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オフの光景に見る二つの変化 (アイカツ!第七十五話考察)

2014.03.30 10:00|アイカツ!
TVアニメ/データカードダス アイカツ! ベストアルバム Calendar GirlsTVアニメ/データカードダス アイカツ! ベストアルバム Calendar Girls
(2014/04/09)
STAR☆ANIS

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今回は、『アイカツ!』第75話について考えてみたいと思います。
第75話は、二年前のオフタイム(第24話)をなぞりながら、
「色々なことが変わったけど、変わらないものもある」ことを確認する流れでした。
ゆえに、「どこが変わったのか」ということが一つの論点たり得ると思います。
いちごたち三人は二年前と比べて、どのように変わったというのでしょうか。
このことについて、第24話と比較しつつ考えていきます。



○『アイカツ!』第七十五話:オフの光景に見る二つの変化


1. 第一の変化:アイドルとしての前進

第一の変化として、三人はアイドルとして前進しています。
これは、帰りの電車での三人の「約束」の内容の変化に鮮やかに表れています。
三人は二年前も今回も、夕日に照らされて輝く海を見て、これからに想いを馳せます。
両話におけるこの場面を並べて引用してみましょう。

「あっ、海!」
「きれーい!」
「波の一つ一つが輝いてる」
「宝石箱みたい」
あんな風に、私たちも一人ひとり輝こう!
「うん!」 (第24話)


「そうだね、一年後、あたしたちはアイドルとしてどうなってるんだろうね」
「変わることもいっぱい、変わらないこともいっぱいかな?
 みんなそれぞれどんなことしてるかは分からないけど、
 みんな前に進んでるよね、きっと」
「そうだな」
「いちごの言う通り。変わるけど、変わらないこともあるよね」
だから、約束。指切りげんまん。また来年、三人でオフを楽しもう!」 (第75話)


同じく夕日色の海を眺めている場面ですが、話している内容は対照的であることが分かります。
つまり二年前は、今後変わりゆく三人が「変わっていくこと」を約束するのですが、
今回は、既に変わった三人が「変わらないこと」を約束するのです。

「これから一人ひとり輝いていくこと」は「変わっていくこと」に他なりませんし、
「来年もオフに一緒に来ること」は「変わらないこと」に他なりません。
変わっていくことを目指していた三人は、今や変わらないことを約束しています。
この変化は、三人が様々な経験を経て、アイドルとして前進したからこそ起きたものと考えられます。

菜の花畑で寝転ぶ場面にも同様に、三人のアイドルとしての前進が見出せます。
ティーパーティを楽しんで、いちごが眠ってしまった後の、蘭とあおいの会話に注目します。

「昼間でも星って輝いているんだよね」
「ああ、太陽が眩し過ぎるから見えないんだろう」
「他のスターがかすんで見えなくなるくらいの、
 トップアイドルみたいじゃない? 手を伸ばしても届かない存在」
だったら、雲になればいい。星ほど高いところにはないけど、
 自分がここにいるってアピールするんだ」 (第24話)


あれから目が回るくらい、色々あったけど、
 変わらないこともあるんだよな……
「私たちの友情とか?」
「堂々と恥ずかしいこと言うなって」
「あと、そういう風にすぐ照れるところとか?」
「そうやって、調子に乗っていじってくるところもな」 (第75話)


ここでもやはり、話している内容の違いが際立っています。
二年前は三人とも、太陽や星を遥か頭上に見上げる立場でした。
このことは目下「雲」になろうという目標を立てていることからも分かります。
しかし今や三人は、スターアニスのメンバーに選ばれ、
かつ星座アピールを成功させたアイドルです。

既に天に煌めく星の一つとなっています。
ゆえに、もはや「雲」になろうというようなことは目標にはなりません。
二人は変わったことを前提に、変わっていないこともあることを確認しています。

このように、帰りの電車での約束と菜の花畑での会話が、
三人のアイドルとしての前進を確かに示しています。
加えて温泉で予定通りオフを過ごせたことも、前進を仄めかしていると考えられるかも知れません。
二年前、温泉でゆったり過ごすことは、「アイドルのオフ」として提示されていました。

