スミレがこれまでに歩んできた道を想いつつ、
お付き合いいただければ幸いです。

(1) 歌を究めるという道の選択

まず、スミレが第166話で提示した、
どのようなクイーンになりたいかという問いへの答えを確認します。

「私は、最初にアイドルを勧めてくれたのはお姉ちゃんで、
 そのうち、いつの間にかこの道に進んで、
 だから、覚悟もなくって、他の人たちを避けてた。
 でもね、あかりちゃんたちと出会って、競うことで、
 新しい自分に近付けることが分かったの。
 それが私に吹いた、最初の風。
 あの風が吹いて、私はアイドルとして、歌でトップを目指せたらいいなって。
 だから……だから、歌で、歌でトップになる!
 私は、歌でアイドルを究める! そんなスターライトクイーンになりたい!」 (第166話)


このスミレの答えは、あかりやひなきの答えとは異なる、
それらと対峙し得る答えであったと思います。
とりわけひなきの答えとの差異は一見にして明らかです。
ひなきは、モデルに限らず、幅広く挑戦していくことを方針に掲げました。
スミレは、それとは対照的に、歌でアイドルを究めていくことを選択したのです。

二人の答えは、その意味では、真逆とすら言えるかも知れません。

しかし、第166話で、スミレとひなきの答えのこの対照性以上に強調されていたのが、
あかりとスミレの答えの対照性であった気がします。
二人の対照性を示す象徴的な表現が、
空の上へと続いていく階段のイメージが表れる場面です。

今回物語中で、あかりとスミレは、それぞれに空に続いていく階段のイメージを見ました。
このときあかりの見た階段の先にはいちごがいましたが、
スミレの見た階段の先には誰も見えず靄がかかっていました。
この差異が、第166話の肝であったとも言える気がします。

つまり、あかりはここに来て、いちごとの約束を胸に、
いちごの後を追いかけていくことを想って、笑顔になってもらえるクイーンを掲げたのですが、
スミレは誰かの後を追いかけていくわけではなく、
彼女自身の歩むべき道を想って、歌でアイドルを究めるクイーンを掲げたのです。

だから、スミレの見た階段の先には、誰の姿も現れませんでした。
また、だからこそスミレは、魔夜の問いを受けてユリカの姿を思い浮かべませんでした。
あかりは先輩を胸に抱いて答えを出したのですが、
スミレはある意味で先輩と決別して答えを出したのです。

あかりは、自分の憧れに追いつこうとするという点で、
その憧れがあってこそ先へ進んで行くアイドルとして描かれていたのですが、
対してスミレは、誰かの後を追うのではなく、
自分で道を切り開いていこうとするアイドルとして描かれていたと思います。

あかりとスミレとひなきは、それぞれに持つイメージ、進む道は異なるとは言っても、
三人肩を並べて同じように進んできた面があります。
すなわち、第一に偉大な先達から薫陶を賜り、第二に自分だけの道を選択し、
そして第三にルミナスとして様々なアイカツと出会う旅に出ました。
第166話の三人の答えは、このこれまでの道程のそれぞれの段階に関連したものであったと思います。
あかりは第一のいちごとの関係から、スミレは第二の以前選択した自分の道から、
ひなきは第三のルミナスでの活動から、答えを見つけたとは考えられないでしょうか。

スミレの「歌でアイドルを究める」という方針は、モデルでなく歌を選び取った、
自分の道を選択した第117話から繋がったものであると思います。

(2) 一人闘い、仲間とともに進む女王の道の選択

ここからは、第166話で歌われた『いばらの女王』の歌詞について考えます。
『いばらの女王』は、先述した「歌でアイドルを究める」道を、
自らのうちに確かに存在するおそれと戦いながら進むスミレを、
凛としてステージの上に立つクイーンとして表現とした曲と考えることができます。
第166話で披露された一番に当たる部分は、
スミレが選び取った自分の道を強く進んで行く様と容易く重ねられるでしょう。

しかし、私は、『いばらの女王』がそれだけを表した曲であるとは思いません。
この曲は、第166話のステージで歌った歌詞の先の部分も揃って初めて、
スミレの曲として初めて完成する感が強いと思います。
けだし、スミレの二つのアイカツが、一番と二番に分かれて表現されているのです。

