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ブレーキを踏まずにいられるのは (アイカツ!第105話考察)

2014.10.26 16:53|アイカツ!
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(2014/10/22)
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今回は、『アイカツ!』第105話をじっくり見ていきたいと思います。
第105話は、あかりがひなきに、ブレーキを踏まないことを教えた点が大変印象的でした。
これは、スミレに一緒にアイカツする楽しさを教えた、第102話を思い出させるものです。
しかしそれにもかかわらず、第105話が示したのは、三年目の物語は、
あかりという主人公がスミレやひなきに大切なことを教えるという「一方向の」物語ではなくて、
スミレやひなきに大切なことを教えるあかり自身が、
また二人に助けられてもいくという、「双方向の」物語であるということであったと思います。
以下では、第105話を振り返りつつ、このことについて明らかにしていきます。

第105話においては、ブレーキをかけないからこそのあかりのパワーが、
ひなきから賞賛されていましたが、その実あかりは写真撮影までの流れにおいて、
期せずして何度もブレーキを踏んでしまいそうになっています。
例えばどういうポーズがいいか悩み、例えば考え過ぎてこんがらがってしまうのです。
それでもブレーキを踏まずにいられたのは、スミレとひなきのおかげであったと言えます。

すなわちあかりは、第一においしそうと思ってもらえるポーズを考える時点で、
第二に試し過ぎてイメージが混ざってしまった時点で、危うく道に迷いそうになっています。
道が分からなくなったらブレーキを引くしかありません。
そういった、あと一歩でブレーキを引いてしまうようなときに、
ひなきとスミレがあかりを助けているのです。

それによって、あかりはブレーキを踏まずに済んでいます。
それぞれ該当の場面を引用してみましょう。

まずは、あかりがおいしそうと思ってもらえるポーズを考え始める場面です。

「ポスター来たよ!」
「うわあ、ポーズって色々あるんだね」
「みんなそれぞれ工夫してるよね」
「勉強になるね」
「うん! でも、おいしそうって思ってもらえるポーズって?」
あかりちゃん! 悩んだときはやってみよう!」 (第105話)


ここではひなきが、考え込み始めそうであったあかりに道を示しています。
あかりはこの時点では、「悩む」というほどの深刻な表情は浮かべていませんが、
少なくともひなきの言葉がなければ、
「ひらめき」で次々ポーズを試していくことはなかったでしょう。
ひなきが、「ひらめき」で弾けていけるあかりへの道筋を立てているのが分かります。

次に、ポーズを色々試してみた結果、あかりがこんがらがってしまう場面です。

「何か色々やり過ぎて、イメージ混ざってきちゃった。
 やばいかも~。えーと、ぽーん、ぽーん。うう……」
あかりちゃん、見て。風が気持ちよさそう」 (第105話)


ここではスミレが、思い悩み始めたあかりに気分転換をそれとなく勧めています。
スミレの言葉がなければ、あかりは本格的に道に迷い始めたことでしょう。
スミレが、あかりに道を指し示してあげているのが確認できます。

以上のように、ひなきもスミレも、惑いそうになるあかりを助けています。
ひなきは経験上、迷ったときは試しにやってみることが重要であると知っていたし、
スミレは経験上、行き詰まったときは気分転換が重要であると知っていたのでしょう。
「同輩」とは言え「同期」でなく、芸歴の上で先にいく二人だからこそそうできます。

よって、あかりはスミレに一緒にアイカツする楽しさを教え、
ひなきにブレーキをかけず進んでいく輝かしさを教えるだけの主人公ではありません。
それでいて、スミレとひなきに支えられて、教えられていくアイドルなのです。
第105話はこういった、相互に教え合い、前に進んでいく話であったと思います。

だからこそいちごは今回、あかりに対して次のように語るのではないでしょうか。

「お互い忙しくて話したりできないとき、アイドルはお仕事を頑張るしかないね」
「お仕事は頑張ります。大事ですから」
「うん。お仕事を頑張れば、誰かを元気にすることができるかも知れない。
 それって、アイドルのすっごくいいところだと思わない?」
「仕事で、元気に……」
私もあおいも蘭も、お互いの仕事を見て元気付けられたこと、何度もあったよ」 (第105話)


ここで、あかりが一方的にひなきを元気(勇気)付けるのではなく、
お互いに元気付けあっていくということが示されています。
誰にでも立ち止まりそうになるときはあって、
誰にでも元気付けられることはあるということを前提とした語りです。