「じゃあ、蘭さんは何がアイドルのオフっぽいとお考えなんでしょう?」
「ずばり、温泉だ!」
「温泉?」
「うん」
「大人っぽーい!」
「アイドルのイメージと離れてる感じが」
「仕事から離れて頭と体を休める。これがあたしたちのオフ!
 しかもこの猿窪温泉は、何と美月さんがお忍びで訪れることがあるという、
 由緒正しいアイドル温泉!」 (第24話)


二年前の時点では、三人はアイドル温泉でオフを送ることができなかったのです。
この点に、三人がアイドルとして大成していなかったことを読み取ることができます。
対して今回は、ゆっくりと温泉を堪能することができました。
そのようなオフを過ごすにふさわしいだけのアイドルになったというわけです。


2. 第二の変化:三人の「友情」の進展

第二の変化として、三人の「友情」が進展しています。
「友情」は変わっていないものとして語られていますが、その実確かに深くなっているのです。
三人の関わりを描いた、以下の二つの場面に注目してみてください。

「パセリいらないの?」
「あっ! あたしの!」
「嫌いなのかと……」
「パセリは好きなんだ」
「珍しい」
「ごめんね。じゃあ、代わりに私の大好きなしば漬けあげる!」
「サンドウィッチに合うと思うか?」 (第24話)


「それじゃ、古今東西、美しき刃・紫吹蘭の意外な一面!」
「実は魚の骨を取るのが、苦手!」
「実はえびポン大好き!」
「実はおやつの趣味が渋い!」
「実はエンジェリーシュガーが似合う!」
「実は照れ屋さん!」
「実は熱い!」
「実は寂しがり屋さん!」
「実は世話好き!」
「実は恋に恋する!」
「だあー! やめやめやめー!」 (第75話)


二年前は、いちごは蘭がパセリ好きであることを知らず、それを食べてしまいました。
このときはまだ、お互い知らないこともあったということが強調されています。
三人の関係は更に深まり得るということが、ここで示唆されていると言えるでしょう。
対して今は、いちごもあおいも、蘭に関する秘密をたくさん知っています。
二人は既に、古今東西ゲームのお題にできるほどに蘭を理解しているのです。
この対照性に、三人の関係の進展を見出すことができます。


3. まとめ

結論として、75話は24話との対比の中で、三人が「変わったこと」を浮き彫りにしています。
「アイドルとしての前進」は、帰りの電車と菜の花畑での会話によって、
「三人の関係の進展」は、蘭に関する知識によって説明されていると考えられます。



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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

自分の道を歩む主体としてのダンサー組 ――765アイドルの「非関与」から

2014.03.28 17:00|アイドルマスター
劇場版『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ! 』オリジナル・サウンドトラック(初回限定盤 CD+Blu-ray Audio 2枚組)劇場版『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ! 』オリジナル・サウンドトラック(初回限定盤 CD+Blu-ray Audio 2枚組)
(2014/02/05)
音楽:高田龍一

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今回は、劇場版で765組がダンサー組に関与し切らず、
最後の最後で問題をダンサー組に任せていることについて考えてみたいと思います。
劇場版では、アリーナの舞台上に集まった皆の前で春香が自分の気持ちを語った後、
可奈の衣装を初めとする種々の問題の解決は、ダンサー組に任されています。

これは、劇場版の一つの問題でありえます。
すなわち、あれだけ大事になり、ようやく解決の糸口が見えた可奈の問題を、
765組は重要なところでダンサー組に丸投げしているんですよね。
春香は千早と手紙を出しに行く場面で、
ファンとダンサー組に関して「早く会いたいなあ」と述べています。
「早く会いたい」と述べるということは、あまり会っていないということであり、
この言葉から、765組があれからほとんどダンサー組と一緒に練習してはいないことが分かります。
この一見「奇妙な非関与」は、考えるべき劇場版の問題の一つであると思います。
これについて、この記事では考えていきます。



