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トップアイドルを受け継ぐソレイユ ――美月が一言も語らない意味 (アイカツ!第146話考察)

2015.08.22 21:03|アイカツ!
今回は、『アイカツ!』第146話について考えます。
今年のアイカツ8のメンバーが発表され、
久々にソレイユや美月も登場した本話。
一つ特徴的であったのは、登場人物の想定が次々と当たっていったことです。
本題に入る前に、この側面に注目してみましょう。

第146話では、想定が「当たる」ということがキーワード的に使われていて、
あかりの今日の天気予報が当たったことが春に、
明日の天気予報がきっと当たるだろうということがいちごに言及されており、
また、らいちがアイカツ8の予想を当てたことが取り上げられていました。

これに限らず、第146話は一つの例外を除いて、
基本的に登場人物たちの想定どおりの展開に進んで行くことが特徴的で、
例えば三人ともにアイカツ8に選ばれるというソレイユの想定(希望)も、
あかり世代が選ばれ得るという大人たちの想定も、実現することになります。
このように「当たっていく」展開であったのです。

こうした、想定が「当たる」展開の中で、一つだけ「当たらない」ことがありました。
それが、あかりの、三人の中の誰か一人が選ばれるかも知れないという想定で、
実際は二人が選ばれ、一人だけが選ばれないことになったのです。

「当たる」という語の連発、現に「当たる」展開は、おそらくここに終着しています。

つまり、この唯一の想定外を強調するために、
第146話の「当たる」ことの強調はあったのではないでしょうか。
あかりに一人だけが選ばれる不安を覚えさせ、それをいちごとの語らいで解決させながら、
実際に直面するのは「一人だけ選ばれない」という現実でした。
そして、このことが次話に引き継がれていたように思います。
一人だけ選ばれなかったことを如何に消化するかということを描いた、第147話に。

さて、前述のとおり、第146話をあかりたちの物語として見れば、
それは一人だけ選ばれなかったことを強調する側面を持ったものであったと言えます。
それでは、いちごたちの物語として見ると、どのような物語に映るでしょうか。
以下では、このことを取り上げていきたいと思います。
第146話では、美月が登場しながら、彼女は一言も何かを語りませんでした。
このことにどのような意味があったのかというところから、始めていきます。



アイカツ8の発表の場面にしか登場していない、さくらやユリカに台詞があって、
果てはあのとき遠くにいて、出張ってきたみくるにまで台詞があるのに、
美月に台詞が付けられなかった訳はないのであって、
彼女の無言は高度に作為的なものであっただろうと思います。
敢えて美月が話さないことが、何かを強調するための表現であったと思うのです。

これによって強調されたのは、アイカツ8の発表の直後に企画をぶっこんできたのが、
美月でなくてソレイユであったということに他ならなかったと思います。

こういった注目が集まる舞台で、新しい企画を持ってくるアイドルは、
これまでずっとトップアイドルとして他を引っ張ってきた美月でした。

その美月が、この度のアイカツ8の発表においては、何も語らなかったという事実。
美月が何も語らなくても、ソレイユがその役割を十全に担ったということが、そこに表れてきます。
今回は明らかに、劇場版を経て、いちごがトップアイドルになったことを踏まえた話でした。

aikatsu12.png
 他のメンバーを気にしながら、何も語らない美月。

ソレイユのステージ前に次のようなやり取りがあります。

「ここからまた、新しいアイカツだね」
「うん。アイカツに、もっともっと盛り上がって欲しい」
「引っ張れるといいな、あたしたちで」
「行くしかないね」
「うん」 (第146話)


ここには、アイカツをもっと盛り上げるために、アイカツ界を引っ張っていく、
そうしたトップアイドルとしての役割を、
ソレイユが担っていこうという意思が表れています。
それは、これまで美月がずっと意識していたところのものに他ならなかったでしょう。

結論として第146話は、ずっと美月が担ってきた、
アイカツを第一に盛り上げる企画者、トップアイドルとしての立ち位置を、
ソレイユが十全に受け継いだことを描いていました。
こういう舞台で語ることが欠かせなかった美月が黙っていたことで、
このことは特に強調されていたと思います。

その上で注目すべきは、美月のそういう役割を受け継いだのが、
劇場版で正式に美月を越えてトップアイドルになったいちごではなく、
あおいと蘭を含めた、ソレイユであったというところです。

そこに、星宮いちごというアイドルの流儀が、何よりも表れていたと思います。

いちごは、決して一人で美月の位置に立たないのです。
いちごは、みんなで立とうとする。
現に劇場版では、かつて美月が一人で立ったステージに、
みんなと一緒に立つことを選んでいました。
あの舞台は、「大スター宮いちごまつり」と名付けられながら、
いちごだけのものではなかったのです。

