スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三つの目標を一つに束ねて ――勝利と笑いと三人の笑顔 (『シンデレラガールズ』:第九話考察)

2015.03.29 16:43|アイドルマスター
THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS ANIMATION PROJECT 04 Happy×2 DaysTHE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS ANIMATION PROJECT 04 Happy×2 Days
(2015/04/01)
CANDY ISLAND[双葉杏×三村かな子×緒方智絵里]

商品詳細を見る


今回は、『アイドルマスター シンデレラガールズ』第9話について考えていきます。
杏、かな子、智絵里の三人が、ユニット「CANDY ISLAND」としてデビューし、
CDの宣伝の一環としてクイズバラエティに挑戦した本話。
その中で、実際に番組に挑んだユニットの三人以外のアイドルやPが、
如何なる役割を演じていたかということを論じていきます。


第9話の主役であった「CANDY ISLAND」の三人にのみ着目するのではなく、
彼女たちに関与する三人以外のアイドルにもスポットを当てていく。
これにより、第9話を「CANDY ISLANDの物語」としてだけではなく、もっと広く、
「シンデレラプロジェクトの物語」としても読み解くことができると思います。
アイドルたちがユニットという単位ばかりではなく、
シンデレラプロジェクトという単位でも語られていることは、
このアニメの物語の最たる特徴の一つと言えるでしょう。
それでは、このシンデレラプロジェクトは、
どのように関わり合う関係性として提示されているのでしょうか。
私は先の問いを出発点に、この問いの答えにも肉薄したいと思うのです。

第9話においては、冒頭でのみくや未央の積極的な関与を通して、
ユニットの三人以外のアイドルがいることが強調されていました。
それでは彼女たちはその関与の中で、如何なる役割を演じていたのでしょうか。
また、Pは第9話においては、これまでに比べて登場シーンが少なかったと言えるでしょう。
しかし、だからと言ってPは、第9話の中で何も役割を演じていないわけではなかったと思います。
むしろ、数少ない登場シーンの中で、重要な役割を演じていたのではないでしょうか。
以上のようなことについて、この記事では論じていくつもりです。
もしよろしければ、第9話の内容を振り返りつつ、お付き合いください。



先に結論を述べてしまえば、第9話でユニットの三人以外やPが果たした役割とは、
個々の考え方の違いに基づいて、それぞれの考えを導入していくという役割でした。

すなわち、第9話の冒頭で、かな子と智絵里はクイズバラエティに出るに当たって、
CDの宣伝のためにクイズで勝つことが重要であると考え、
クイズの知識を習得するのに全力を挙げていたところ、
未央とみくはバラエティ番組であることを念頭に置いて、
そこで面白く映ることも重要であることを教えていました。
かな子や智絵里とは異なる考え方から、必ずしもクイズで勝つことだけが目標ではなく、
例えばボケとツッコミでバラエティ的においしく笑いを取ることも目標であると示したのです。

それぞれが個性的で異なる考え方を持っているからこそ、
様々な答えを導いていけることが、ここには表れています。
とりわけ未央とみくは、冒頭の積極的な関与によって、
今度の仕事の成功条件が「クイズに勝って宣伝時間を得ること」に限られていたのを、
「ボケとツッコミをかまして面白く映ること」にもさらっと広げています。

ここで思い出すべきは、第6話の展開です。
第6話で未央がアイドルを辞めると言うに至ったのは、ミニライブが失敗だったと考えたためでした。
さらに、未央が失敗だったと考えた理由は、未央がそこでの仕事の成功を、
美嘉のライブのように「多くの人にパフォーマンスを見せること」であると考えていたためでした。
このときPから例えば、少ない人数であっても、
見てくれた人を笑顔にできれば成功であるということを教えられていれば、
未央がミニライブを失敗と考え不安になることもなかったかも知れません。
現に未央は、第7話でこのことを教えられて失敗ではなかったと悟っているのです。
第6話は、未央が成功条件を限って考えてしまっていたので、起こり得た事件でした。
第9話は、この第6話における失敗の上に築かれています。

第9話で仮に未央やみくが関与しなければ、杏はともかく、かな子と智絵里は、
クイズに勝つことのみを重要視し、そこにのみ注力してしまったと思います。
そうであれば、最後の滑り台クイズ前においては、
バンジージャンプという罰ゲームのプレッシャー以外の、
クイズで勝つことへのプレッシャーもかかっていたかも知れません。
未央とみくは、クイズで勝つことを目標として相対化する役割を負っていたと考えられます。

さて、ここで考えてみるべきなのは、第9話においてPが果たした役割です。
先にも述べたように、第9話はその内容のほとんどがバラエティ番組の「本番」であったため、
Pがアイドルに声をかける等する機会は極めて限られていたと言えます。
ここは、蘭子がPV撮影の本番に挑むまでを描いた第8話とは対照的です。
撮影本番の光景がほとんど描かれなかった第8話においては、
蘭子とPのやり取りがこれでもかというくらいに描かれていました。
それに対して第9話は、ほとんど本番の光景を描いていたため、
基本的に本番外でアイドルに関与するPの存在感は薄くならざるを得なかったのです。
第9話は、このようにPの登場機会が不可避に少なくなる前提を有した物語でした。

しかし、それゆえにPが重要な役割を演じなかったかと言えば、そうではありませんでした。
Pは、未央とみくが「バラエティ的なおいしさ」を成功条件として示していたのと同様に、
彼がこれまで最も重要視してきた、彼らしい成功条件を示していたのです。