この言葉が、一方で立ち止まっていたスミレやひなきを前に進ませる、
あかりの姿があるのに対して、他方で立ち止まりそうになるあかりを支える、
スミレやひなきの存在があるということを想起させます。

ブレーキを踏まずに進んでいく、最近のあかりの輝きは確かなものです。
しかし、彼女がブレーキを踏まずにいられるのは、スミレやひなき、
そして、「いつも応援してる」先輩がいてくれるために違いないのです。



○関連記事

     再定義されるあかりの原点――本当の目標は真似でなくて (第101話)
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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

誰かに「残される」のではなく、私が「残る」ということ

2014.10.19 17:47|零シリーズ
零 ~濡鴉ノ巫女~零 ~濡鴉ノ巫女~
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今回は、先日発売しました『零』の最新作について考えていきます。
以下、物語についての言及が含まれますので、これからプレイされる方はご注意ください。
もしよろしければ、少々お付き合いいただければ幸いです。

それでは、『零~濡鴉の巫女~』について考えていきましょう。
今回は、夕莉に関する次の問題に焦点を当てていこうと思います。
すなわち、夕莉は交通事故でただ一人「残された」人物でありながら、
何故そのことについて、作中でほとんど言及がないのかという問題です。
ここは、これまでの『零』、特に刺青の聲との対比の中で、
極めて特異に映る部分であると思います。
家族を事故で亡くしたということは、夕莉の物語にほとんど絡んできていません。
このことが意味するものとは何であったのでしょうか。
今回は、このようなことについて掘り下げて考えてみたいと思います。

まずは、彼女の物語を簡単に確認いたします。
濡鴉の巫女は、交通事故で家族を亡くしてから、
「ありえないもの」を見てしまうようになった夕莉が主人公の一人として、
自分を救ってくれた恩人である密花を探すというのが物語の軸になっています。
夕莉は最終的に密花を発見して連れ戻すことに成功しますが、
日上山と深く関わり過ぎた彼女は山に惹き寄せられ、
自分と似た境遇の濡鴉の巫女・逢瀬の前で一つの決断をします。

行くのか残るのか。

逢瀬の二重の想いのいずれかを読み取った夕莉は、
彼女とともに堕ちていき、又は密花とともに現世に居残ることになるのです。
これが夕莉の物語の、非常に簡潔な流れと言えましょう。
彼女については、人物についてのメモに次の記述があります。

交通事故で家族を亡くし、自分一人だけが生き残った時から、
死者の姿や、他人の記憶・想いなど「ありえないもの」が見えるようになった。
その後、普通の生活に戻ろうと努めたが、
周囲や医師にはその症状がショックによる一時的なものとしか理解されず、
次第に孤立していった。 (「人物:不来方夕莉 二」)


重要なのは、夕莉は家族の中で唯一現世に「残された」人物であるということです。
「交通事故で家族を亡くし、自分一人だけが生き残った」という部分は、
刺青の聲における怜を思い出させます。
怜の物語もまた、交通事故で優雨を亡くしたところから始まったのでした。

しかし、夕莉が特徴的なのは、彼女は「残された」人物でありながら、
このことが全然強調されていないということです。
すなわち、亡くした優雨への気持ちが強調されていた怜とは異なり、
夕莉の場合は、亡くした家族への気持ちが全く強調されていないのです。

夕莉は家族を事故で失ったということは上述のとおり明らかになっていますが、
家族との関係については物語中でほとんどノータッチであり、よく分かりません。
これについては物語中でほぼ省略されていると言えましょう。

このような一見奇妙な省略は、月蝕の仮面でも行われていたところです。
すなわち、月蝕の仮面においては、流歌と、
円香たちの間に関わりがあったのは明らかになっているわけですが、
ここについて物語中ではほとんどノータッチでした。
この理由については、それ以上に強調すべき事柄があったためと整理できます。
流歌の場合、それは「両親との関係」でした。

つまり、流歌が円歌たちと面識を持っているにもかかわらず、
海咲と円香とは対照的に、物語中でほとんど関わりを持たないのは、
彼女の物語の主軸が両親との関係、
特に父親の記憶という部分にあったためであったと考えられます。
流歌の物語はあくまで親子の物語であったために、
円香たちとの関係まで言及がされなかったのです。

