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自分らしさを見つけたひなきに見出せるもの ――クララのように、クララを越えて (アイカツ!第113話考察)

2015.04.19 19:42|アイカツ!
Du-Du-Wa DO IT!!/Good morning my dreamDu-Du-Wa DO IT!!/Good morning my dream
(2014/10/22)
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今回は、『アイカツ!』第113話のひなきについて考えます。
ここでひなきは、プレミアムドレスであるクララキャロルコーデを手にしますが、
ひなきが手にするのは何故、『くるみ割り人形』のクララをモチーフにしたドレスであったのでしょう。
この記事では、この問いについて考えていきます。

プレミアムドレスのモチーフとする物語のヒロインと、
プレミアムドレスを着るアイドルの関係性については、二段階で考えるべきな気がします。
つまり、第一にアイドルはそのヒロインと重ねられ、
第二にアイドルはそのヒロインを越えて行っていると考えられるのです。


アイドルが、ドレスのモチーフとなったヒロインを越えていくとは、どういうことでしょうか。
一例を挙げれば、珠璃の「シンデレラ」で、物語中で魔法が解けそうになったシンデレラは、
魔法が解ける前に舞踏会から抜け出して家に帰るのですが、
珠璃は魔法が解ける五分前にもう一度踊り始めるのであり、
ここに物語のシンデレラを超えていく珠璃の姿を見出せます。
珠璃は敢えて物語のシンデレラから逸脱していくことで、
情熱を再燃させるという自身とサングリアロッサのテーマを表現していました。
その他にも、あかりの「親指姫」、スミレの「白雪姫」、みやびの「かぐや姫」と、
この視座でもって物語を眺めてみると、アイドルが物語のヒロインに重ねられるだけでなく、
物語のヒロインを越えていくことも描かれてきたと言えると思います。

第113話でひなきのプレミアムドレスがモチーフにする物語は『くるみ割り人形』で、
ひなきが重ねられるヒロインは当然、この物語の主人公である「クララ」です。
ひなきもやはり、作中でクララに重ねられ、同時にクララを越えて行っていると考えられます。
クララと重なっている部分、クララを越えて行っている部分について、順に考えてみましょう。

第一に『くるみ割り人形』のクララは、
周囲が揃って不細工とみなすくるみ割り人形を、
自分は好きだとはっきり言える少女でした。
これが、雑誌でおしゃれとされるものを真似していたひなきと対照的と考えられます。
自分の気持ちで、我が道を行けるのがクララで、
ひなきは当初、そのような少女ではなかったのです。

そして、第113話においてひなきは、おしゃれとされるものを真似していたところから、
自分らしいファッションで自信を持って闊歩できるところへと至ります。
その様は、周囲が賛成しなくとも自分の気持ちでくるみ割り人形を好きと言える、
クララ的であったと言えるのではないでしょうか。

ここにおいてひなきは、クララと重ねられるようになったと言えます。

第二に、ひなきがクララを越えて行ってもいることを考えてみたいと思います。
けだし、ひなきは逆境を自分で克服できた点においてクララを越えています。
というのも、『くるみ割り人形』においては(版にもよりますが)、
パーティでくるみ割り人形が壊れてしまってクララが泣いてしまう場面があります。
自分のお気に入りのものがパーティ中のふいの事故でダメになってしまって、
どうにもできずに泣いてんでしまう一幕があるのdす。

『くるみ割り人形』における、ふいの事故でくるみ割り人形が壊れてしまう場面が、
第113話における、ひなきたちがドレスにジュースをかけてしまう場面に重ねられ得ると思います。
パーティの場において、自分にとって大切なものがダメになってしまうのです。
そしてこのとき、『くるみ割り人形』のクララは泣いて悲しむのですが、
ひなきは挫けないで、むしろそこからドレスに工夫を施し「自分らしさ」と成していきます。

この似た状況に置かれたときの対照的な行動にこそ、
ひなきがクララを越えて行った様を見出せます。

結論として、第113話のひなきは、
一方でファッションにおいて自分を通せるようになった点においてクララと重ねられ、
他方で自分の大切なものが事故でダメになってしまったときに、
それを自分で乗り越えられる点においてクララを越えたと考えられます。
クララのように、また、クララを越えて行くひなきにふさわしいドレスとして、
クララキャロルコーデというプレミアムドレスはあったのではないでしょうか。



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  前回の記事

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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