つまり、『いばらの女王』の一番は、クイーンのカードを持って、
一人我が道を進んで行く女王を描いていますが、
二番は、みんなと一緒のパレードにおいて休息する女王を描いています。
二番の歌詞の一部を引用します。

自由なお茶の時間  瞳の中にある庭園
晴れやかなパレードが ひと休みできる場所

音楽やダンスや みんなアーティスト
噴水のように咲くアイデア
天使の祝福 キャンディ メロディ
私たちが住む星はたったひとつ (『いばらの女王』)


ここでは、「あなた」からの拍手を受けて一人ステージに立っていた一番とは異なり、
「音楽やダンス」に係る「みんな」とともにある様が表されています。
そして、そういった「パレード」の時間が、「ひと休みできる場所」として語られているのです。
一方で一人おそれと戦いながら進んで行き、
他方でみんなのいるパレードの中でひと休みする。
確かにスミレは、そういった二面を持つアイドルではなかったでしょうか。

というのも、スミレは、モデルでなく歌を取った、第117話が顕著であったように、
自分の道を選択するアイドルとして特に描かれていて、
『いばらの女王』の一番は、その面を表現したものであるに違いないのですが、
スミレはそれのみで語り得るアイドルではありません。
それはいわば、スミレというアイドルのカードの表面に過ぎないのです。

そのカードの裏面には、あかりたちと一緒に取り組むアイカツが、
スミレ一人の活動とは切り離せないものとして絶対にあります。
だからこそ第166話は、スミレが自分の道を一人で行くことを描きながら、
その道の選択の前提には、あかりたちがいたことを同時に描いて見せたのではないでしょうか。
仮にスミレがおそれに立ち向かうことを自分で選んだことだけを描くのであれば、
その重要な選択は、スミレ一人によってなされたはずです。
それによってこそ、おそれと戦うスミレの強さは、最大限強調されたでしょう。
しかし、第166話は、スミレが明らかに、あかりの言葉を受けて自分の道に気付き、
あかりとひなきの後を追ってスタートダッシュすることを描きました。
スミレは、単に我が道を行くアイドルでなく、
あかりたちとの関係を助けに、我が道を行くアイドルなのです。


『いばらの女王』もそのような歌詞になっています。
一番でおそれと闘いながら自分の道を進む女王を描きながら、
二番で女王が休息する場所として「みんな」がいる「パレード」を描く。
それはスミレの、歌を究める自分だけのアイカツと、
あかりたちとともに行うアイカツの、両面の表現に違いないのです。

そこでは、自分の道を、あるときは一人で、あるときは仲間とともに進んで行く、
スミレというアイドルが描き出されていると思います。

そして、この女王は、スミレは、先述のように自分の道を歌いながら、
その道の方へ「あなた」を誘います。

こんな 透明な朝に あなたは何想う?
輪舞曲踊るだけの 答えのない木馬? (中略)

もし今あなたが 迷って泣いてるなら
ここへきて 地図をたしかめ
ドレスに着がえ出かけましょう (『いばらの女王』)


一方で『Take me higher』のように挑発的に、
他方で『永遠の灯』のように優しく、「あなた」が呼びかけられています。

女王は、スミレは、単に自分の道を歩んでいくだけでなく、
その道を歩み、「未来を描く」中で、
みんなにもそうあるように呼びかけていくのです。


(3) 結論

結論として、スミレはクイーンを目指すに当たって、歌を究めるという方針を打ち出しました。
それは、先輩との関係と結びついたあかりの答えとも、
ルミナスでの活動と結びついたひなきの答えとも異なる、
スミレがかつて選択した自分の道と結びついた答えでした。
『いばらの女王』は、一方でスミレが自分で選択したこの道を強く進んで行く様を描きつつ、
他方でその背後にあかりたちとともに行うアイカツがあることを描いていると考えられます。
スミレは、あかりたちとの関係を胸に抱き、ときに助けにしながら、
「あなた」を導く女王の道を選択し、歩んでいくアイドルとして、示されていたのではないでしょうか。



※ 平成28年2月21日一部加筆修正



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アイドル・新条ひなきの歩む道 ――新しい私であり続けるために (アイカツ!第169話考察)