このやり方が、美月を追ってきたいちごが、
それでいて美月と明白に区別される点です。
そして、劇場版の終盤で示されたように、
いちごは美月の位置にみんなと一緒に立つからこそ、
トップアイドルという立場に囚われて自由を失うことはないと考えられます。

「昔、私のところまで上がってきてって言ったことがあるよね。
 今、いちごは私のいた場所にいる。
 その場所にい続けるのは、とても大変かも知れない。
 私はトップアイドルとして、いつでも上を目指した。
 一位にい続けることによって、みんなを引っ張っていくのを使命だと思うようになった。
 そして気付いたときには、その高みから自分で降りることができなくなっていたわ。
 でも今、いちごのおかげで、自由だった私を思い出した。
 どんな夢でも見られた自分を!」 (劇場版)


トップアイドルという立ち位置が、美月に自由だった自分を忘れさせたのなら、
それは当然にいちごにも忘れさせ得ると考えられます。
しかし、直後にライブの参加メンバーに迎えられたいちごを見ると、
必ずしもそうではないのだと思うのです。
いちごは、トップアイドルとして独りになるのではない。
いちごは、トップアイドルとしてみんなを引っ張るという重大な責務を、
みんなと一緒に担うことができる。
そういったいちごの在り方が、第146話にも表れていました。

結論として、第146話は、トップアイドルとしての美月の立場を、
「いちごでなく」、ソレイユが受け継いだ姿を描いています。
これによって、美月のいたところにみんなと一緒に立ち、
みんなと一緒にアイカツ界を引っ張ろうとする、
いちご流のトップアイドルとしての在り方が提示されていました。



○関連記事

  前回の記事

    再び一人で「虹の彼方」へ――自らの「知恵」と「勇気」と「心」で行くドロシー (第百四十四話)

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    ソレイユ、いつまでも輝き続ける星へ (第百二十五話)



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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

魔女であった娘と、騎士でもあったかも知れない娘 (犬丸『演劇部の魔女と騎士』)

2015.08.16 21:09|百合作品
今回は、『ひらり、』等に掲載された作品をまとめた、
犬丸さん『演劇部の魔女と騎士』について考えたいと思います。
物静かで、それでいて周囲をよく見ている唯地と、
彼女のところに髪の毛を触りに通う内藤の関係を初めとして、
演劇部で紡がれる部員たち各々の繋がりを描いた本作。
演劇部の代をまたいで展開される、個々の短編を繋いでいく作品の要は、
末尾の解説で小川一水さんが語っているとおり二つあって、
演劇部の中にいつだって見出せる「よい心」のつながりと、
語り切らないことにより仄かに示される「女の子同士の思い合い」であったと言えるでしょう。
この二つは、作中で如何にもテーマとして突き付けられるわけではありませんが、
それでも読後には胸の中に静かに響いているものであると思います。
お読みでない方は、是非お読みになって、このテーマを感じてみてください。

今回この記事では、先述した小川一水さんの解説から、考え始めたいと思います。
百合漫画作品では珍しくも、末尾に付されている解説ですが、
ここにおいて一つの問題が提起されています。
一部を以下に引用します。

 さて、最大の問題は、誰が魔女で誰が騎士なのか、だ。
 これはわからなくて作者に直接聞いたのだが、唯地がウィッチで内藤がナイトですというストレートな答えが来てしまって面食らった。それは読めばわかる。わからないのは内藤のどこがナイトかというところだ。
 内藤が騎士のごとく唯地を守るシーンはない。逆に作中作では魔女として島の女を誑かしに現れたようにも読める。そして唯地はしばしば口に出さずとも内藤を慮り、二人の関係を秘そうとする。その内心は魔女というよりも、むしろ。
 唯地と内藤が机を挟んだあの一瞬、どちらから顔を寄せたのか。それが描かれていない以上は、魔女がナイトでナイトが魔女かもしれない。
 そんな楽しみ方もできる。

 小川一水『魔女でないかもしれない娘と、いないかもしれない騎士』
   (犬丸『演劇部の魔女と騎士』、169ページ)


この作品の最大の疑問の一つとなるのは、上記解説で述べられているように、
騎士に重ねられているであろう内藤のどこが騎士であるのかということに違いないと思います。
これについて、唯地は魔女でないかも知れないと考え、
内藤は騎士でないかも知れないと考えるのは、
一つの読み方、楽しみ方として、膝を打ちたくなるものです。
実際に「魔女と騎士・海賊版」で魔女は魔女でありませんでしたし、
騎士に相当するであろう魔女狩師の方が実は本物の魔女でした。
それもあり、率直に言って、この読み方に私は結構魅せられています。