すなわちPは、「笑顔でやり切ること」を成功の要素として示していました。
智絵里が倒れた後の楽屋の場面で、Pは次のように声をかけています。

「大丈夫ですか?」
「はい、すみませんでした」
「次の収録、できそうですか」
「はい」
笑顔で、できますか?
「智絵里ちゃん。私もバンジージャンプ怖いけど、
 次の収録は、笑顔で頑張るよ。だから……」
「私、ユニットでデビューできて、本当に嬉しくて。
 きっと一人じゃ、何もできなかった。
 怖いけど、笑顔も自信ないけど、
 だけど、みんなに勇気、もらえたから。一緒にやりたい!」 (第9話)


この言葉で、笑顔で仕事をやり切ることが成功であるということが意識されています。
かな子も智絵里も、そのことを目標として再設定しているのです。

Pは、仕事で「笑顔でやり切ること」を三人に改めて伝えているという意味において、
非常に彼らしい、重要な役割を演じていると言えるでしょう。
第9話ではPの出番は少ないですが、それでもやはり、
『アイドルマスター シンデレラガールズ』は、アイドルとPの物語であったのです。

三人でのCD宣伝の場面は、以上の三つの考え方を受けての「成功」を描いた場面になっています。
つまりあの場面は、第一にクイズに勝って宣伝時間を得た場面でもあり、
第二にボケとツッコミをかますことができた場面でもあり、
第三に三人一緒に笑顔で映ることができた場面でもあったのです。
三つの目標としての「勝利」「笑い」「三人の笑顔」が、全て揃っています。
これは、クイズに勝って宣伝時間を得ることだけを目標に進んでいたとしたら、
辿り着けはしなかった成功の光景であったと言えると思います。
三様の考え方に基づく三つの目標を一つに束ねた成功の光景なのです。

結論として、未央とみく、あるいはPは、ユニットの三人とは違った視点から、
それぞれに仕事で重要視すべき目標(成功条件)を示す役割を演じていました。
けだし、第9話で他のアイドルやPがCANDY ISLANDに関与してこれを示していく様は、
Pの考えるミニライブでの目標が未央に伝わっていなかったことにより、
未央がアイドルを辞めると言うに至ってしまった第6話の失敗の上にあるものです。

杏、かな子、智絵里の三人が、笑顔で、ボケツッコミも交えながら、CDの宣伝をやり切る場面は、
三つの目標を一つに束ねた成功の光景に他ならなかったと思います。

ここから考えてみると、ユニットのメンバーの中だけでは出てこない考え方を、
ユニット外のメンバーが導入していくというのが、アニメの描き出す、
シンデレラプロジェクトという関係の在り方であったのではないでしょうか。
けだし、個性的なメンバーがそれぞれのユニットに分かれながらも、
一つのプロジェクトの下にまとまっている意味は、一つにはここにあります。
ユニットとしては分かれ得る、全く方向の異なる個性が関わり合うことで、
様々な考え方を導入しつつ進んでいくことができるというのが、
シンデレラプロジェクトの強みとして表れて来ていたように思います。



○関連記事

   二つの魔法から始まるシンデレラストーリー (第一話)
   憧れの初ステージに係る「意志」と「緊張」 ――手をとり合うシンデレラ (第三話)
   魔法を持続させる鍵としての「信じること」 ――第六話の未央とPの問題から (第六話)


スポンサーサイト

テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

ソレイユ、いつまでも輝き続ける星へ (アイカツ!第125話考察)

2015.03.22 11:27|アイカツ!
KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡
(2013/10/23)
STAR☆ANIS

商品詳細を見る


今回は、『アイカツ!』第125話について考えていきます。
久々にソレイユが取り上げられ、三人の新しい夢が掲げられた本話。
ソレイユは、第88話でWMに負けた際に、次はWMに勝つことが目標として示されながら、
WMはソレイユに負ける前に解散してしまったので、
ソレイユが進むべき道は作中で曖昧になっていました。
そのため、いちご個人の道ではない、それとは別の、
ソレイユの道の再定義は必要なものであったと思います。
第125話は、この必要にきっちりと答えていたと言えるでしょう。
この記事では、ソレイユというユニットのこれまでを振り返りながら、
彼女たちの新しい夢が如何なるものであるかを考えていきたいと思います。

一年目、二年目と着実に進んできたソレイユという星は、
三年目、ここに来てどのような意味を持つ夢を掲げていたのでしょうか。
一年目から順番に、ソレイユの辿ってきた道を振り返っていきましょう。


そもそも一年目でソレイユは、トライスターとは対照的なグループとして提示されました。
つまり、「一人でも輝ける」アイドルがそれぞれに強く輝く、
「三つ星」としてのユニットであるトライスターに対して提示された、
「一緒だから輝ける」アイドルが光を持ち寄って一緒に強く輝く、
「一つの大きな星(=太陽)」としてのユニットこそソレイユであったのです。

ソレイユは、「一緒だから輝ける」という、
ソレイユ固有のテーマを持ったユニットでであったと言えます。
特に美月との対比の中で、彼女とは違う道を歩む者として描かれてきました。
それゆえに、一年目においてソレイユとトライスターは対照的に描かれながら、
それぞれが同じ舞台に立って、例えば競合することはなかったのです。
ここは、二年目のソレイユの物語との対比において重要な部分と考えられます。

しかし、ソレイユのテーマである「一緒だから輝ける」ということは、
個々のメンバーの相対的な弱さと不可分のものでした。
一人でも輝ける美月たちに対して、いちごたちは一人でも輝けるのか。
この問題は、蘭がトライスターを脱退してソレイユに加入した、
あの始まりの瞬間からずっと、彼女たちに付いて回るものであった気がします。
ソレイユのメンバーは、トライスターとは異なるテーマを示せる三人でありながら、
同時にトライスターにはなれなかった三人でもあったと言えるのです。

