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かつて贈り物を贈られた私からあなたへ ――あかりたちといちごのCMの間の差異 (アイカツ!第163話考察)

2015.12.20 16:54|アイカツ!
今回は、先日放送された『アイカツ!』第163話について考えます。
ダンダイが新たに売り出すアイカツドールのCMをあかりたちが企画する本話。
着目するのは、そのCMが、あかりが目を覚まして、
おおぞらっこに導かれるところから始まったという点です。
第163話のCMは、「私たちのホームパーティへようこそ」がテーマなので、
あかりたちがパーティの準備をして、
子供たちを招いて贈り物を贈るまでを描いていれば十分とも考えられます。
然るに、あかりたちは、あかりが夜中に目を覚まして、
おおぞらっこくんに導かれるところから始めたのです。
何故CMは、この場面から始められていたのでしょうか。
換言すれば、この場面は如何なる意味を持つ場面として加えられていたのでしょう。

今回は、この問いから始めて、あかりたちのCMが持つテーマと、
かつてのいちごのCMとの差異について考えてみたいと思います。

aikatsu18.png
 CMは、あかりが夜中に目を覚ます場面から始まる。

CMの内容の決定には、あかりたちが深く関与していたこととされているので、
CMがあかりが夜中に目覚めるところから始められたのは、
あかりたちの意向もあって決定されたと読まれるべきだと思われます。
そこで、何故あかりたちはそこから始めることとしたかを考える必要があります。

けだし、CMの始まりがあかりが起きるところから始まるのは、
あかりたちも最初は「パーティに招かれる側」であったことを含ませたかったからです。
あかりが起きて、おおぞらっこくんに導かれるようにパーティへ向かうことで、
CM中のあかりは、パーティへと導かれた子供たちと重ねられます。

つまり、夜中に目を覚まして導かれるようにパーティへ向かうCM中のあかりの姿は、
同様に夜中に目を覚ましてパーティへと向かうCM中の子供たちの姿に重ねられるのであり、
パーティに招くあかりたちと招かれる子供たちの間の境界を曖昧にしているのです。

CMがこうした内容となっているのは、あかりたちが検討の段階で、
自分たちが子供であった頃のことを思い出していたことと関係すると考えられます。
あかりたちがCM作成の中で意識したことは、今贈る(招く)側の自分たちが、
かつては贈り物を贈られる(パーティに招かれる)側であったということでした。


そこであかりたちは、「私たちのホームパーティへようこそ」というテーマを設定して、
自分たちを「招く側」として一次的に定義しながらも、
同時にあかりがおおぞらっこくんに導かれる場面を加えることで、
「招かれる側」としても定義し、両方の側面を持った者として表したと考えられます。

あかりたちが描きたかったのは、
「かつてパーティに招かれる立場であった私たちが、今度はあなたをパーティに招く」ということであり、
だからこそ、冒頭のあかりが目を覚ます場面があったのではないかと考えられるのです。
表されるのは、かつてエンジェリーベアを贈られ、今アイカツドールを贈る私です。

実際、あかりが目を覚ます冒頭の場面だけは、それ以後の場面と明確に分断されています。
というのも、前者の場面では満月が出ているのだけど、
後者の場面では三日月が出ているのであり、
同じ「パーティが開かれた夜」であるはずなのに、夜の様相が全く異なっているのです。

aikatsu19.png
 あかりが目を覚ます場面では、月は満月となっていた。

aikatsu20.png
 直後のあかりたちが集う場面から、月は三日月となっている。

それは、「パーティタイム」を特別な時間として強調するための表現とも捉えられるのですが、
「月の満ち欠け」で第一に思い出されるのは「時間の経過」であることを踏まえると、
それは同時に「過去(=招かれ、贈られる私)」「今(=招き、贈る私)」の表現とも読めると思います。

つまり、「かつて贈られる側であった私」から「今贈る側である私」へという時間経過を伴う転換を、
同じ一夜の中で表現するに当たって、「満月」から「三日月」へという、
時間経過を思わせるような不可思議な舞台装置を置いていたのではなかろうかと思うのです。

そして、この部分によってこそ、かつていちごがやっていたエンジェリーベアのCMと、
あかりたちの今回のCMが明確に区別されることとなるのです。
端的に言えば、いちごのCMと比較したときの、
あかりたちのCMの独自性が「かつて贈られていた私」というテーマにあります。


というのも、いちごのエンジェリーベアのCMは、その内容においては、
いちごが贈る側で弟が贈られる側という具合に明確に区分されていました。
「私が贈り物を贈る」ことがテーマであったと言えます。
それをあかりたちは、「かつて贈り物を贈られた私が今贈り物を贈る」というテーマに転換したのです。

結論として、あかりたちは、子供たちをパーティに招く自分たちが、
かつては子供たちと同じくパーティに招かれた者であることを仄めかすために、
あかりが目を覚ましておおぞらっこくんに招かれる場面を挿入していたと考えられます。
そこに表れているのは、「かつて贈り物を贈られた私が今贈り物を贈る」という強調点で、
ここにおいてあかりたちのCMはかつてのいちごのCMと区別されるのです。


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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

想いゆえに、一歩踏み出すことと踏みとどまること (『ゆるゆり さん☆ハイ!』第七話考察)