しかし他方で、内藤を騎士として読むことはできないのか。
漫画のタイトルのとおり、魔女と騎士の物語として考えることはできないのか。
考察をする立場として、ここを改めて考えてみる必要も感じるのです。
私としては、それを突き詰めないわけにはいられません。
そこで、以下では作中の騎士がどのような存在であるかを確かめた上で、
そこから唯地と内藤がそれに当てはまらないのかを考えていきます。

それは、解説に掲げられているものとは別の、読み方、楽しみ方に繋がるはずです。
もしよろしければ、作品をもう一度読みつつ、お付き合いいただければと思います。


さて、内藤のどの辺りが騎士であるかという問題を考えるに当たり重要なのは、
この作品において騎士は、誰かを「守る者」であるだけなのかということです。
確かに、騎士と言えば誰かを守るイメージでもって語り得るものですが、
魔女との関係においては騎士は、守る者ではなく、「討つ者」なのではないでしょうか。

現に「魔女と騎士・海賊版」においては、
騎士に相当するであろう役は「魔女狩師」となっています。
それは、魔女を討つためにはるばる島にやって来る者です。
騎士は、例えばどこかの国の王女を相手には「守る者」たり得るかも知れませんが、
国にとって得体の知れない脅威である魔女を相手には「討つ者」となるのではないでしょうか。

そうであるとすれば、内藤の騎士であったかどうかという問いは、
内藤が唯地を騎士らしく守る者であったかという基準でなく、
騎士らしく討つ者であったかという基準によって考えなければならないと思います。
そして、この基準をもって考えると、内藤は確かに騎士であったと言えるのです。

すなわち内藤は、劇中での魔女にイメージがぴったり合う、
あまり喋らず落ち着いている、元々の唯地の性質を討つ者として登場しています。
唯地は、中一のときに劇中の黒髪の魔女に合うと周囲に目されています(58ページ)。
彼女がこのように周囲に魔女に重ねられる理由は、作中で言明されてはいませんが、
一つ考えられることとしては、「魔女と騎士・海賊版」で提出されている、
黒髪の魔女と同様の性質を彼女も有していたということがあります。

つまり、本を読み続け(45ページ)、迷信と知っていた(52ページ)魔女と同じように、
よく本を読み(37ページ)、色々なことを知ってそうである(23ページ)。
一人で島にいながら、魔女狩師のことを知っていた(46ページ)魔女と同じように、
自分からは人に絡まないが、人のことについてよく聴き、よく知っている(15-16ページ)。
唯地は、作中で示されている魔女と同様の性質を、元々持っていたのです。

このように、魔女と同じ性質を持っていた唯地について、肉薄していって、
それがそう見えるだけと気付き、崩していくのが内藤であったと言えます。
唯地と内藤が出会ったときの、次の場面は象徴的です。

「ゆいっちー」
「…… 私?」
「うん かわいいかなって」
「……」
「変かな」
「…… わからない」
「…そう 何でも知ってそうなのにね」

――なんで そんな事いうの 頭の中を直接触っているみたいに (17-18ページ)


内藤は、魔女狩師が魔女に肉薄していって、彼女が魔女でないと気付いたように、
唯地の側へと近付いていって、彼女が何でも知ってはいないことに気付いているのです。
内藤は、こうして唯地に近付くことで、「あまり喋らないけどすごい頭良い」(12ページ)、
「何でも知ってそう」な、魔女のような唯地について、
彼女が魔女でないと気付き、魔女に似た性質を崩していきます。
唯地は内藤と関わることで、照れ、驚き、動揺する、ただの人になるのです。
こうした感情の動きだけは、劇中の魔女と重ねることはできません。
作中で描かれている限りにおいて、魔女は魔女狩師に淡々と対応しています。
この意味において、内藤は魔女としての唯地を討っているのです。

よって結論として、内藤のどこが騎士なのかと言えば、
まるで劇中の魔女のような、種々の性質を持っている唯地に肉薄していって、
彼女をその魔女らしさを討った点において「騎士」であったのではないかと思います。
『演劇部の魔女と騎士』は、元々魔女であった唯地と、
騎士でもあったかも知れない内藤の物語であったのです。



○その他の百合作品の記事(2015年)