そのため二年目のソレイユの物語は、これを克服することがテーマとなりました。
いちごたちが「一人でも輝けるアイドル」になることがテーマとなったのです。
とりわけ、第52話で、星座アピールを決めたセイラに対して自信を持てなかったあおいが、
自信を獲得して星座アピールを出した第71話は際立っています。
このときの記事で述べたように、いちごたちは主に星座アピールを出す過程の中で、
「一緒だから輝ける」だけではなくて、「一人でも輝ける」ようにもなっていきます。
重要なのは、「一緒だから輝ける」というソレイユのテーマも生き続けていることです。
第71話のあおいの台詞を引用してみましょう。

「星座アピール、私にも出せるかな?」
「うん! 出せるよあおい!」
「そうかな?」
「出せるに決まってるよ。だってあおいだもん」
「え?」
「私ね、あおいのこと、ずっとすごいって思ってたんだ。
 あおいと一緒にステージに立つと、すごく安心するんだよ。
 私なんて自分のことでせいいっぱいだけど、
 あおいはちゃんと私たちを見てくれてるって分かるから。
 それができるのは、あおいだけなんだよ!」
「私にしか、できない……?」
「うん! ずっと近くで見てたから分かるんだ」
「私、自分より周りを見ちゃうのは弱点だって思ってた」
「え、そうだったの!?」
でも、そんな私を必要としてくれる、誰かがいるのなら……」(中略)

私は、霧谷あおいの、可能性を信じる!」 (第71話)


前述のとおり、あおいはここで自信という課題を克服しているのですが、
克服に際してはいちごの存在が鍵となっています。
あおいを必要とし、あおいの美点を認めてくれるいちごがいるからこそ、
あおいは自信を持って、星座アピールを出すことができたのです。
この流れの中に明らかなように、ソレイユは、
「一緒だから輝ける」状態から「一人でも輝ける」状態に移行しているわけではありません。
一緒だから輝くことができ、かつ、一人でも輝ける状態へと移行しているのです。
二年目は、「一緒だから輝ける」と「一人でも輝ける」を架橋する物語であったと言えます。

こうして二年目の物語が、ソレイユの「一緒だから輝ける」というテーマを生かしつつも、
いちごたちがトライスターのごとく「一人でも輝ける」ようになる様を描き切ったからこそ、
第87話でWMと正面切ってぶつかれるユニットとして名前が挙がったと考えられます。
もしいちごたちが「一人でも輝ける」ことにまつわる課題を克服していなければ、
WMと対決できるユニットとして美月に認められていたかは疑問であったと思います。

そして、WMとの勝負は、一年目でトライスター(≒美月)とは別のテーマを示すユニットとして、
登場し続けていたソレイユが、美月と勝負できる立ち位置に来たことを象徴的に示すものでした。
そこで、第71話で一応の完結を見せたソレイユの物語は、再度動き始めます。

つまり、一年目で「一緒だから輝ける」という固有のテーマを得て登場し、
二年目で「一人でも輝ける」ようにもなって大成したソレイユは、
第88話の勝負によって、「WMに勝つ」という新しい目標が設定されたのです。
ソレイユの物語は、ここで改めて動き出しています。

しかし、それにもかかわらず、ソレイユがWMに勝つ前にWMは解散してしまったので、
「WMに勝つ」ということが目標として設定されたソレイユの物語は、再び停止してしまいます。
今後どこに向かうのかということが二年目では描かれず、宙ぶらりんになっていました。
第125話は、先述のとおり、この状態を引き取って先を示す意味を持つものでした。
すなわち、確かにWMは解散してしまったので、
ソレイユが今後WMに勝つことは多分できなくなってしまったのですが、
そのWMが紡げない伝説を紡ぐということが新たなテーマとして提示されたと考えられます。

それが、いちごたちが語っていた「夢」に他なりません。
それは、作中でソレイユの三人が初めて掲げた、ソレイユ固有のテーマです。

あたしたちの今の大きな夢ってのは、ソレイユを続けることだ
「「そのとおり!」」
「ソレイユを続ける?」
「うん。ソレイユはね、私たち三人にとって、すごくすごく大切なユニットなんだ」
「はい」
「ソレイユ、太陽っていう意味のユニット名も、三人で決めた」
「ね」
「ああ」
「私たち三人にとって、ぽかぽかあったかい、特別で、大切な場所だから」
「続けるために、全国ツアーを絶対成功させる」
「ずっと、長く続けていきたいな」
おばあちゃんになってもね
「ええ、さすがにムリだろ……」
「頑張りたいね」
「踊れなくなってるかも知れないけどな」

「おばあちゃんになるまで続けるには、
 とっても大変なことがたくさんあると思うし、本当にできるかも分からない」
「けど、大きな夢が何か、何を掴み取りたいかを決めると、
 そのためにもっともっと走りたくなるからな」
「叶うかどうかは分からないけれど、夢があるから頑張れてるんだよね、きっと」
「うん!」 (第125話)


ここでいちごたちが述べた、「おばあちゃんになるまで続ける」というソレイユの夢は、
マスカレードにも、ソレイユに打ち勝ったWMにも果たせなかった長大な夢で、
今まで誰によっても紡がれなかった、「ソレイユの伝説」に繋がるべきものです。
第125話は、こうしたソレイユだけの道を改めて示して見せたと言えます。
一緒だから輝けるソレイユの三人らしい、一緒であり続けるという夢。
それも、ただ一緒にあり続けるだけというわけではありません。
一緒にいて、一緒に走り続け、また、より輝き続けていくのです。
いちごたちはステージ前に次のように語り合っています。