○自分の道を歩む主体としてのダンサー組 ――765アイドルの「非関与」から


テレビ版では、こうしたアイドルへの「非関与」はPの専売特許でした。
彼は、彼女たちなら何とかできるという「信頼」ゆえに、
千早(第20話)や春香(第24話)の問題の際にあまり動いていません。
劇場版でもPはこの態度を引き継いでいます。
彼は語学学習という自分の問題に集中するわけです。
このことについては、Pが律子に諭される屋上での場面を見れば分かります。

Pの「非関与」は、アイドルへの「信頼」に基づいているため、
決して「奇妙」なものではありません。
しかし、ダンサー組に対する765組の「非関与」は、
出会ってから日が浅いために「信頼」では説明し難く、
また現にそう説明されていないため、一見「奇妙」に映ります。
よって、ダンサー組に「先輩」として絡んでいく主体として現れている765組が、
「非関与」を決め込む理由というのは考える意義のある問題であると言えます。

何故765組は最後に、ダンサー組の問題を彼女たちに任せたのでしょうか。

思うにこれは、劇場版においてダンサー組が、
「同じ事務所に所属するアイドル」というわけではないためです。
ダンサー組はアリーナライブの後も、765組の後を付いていくわけではありません。
彼女たちは今後、自分で自分の道を歩んでいく「アイドルの卵」です。
このことはEDの、オーディションに挑戦する可奈の一枚絵で強調されています。

だからこそ、765組が何でもかんでも介入して、
ダンサー組の問題を片っ端から解決すればいいわけではないのです。
基本的には、765組がそうしてきたように、自分で問題を解決していくことが望ましい。
765組の「非関与」は、こうした意識の所産であると解せます。
ただ、アリーナライブがダンサー組にとってはあまりにも大きな舞台であるため、
彼女たちが問題にぶつかり、それを自身で解決できそうにない緊急時には、
765組は補助すべき「先輩」という主体として現れてきます。

以上のように考えてみると、特に美奈子がメールで相談して以降、
ダンサー組の問題に積極的に関与してきた765組が、
可奈を連れ戻した後には「非関与」を決め込んでいる理由も説明できます。
ダンサー組の問題は、基本的にダンサー組が解決すべきであるために関与しないのです。
雪歩は自宅で百合子たちに「頼って欲しい」と伝えています。
ダンサー組が765組を頼ったなら、765組は当然「先輩」として助けに向かうでしょう。
しかし、無暗に「先輩」として振る舞うことは善しとはされないのです。
ダンサー組は、やがて765プロから離れて自分の道を歩んでいかねばならないのだから。

現に劇場版は、双方を関わり合わせながらも、絶えず「別の集団」として強調しています。
分かりやすいのは、合宿のテーブル割りや部屋割り、途中までの分かれての自主練などです。
また、後のPの「765プロで預かる」という言葉は、
それまで765プロが彼女たちを預かっていなかったことを示唆しています。
そして預かったのは、今よりも一緒に練習していくためであり、
アリーナライブ前の期間に限られたこととされています。
このようにダンサー組は、あくまで期間限定で765プロと関わっているだけであり、
本来そこからは独立した「アイドルの卵」として、登場してきているのです。

結論として、劇場版での765組の関与非関与の問題は、
ダンサー組の相反する二つの性質によって説明されます。
すなわちダンサー組は、ライブで765組に率いられる「バックダンサー」であると同時に、
彼女たちとは別の道を歩むであろう「アイドルの卵」でもあるのです。
前者が765組の「関与」の理由であり、後者が「非関与」の理由となっています。

なお、765組がダンサー組に絡み切れない理由は、
彼女たちが「外部の受け入れ」という点について、不慣れであるためとも解せます。
初めての経験で上手く関わっていけなかったというわけです。
衝突発覚後の春香の、「知っていながら何もできなかった」という反省はこの読みを助けるでしょう。