みくと李衣菜のどちらかを選ばず進むという在り方 ――ニュージェネレーションズとの比較から (『シンデレラガールズ』:第十一話考察)

2015.04.12 15:02|アイドルマスター
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今回は、アニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第十一話について考えます。
ついにみくと李衣菜がユニットとしてデビューを果たす本話においては、
同じくキュート、クール、パッションのいずれか一色のみのユニットではない、
ニュージェネレーションズ(以下「NG」という。)との対比の下で、
*(Asterisk) というユニットが表わされていたと思います。
まず目に留まるのが、アイドルとしてのファンへの意識の差です。
みくと李衣菜は、初ステージでファンを「盛り上げる」ことに成功していました。

ここで思い出されるのは、第六話における未央の「お客さんだって盛り上げてくれるし」と、
第九話におけるみくたちの「みくなら絶対楽しむにゃ、お客さんも楽しませるにゃ」の対比です。

「大丈夫ですよね。
 いっぱい練習したし、きっと上手く行きますよね」
「しまむー。大丈夫、楽しいことが待ってるって、私たち知ってるじゃん!
 お客さんだって盛り上げてくれるし、ぜーったい、上手くいく。ね、しぶりん」
「うん、そうだね」 (第六話)


「やっぱり緊張するよね。私もまだ緊張しちゃうからなあ」
みくなら、絶対楽しむにゃ。お客さんも楽しませるにゃ
「だね」 (第九話)


片や相手が盛り上げてくれると考えていて、
片や相手をこちらが盛り上げると考えているのです。
ここの部分に*の、アイドルとしての高い意識が見出せます。
この点においては、*は第六話時点でのNGに明らかに先んじていました。

このように、NGと*は、それぞれ最初と最後にデビューした複数属性ユニットであったため、
後者が前者を越えているという優劣の形で対照的に現れているのですが、
必ずしもその形ばかりで対照的に現れているというわけではありませんでした。
つまり、優劣の身ならず、複数属性ユニットとしての在り方の違いも示されていたのです。

すなわち、NGは各々のタイプが異なるゆえに意見が割れたとき、
三人の意見のうちのいずれで行くかを選択したのですが、
*はお互いのタイプが異なるゆえに意見が割れたとき、
どちらかを選択せずお互いの意見を尊重していくという方針を採っています。
この違いが最も顕著に表れているのが、「リーダーの有無」です。
NGはユニットがまとまるためのリーダーを選択していました。
それに対して、*は少なくとも第十一話中ではリーダーを選択せず、
おそらく今後もリーダーを決めないだろうと考えられます。

みくと李衣菜の出番の前に、会場の方ではじゃんけん大会が行われていたのは、
この、NGと*の複数属性ユニットとしての在り方の差異を示す表現であったと思います。
NGは第三話で、同じく急に出演が決まったステージの直前、
じゃんけんで割れた意見を統一して舞台に挑んでいました。

フライドチキン、生ハムメロン、チョコレートで割れていた中で、
じゃんけんをすることによってフライドチキンを選択したのです。
みくと李衣菜は、NGと同じ道を歩んではいきません。

「ほんと、気が合わないね」
そこがこのユニットの持ち味にゃ
「じゃ、いきますか」 (第十一話)


第十一話で急に決まったステージに出て行くまでの流れにおいては、
同じく急に決まった第三話のステージに出て行くまでの流れにおいて、
極めて重要な意味を持っていたと考えられる、
割れた意見をじゃんけんで統一するという過程がすっ飛ばされています。
このことを強調するのが、みくたちの裏で行われていたじゃんけん大会でした。

第三話でじゃんけんがあり第十一話でなかったことは、
そのままNGと*の複数属性ユニットとしての違いを象徴的に表すものに他なりません。
NGは意見が分かれたときに統一して進みますが、
*は意見が分かれたときにそのままで進んでいきます。

NGにはリーダーがいて、*にはリーダーがいないという違いに繋がる部分です。

NGの場合、誰の意見に決まってもそれなりに納得して進んでいけるのですが、
*の場合、どちらかに決めると進むことがままならなりません。
どちらかに決めてしまっては、ユニットとして在り続けることができないのです。
*においては、いずれも選ばず、二人は二人で在り続けたままで、
「お互いのこだわりを尊重しながら」やっていくのが、合っていると言えます。