2016.02.07 17:50|アイカツ!
今回は、主に『アイカツ!』第166話と第169話を振り返って、
新条ひなきというアイドルについて考えてみたいと思います。
第166話と第169話で、ひなきが目指すクイーンの姿が描かれる中で、
大きく分けて二つの、これからの活動の方針が提示されていました。
そしてそれは、ひなきの活動のテーマ、大目標と結びつくものに他なりませんでした。
この記事では、まず第166話と第169話において示された、
ひなきのこれからの活動の方針がどのようなものであったかを確認し、その上で、
それがひなきの活動の根本的なテーマと関連するものであることを説明します。
もしよろしければ、ひなきがこれまで歩んできた道を想いながら、
お付き合いいただければ幸いです。

(1) 様々な領域への挑戦

まず、ひなきが第166話で提出した、
どのようなクイーンになりたいかという問いへの答えを確認します。

「で、ひなきちゃんは、どんなクイーンになりたいと思ってる?」
私は、スターライトクイーンになって、もっと有名になりたいんです!
「有名に?」
「はい! 有名になったら、今より色んなお仕事ができますよね。
 私、ライブもテレビもモデルも、色んなことをして、
 たくさんの人たちに楽しくなってもらえるクイーンになりたいんです!」 (第166話)


このひなきの答えは、あかりやスミレの答えに対峙し得る、
重要な第三の答えであったと思います。
特に、歌に絞ってそれを突き詰めることを選んだスミレに対して、
ひなきは、モデルに絞らず幅広く挑戦していくことを選んだ点で、
彼女とは真逆とも言える道を示したと言えるのです。


あかりの答えが主にいちごとの関係から生じ、
スミレの答えが主に自分の歌への想いから生じたのだとすれば、
ひなきの答えはそのいずれから生じたものでもありません。
ひなきは、誰か先輩の後を追うことを選んだわけでも、
モデルという、かつて見つけた「自分の道」を選んだわけでもなかった。

ひなきの答えは、他ならぬ彼女が名付けを担った、
あのルミナスでの活動から生じたものであったのではないでしょうか。
あかりは二年目からのいちごとの関係から、スミレは三年目前半の自分の道から、
どのようなクイーンになるかという答えを得た一方で、
ひなきは三年目後半からの様々なアイカツとの出会いから、答えを得たと考えられます。


そうして導き出されたひなきの答えは、
ヴィヴィッドキスを着るアイドルとしてのものであったと言えます。
自分の特化したモデルという領域だけでなくて、
その他にも色々な新しいことに挑戦していくということは、
新しさを推すヴィヴィッドキスのテーマに結びついたものに他ならなかったと思います。

自分の特化したモデルという領域だけでなく、
それと同時に他のことをともにやっていくという両立路線は、
アイドルと花屋を両立していた、かつてのみくるに通じる道です。
ここを鑑みても、ひなきの答えはヴィヴィッドキスのアイドルとしてのものとも捉えられます。

結論としてひなきは、活動の方針の一つとして、
モデルだけに特化するのではない、「様々な領域への挑戦」を掲げました。
それは、ルミナスとして色々なアイカツに触れたところから生じた、
ヴィヴィッドキスのアイドルらしい方針であったと言えます。

(2) 世界への挑戦

ひなきの「有名になってたくさんの人を楽しませる」という目標は、先述のとおり、
日本ツアーを実施して様々な笑顔と出会ったルミナスの活動から生じていると考えられます。
第169話は、疑問となり得たであろうその目標の着地点を、見事に示すものであったと思います。

つまり、ルミナスの日本ツアーを見た後においては、
「有名にとは言っても、既に全国で有名ではないのか?」という疑問が生じ得るわけで、
ひなきが「有名になること」を掲げる以上、その着地点は、
ルミナスの日本ツアーよりも先に進めなければいけなかったと考えられます。

そして、第169話は、ひなきに「世界で有名になる」という着地点を用意しました。
世界でも有名なKAYOKOとみくるの道を提示した上で、
ヴィヴィッドキスのアイドルとしてその後を追いかける、
ひなきだからこその道が、明確に提示されたのです。
それは、ルミナスの日本ツアーのその先に進むための道に他なりません。