同じように夕莉が家族のことが語られず省略されている点に、
夕莉の物語が「残された」こととは別にテーマを持つものであることを見出せます。
現に自殺に際しても、「残された」ことはほぼ言及されていないのです。

夕莉の自殺未遂の直接の原因は、死の側が見えることにより抱かれた、
自分がいるべきなのはこちらではないという意識であって(「夕莉のノート 二」)、
例えば、家族を失った罪悪感が原因という形では語られていません。
先に引用した「人物:不来方夕莉 二」から分かるように、
夕莉は事故にあって残された時点では、
「普通の生活に戻ろう」とすることができていました。
夕莉の自殺の直接の契機は、家族に残されたことではなく、
「死の風景」に触れ続けたことであったことが分かります。

つまり、夕莉の自殺には家族に「残された」ということがほとんど絡んでいません。
夕莉の物語においては、交通事故で家族に残されたことよりも、
交通事故を契機にありえないものが見えるようになったことが重要で、
そのことが一貫して強調されているのです(「不来方夕莉:死の風景」)。


とは言え、「残される」ことが全く強調されていないわけではありません。
九ノ雫で深羽に連れ戻された後、夕莉は彼女との会話の中で次のように語っています。

「どうしてここに?」
「私も…見えるから…多分、あなたより
 人と違うものがみえるのが怖い?
 私には何もない だから、何も怖くない」
…いえ、あなたも怖いはずよ 一人で残されるのが」 (九ノ雫)


ここで夕莉は「あなた”も”」と言っており、
自分も一人で残されるのが怖いことを暗に認めています。
ここと、密花を取り返そうとする夕莉の姿を合わせて鑑みると、
夕莉は密花との関係においては、「残される」ことを考えているのです。

しかし、夕莉は物語中で確実に密花を助けて早々に連れ戻すことができます。
「残される」可能性を恐れながらも、実際に「残される」ことはなかったのです。
終ノ雫で問題となるのは、あくまで夕莉自身がどう決断するかということで、
既に誰かに「残される」ということではなくなっていました。
以上を踏まえると、夕莉の物語で「残される」ということは、
全く物語中で取り上げられないわけではありませんが、
やはり中心的なテーマではなかったと言えるでしょう。
これは『零』作品の中においては、極めて特徴的な点であると思います。

というのも、『零』はどの作品においても、「残される」ということを強く描いてきました。
真冬に遺された深紅、繭に遺された澪、優雨に遺された怜。
月蝕の仮面においては、海咲が朔夜や円香に遺されました。
あるいは、流歌も、その顔をやっと思い出したまさにその瞬間に、
父親に置いていかれてしまうのです。
このように『零』はシリーズを通して、「残される」ということを描いてきました。

この流れに従うのであれば、主人公はむしろ密花の方であったのではないでしょうか。
現に最後に残されるか否かというぎりぎりのところに立たされるのは彼女であるためです。
それが濡鴉の巫女では、夕莉の方が主人公で、自分が行くのか残るのかを決めるのです。
ここが、濡鴉の巫女という作品が、これまでの作品と一線を画するところだと思います。
誰かに「残される」のでなく、私が「残る」ということを描く。

結論として、これまでの作品とは対照的に、
夕莉の物語は「残された」を主なテーマとしていません。
夕莉の物語は、むしろ「残る」ということをテーマとしています。
他律的な「残される」でない、自律的な「残る」。
自分で行くのか残るのかを決めることが、テーマであること。
このことが、夕莉は交通事故で「残された」にもかかわらず、
それについて作中でほとんど言及がないことから分かるのではないでしょうか。



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テーマ:零シリーズ
ジャンル:ゲーム

これまでの別れの経験の上に――さくらだから語れる言葉 (アイカツ!第102話)

2014.10.13 22:56|アイカツ!
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今回は、三年目も始まりましたので、『アイカツ!』第102話を考えます。
第102話においてはさくらが、部屋が別々になったあかりとユウを励ますのですが、
ここでの言葉というのは、ただの頼りになる先輩としてのものではなくて、
さくらならではのものであったと思います。

ある意味で、彼女の二年間の結果を端的に示す言葉と言えるかも知れません。
このことについて、以下では論じていこうと思います。

まずは、さくらがあかりたちを励ます場面を確認いたしましょう。

「お二人、別々の部屋になってしまうのですけれど……」
「あ……」

「離れ離れになってしまうのは寂しいですよね。
 ですが! 結んだ絆は消えやしない! これも一つの新たな門出~!」 (第102話)