2015.12.06 16:39|ゆるゆり
今回は、先日放送された『ゆるゆり さん☆ハイ!』第七話について考えます。
綾乃と京子、あかりとちなつ、結衣とちなつ、それぞれの二人きりが描かれた本話。
原作で言えば、「81★劇場版・恋のクラゲンジャー」(第十二巻33ページから)、
「intermission.9★初恋シミュレーション」(第九巻5ページから)、
「78★お泊まり、二人きり。」(第十一巻103ページから)がもとになっていました。
また、綾乃と京子が見ていたミラクるんの映画の予告は、第九巻のおまけまんがからの内容です。
この記事では、主に以下の三つのことを論じていきたいと思います。
すなわち第一に、綾乃と京子の映画館デートの話と、
結衣とちなつのお泊まりの話の対照性を取り上げ、
この二つの話が同じ一話のうちで描かれたことにより際立った点を論じます。
第二に、綾乃と京子の映画館デートの話が、
三期第二話の綾乃が京子と偶然出会う話があってこそであたことを論じます。
第三に、あかりとちなつのデートの予行練習の話が、
結衣とちなつのデートの話(※)があってこそであったことを論じます。
このように、「各話の横の繋がりと縦の繋がり」を踏まえて見ることで、
登場人物の関係や物語の展開を理解し、一層楽しめるように思います。
もしよろしければ、内容を思い出しつつ、お付き合いいただければ幸いです。

(1) 想いゆえに、一歩踏み出すことと踏みとどまること

綾乃と京子の映画館デートの話と、
結衣とちなつのお泊まりの話を合わせてきたアニメ三期第七話ですが、
あの二つの話は、一見好対照な話であると思います。
一方で綾乃が自分に正直に一歩踏み出す話で、
他方でちなつが自分の気持ちを抑えて一歩踏みとどまる話というような。

つまり、綾乃と京子のデートの話においては、
当初躊躇っていた綾乃が、最終的に京子を映画に誘うまでが描かれているのに対して、
結衣とちなつの話においては、当初結衣にキスしようとしていたちなつが、
最終的に踏みとどまるという点で、正反対の軌跡を辿っているのです。

しかし、そうした一見好対照な二つの話を一つにまとめることで際立ったのは、
綾乃とちなつがそれぞれ、普段の自分から逸脱したきっかけには、
同じく相手を想う気持ちがあったということに他ならないと思います。

好対照な二つの話における、共通点が強調されていたのではないでしょうか。

すなわち、綾乃は京子への想いゆえに、
なかなか映画に誘えない普段の自分から逸脱して、京子を映画に誘ったのに対し、
ちなつは結衣への想いゆえに、いけいけどんどんで推していく普段の自分から逸脱して、
結衣へのキスを踏みとどまるのであって、その意味では対照でないのです。

(2) 引き継がれた「自分に正直に」

それと第七話においては、第二話の綾乃が京子と偶然出会う話と、
綾乃が京子と映画に行く話を明確に接続していて、
その話あっての今回の話という形を打ち出しているところが特徴的だと思います。
「自分に正直に」というテーマも、京子が綾乃をミラクるんに誘った件も、
第二話あってに他ならないものでした。

というのも、ミラクるんの件については、第二話で京子が綾乃にミラクるんの話を出して、
その後綾乃にミラクるんを貸した(第二話アニメ公式web予告)からこそ、
綾乃を誘ったと考えられるわけで、
その意味で第二話あっての京子の誘いであったと言えるのです。

(3) 躊躇わない彼女と彼女のデート

あかりとちなつのデートの話は、
一方でこれまでのあかりとちなつの二人の話の一つの集大成的な話ですが、
他方で結衣とちなつのデートの先にある話に他ならないと思います。
変な語感ですが、結衣とのデートあってこその、今回の結衣とのデートの予行練習なのです。

というのも、結衣とのデートに当たっては、ちなつがふとした瞬間人目が気になって、
自分の恋愛について思い悩む一瞬がありました。
そういった気持ちを描いているという点において、
あの話は『ゆるゆり』全体で見ても極めて珍しく、かつ、重要な話であったと思います。

ただちなつは、それでずっと思い悩んでいたわけでなく、
結衣とのデートの中で結衣が好きなことを再認識して、
自分の気持ちを全力で肯定することになります。
こういった、思い悩んでいたところからの復活を経た上での、
今回のあかりとの予行練習に他ならなかったのではないでしょうか。
というのも、ちなつはあかりとのデートの予行練習の中で、
一瞬たりとも人目を気にするということはなく、
最初から最後まで人前か否かを問わず、ずっと彼女と彼女のデートを満喫していました。

ここを見るに、この話は結衣とのデートの話の上にあると言えるのです。

以上、今回は第七話の各話について、
一方で相互にどのように関連しているかという横の繋がりを考え、
他方でこれまでの話とどのように関連しているかという縦の繋がりを考えました。
『ゆるゆり』は、形式としては一話完結の短編の形を取りますが、
その中で各話は密接に関連し合っています。
そういった意識で眺めることで、『ゆるゆり』は一層深く、
面白い作品として受け取ることができるようになると思います。



 ※ 「Special★4 もうゆるいゆりなんて言わせないっ!!」(第六巻47ページから、二期第八話)



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