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アトリエシリーズが「世界を救うこと」を描く意味 ――「夢を叶えること」の延長線上に

2016.01.02 14:15|アトリエシリーズ
今回は、特定の作品ではなく、アトリエシリーズ一般について考えます。
テーマは、「アトリエシリーズが世界を救うことを描くこと」についてです。
アトリエシリーズは、「世界を救うのはもう辞めた」、
「世界を救うより大事なこと」をキャッチコピーに、
世界を救う王道のRPGから距離を取って、
主人公の錬金術士が人との関わりの中で成長し、
夢を叶えていく様を主に描いていく作品です。
昨年は、新地に舞台を移した『ソフィーのアトリエ』が、
十七番目のナンバリングタイトルとして発売されました。
この作品の発売に当たっては、プロモーションムービーにおいて、
「そろそろ世界を救うのにも飽きてきた。」という言葉が掲げられています。
ここに、第一作目のキャッチコピーが、幾年も隔てた現在においても、
シリーズ内で未だに生き続けているということを見出せます。

しかし、それにもかかわらず、アトリエシリーズは、
「世界を救うこと」と見なせることを度々描いてきました。
先述した『ソフィーのアトリエ』においても、その物語のクライマックスは、
やはり彼女たちの世界を守り、救うというところに帰着したのです。
これらのことを如何に考えるかということは、
アトリエシリーズに触れ、同シリーズを考えるに当たって、
避けることができない極めて重要な疑問と言えます。
アトリエシリーズが「世界を救うこと」を描くとき、
それは第一作目のキャッチコピーである「世界を救うのはもう辞めた」に、
あるいは「世界を救うより大事なこと」に背いて、
別の事柄を描いていると考えるべきなのでしょうか。

この記事では、このことについて私見を明らかにしようと思います。
けだし、この問いに答えるためのヒントとなるのは、
第一作目の『マリーのアトリエ』から、
第二作目の『エリーのアトリエ』への間における微妙な変化です。
まずはここから、先の問題について思索を始めてみることにしましょう。
シリーズ経験者の方は、これまでの作品を思い出しつつ、
シリーズ未経験者の方は、もし万一いたとしたら、
アトリエシリーズの大枠の紹介文を読む気持ちで、お付き合いいただければ幸いです。

さて、アトリエシリーズにおいて、
自分の夢を叶えることが何故「世界を救うより大事なこと」なのかという理由については、
『マリーのアトリエ』から『エリーのアトリエ』への間に微妙に変化している気がします。
『マリーのアトリエ』のときは、純粋に世界を救うことを対岸に置いて、
対立する二項として明確に捉えていました。

これは、『マリーのアトリエ』の冒頭の語りに表れています。

「光と闇、秩序と混沌 そして剣と魔法の入り交じる世界があった
 伝説的な英雄と世紀末的な怪物が激しくぶつかり合う世界……
 今まさに、世界の興亡は彼ら――選ばれた者たちの手に委ねられようとしていた
 だが――そんな英雄物語は彼らに任せておけばよいのだ
 世界の大半の人間には英雄も怪物も関係ない
 自分たちに出来ることをやり 今日を平和に生きることが出来れば
 皆それで満足なのだから……」 (『マリーのアトリエ』)


これに対して『エリーのアトリエ』においては、
冒頭の語りの立ち位置が変化しています。
というのも、勇者も錬金術士も、初めは無力でしたが、
夢を追い続けたからこそ名を残すことになったという具合に述べて、
世界を救うことに深く関連する「勇者」を対岸に置かずに、
自分の夢を叶えることの中に内包しているのです。


「初めは誰もが無力だった。
 不死身の勇者も、高名なる錬金術士も、王室料理人も
 初めは何の力もないごく普通の人間だったのだ。
 だが、彼らは誰よりも夢や希望を強く抱き、追い続けた。
 だからこそ世に名を轟かすほどの存在になれたのだ
 夢は追いかけていればいつか必ず叶うものなのだから・・・」 (『エリーのアトリエ』)


こういう転換を踏まえて鑑みると、「世界を救うのはもう辞めた」というのは、
世界を救うことは夢を叶えることの対局にあるという意識の下に後者を取るのではなく、
世界を救うことは夢を叶えることに内包されるという意識の下に、
後者に作品のテーマの根を置くということなのです。
「世界を救うこと⇔夢を叶えること」でなく、
「世界を救うこと<夢を叶えること」という図式がそこにはあります。

ゆえに、アトリエは「夢を叶えること」を描く作品として、
当然「世界を救うこと」から剥離し得るのですが、
同時に「夢を叶えること」を描く中で、
「世界を救うこと」に近いことをやってのけるということも、ままあり得るのです。

よって、アトリエが世界を救うことに近いことを描いたとして、
それが、当初の世界を救うより大事なことというテーマに背いていると直ちには言えません。
実際、(場合によっては結果的に)町を救うというようなことは、
魔王や巨大ぷにの件等、ザールブルグの頃から描かれてきました。

その一見、矛盾に満ちた展開を説明する理屈は、
「世界を救うこと⇔夢を叶えること」という考え方にはなく、
「世界を救うこと<夢を叶えること」という考え方にあると思います。
アトリエシリーズのテーマは、たとえ世界を救うことを描いたとしても、
結局のところそこに落ち着いているような気がするのです。

結論として、アトリエシリーズが「世界を救うこと」を描いた場合、
それは「世界を救うのはもう辞めた」という言葉に表れているテーマに、
直ちに反しているというわけではないと解せられます。
アトリエシリーズが描く「世界を救うこと」は、
それすら包摂する、より広いテーマであるところの、
「夢を叶えること」の延長線上に描かれているに過ぎないのです。

現に『ソフィーのアトリエ』においても、「世界を救うこと」は、
ソフィーが夢を叶えていく過程に位置づけられていたと考えられます。
「世界を救うこと」の裏にある、主人公たちの成長や夢こそが、
アトリエシリーズにおいてテーマとされているものなのです。


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