前段の、部屋が別々になるとしても「結んだきずなは消えやしない」というのは、
第74話で先輩たちが卒業してもなお、
ぽわぽわプリリンを初めとして関係を結び続けることができた、
彼女の経験に立脚する説得力のある言葉であると思います。
さくらが言うから重みがあります。

かつ、後段の「これも一つの新たな門出」というのは、
先述の先輩たちとの経験をもとにして、
さくらが「別れ」をポジティブに受け止めることができるようになったことを示す、
彼女の成長の証であったと言えます。
さくらが言うから意義深いものです。

思えば、さくらの物語は一面でずっと「誰かとの別れ」を課題にしていました。
すなわち、さくらについては、第26話で兄との別れという問題とともに語られ、
第74話で先輩たちとの別れという問題とともに改めて語られてきたのです。
さくらにとって別れは、克服すべきテーマでした。

もちろん、さくらの物語のテーマは別れのみではありません。
時に彼女の強さや逞しさも、おとめたちとの関係の中で描かれてきたと言えます。
特に印象深い場面を一つ例示いたしましょう。

「悪いね、ファッションショーはガラじゃなくてさ」
「そうですか」
「にしても、さくら変わったよな」
「え」
前は何事にも遠慮がちだったけど、段々積極的になってるっていうか
「それは、おとめさまのおかげだと思います」 (60話)


さくらがルームメイトの皐月と語らう場面です。
ここではさくらがぽわぽわプリリンの中で獲得した積極性が取り上げられています。
このように、さくらの物語は別れ以外のテーマも当然有しているのです。

しかし、その中で「別れ」も一つの重要なテーマであったことは間違いありません。
前述したさくらの季節の二つの物語の一場面を、ここで引用してみることにしましょう。
まずは、さくらが入学してきた第26話、
家に連れ戻そうとする兄と口論になる場面です。

「分かった。どうしても帰らないというのなら、
 お前はもう僕の妹ではない。どうする? さくら」
「私は帰りません!」
「そうか」
「待って!」
「いちご様、ファッションショーオーディションのこと、教えてくださいませ」
「でも……」
私は、アイドルになりたいのです!」 (第26話)


ここでは、小さい頃守ってもらっていた兄からの別離が問題とされています。
兄から離れて、立派なアイドルになることが課題とされるのです。
実際にさくらはこの後、(特に自室で)兄のことについて悩んでいます。
しかし、いちごの言葉もあって、無事に兄から自立することができました。

次に、いちごたちが中等部を卒業する第74話、
卒業式の後、さくらがいちごたちを見送る場面です。

「さくら!」
「さくらちゃん!」
「あ、はい……」
「あ、おしゃもじ! さくらちゃんが持っててくれたんだ」
「はい」
「受け継いで! 私たちのアイカツ!」
「このおしゃもじをお守りに、下級生一同、しかと受け継ぎます。
 でも、でも、先輩たちにもうあまりお会いできないと思うと……
「いや、さくら……」
「意外と会えると思うよ」
「高等部って中等部のすぐ裏だから」
「はい?」
「もう、百歩で着いちゃうよ!」
「百歩は無理でしょ」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「そうなんですか!」 (第74話)


ここでは、いちごたちとの別れに際して寂しく思うさくらが描かれています。
そして、さくらは第26話と同じく、いちごたちの言葉で前を向くのです。
やはり「別れ」が問題にされていることが分かると思います。
ただし、第26話と異なるのは、第74話では、
さくらがどうなったかという結果が描かれていないということです。
第26話では、兄のことについて悩んでいたさくらが、
立派にステージに立ち兄に認められたことで、
兄から自立したという結論が堂々と描かれていました。
それに対して第74話では、別れを寂しく思っていたさくらが、
その後どうなったのかということは描かれていません。
「意外と会える」と言われて立ち直る様だけが描かれるだけで、
さくらがその後、やはり寂しく思ってしまったのか、
それともしっかりと別れを受け止めて進んでいったのかは不明でした。

もちろん、端々で描かれるさくらの姿から推測はできたかも知れません。
しかし、明確にどうなったかということは描かれていなかったと言えるでしょう。

第102話におけるさくらのあかりたちへの言葉は、
この、第74話で描かれなかった結果の部分に他なりません。
これまで度々別れを経験して、寂しさも抱いて来たさくらが、
別れを控えた後輩に別れをポジティブに捉えることを説けるようになったのです。