   アイドルとして「輝ける」場所は東京ではなくて (壱号『アイコンタクト』)
   愛と千春にとっての「卒業」の意味の転換 ――三人で外に出て行く機会として
     (缶乃『あの娘にキスと白百合を 2』)
   好きという気持ちに隠れていた競技者としての憧憬 (未幡『キミイロ少女』)


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック

再び一人で「虹の彼方」へ ――自らの「知恵」と「勇気」と「心」で行くドロシー (アイカツ!第144話考察)

2015.08.09 17:37|アイカツ!
今回は、先日放送された『アイカツ!』第144話について考えます。
スミレの『エメラルドの魔法』での新ステージと、
あかりとひなきがスミレにドッキリをしかけようと奮闘する物語で構成されていた本話。
この記事でまず指摘したいのは、このどちらにおいても、
『オズの魔法使い』が強く意識されていたというころです。
『オズの魔法使い』との重なりを意識したときにこそ、
初めて第144話のテーマが本当に見えてきます。
思うに、第144話はそのような物語でした。
そこで、この記事では、ステージと物語の両方について、
『オズの魔法使い』との結びつきを指摘した上で、
そこに表されていたスミレに係るテーマを考えていきたいと思います。
もしよろしければ、内容を思い出しつつ、お付き合いいただければ幸いです。

(1) 第144話のステージ:虹の彼方のエメラルドの光へ

第144話のステージは、ここでスミレが着たドレスが、
『オズの魔法使い』の主人公ドロシーをイメージした、
グロウスドロシーコーデであったことを踏まえて、
この物語を強く意識したものになっていました。
黄色いレンガの道を歩いて、虹の彼方のエメラルドの光を目指すイメージです。

『オズの魔法使い』は、内容をざっくりとまとめると、
虹の彼方により良い場所があると夢見ていたドロシーが、
ある日竜巻に巻き込まれて別世界に辿り着き、元の世界に戻るために、
黄色いレンガの道を歩いて魔法使いのオズのいるエメラルドの都を目指すというものです。

だからこそ、ステージ曲の『エメラルドの魔法』は、「その(=風の)渦に巻かれても」、
恐れずに「遠く虹の彼方へ」向かい、「エメラルドを掴む」ことを歌うことで、
『オズの魔法使い』のドロシーと重ねつつ、
これからもアイドルとして進んで行くスミレの姿を表現しています。

また、この曲だけでなく、この曲を歌うステージも、虹へと続く道の途中となっていて、
サビの辺りからはそのままドロシーたちの歩いた「黄色いレンガの道」が登場します。
そして、その上を歩くスミレの履く靴は、ドロシーの履いていたルビー色の靴なのです。

aikatsu11.png
 スミレの足を彩るのは、寒色に映えるルビーの靴。

ここまでは調べ物の範囲なのですが、問題は、
こうして『オズの魔法使い』と重ねられていることを意識した上で、
スミレの物語を如何に読むかということです。
物語のドロシーのように、虹の彼方へと進むことを歌ったスミレにとっての、
目指すべき虹の彼方とは何であったのでしょうか。

一つ考えるべきだと思うのは、今回もさらっと登場していた、
観客の盛り上がりを示すステージ頭上のゲージです。
これが今回は、曲の最後の時点でほとんど満タンになっていましたが、
この満タンのゲージの色が虹色と目せるものでした。
第144話のステージの最後で、背景の虹と被っています。
とすれば、スミレにとっての目指すべき場所は、
その意味での「虹の彼方」ではなかったでしょうか。

aikatsu10.png
 背景の虹と、ゲージの虹色が同一の画面に映るラスト。

つまり、ゲージが虹色になるくらいに、
観客を盛り上げることができるアイドルとなったスミレが、
アイドルとしての更なる高みを目指すことを指して、
「虹の彼方へ」という言葉が出て来ているのではないかと思うのです。

今「七色の光のその中で」、もっと熟し得ることを象徴する緑色を目指す物語。

さて、『エメラルドの魔法』が、そのように『オズの魔法使い』を多分に意識したものであっても、
他方でスミレがこれまでに歩んできた、
長い道のりを思い出させるものでもあったことには注意するべきでしょう。
歌詞の中の、「グリーンアップル」と「”目を開けて”辿り着く」という部分です。

第一に「グリーンアップル」については、言うまでもなく、
スミレが第108話以降表現してきた「リンゴを抱く白雪姫」の先に見るべきですし、
第二に「”目を開けて”辿り着く」については、
第130話以降表現してきた「休息するバレリーナ」の先に見るべきです。