NGは、属性が異なると言えども、三人の方向性が全然異なるというわけではなくて、
凛がチョコレート(甘味)で未央がフライドチキン(肉類)という全然異なる方向に進むときに、
卯月が生ハムメロン(甘味かつ肉類)という間を取るような答えを挙げて、
両者の間を取り持ってくれるようなユニットと考えることができます。

第二話のバレーボールの例えで言えば、卯月がトスを上げる役割に回って、
レシーブをする未央とスパイクをする凛を繋ぐ位置にいてくれるのがNGというユニットなのです。
卯月のこの立ち位置は第三話までで特に強調され、未央がはしゃぎ、
卯月がこれに乗っかるときに、欠かさず卯月が凛にも話を振る場面に顕著です。

「私たちがステージに立てるなんて」
「入って早々の大抜擢。何が起こるか分からない。
 いやあ、アイドルってすっごく楽しいよね!」
「はい! 凛ちゃんはどうですか?」 (第三話)


「やりました! 私たちの初ステージ、無事成功しました!」
「何かもう、全部がきらきらしてた。アイドルってやっぱり最高!」
「ですよね。ですよね、凛ちゃん!
「うん!」 (第三話)


このようにNGは、三様とは言えそこまでそれぞれが分離していたわけではなくて、
特に卯月の存在を要として一つにまとまっていけるだけの素地を備えていたのです。
だからこそ、NGは、一つにまとまって進んでいくユニットなのだと思います。
NGは、*とは異なるやり方で進んでいく、三色の個性を持つユニットなのです。

結論として、NGと*のユニットとしての最たる違いは、
NGは意見が分かれたときに意見を統一して、三人でまとまって進むのに対し、
*は意見が分かれたままで進むということです。

第十一話では、本番前、じゃんけん大会の声を背後に聞きながら、
みくと李衣菜がじゃんけんをしないことでこのことが強調されています。
*は、一つにまとまって輝く三色の個性としてのニュージュネレーションズに対して、
それぞれに分かれながら一緒に輝く二色の個性として提示されていたのです。



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テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

Pの示した「自由」という方針の本意 ――ともに考え、行動していく意志としての (『シンデレラガールズ』:第十話考察)

2015.04.05 17:43|アイドルマスター
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今回は、アニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』第十話を考えます。
Pは、きらり、莉嘉、みりあから成る凸レーションをプロモーションしていく中で、
自身のプロデュース方針とでも言うべきものを美嘉に話していました。

「次の回、どうするの?」
引き続き、三人の思うように進めていただこうかと
「何それ! 丸投げ!?」
「いえ。凸レーションは、自由に行動させたら、面白いユニットだと思います。
 三人に、賭けてみたいんです」
「ふーん。いいけど、責任取るのはプロデューサーの仕事だし」
「はい」 (第十話)


今回は、ここで示されている、三人に「自由」に行動させるという方針の本意を考えます。
三人に自由に行動させると言えば、三人が自分で考え、行動し、
そこにPは関与しないという、「自由放任」という意味を思い浮かべます。
しかし、第十話において、Pはそのような方針で動いてはいませんでした。
三人に思いのままに行動させて、後の責任はPが負うというような、
任せっぱなしのプロデュースを行ってはいなかったのです。
となれば、Pの「自由」という方針は、単なる「自由放任」ではなかったと考えられます。
今回は、この部分に着目し、Pの「自由」という方針の本意を考えてみたいと思います。



第十話のPの三人に自由に行動させるという方針は、
Pが何もせずアイドルにまかせるといった「自由放任」のことを意味してはいなかったと思います。
美嘉はそう受け取り、万一の事態を想定してPに釘を刺したのですが、
Pはおそらく、その意味で「自由に」と言ったわけではありません。

その証左に、Pは美嘉に三人に自由に行動させると言いながら、直後の車内のシーンで、
莉嘉が挙げたセクシーにアピールするという案を斥けています。

「セクシーに言ったらいいかも。お話聞いてくれたら、ご褒美あ・げ・る」
「お話聞いてくれたらご褒美……?」
それ以外で
「うーん」
「お客さんを巻き込むってどうしたらいいんだろう」
「もう、全然浮かばないよ。Pくん、ヒント!」 (第十話)


ここから、Pが「自由に」と言ったのは、美嘉が想像したように、
単に三人の好き勝手にさせるということではないということが分かると思います。
また、莉嘉にヒントを求められて、Pも一緒に考えていることも重要です。
Pは自由放任の姿勢で明らかに三人に丸投げしているわけではありません。