しかもそれは、これまでのひなきの活動の延長戦上にある着地点でもあったのです。
というのも、国をまたいで世界に羽ばたくということは、
ひなきの物語中で既に描かれてきたことでした。
つまり、珠璃との関係において、ひなきは既に世界と対峙していたのです。
ひなきは第141話において、自身のアイデアで、
スペインとメキシコの料理を結び付け、それを日本において紹介しました。
ここにおいてひなきは、国をまたいだ活動に既に挑戦していたのです。

であるから、「世界で有名になる」というひなきのテーマは、
ここに来て唐突に用意された類のものではありません。
その斬新なアイデアで、スペインをメキシコと結びつけた第141話があった上での、
今回のKAYOKOの家におけるペンキでの「ストリートアート」等を、
フランスの雑誌に認められる流れに違いなかったのです。

結論としてひなきは結果的に、有名になるという目標の中に、
活動の方針の一つとして、「世界への挑戦」を掲げました。
それは、KAYOKOやみくるの後に続く方針だったという意味で、
やはりヴィヴィッドキスのアイドルらしいものと言えるでしょう。

(3) 新しい私への挑戦

ここまでをまとめると、ひなきは、「有名になってたくさんの人を楽しませる」クイーンを目指す中で、
一方で様々な仕事の領域に挑戦し、他方で世界に挑戦する方針を提示しました。
考えてみると、こうした方針に見出せる冒険性は、
ひなきの根本的なテーマである「新しい私への挑戦」に繋がるものでもあります。
ひなきの活動の大目標は、かつてステージで失敗し、
大人たちに心配させてしまったことを契機に、
自制的な活動に走っていたところから解放されて、
最大限に輝くパフォーマンスをする「新しい私」になるということでした。
ひなきは、この「新しい私」への挑戦の中で、
一方でモデルだけでない様々な仕事の領域に挑戦し、
他方で日本だけでない世界へと挑戦していくのではないかと考えられます。

そうした挑戦は、ひなきをこれまでのひなきから一歩進めてくれるものです。
この意味で、二つの方針は、ひなきの活動の原点と関連しています。

このひなきの、「新しい私」への挑戦というテーマと深く結びついた曲が、
第169話で披露された『ハローハロー』に他ならなかったと思います。
この曲は、自分を抑えず、「そのまま」であることを肯定していくのです。

元気いっぱい私に ハロー そのままでいいよって
楽しもうよこのまま ハロー 私のライフ
そうよ もっと私に ハロー 笑顔でいたいから
晴れた空見上げて ハロー 笑顔のサイン (『ハローハロー』)


ところで、第169話でみくるが『オトナモード』を披露した意味は、
単にみくるが久々に登場したからということに限られず、
その曲のテーマが、まるで予定されていたかのように、
ひなきに向けられるべきものであったからということもあったと思います。

それは、あまりにもひなきの物語のテーマに肉薄した歌詞なのです。

つまり、『オトナモード』は、「ママ」を初めとする大人たちに内緒で、
「わがまま」に一歩踏み出す少女のことを歌った曲で、
その奔放な姿は、かつて自制的な活動を続けてきた、
ひなきの辿り着くべき「暴れっぷり」に違いなかったと思うのです。

『ハローハロー』は、ある意味ではこの『オトナモード』に応えるものであったと思います。
そこでは、かつて「そのまま」の自分であれなかったひなきが、
「そのまま」であることを肯定し、「そのまま」であることで「楽しもうぜ」とみんなを誘うのです。
描かれているのは、ひなきという一個人の課題の克服のその先であったと言えます。
ただ自分が「そのまま」であろうとするだけでなく、みんなにもそうあるように呼びかけていくのです。

(4) 結論

結論として、ひなきはクイーンを目指すに当たって、
二つの大きな方針を打ち出したと考えられます。
すなわち、「有名になってたくさんの人を楽しませる」という目標の中で、
第一にモデル以外の色々な領域に挑戦するということ、
第二に日本に限らず世界へと挑戦するということです。
これらの方針は、ひなきの活動の根幹である、
「新しい私への挑戦」に繋がっています。
ひなきは、新しい自分になろうとし続けていく活動の中で、
未知の領域へと冒険し続けていくのです。
それこそが、アイドル・新条ひなきが歩む道として示されていたのではないでしょうか。



※ 平成28年2月21日一部加筆修正



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