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「涙」と「おしゃもじ」が意味するもの (アイカツ!第七十四話考察)

2014.03.23 16:14|アイカツ!
KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡
(2013/10/23)
STAR☆ANIS

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今回は、『アイカツ!』第74話について考えてみたいと思います。
この話の特徴は、いちごたちの「卒業」を一方で「重大な」転機として描きながら、
他方で「気楽な」変化としても描いていたということです。
例えば、アルバムを編集している次の場面では「重大さ」が際立っています。

「でも、本当に卒業なんだよね。
 全員が全員、高等部に行くわけじゃないだろうし、
 会えなくなっちゃう子もいるんだなあって」
「それに、もっと仕事が忙しくなって会いにくくなるかも知れないし」
やっぱり、今の生活とはお別れなのよね
「お別れ……」
「イエス、そうだね……」 (第74話)


ここでは「卒業」が、「お別れ」をもたらす重大な転機として捉えられています。
しかしその一方で、物語はそれを「気楽な」変化としても提示していくのです。
ラストシーンで、さくらがソレイユ三人と話す場面に注目します。

「さくら!」
「さくらちゃん!」
「あ、はい……」
「あ、おしゃもじ! さくらちゃんが持っててくれたんだ」
「はい」
「受け継いで! 私たちのアイカツ!」
「このおしゃもじをお守りに、下級生一同、しかと受け継ぎます。
 でも、でも、先輩たちにもうあまりお会いできないと思うと……」
「いや、さくら……」
意外と会えると思うよ
「高等部って中等部のすぐ裏だから」
「はい?」
「もう、百歩で着いちゃうよ!」
「百歩は無理でしょ」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「そうなんですか!」 (第74話)


ここで「卒業」が、「気楽な」変化として強調されていることが分かります。
このように、「卒業」は二つの側面を持ったものとして提示されているのです。

この記事では、そのそれぞれの側面に関連する二つの表現に注目します。
二つの表現とは、「涙」「おしゃもじ」です。
この二つが示唆していることが何であったかを探っていきます。
これを考えれば、第74話のテーマがより正確に捉えられるようになると思います。
いちごたちの「卒業」を描いた感慨深い一話、思い出しながらお付き合いください。



○『アイカツ!』第74話:「涙」と「おしゃもじ」が意味するもの


1. 「涙」に現れる「繋がり」の強さ

まず、卒業式でアイドルたちが流した「涙」について考えていきます。
中でも、かえでに注目したいと思います。
かえでは変化をポジティブに捉えて前進していける「強さ」を持ったアイドルです。
第74話の冒頭でも、「しんみり」するユリカやおとめに対して、
かえでは「ホップ・ステップ・ジャンプ!」の機会として「卒業」を捉えています。
だからこそ送辞の後の彼女の「涙」は、特に大きな意味を持っていたと考えられます。
ここから、「涙」の示していることを考えていくことにしましょう。

先に結論を述べれば、「涙」は中等部で得られた「繋がり」を象徴していたと思います。
スターライト学園という場所で、かけがえのない関係を手に入れられたからこそ、
往々にして「お別れ」を意味するそれに際して、寂しい気持ちを抱くのです。
泣けるのは、それだけの「繋がり」を得ていたからに他なりません。

かえでは一年目終盤で、日本に来て一番驚いたこととして、
「みんなの仲がいいこと」を挙げていましたが、彼女の卒業式での涙は、
「みんな」の中に彼女もきちんと入っていたことを明示するものだったのであったと思います。
かえではアメリカからやって来てからこれまで、寂しさを少しも表に出しませんでしたが、
そんな彼女でも「しんみり」してしまうほどの場所として、スターライト学園は現れています。
そこは、かけがえのない多くの出会いをもたらしてくれた大切な場所です。

思うに『アイカツ!』は、単にアイドルたちの「強さ」を描くだけの作品ではありません。
時には、もっと大切なものを「強さ」に優先して描くことすらあります。
第50話の流れというのは、最も顕著な例として挙げることができます。
すなわち、いちごの渡米に際しての流れというのは、
いちごを笑顔で送り出そうとするあおいの「強さ」を描くと見せかけて、
最後にはあおいが空港で泣いてしまうというものになっています。
あおいが我慢し通した方が、「強さ」は提示できたことでしょう。
いちごがいなくてもやっていけることを、最後に示して締めることができたはずです。
それにも係らず第50話は、最後にはあおいたちが泣く流れに持っていきます。
この理由は、「強さ」よりも「繋がり」を描くためであったと思います。
あおいたちの「涙」は、いちごとの「繋がり」がそれほどのものであることを示しているのです。