しかし、仮にそれだけなら物語の後半では、双方が本当の意味で一つになったというような、
「成長結果」が描かれるはずであると思います。
然るに、劇場版は最後にはダンサー組をダンサー組だけで練習させ、
可奈の問題を彼女たちだけで解決させているのです。
ここを鑑みると、765組のダンサー組への「非関与」は、
少なくとも765組の未成熟という理由だけでは説明できません。
先述の通り、ダンサー組は映画では765プロの所属ではなく、
自分の道をこれから歩んでいく「アイドルの卵」であるため、
できるなら自分達で自分達の問題を解決すべきとされているのだと思います。



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  未来に進んでいくための「絆」と「夢」 (劇場版アイドルマスター総合考察)


テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

「涙」と「おしゃもじ」が意味するもの (アイカツ!第七十四話考察)

2014.03.23 16:14|アイカツ!
KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡
(2013/10/23)
STAR☆ANIS

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今回は、『アイカツ!』第74話について考えてみたいと思います。
この話の特徴は、いちごたちの「卒業」を一方で「重大な」転機として描きながら、
他方で「気楽な」変化としても描いていたということです。
例えば、アルバムを編集している次の場面では「重大さ」が際立っています。

「でも、本当に卒業なんだよね。
 全員が全員、高等部に行くわけじゃないだろうし、
 会えなくなっちゃう子もいるんだなあって」
「それに、もっと仕事が忙しくなって会いにくくなるかも知れないし」
やっぱり、今の生活とはお別れなのよね
「お別れ……」
「イエス、そうだね……」 (第74話)


ここでは「卒業」が、「お別れ」をもたらす重大な転機として捉えられています。
しかしその一方で、物語はそれを「気楽な」変化としても提示していくのです。
ラストシーンで、さくらがソレイユ三人と話す場面に注目します。

「さくら!」
「さくらちゃん!」
「あ、はい……」
「あ、おしゃもじ! さくらちゃんが持っててくれたんだ」
「はい」
「受け継いで! 私たちのアイカツ!」
「このおしゃもじをお守りに、下級生一同、しかと受け継ぎます。
 でも、でも、先輩たちにもうあまりお会いできないと思うと……」
「いや、さくら……」
意外と会えると思うよ
「高等部って中等部のすぐ裏だから」
「はい?」
「もう、百歩で着いちゃうよ!」
「百歩は無理でしょ」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「そうなんですか!」 (第74話)


ここで「卒業」が、「気楽な」変化として強調されていることが分かります。
このように、「卒業」は二つの側面を持ったものとして提示されているのです。

この記事では、そのそれぞれの側面に関連する二つの表現に注目します。
二つの表現とは、「涙」「おしゃもじ」です。
この二つが示唆していることが何であったかを探っていきます。
これを考えれば、第74話のテーマがより正確に捉えられるようになると思います。
いちごたちの「卒業」を描いた感慨深い一話、思い出しながらお付き合いください。



○『アイカツ!』第74話:「涙」と「おしゃもじ」が意味するもの


1. 「涙」に現れる「繋がり」の強さ

まず、卒業式でアイドルたちが流した「涙」について考えていきます。
中でも、かえでに注目したいと思います。
かえでは変化をポジティブに捉えて前進していける「強さ」を持ったアイドルです。
第74話の冒頭でも、「しんみり」するユリカやおとめに対して、
かえでは「ホップ・ステップ・ジャンプ!」の機会として「卒業」を捉えています。
だからこそ送辞の後の彼女の「涙」は、特に大きな意味を持っていたと考えられます。
ここから、「涙」の示していることを考えていくことにしましょう。

先に結論を述べれば、「涙」は中等部で得られた「繋がり」を象徴していたと思います。
スターライト学園という場所で、かけがえのない関係を手に入れられたからこそ、
往々にして「お別れ」を意味するそれに際して、寂しい気持ちを抱くのです。
泣けるのは、それだけの「繋がり」を得ていたからに他なりません。