「経験したことのない、大規模なツアーだけど」
きっと走り切れる。あおいと蘭が隣にいてくれるから
「私も。いちごと蘭と一緒なら、怖いものなし」
「ああ、私もだ。一緒に走り切って、ずっと一緒に走り続けたい」
「いつの間にか、それは私たち三人の夢になってたね」
「ああ、ずっと前から決まってたみたいにな」
じゃあ、どこまでも走っていきましょうか
「「「ソレイユ、ライジング!」」」 (第125話)


ここで三人が、経験したことのない大規模なツアーを走り切れると自信を持ち得るのは、
他の二人がいてくれるからであることが述べられています。
第71話でそうであったように、未だ知らない場所に向かう自信は、
一緒であるというところから生まれてきているのです。
ソレイユの「一緒だから輝ける」というテーマが、ここでは再確認されています。
三人は、三人であり続けて、そこから更に輝き続けていく。


結論として、一年目で「一緒だから輝ける」ことを旗印に登場し、
二年目で「一人でも輝ける」ようにもなったソレイユの三人が掲げた夢は、
マスカレードもWMも果たすことができなかった、
彼女たちの残した伝説とは異なる「ソレイユの伝説」に繋がるものでした。
それを種に紡がれるのは、いつまでも輝き続ける一つの星の物語です。



○関連記事

  ソレイユに関連する記事

   夢みるファム・ファタルのように ――夢を追いかける美月 (第38話)
   強く気高い獅子のように (第57話)
   ソレイユ、一人でも輝ける星へ (第71話)

  最近の『アイカツ!』の記事

   人魚姫のドレスが登場した理由 ――気持ちを「伝える」人魚姫 (第120話)
   みやびが見上げて想うものは――「お別れ」しないかぐや姫 (第121話)
   スターライトクイーンの使命を意識し過ぎないための (第124話)


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

スターライトクイーンの使命を意識し過ぎないための (アイカツ!第124話考察)

2015.03.15 11:28|アイカツ!
Beautiful SongBeautiful Song
(2015/02/25)
AIKATSU☆STARS!、もな from AIKATSU☆STARS! 他

商品詳細を見る


今回は、『アイカツ!』第124話について考えていきます。
スターライトクイーン(以下「クイーン」といいます。)になろうとし、現になったさくらと、
ここまでクイーンであったおとめを通じて、クイーンの在り方が示された本話。
着実に力を付けてきたあかりたちにそれでもまだ成長の余地があることが、
改めて示されていたことも印象的であった回であったと思います。
この記事では、第124話の中でも特にテーマにもなっていた、
クイーンの在り方とはどのようなものであったのかを考えていきます。
けだし、クイーンは「使命感」でもって、更に上に進んでいくだけの存在に描かれていませんでした。
このことについて、特にある場面に注目して論じていこうと思います。
今回、特に注目する場面とは、おとめがさくらに休憩を勧める場面です。

「さくらたん」
「おとめ様」
「息抜きも大事です~」 (中略)

「おとめ様、ありがとうございます。気持ちが軽くなりました」
「よかったです!
 さくらたんがスターライトクイーンを目指す番なのですから、応援したかったのです」
「入学した頃は、私がスターライトクイーンを目指すなんて思ってもいませんでした。
 でも私は、いつも何かになりたかった」

「最初は美月様のライブを見て、アイドルになりたいと思いました。
 キラキラと輝くアイドルに。
 スターライト学園に入学してからは、たくさんの素敵な先輩方に、私は支えてもらいました。
 そしていつからか、私も良き先輩になりたいと思うようになりました。
 それと同じように今は、スターライトクイーンになりたいのです。
 誰よりも上になりたいという気持ちではなくて、
 なりたい人になろうと頑張る毎日は、とても楽しかったから。
 素敵な先輩方のように、私もなりたかったから。
 だから今、緊張していてもアイカツがとても楽しいのです」 (第124話)


ここでさくらが、「スターライトクイーンになりたい」と話していることは、
直前の夕焼けの場面において一人で練習しているときと対照的です。
さくらはそこで、クイーンにならねばならないと意識していました。

――今はまだ、あのお屋敷には入れません。
 三年生の私にとっては、これが最後のチャンス。
 次にあの敷居をまたぐときにはクイーンでありたい。
 いえ、なっていなければ。 (第124話)


さくらは途中、クイーンを強く意識したがゆえに、一種の義務感を抱いていました。
「次にあの敷居をまたぐときにはクイーンでありたい」から、
「なっていなければ」へという語尾の言い換えは象徴的です。
おとめは休憩を入れることで、これを「クイーンになりたい」に戻していると考えられます。
けだし、「こうあらねばならない」という義務感に似た気持ちは、
頂点に君臨するクイーンが他のアイドルを引っ張っていくために不可欠なものである一方で、
何をしたいという意志を持って自由に進む自分を失うきっかけにもなるのではないかと思います。

劇場版で美月はいちごに、トップアイドルとしての使命感で上へ上へと進んでいくうちに、
「どんな夢でも見れた自由な私」をいつしか失ってしまったことを語っていました。

さくらの「なっていなければ」への言い換えはこの事実を思い出させるもので、
それゆえにあかりたちを圧倒する程に真剣に練習をしていたさくらは、
それでいておとめには「元気がない」ように見えたのだと思います。
そこでは、さくらの何をしたいという意志が使命感に覆われていたのではないでしょうか。