そこには、別れを受け止められるようになったということを見出せないでしょうか。

さくらは、かつていちごが言ったように、
「意外と会える」という言葉であかりを慰めませんでした。
さくらは彼女自身の言葉で、あかりたちを励ますのです。
その言葉は、たった一言二言でしかありません。
しかしそれはさくらだからこそ語れた、これまでの経験の上に在る言葉だったのです。



○関連記事

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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

答えを出した春香「たち」の涙

2014.10.04 21:53|アイドルマスター
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今回は、劇場版アイドルマスターについて改めて考えることにいたしましょう。
現在再上映中で、久々に見に行ったところ、
半年前に宿題にしていた問題について一定の答えを見つけることができました。

半年間、ずっと解けなかった問題とは、空っぽのアリーナで春香が語った後、
可奈のことについて結論が出た後で、春香ばかりでなく、
他の765プロの面々も目に涙を貯めているのは何故かということです。


あの場面で、春香が泣いている理由については、
その姿を見守る美希やあずさの台詞によって説明されています。
すなわち、現状の問題に対して出した答えが、
失敗に繋がるかも知れないという不安ゆえに、春香は泣いていたのです。
その涙には、「答えを出すことの重さや怖さ」が表れていたと言えるでしょう。
しかし、ここで涙を浮かべるのは春香ばかりではありませんでした。
伊織や響、亜美や真美も目に涙を浮かべていたのです。
これの理由については、一見よく分からないもので有り得ます。

すなわち、春香はあのアリーナで明らかに、
天海春香として答えを出しているのですが、
他の765プロの面々については、春香のように答えを語ったわけではありません。
それゆえに、春香が泣く理由でもって、
他のメンバーが泣くことを説明することはできないと思ったのです。
私は半年間、そう考えて、他のメンバーの涙を理由を考え続けていました。

しかし、先日見て考えて思ったところによれば、それは間違いで、
他のアイドルはやはり春香と同じ理由で涙を目に溜めていたのです。
私は、他のアイドルは春香のように答えは出していないと考えていましたが、
そもそもその前提が誤っていたのです。
そう考えると涙の理由の説明がつきます。

すなわち、確かに他の765メンバーは、
春香のように自分の答えを語ってはいないのですが、
春香の答えに異議を申し立てないことにより、答えを表明していたのです。
つまり、春香の考えに賛成するという答えを、全員それぞれに出していたと考えられます。

空のアリーナの場面で、リーダーである春香だけが答えを出せば良い、
というわけでなかったことは、伊織の志保への付議に表れています。
春香や可奈が出した答えに対して、あなたはどう考えるのという質問。
そこには、春香だけが答えを出せばいいわけでなくて、
それを受けて全員が個々に答えを出す必要があることが示されています。

こうした考えに基づきそれぞれが答えを出した結果、
意見が合ったからこそ春香の答えとおりに進むことになったのです。
仮に意見が割れれば、振り付けの話し合いの場面で示されているように、
「多数決」にはしないで改めて喧々諤々な議論をしたことでしょう。

その辺りを踏まえると、春香以外の765プロのメンバーも、
春香と同じく答えを出すべきであり、実際に答えを出していたのです。
彼女たちは春香やダンサー組のように自分の答えを語ってはいないものの、
実は春香の考えに寄り添うという答えを出していたと考えられます。
だからこそ、一部のメンバーは春香と同じように涙を目に貯めます。
彼女たちも春香と同じく答えを出していたため、
それが失敗するかも知れないという不安を同じだけ抱えられたのです。

結論として、春香以外の面々が目に涙を溜めていたのは、
春香と同じく、自分(たち)の答えが失敗する不安を抱いてのことであったと考えられます。
逆に言えばその涙は、765プロの春香以外の面々も、
春香と同じように答えを出していたということを明示するものであったと言えるでしょう。
765プロのメンバー全員が目に涙を溜めていたわけではありません。
しかし、一部のメンバーが代表して、春香と同じように、
涙を浮かべていることによって、春香以外の765プロのメンバーも、
春香と同じく答えを出していたことが示されていると考えられます。

劇場版は、答えを出した春香「たち」の涙を描いていたのです。



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   自分の道を歩む主体としてのダンサー組 ――765アイドルの「非関与」から

   まだ「いっしょ」でない少女たち (まな『THE IDOLM@STER (3)』特典小冊子について)


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