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ウィルベルに見出せるフィルツベルク魂 ――痩せ細った黄昏の大地で (エスカ&ロジーのアトリエ)

2015.11.01 16:39|アトリエシリーズ
今回は、ちょうどアトリエシリーズの最新作が今月に発売するということもあるので、
『エスカ&ロジーのアトリエ』におけるウィルベルのイベントについて考えたいと思います。
注目するのは、コルセイトにやって来たウィルベルが、
自分で作った魔女のお菓子を、地元の子供たちに配るイベントです。

これは、特に重要な意味を持っているようには見えないイベントですが、
『アーシャのアトリエ』のイベントを踏まえて考えてみると、
極めて重要なテーマを描いたイベントであることが分かると思います。
この記事では、短くはありますが、そのことについて指摘していきます。

それでは、このイベントについて考えてみましょう。
考える上で重要なのは、『アーシャのアトリエ』におけるイベントのうち、
かつてフィルツベルクを襲った食糧難に関するものです。
ハリーは、アーシャに食糧難の時代があったことを語ります。

「そうだね。掘り出し物合戦で、君に戦いを挑むも連戦連敗…。自分を見つめ直したくなって、ここに来たというわけだよ。長年見慣れた風景だ。そしたらふと、昔の事を思い出してしまった。昔話になるんだけどね。ボクの話、聞いてくれないか?」
「昔のお話ですか。わたしでよければ、お聞きします。」
「ありがとう。あれは、今から30年も前になるかな。まだ君が生まれてもいない頃、この街も今ほどは大きくなく、ボクもまだ子どもだった。その頃は凶作が続いていてね、多くの人が飢え、食べる物に困る年が多くあった。ウチは代々商会をやっていて、それなりに裕福だったんだけど…。それでも、食に関しては我慢しなければならない事が多くあったんだ。」
「そんな時代があったんですね…。」
「うん。それでもボクの母親は、何とか工夫して、ボクにお菓子を作ってくれた。腹一杯には食えない時代だから、せめて味はと考えてくれていたのだろう。ふふ。母は強し、というところかな。時代は流れ、大人になってそれなりに食料が供給されるようになり、少なくとも空腹に困る事はなくなった。けど…。あのとき、母が作ってくれた、お菓子の味が、忘れられなくてね。」
 (『アーシャのアトリエ~黄昏の大地の錬金術士~ シナリオコレクション』、170ページ)


ハリーはこのときの経験を受けて、十年後に再度生じた大凶作の際には、
私財を投げ売って食糧を集め、飢えた人々に分け与えたと言います。
このときの大凶作のことを、フレッドがアーシャに語っています。

「うん。ハリーさんの思い出の焼き菓子、何とかなるかもしれないな。それにしても、あの大凶作の年は、私もよく覚えているよ。当時、私は12歳かそこらだったかな。その年は本当に穀物が獲れなかったんだ。元々、実りが少ない土地だから、蓄えもない。飢える人も多かったんだよ。そんな中、ハリーさんから食料を託されたパン職人…私の師匠が貧しい村を回って、パンを焼いては配っていたんだ。私も、当時パンをもらった一人だよ」
 (『アーシャのアトリエ~黄昏の大地の錬金術士~ シナリオコレクション』、172ページ)


そしてフレッドも、このときの経験を受けて、
今度は自分が気前よくパンを配る側として登場しています。
ウィルベルにパンを無料であげる場面は印象的です。

「うわあ! なになに? ただパンを見てただけ! 別に悪いことなんかしてないよ?」
「おびえることはない。…さあ、このパンを食べなさい。」
「…くれるの? あたし、お金持ってないよ?」
ははは。次は買ってくれればいいよ。お腹が空いているんだろ?私の作ったパンで良ければ、さあ、食べておくれ。ほおら、このネコさんパンは甘くて君くらいの子供に大人気なんだよ。」
 (『アーシャのアトリエ~黄昏の大地の錬金術士~ シナリオコレクション』、194ページ)


この後、ウィルベルは一貫してフレッドにパンをもらう側として登場していきます。
ウィルベルが近所の子供たちにお菓子をあげるイベントは、
ちょっとしたイベントのように見えて、かつてフレッドにパンをもらっていた、
ウィルベルがお菓子をあげるというところに大きな意味があります。

あのイベントでウィルベルは、フレッドのような、
「フィルツベルクの人」として現れていたと言えるのではないでしょうか。

食糧難の黄昏の大地で、かつてフレッドがハリーと彼の師匠にやってもらったように、
パンを気前よくウィルベルたちに振る舞ったのと同様に、
ウィルベルもまた、作るのに労力がかかると渋っていたはずのお菓子を、
気前よく子どもたちに振る舞っているのです。
これにより表されているのは、ウィルベルが成長して、
振る舞ってもらう側から振る舞う側へと転換したということだけではありません。
痩せ細っていく黄昏の大地と、それに対抗してきた人の繋がりも、
このイベントによって示されていると考えられます。

『エスカ&ロジーのアトリエ』においても、例えば酒場関係のイベントで、
食糧の少なさは問題として提示されています。
そのような大地でウィルベルがお菓子を配るというところに、
ハリーやフレッドに見出せる「フィルツベルク魂」とでも言うべきものが見出せます。
ウィルベルは第一に魔女として登場してくる少女ですが、
『エスカ&ロジーのアトリエ』では、あの町の一員であった者としても登場しているのです。

『アーシャのアトリエ』も登場人物それぞれの生き方を描いていましたが、
『エスカ&ロジーのアトリエ』では、そのそれぞれの生き方が、
不可避に「黄昏の大地」と結びついているということが、
より鮮明に描き出されていた気がします。
そういった大地の上で生きるからこそ、
このように生きているのであるという感じが強いのです。

例えばルシルの薬を配って各地を回るエンディングは、
アトリエシリーズ全体としてはマリーとエリーを思い出させますが、
ルシルの場合、その生き方は彼女の生きる「黄昏の大地」と切り離しては考えられません。
病に苦しむ人を助けて回るという道は、彼女の生い立ちからだけ出て来たものではないのです。

一言で言えば、一作目が示したのが「黄昏の大地の上で」このように生きるということだとしたら、
二作目は「黄昏の大地だから」このように生きるということであったと思うのです。
ハリーやフレッドのような生き方が多く示されています。
公務に携わる人が多かったということもあるのかもしれません。
そうした『エスカ&ロジーのアトリエ』という作品の中で、
ウィルベルもまた、特に子供たちにお菓子を配る場面において、
黄昏の大地で生きるからこその在り方を示していたと思います。

本人はあまり意識していなさそうですが、凄まじい食糧難の時代を経験して、
そのとき助けられたからこそ、今気前よく助けるハリーやフレッドの先に、
ウィルベルもいたのだと考えることができます。
痩せ細った黄昏の大地で、繋がってきた「フィルツベルク魂」です。
大地の斜陽の時代において、こうしたやり取りが人の関係を通して繋がっていくということが、
黄昏三部作に通底してきた温かいテーマであったのではないでしょうか。


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テーマ:アトリエシリーズ
ジャンル:ゲーム

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