かえでは一年目終盤で、日本に来て一番驚いたこととして、
「みんなの仲がいいこと」を挙げていましたが、彼女の卒業式での涙は、
「みんな」の中に彼女もきちんと入っていたことを明示するものだったのであったと思います。
かえではアメリカからやって来てからこれまで、寂しさを少しも表に出しませんでしたが、
そんな彼女でも「しんみり」してしまうほどの場所として、スターライト学園は現れています。
そこは、かけがえのない多くの出会いをもたらしてくれた大切な場所です。

思うに『アイカツ!』は、単にアイドルたちの「強さ」を描くだけの作品ではありません。
時には、もっと大切なものを「強さ」に優先して描くことすらあります。
第50話の流れというのは、最も顕著な例として挙げることができます。
すなわち、いちごの渡米に際しての流れというのは、
いちごを笑顔で送り出そうとするあおいの「強さ」を描くと見せかけて、
最後にはあおいが空港で泣いてしまうというものになっています。
あおいが我慢し通した方が、「強さ」は提示できたことでしょう。
いちごがいなくてもやっていけることを、最後に示して締めることができたはずです。
それにも係らず第50話は、最後にはあおいたちが泣く流れに持っていきます。
この理由は、「強さ」よりも「繋がり」を描くためであったと思います。
あおいたちの「涙」は、いちごとの「繋がり」がそれほどのものであることを示しているのです。

卒業式での、特にかえでの涙というのも、この場面の延長で捉えるべきではないでしょうか。
基本的にすごく「強い」かえでが、さくらの送辞に際して涙を貯めているということ。
そこに、彼女の手にした「繋がり」の深さを見出すことができると思います。


2. 「おしゃもじ」が示す「そこまで変わらない」ということ

次に、久々に登場したいちごの「おしゃもじ」について考えていきます。
今回「おしゃもじ」は、「卒業しても繋がっている」ということと、
「卒業しても戻って来られる」という二つのことを示すために登場していたと思います。

第一に、「卒業しても繋がっている」ということは、次の場面で示唆されていました。

「それにしても、至るところに写りこんでるね。いちごのおしゃもじ」
「そういえば……」
「本当だ! えー! これって私がうちから持ってきたやつだよね」
「どういうわけか、いちごがアメリカに行っている間に、
 みんな、そのおしゃもじもお守り代わりにしてたんだ」
「お守り代わり?」
「うん! お弁当屋のいちごが、
 アイドルになることを決意したときの、ご利益のあるおしゃもじだって」
「へー」
「あたしは魔除けって聞いたぞ」
「魔除け!?」
「とにかくみんな、そのおしゃもじから力をもらってたってこと」
みんな、いちごを忘れてなかった
「なんか嬉しい!」 (第74話)


ここでは、いちごがアメリカに行った後も、
皆いちごのことを忘れていなかったということが確認されています。
これが、卒業回で提示されていることは意味ありげです。
いちごの渡米の際と同じく、いちごたちが卒業して離れてしまった後も、
基本的な関係は全く変わらないということが示されていると考えられます。

離れてしまったからと言って、その存在が薄れていってしまうわけではないのです。
その意味で、双方の間の「繋がり」は変わらずにあり続けます。
第一に「おしゃもじ」は、このことを示すものとして現れていると思います。

第二に、「卒業しても戻って来られる」ということは、先に引用した終盤の場面で提示されています。
いちごたちはさくらと、卒業しても「意外と会える」ということを確認するのです。
そこで進学という変化は、非常に「気楽な」ものとして捉えられています。
卒業したとしても、ふとしたときには戻って来られる。
この「気楽さ」と「おしゃもじ」は関連していると考えられます。
第1話の「おしゃもじをマイクに持ち替える」という言葉を思い出してみましょう。
あの言葉も、どこか「気楽さ」をうちに含んだものでした。

つまり、「おしゃもじをマイクに持ち替える」という言葉の心は、「持ち替えるだけ」であるから、
ふとしたときには「気楽に」お弁当屋に戻って来られるということにあります。
お弁当屋を「やめる」のではなく、おしゃもじを「持ち替える」だけなのです。
アイドルになろうとすることは、そこではある程度「気楽に」考えられています。