おとめは、クイーンになることを強く意識していたさくらにティーブレイクを持ちかけることで、
さくらの「なっていなければ」という気持ちをリセットして、
彼女の原点であるところの「スターライトクイーンになりたい」という気持ちに帰らせています。
おとめがティーブレイクに誘う場面は、このような意味を持つものであったと思います。

この構図は、さくらがおとめ御殿にクイーンとして足を踏み入れる場面に引き継がれています。
すなわち、さくらは一人暗い部屋で、かつてのおとめと同じく、
クイーンとしての使命を強く意識したに違いないのですが、
それをみんなが「おめでとう」という祝いの言葉で崩してあげています。

「さくらたん」

「スターライトクイーン、おめでとう!」
「みんなでお祝いしましょう!」
「皆様!」
「さくらちゃん、スターライトクイーンおめでとう」
「いちご様……ありがとうございます!」 (第124話)


クイーンとしての使命を意識することは、決して悪いことではありません。
それがあるから、クイーンであっても弛緩せず更に先に進んでいくことができるのです。
しかし、クイーンの使命感は、それを意識し過ぎたときには、
「どんな夢でも見れる自由な私」を失わせ、
かつ、孤独をもたらし得るものでもあると考えることができます。

ゆえに『アイカツ!』は、クイーンとしての使命を意識して進む強さを描きながら、
最早それ一辺倒では終わらないのだと思います。
同時に、元々の自分の夢を思い出させてくれて、
かつ、孤独を取り払ってくれる仲間がクイーンの側にいることをも描いていきます。

どちらか一方だけを描くわけでなく、そのバランスが取れた状態を描くのです。

以前、おとめがクイーンとして学園祭に挑む第73話の記事で、
『アイカツ!』においてクイーンは、「皆の手を引く者」でありながら、
「皆に手を引かれる者」でもあることが描かれていると述べました。
これは、今回のクイーンの使命感と皆とともにいることのバランスの話と関連します。
すなわち、クイーンの「皆の手を引く者」としての側面と結びつくのが、
第124話のクイーンとしての使命感を意識する場面で、
「皆に手を引かれる者」としての側面と結びつくのが、
同話のおとめのティーブレイクや、皆でのお祝いの場面であったと思うのです。

結論として第124話は、一方でクイーンの使命感を意識するさくらの姿を描きながら、
他方でおとめや皆と一緒にいるさくらの姿を描くことで、
使命感で上を目指していくだけではないクイーンの在り方を改めて示していたと思います。
クイーンは仲間たちの中で、当初の意志を持ち続けて歩んでもいくのです。



○関連記事

   スターライトクイーンの二面的な現れ方 (第73話)
   これまでの別れの経験の上に――さくらだから語れる言葉 (第102話)


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

愛と千春にとっての「卒業」の意味の転換 ――三人で外に出て行く機会として (缶乃『あの娘にキスと白百合を 2』)

2015.03.08 17:16|百合作品
あの娘にキスと白百合を 2 (MFコミックス アライブシリーズ)あの娘にキスと白百合を 2 (MFコミックス アライブシリーズ)
(2014/12/22)
缶乃

商品詳細を見る


今回は、缶乃さんの『あの娘にキスと白百合を 2』について考えます。
最初に読んだことのない方にざっくりと内容をご紹介しようかと思います。
中高一貫の女子学園、清蘭学園を舞台として展開される少女たちの恋模様を、
半ばオムニバス形式でそれぞれに描いていく本作品。
主な語り手が一人に固定されていないこともあって、
色々な立場の感情の機微がきっちりと描かれる点が最大の見所かと思います。
例えば、以下の真夜の回想が、個人的には胸に残りました。

「真夜ちゃんが好き」

――「私も好きよ」なんて 言われたいわけえはないのだろうと思った
 目を見て 触れて キスがしたいということ

「ごめんなさい 私 あなたが求めているもの
 与えられる自信がない」
「そうだよね いきなり変なこと言ってごめん」
「けど私嬉しかったわ これからも良い友達でいましょうね」

――愛されたように愛をかえせないのは
 きっと才能がないのね 私
 (pp.175-178)


この作品は、愛した側を描くだけでなくて、愛された側をもきっちり描いていくのです。
秀才のあやかが天才のゆりねに出会う第一巻においても、
一方であやかがゆりねがいるために受ける劣等感を描きつつも、
他方でゆりねの天才であるがゆえの孤独を描いていましたが、
こうしたそれぞれの感情の機微の描き込みが、この作品の特筆すべき点かと思います。
第二巻においては、真夜を想う愛や千春の痛みだけが描かれるわけではなくて、
想われた真夜の苦しみも上記のように描かれていくのです。

けだし、このように個々の心情をきっちり描いているからこそ、女子学園を舞台とする作品ながら、
女子校もののテンプレートに当てはめて見るだけでは足りない作品となっています。
表紙を一見して女子校もののテンプレートかと思った人にこそ読んで欲しい一作です。

さて、今回は、この作品において描かれた「卒業」について考えます。
出会いをテーマとした第一巻に対して、「卒業」という別れをテーマとした第二巻。
ここにおいて、「卒業」とはどのように描かれていたのでしょうか。
このことについて、特に「扉を開いて外に出て行く」描写に注目して読み込んでいきます。
既にお読みになった方は、もしよろしければお付き合いください。