つまり、今までリンゴとは「白雪姫の毒リンゴ」でしかなく、
専らロリゴシック的なダークなイメージを持つモチーフとして登場してきたのですが、
ここに来て成熟の余地があるイメージを持つモチーフとして登場してきたのであり、
スミレが更に先に進み得ることを表現していた気がします。

こういった「ダークなイメージ」からの更なる成熟と言って最初に想起するのは、
第89話でハッピーレインボーを着て朝のシリアルのCMをやってのけた、
偉大で高貴な吸血鬼の姿なのですが、スミレが今後挑戦するのは、
そういった類の「更なる成熟」なのかも知れません。
ダークなイメージからの更なる成熟は、ユリカの歩んだ道を思い出させるものなのです。

第二に、「”目を開けて”辿り着く」という部分については、
『オズの魔法使い』でドロシーが経験した冒険が、
最後にドロシーの夢であったことが示されることと対比的で、
スミレの辿り着くべき「虹の彼方」が単なる夢の世界でないことを示しています。
スミレは、夢の中でその場所に辿り着くのではなく、
自らの手で、現実においてその場所に辿り着かねばならないのです。

また、「"目を開けて"辿り着く」という表現は、
一時の休息を描いた『チュチュ・バレリーナ』と合わせて考えるべきものです。
『エメラルドの魔法』は、スミレが凛と一緒にユニットを組んでいた、
ある意味での休息の時間から、再び一人で歩み始めることを描いていたと考えられます。

そもそもスミレたちあかり世代の目標として設定されていたのは、
第124話で示されているように、スターライトクイーンになることでした。
それは、スターライト学園で最も輝く「一人」になるということです。
この目標を鑑みると、ユニット活動は次のステップに進むための、
転機となる重要な活動であったに違いないのですが、
同時に二人で進んで行く、ある種の休息の時間でもあったとも考えられます。
そこから起き上がって、スミレが再び一人で「虹の彼方」に歩んでいく姿が、
『エメラルドの魔法』においてはテーマとなっていたと思います。

(2) 第144話の物語:スミレの「知恵」と「勇気」と「心」

さて、第144話のステージと『エメラルドの魔法』が、
『オズの魔法使い』を意識したものになっていたということは上に述べたとおりですが、
重要なのは、第144話の物語もそうであったということです。
どっきり作戦の中で、スミレはどのようなアイドルとして語られていたか。

けだし、第144話でスミレは、三つの徳性を持ったアイドルとして語られていました。
それが、『オズの魔法使い』でかかしとライオンとブリキの木こりによって求められた、
「知恵」「勇気」「心」であったのです。
どっきり大作戦は、スミレのこの三つの側面を浮き上がらせた。

第一に「知恵」は、生魚を平然と扱って見せるシーンです。
ここは、スミレが生魚という自分にとっての困難を、
自分の知恵でどうすれば克服できるかを考え、実際に克服した場面であり、
ドロシーたちが地割れという困難に直面したときに、
かかしが知恵を出して乗り越えた場面に重ねられます。

第二に「勇気」は、脱走した羊を飛びついて止めるシーンです。
ここは、スミレが羊のために自身の身の危険を冒してまで飛び出した場面であり、
ドロシーたちがカリダに襲われそうになったときに、
ライオンが持っていないはずの勇気をもってその前に立ちはだかった場面に重ねられます。

第三に「心」は、自分でどっきりマシーンに引っかかってしまったあかりを心配して、
スミレがその目に涙を溜めていたシーンです。
ここは、あかりに対して強い想いを抱いているスミレの心がよく表れている場面であり、
ブリキの木こりがカナブンを踏みつけてしまって涙を流した場面に重ねられます。

このように第144話の物語は、『オズの魔法使い』において、
かかしとライオンとブリキの木こりにそれぞれ求められ、
その実それぞれが最初から持っていた三つのものを、
スミレが持っているということを描くためのものであったと読むことができます。
その上に、『エメラルドの魔法』のステージがあったのです。

つまり第144話では、スミレは以前のような試練もなく、
『オズの魔法使い』のドロシーをイメージしたドレスを手に入れているのですが、
スミレがそのドレスを着るにふさわしいアイドルであることは、
物語中でスミレの「知恵」、「勇気」、「心」が語られることにより示されていました。
スミレはここにおいて、ドロシーと重ねられ、かつ、ドロシーを越えています。
すなわち、『オズの魔法使い』でドロシーは、
それぞれに「知恵」、「勇気」、「心」を持った者たちとともに、
困難を乗り越えながらエメラルドの都へ向かって行ったのですが、
対してスミレは、自分の「知恵」と「勇気」と「心」で困難を越えつつ、
一人で悠然と、黄色いレンガの道を歩いていくのです。



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