ゆえに、Pの言う「自由」がどのような意味であったのかということが問題となります。
けだし、Pが「自由」と言ったのは、Pが一人で決定し、
アイドルたちがその方針に従うという形を前提にした上での、
相対的な自由であって、三人が考え、Pがその案を検討するという形でした。

第十話において、PikaPikaPoPとのコラボを含んだCDの宣伝企画については、
Pが一人で決めてアイドルに投げているところ、
舞台上でどのようにアピールするかということは、
三人に自由に考えさせて、行動させようとしています。
ここにこそ、Pの述べた「自由」が表れていたのではないでしょうか。

だからこそ、Pは冒頭で莉嘉のセクシー路線をやんわりと斥けて、
舞台で言う内容を自分も含めた「事前打ち合わせ」で決めておきながら、
美嘉に「引き続き、三人が思うように」と述べているのです。
Pは冒頭の時点で、自由放任の姿勢で三人に任せてはいません。
三人に考えさせて、自分も検討しているのです。
Pの言う「三人が思うように」、「自由に」というのは、
そこから「引き続く」ものに他ならないのです。

結論として、Pは美嘉に「三人が思うように」、「自由に」と述べているのですが、
これらは、Pの関与を受け付けない自由放任的な意味での「自由」とは異なります。
Pは自分もアイドルの案を検討することを前提に、三人に「自由」にさせると述べているのです。

そう言うとPは、自身の管理下でのみ、アイドルの自由を認めているかのように聞こえますが、
そうではなくて、できる限り「自由」に進めてもらうというのがPの立場なのです。
原則「自由」であって、何か理由がある場合にあっては、Pが関与するという在り方です。

この辺りは、第八話の蘭子の話のときも同様で、Pは自身が一人で企画して、
蘭子の却下を喰らったところから、蘭子の企画を伝えてもらうところに移っているのですが、
そのときにあっても完全に蘭子の自由にさせたわけではありませんでした。
蘭子は、「魔王」と言っていましたが、魔王というコンセプトにはしなかったのです。

SRでは蘭子が「魔王」として提示されるものもあることを考えれば、
蘭子の案を改めて、敢えて「堕天使」へと舵を切る必要はないように見えます。
それにもかかわらず、Pが蘭子の「魔王」を「堕天使」と言い換えたのは、
最初から魔王として押し出すと、蘭子のイメージが誤解されてしまい得るからです。
P自身がそうであったように、蘭子をホラーと結び付けて理解してしまい得ます。

これとある程度は同様に、Pが莉嘉のセクシー路線をやんわりと断るのは、
三人の凸レーションというユニットが、あの曲を宣伝していくに当たって、
PRしていくべき性質は「セクシー」だけではないためです。
すなわち、『LET'S GO HAPPY!!』は、歌詞に表れているように、
「セクシー」な莉嘉と「ラブリー」なみりあ、そして「ハピハピ」なきらりの三人の曲なのです。
そのためPは、莉嘉の「セクシー」全開な案を斥けたのですが、
その上で本人も納得いくところを、事前打ち合わせで見つけているのだと思います。

また、三人とはぐれた後、ちひろに注意されて冷静さを取り戻した際に、
それでもPがアイドルを探し続けたのも、ある意味でこのことに関連します。
Pが「自由放任」路線であったならば、ちひろの言うように彼女たちに任せたでしょう。
しかしPは、三人を自分の目の届かないところで自由にしておきませんでした。

自由に行動させるという方針を打ち出していたPが、
あの局面で三人の自由にさせておかなかったのは、
そうしておくことによって万一の事態があり得るからに他なりません。
Pは理由があったために、彼女たちの「自由」に関与していたのです。
だからこそ、三人がいるところに何としてでも戻ろうとしていたと考えられます。

結論として、第十話で明示されたPの「自由」路線は、
美嘉が考えたように「丸投げ」でもなければ、純粋な「自由放任」でもなく、
きちんとした理由がない限りアイドルの「自由」とするという類のものなのではなかったでしょうか。
そのため、Pは三人の考えを自分の側でも検討し、三人とともに行動しようとしていたのです。
Pの「自由」という方針は、アイドルだけでも自分だけでもなく、アイドルとPが、
ともに考え、ともに行動していく意志を表すものに他ならなかったと思います。



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