真夜が卒業するまでの一連の物語においては、
主に千春に関わって扉を開いて外に出て行く描写が頻繁に出てきます。
具体的には、第七話で閉じ込められた寮の物置から出て行く場面(pp.61-62)、
第八話で伊澄に連れられて真夜を見送りに家から出て行く場面(pp.86-89)、
第十話で卒業式の日に、愛と千春が部屋を出て行く真夜を見送った直後に、
伊澄が現れたために後から二人で部屋から出て行く場面(pp.147-148)の三箇所です。

このうちの第七話の場面において、
扉を開けて外に出て行くことは、真夜が卒業して寮を出て行くことと、
それを受け入れて進んでいくことと重ねられていることが分かります。
当初千春は、真夜と一緒に部屋の中に留まって心中したいと望んでいました(pp.55-60)。
これは、卒業せずにずっと寮で一緒にいたいという彼女の心情を表していると考えられます。
しかし、千春は卒業式の日には、真夜や愛とともに扉を開いて外に出て行くことになります。
この変化により強調されたのは、「卒業生が出て行き、在校生が残る」という、
典型的な卒業の枠にはまったものとは異なる「卒業」であったのではないでしょうか。

つまり、真夜の卒業に際して描かれたのは、真夜が部屋から出て行く一方、
千春と愛が部屋に残るというような、両者を分断する機会としての卒業でなくて、
三人ともが部屋を出て、新しい関係を作っていく機会としての「卒業」であったのです。
愛も千春も、当初は卒業を前者の意味で捉えていました。
しかし、真夜の卒業までに、二人は後者の意味で捉えていくようになります。
そうして真夜の卒業を受け入れて、一緒に外に出て行くのです。
それでは二人は何故、卒業の意味を捉え直すことができたのでしょうか。

まずは、千春の理由について考えてみましょう。
特に千春が「卒業」を後者の意味で捉え直すに当たり、
重要な役割を果たしたのが伊澄に他なりません。

このことが第八話の扉を開いて外に出て行く場面に表れていることは言うまでもないでしょう。
第八話で、真夜を見送りもせずに部屋にこもっていた千春を、
半ば無理矢理に外に連れ出したのは伊澄でした。

また、このことは第十話の扉を開いて外に出て行く場面にも表れています。
第十話で最初三人は、部屋の中でお別れを澄ました後、真夜だけが外に出て行って、
愛と千春は寮室の中に残る形に収めるつもりでいたと考えられます。
真夜が外に出て行った時点で、愛と千春に後を追おうという態度は見出せません。
伊澄が外でスタンバイしていなければ、おそらく中に留まっていたでしょう。
しかし、伊澄が外でスタンバイしていたため、
愛と千春は真夜を部屋の中で見送る形を取った直後に、
自分たちも部屋から出て行くことを余儀なくされています。
ここでも、真夜が出て行き二人が残るというような、
スタンダードな卒業の形が伊澄によって破壊されていることが、
三人が扉を開いて外に出て行くことで強調されているのです。

伊澄は、従前の真夜たち三人の関係に部外者の位置から四人目として入っていくことで、
特に千春に卒業を、真夜が出て行き愛と千春が残る「分断」の機会としてではなく、
四人での関係を編み直す「再構築」の機会として捉え直させていると考えられます。
現に千春は、伊澄が距離を詰めてきたために、
伊澄を自分たちの関係に入れていくことを考えるに至っています。

「へえー! 中等部の子?
 あたし上原愛! よろしくー!!」
「秋月伊澄っす よろしくー…」

「ど どういう風の吹き回し? なんで紹介してくれたの?」(中略)

これから先もやっていくつもりなら
 いつまでもコソコソしてるわけにもいかないでしょ
 安全そうなところから紹介していかないと

――デコ先輩 あたしのこと考えてくれてたのか…! (pp.127-128)


伊澄は千春に、関係を再構築していくことを意識させているのです。
千春は、一方で伊澄に半ば無理矢理に手を引かれて外に出て行くとともに、
他方で伊澄のために自分から外に出て行く意志を固めていると考えられます。

次に、愛の理由について考えてみましょう。
第十話で真夜とともに部屋を出て行くのは千春ばかりではありませんでした。
愛もまた、このときには真夜の卒業を受け入れて、一緒に外に出て行くのです。
愛の場合は、以下のゆりねの言葉によって、
卒業が分断の機会から再形成の機会に変化していると考えられます。

卒業が、自分たちを残して真夜だけが出て行くものではなくて、
自分たちも真夜の後を追って出て行くものに転換しているのです。

「今みたいにせんぱいと会えなくなるのイヤだよ
 でもそんなこと言ったら先輩を困らせちゃう でもイヤだよ~」
じゃあ 自分もその学校入ればいいじゃん 2年は一緒にいられる」
「でも とっても難しいらしいんだよ…?」
「まだ1年生なんだからどうとでもなるでしょ」
「おおお…? そうなのかな…? そうなのかも…」 (pp.22-23)


ここで愛は、真夜に一緒に残ってもらうことを望むのではなくて、
真夜の後を追っていくことを考えるようになっています。
ゆりねの言葉により、真夜とともに扉の外に出て行く気持ちを持てたと考えられます。

結論として、第二巻で当初「卒業」は、
真夜が扉の外に出て行き愛と千春が残る「分断の機会」であったところから、
三人で外に出て関係を編み直す「再構築の機会」へと転換する様を描いた話であったと思います。
愛と千春はそれぞれ、片やゆりねの言葉によって、片や伊澄の存在によって、
卒業を三人の関係のリスタートの機会として捉え直していくのです。


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック

魔法を持続させる鍵としての「信じること」 ――第六話の未央とPの問題から (『シンデレラガールズ』:第六話考察)