卒業式での、特にかえでの涙というのも、この場面の延長で捉えるべきではないでしょうか。
基本的にすごく「強い」かえでが、さくらの送辞に際して涙を貯めているということ。
そこに、彼女の手にした「繋がり」の深さを見出すことができると思います。


2. 「おしゃもじ」が示す「そこまで変わらない」ということ

次に、久々に登場したいちごの「おしゃもじ」について考えていきます。
今回「おしゃもじ」は、「卒業しても繋がっている」ということと、
「卒業しても戻って来られる」という二つのことを示すために登場していたと思います。

第一に、「卒業しても繋がっている」ということは、次の場面で示唆されていました。

「それにしても、至るところに写りこんでるね。いちごのおしゃもじ」
「そういえば……」
「本当だ! えー! これって私がうちから持ってきたやつだよね」
「どういうわけか、いちごがアメリカに行っている間に、
 みんな、そのおしゃもじもお守り代わりにしてたんだ」
「お守り代わり?」
「うん! お弁当屋のいちごが、
 アイドルになることを決意したときの、ご利益のあるおしゃもじだって」
「へー」
「あたしは魔除けって聞いたぞ」
「魔除け!?」
「とにかくみんな、そのおしゃもじから力をもらってたってこと」
みんな、いちごを忘れてなかった
「なんか嬉しい!」 (第74話)


ここでは、いちごがアメリカに行った後も、
皆いちごのことを忘れていなかったということが確認されています。
これが、卒業回で提示されていることは意味ありげです。
いちごの渡米の際と同じく、いちごたちが卒業して離れてしまった後も、
基本的な関係は全く変わらないということが示されていると考えられます。

離れてしまったからと言って、その存在が薄れていってしまうわけではないのです。
その意味で、双方の間の「繋がり」は変わらずにあり続けます。
第一に「おしゃもじ」は、このことを示すものとして現れていると思います。

第二に、「卒業しても戻って来られる」ということは、先に引用した終盤の場面で提示されています。
いちごたちはさくらと、卒業しても「意外と会える」ということを確認するのです。
そこで進学という変化は、非常に「気楽な」ものとして捉えられています。
卒業したとしても、ふとしたときには戻って来られる。
この「気楽さ」と「おしゃもじ」は関連していると考えられます。
第1話の「おしゃもじをマイクに持ち替える」という言葉を思い出してみましょう。
あの言葉も、どこか「気楽さ」をうちに含んだものでした。

つまり、「おしゃもじをマイクに持ち替える」という言葉の心は、「持ち替えるだけ」であるから、
ふとしたときには「気楽に」お弁当屋に戻って来られるということにあります。
お弁当屋を「やめる」のではなく、おしゃもじを「持ち替える」だけなのです。
アイドルになろうとすることは、そこではある程度「気楽に」考えられています。

だからこそいちごは、この言葉を受けてアイドルになることを決断できたのです。
当初いちごは、お弁当屋かアイドルかという選択肢の下で揺れていました。
しかし、りんごが先の言葉をかけたことで、アイドルになることを決意します。
そうできたのは、アイドルになることを「気楽に」考えられるようになったためではないでしょうか。
アイドルになることを選んだからといって、お弁当屋の娘でなくなってしまうわけではない。
そう考えたからこそ、アイドルという夢の方へ向かって行けたと考えられます。
実際にいちごは、アイドルになることによって、お弁当屋と完全に決別したわけではありません。
休みで家に帰っているときには、お弁当屋を手伝っている様が度々描かれています。

このような「気楽さ」が今回も強調されていました。
ソレイユ三人とさくらとのやり取りで、卒業は最後に「気楽な」変化として提示されています。
言うなればいちごたちは、おしゃもじをマイクに「持ち替える」と言うときの「気楽さ」でもって、
これまで親しんだ中等部の制服を、高等部の制服に「着替える」に過ぎないのです。
第1話と関連して、「おしゃもじ」はこのようなことを示していたと考えられます。

結論として、「おしゃもじ」は以下の二つのことと関連して登場していました。
「卒業しても繋がっている」ということと「卒業しても戻って来られる」ということです。
これによって、卒業は「気楽な」転機としても提示される結果になっています。
いちごの「おしゃもじ」は、卒業しても今と「そこまで変わらない」ことを示しているのです。



○関連記事

  スターライトクイーンの二面的な現れ方 (第73話)

  自ら輝く太陽として――「太陽」という目標からの卒業 (第50話)

    『アイカツ!』は「強さ」だけを描く作品ではないということについて


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