だからこそいちごは、この言葉を受けてアイドルになることを決断できたのです。
当初いちごは、お弁当屋かアイドルかという選択肢の下で揺れていました。
しかし、りんごが先の言葉をかけたことで、アイドルになることを決意します。
そうできたのは、アイドルになることを「気楽に」考えられるようになったためではないでしょうか。
アイドルになることを選んだからといって、お弁当屋の娘でなくなってしまうわけではない。
そう考えたからこそ、アイドルという夢の方へ向かって行けたと考えられます。
実際にいちごは、アイドルになることによって、お弁当屋と完全に決別したわけではありません。
休みで家に帰っているときには、お弁当屋を手伝っている様が度々描かれています。

このような「気楽さ」が今回も強調されていました。
ソレイユ三人とさくらとのやり取りで、卒業は最後に「気楽な」変化として提示されています。
言うなればいちごたちは、おしゃもじをマイクに「持ち替える」と言うときの「気楽さ」でもって、
これまで親しんだ中等部の制服を、高等部の制服に「着替える」に過ぎないのです。
第1話と関連して、「おしゃもじ」はこのようなことを示していたと考えられます。

結論として、「おしゃもじ」は以下の二つのことと関連して登場していました。
「卒業しても繋がっている」ということと「卒業しても戻って来られる」ということです。
これによって、卒業は「気楽な」転機としても提示される結果になっています。
いちごの「おしゃもじ」は、卒業しても今と「そこまで変わらない」ことを示しているのです。



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  スターライトクイーンの二面的な現れ方 (第73話)

  自ら輝く太陽として――「太陽」という目標からの卒業 (第50話)

    『アイカツ!』は「強さ」だけを描く作品ではないということについて


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

スターライトクイーンの二面的な現れ方 (アイカツ!第七十三話考察)

2014.03.16 11:30|アイカツ!
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(2013/10/23)
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今回は第73話でのおとめの描かれ方について考えていきます。
アイドルフェスの中で、おとめはスターライトクイーンとして、
ファンやアイドルを楽しませようと全力で準備に勤しんでいました。
第41話の美月を思い出させるような、学園の「リーダー」らしい行動であったと思います。
クールエンジェルスの回より、二年目でも「リーダー」が扱われ始めましたが、
きいの場合はリーダーとして成長していく過程が描かれたのに対して、
おとめの場合はリーダーとして成長した結果が描かれたと言えるのではないでしょうか。
この記事では特に、おとめが皆を引っ張る「リーダー」として描かれる一方、
皆の中に引っ張られていく「仲間」としても描かれていたことを指摘するつもりです。

けだし、第41話における美月もこのように二つの方向から描かれていました。
二つの話を比べることで、『アイカツ!』での「スターライトクイーン」の描き方が見えてきます。



○『アイカツ!』第73話:スターライトクイーンの二面的な現れ方


今回の話の中では、次の場面が非常に印象的であったと思います。
いちごたちがおとめと初めて出会った場所で、彼女を見つける場面です。

「いたー!」
「え?」
「みんな探してたんだぞ!」
「いちごたんたち! そろそろステージの準備をしなくちゃです! 行きますよー!」
「待って!」
「え?」
おとめちゃんも一緒に出よう!
「私たちとステージに立とう!」
「それはダメだと言ったじゃないですか。タイムテーブル通りに進めるのです!」
「何でそんなにこだわるんだ? 何かわけがあるのか?」
「おとめは、この学園が大好きなのです!
 もうすぐ卒業。このフェスティバルが中学生としての最後のお仕事です。
 だから、お客様にも、それから、いちごたんやあおいたんや蘭たんも、
 ユリカたん、しおんたん、さくらたん、かえでたん、
 スターライトのみんなにも楽しんでもらいたいのです!」 (第73話)