2015.03.01 21:23|アイドルマスター
THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS ANIMATION PROJECT 01 Star!!【初回限定盤CD+Blu-ray】THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS ANIMATION PROJECT 01 Star!!【初回限定盤CD+Blu-ray】
(2015/02/18)
CINDERELLA PROJECT

商品詳細を見る


今回は、アニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ』について考えます。
第七話までの流れの中で、一つの山場となった第六話のミニライブ。
そこで提示されていた主に未央とPに係る問題を、未央とP、
それぞれの方向から読み解けていければいいと思います。
具体的には、次の二つの問いに答えることを目標とします。
すなわち、第一に未央がアイドルを辞めると述べるに至った最たる原因は何か、
第二にPが未央を決定的に追い詰める「当然」という言葉を使ったのは何故かという問いです。

これらを考えることによって、この作品において、
アイドルが前に進むためには何が必要であるかが見えてきます。
最後にそれに言及して、この記事を締めくくろうかと思います。
それは、主題歌である『Star!!』において表わされているものです。

それでは、もしよろしければ、振り返りつつお付き合いください。


(1) 未央の問題の本性:「過剰な期待」でなく「自信のなさ」


まず、第六話で未央がアイドルを辞めると述べるに至った原因を考えます。
もちろん、直接的な原因となる事象は、Pが客入りを「当然」と言ったことです。
未央はこれにより、自分の「輝き」の程度からすれば、
この程度の客入りであることは「当然」であって、
ミニライブが失敗に終わることは仕方がないと言われたと考えました。
それゆえに、第七話の言葉を借りれば、未央は「逃げ出す」に至ったのです。

ここまでは、第六話においてもほとんど明示されていた部分かと思います。
第六話で未央が抱えていた問題の中心は、「過剰な期待」を抱いていたことではありません。
仮に未央が過剰な期待を抱いていたとしても、彼女にアイドルとしての「自信」があれば、
客入りが期待より少なかったことに、ああいう形でショックは受けなかったでしょう。

未央に「自信」があれば、「お客さん全然少ないじゃん!」という言葉で済んだはずなのです。
未央がPに「不満」をぶつける範疇の問題で済んだはずでした。
クラスメイトに対して恥をかいた等とも思わなかったと思料されます。
客が少数であったのは、自分のせいではなく、他の要因のためと考えられたはずです。

未央が客が少ないことにショックを受けたのも、
クラスメイトに対して恥をかいたと思ったのも、
未央が、客が少ないのは自身に輝きがなかったためと思ったために他ならないのです。
そして、この未央の考えは、そこまでの過剰な期待から直接に導けるものではありません。
元々「自信」がなかったからこそ導かれる考え方です。
であるとすれば、客入りが少ないことに動揺してPに感情をぶつけ、
最終的にアイドルを辞めると言うに至ってしまったのは、
彼女のアイドルとしての「自信」のなさと、「不安」のためであったと言えます。

そこで、何故未央には十分な「自信」がなかったのかということが問題となります。
第六話で未央は、客が少なかったのは「私”たち”のせい」と思うことすらできていません。
未央は、卯月や凛があの客入りの原因の一端であったのではないかとは全く思いませんでした。
未央の中で「自分”だけ”のせい」なのは、ほぼ確定事項であったのです。

未央が、卯月や凛の輝きが足りなかったのではないかと少しも思わなかったのは何故か。
このことは、第六話で主につまづいていたのが卯月であったために、特に問題となるところです。
けだし、その理由は、未央が「最後に」選ばれたからに他ならないのではないでしょうか。

未央が二人の輝きが足りなかったとは夢にも思わず、
自分「だけの」輝きが足りなかったためだと考えたことは、彼女がリーダーであり、
二人とは立場が違っていたためという理由だけでは説明し切れないと思います。
リーダーであったとしても、リーダーでない二人にも、
原因があったのではないかと思うことができないわけではなかったでしょう。
三人の中で輝きが足りないとしたら自分であると思うだけの理由があったはずです。

そしてその理由とは、未央が卯月や凛よりも後に、「最後の」オーディションで、
選ばれたためということ以外にないのではないかと思います。
未央はこの立ち位置上、「自信」に関するフォローが実は最も必要であったのですが、
彼女自身の強みとしてはPに、卯月や凛と同じく「笑顔」と言われ、
またはちひろに、「運」と言われてしかこなかったのです。
未央の持つ「輝き」についての外部からのこれらの言及は、
未央が最後に加入したということに対して足りなかったと考えられます。
現に、第三話での未央の異様な緊張の背後に、
彼女の不安を見出すとするならば、この時点で既に未央は耐えられていないのです。
仮に、第二話で彼女自身が述べていたように、スポーツ万能で、
学園のアイドルだからとでも言われていれば幾分か問題は和らいだかも知れません。

結論として、未央がアイドルを辞めると言うに至ったのは、
アイドルとしての「輝き」を持っているかということについて、
元々十分な「自信」を持っておらず、「不安」になってしまったためです。

そして、未央に十分な「自信」が元々なかったのは、
彼女が最後の最後にぎりぎりで選ばれたアイドルであったためではないかと思います。
このことは、未央が少ない客入りを失敗であると感じ取ったとき、
卯月や凛に少しもその原因があるとは考えないで、
自分だけに考えるに至っている点に表れています。
未央が逃げ出す最悪の事態は、未央の「過剰な期待」と言うより、「不安」によって起こったのです。


(2) Pの誤謬の本性:「不安」と「不満」の取り違え


第二に、Pが未央にアイドルを辞めると言わせるような、言葉を使った理由を考えます。
第六話を理解するに当たっては、未央を考えるだけでは足りず、
もう一方の当事者であるPについても考えなくてはいけません。
問題として重要なのは、客入りを当初「十分」と言っていたPが、
最後の最後には、「当然」と言い換えていたことです。
未央を決定的に傷つけるこの言い換えは、何故起こったのでしょうか。

けだし、Pが「十分」と言っていたのを「当然」と言い換えたのは、
そこまでの未央の話を聞いて、未央が夢のようなステージを経験した結果、
思い上がりとも評せそうな、極度の夢見がちな状況に陥っていると判断したためです。
この浮つきを注意して落ち着かせる「当然」であったのではないでしょうか。

シンデレラプロジェクトのPは、アイドルがどこか浮ついてしまっているときに、
きちんと気を引き締めさせる言葉をかけることができるPであると言えます。
現に第二話では、卯月たち三人が346プロの雰囲気に浮ついて遅刻したとき、
「遅刻ですね」という端的な注意で三人の気を引き締めさせています。

これと同じことを、第六話でPは行おうとしたのだと思います。
これで「十分」成功であるではなくて、これが「当然」で成功であるという厳しい語感により、
「不満」をぶつけてきた未央の目を覚まさせようとしたのではないでしょうか。

現在の客入りを「十分」と言うのではなく「当然」と言うことで、
浮ついていた未央を諌めるPの厳しさは、正しい厳しさであったと思います。
本当に未央が、夢のような舞台を経験して舞い上がって、
その結果としてPに「不満」をぶつけてきているだけであったのなら、
この類の厳しい注意は絶対に必要であったでしょう。
しかし未央は、過剰な期待が裏切られてPに怒っているわけではありませんでした。
未央がPに怒りを振りまいた時点では、確かにそのように見えるのですが。

未央は、美嘉のライブのときのように客が入らなかった現実に対して、
「不満」を抱いたと言うよりは、「不安」を抱いていたのです。
その結果として、Pに不安定な感情をぶつけることになりました。
それをPは、未央は客入りが少なかったことに「不満」を抱いてぶつけてきたと取り違えたのです。
この齟齬が、最悪の結果の原因であったと考えられます。

結論として、Pがこの結果は「十分」と言うのではなくて、
この結果は「当然」という厳しい言い方を最後に取っていたのは、
未央が過剰な期待に基づく「不満」を抱いてしまったと考えていたためであると思います。
厳しい「当然」という語は、未央が本当に、「不満」を抱いていただけであれば、
絶対に必要であり、最も適切な言葉であったかも知れません。
しかし、本当は「不安」で感情をぶつけていた未央にとっては、
この厳しい言葉選びが、決定的に刺さってしまうこととなりました。
未央が逃げ出す最悪の事態は、「不満」と「不安」の取り違えによって起こったのです。


(3) 魔法を持続させる鍵としての「信じること」


以上を踏まえると、この作品におけるシンデレラが、
自身にかけられた魔法を持続させて、輝かしい舞台に到達するためには、
彼女自身がそれを「信じること」が重要であることが見えてきます。
現に未央は、元々抱えていた「自信のなさ」が、「不安」が、
ミニライブの舞台で湧き出てしまったために来た道を引き返したのでした。
自身のアイドルとしての輝きを信じられなくなって逃げ出したのです。
シンデレラの魔法は、彼女自身が信じられなくなった時点で解けてしまう。
逆に言えば、彼女が信じ続けることができれば、それは持続していくのではないでしょうか。
主題歌である『Star!!』においては、次のように歌われています。

SAY☆いっぱい羽ばたく 一人に一コずつ
抱えたこの煌めき 信じているから
晴いっぱい羽ばたく 遥かな憧れにホラ
リアルが近づいてる
Let's go あのヒカリ目指して (『Star!!』)


アイドルは、「信じているから」上へと羽ばたいていけるのです。
そして、アイドルに自身の輝きを信じることができるようにさせるものとは、
まずは、「私どうかな?」、「ねえ行けるよね?」という問いかけに答えてくれる、
傍についていてくれる「キミ」のことに他ならないでしょう(『Star!!』)。
これが誰のことであるべきで、誰のことであるのかということは、
第七話の展開の中に表れていたように思います。

シンデレラの魔法が途中で解けずに持続していくためには、
シンデレラ自身がそれを「信じること」が必要であって、
さらに、シンデレラがそれを信じていくためには、
自らの輝きを信じさせてくれる、手を引く存在が必要なのです。




○関連記事

  アイドルマスター シンデレラガールズ アニメ
   二つの魔法から始まるシンデレラストーリー (第一話)
   憧れの初ステージに係る「意志」と「緊張」 ――手をとり合うシンデレラ (第三話)

  アイドルマスター シンデレラガールズ一般
   凛・卯月・未央の持ち歌から考えるシンデレラガールズ ――新世代性、シンデレラ性、多様性
   『お願い! シンデレラ』から考えるシンデレラガールズ ――拡散するアイドル
   歌詞に注目して聴く『jewelries』 ――シンデレラガールズらしい恋愛ソング

  アイドルマスター シンデレラガールズ 漫画作品
   シンデレラガール「ズ」というタイトルの意味 (namo『ニュージェネレーションズ』)


テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

プロフィール

天秤

Author:天秤
天秤と申します。
アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
よろしくお願いいたします。

カレンダー

02 | 2015/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリ

最新記事

最近のつぶやき

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

アクセスカウンター

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

  • ページトップへ
  • ホームへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。