ここでは、おとめがいちごの手を取って引っ張って行こうとしたのに対して、
いちごがおとめの手を掴み返して「一緒に出よう!」と誘っています。
今回はこのように、手を掴み返されるところまで含めて第41話の再現だったと思います。
第73話では美月がスターアニスのリーダーとして頑張っていた第41話が回想されていますが、
スターライトクイーンがリーダーとして「皆を引っ張る」という点だけではなく、
逆に「皆に手を取られる」という点まで含めて、第41話の流れを踏襲していたのです。

実際に第41話は、美月がリーダーとして皆を引っ張っていく回であるとともに、
スターアニスの一員として美月が皆の中に混じっていく回でもありました。
この話の中で美月は、いちごたちに手を引かれてまくら投げに(おそらく)参加しています。

「美月さん?」
「そんなところでどうしたんですか?」
「えーと……」
「待ってたよ、美月!」
そんなところに隠れないで、こっちに来てくださいよ!
「え、ええ。その、みんな楽しそうにしているから、
 どのタイミングで入っていいか分からなくて」 (第41話)


ここで美月は、逆に皆に手を引かれて皆の中に加わっていると言えます。
このことを思い出しつつ今回の話を眺めてみると、
おとめがクイーンとしてフェスを盛り上げようと頑張るのに対して、
いちごたちが「いっしょにやろう」と手を引くところまで含めて、
第41話の流れを受け継いでいたと考えられます。

誰かをリーダーとして描くということは、他の皆と彼女を区別して描くことを不可避に意味します。
しかし『アイカツ!』は、切り離して「リーダー」を描いてそれで終わりにはしないのです。
美月は他の皆から分離され、スターアニスのリーダーとして描かれると同時に、
まくら投げに入っていく場面で、他の皆と同じスターアニスのメンバーとして描かれていました。
このように、「リーダー」として他の皆から切り離して描いた後には、
「仲間」として一緒にいる様を描いていくのが、『アイカツ!』のスタイルなのです。


今回の話の中でも、おとめがスターライトクイーンとしてフェスを盛り上げようとする姿と、
いちごたちに手を掴まれて、一緒にステージに立つ姿の両方が描かれていました。
第73話は、リーダーとして「皆の手を引く」おとめだけではなくて、
仲間として「皆に手を取られる」おとめもテーマであったと思います。
『アイカツ!』という作品においてスターライトクイーンは、
皆を引っ張っていく「リーダー」として描かれながら、
皆の中に引っ張り込まれる「仲間」としても描かれていく存在なのです。



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  ソレイユ、一人でも輝ける星へ (第71話考察)


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

今ここにある新しい生活の強調 (ルーンファクトリーフロンティア考察)

2014.03.12 17:30|ルーンファクトリー
ルーンファクトリー フロンティア 特典 カブの種つきSpecialドラマCD付きルーンファクトリー フロンティア 特典 カブの種つきSpecialドラマCD付き
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今回は、『禁忌のマグナ』の公式サイトも出現したことですので、
『ルーンファクトリーフロンティア』について考えていたことをまとめてみたいと思います。
注目するのは、メインストーリーのボスを倒した直後の、次の場面です。
ミストは魔法生物に対して、トランルピア村に一緒に行くことを提案します。

「あ、そうだ! 犬さんも一緒に帰りませんか? きっと楽しいと思います」
「ありがとうございます。でも、ぼくがそちらに行くとご迷惑がかかります」
「ルーンを吸い取ってしまう力のことですね? それなら、
 今度夢の中で精霊さんたちに注意するよう言っておくので大丈夫ですよ」
「え……そんなことできるんですか?」
「たぶん、大丈夫だと思います」
「あ、ありがとうございます。でも、ぼくはここに残ります。
 ぼくにも……家族がいるから……
「そうか! この世界の人々は君のことを……


ここで、魔法生物が異世界に封じ込められる原因となった、
彼の体質の問題が割とあっさり解決できるものであると示唆されています。
この辺りはさすがミストと言ったところですが、重要なのは、
解決策があるにも係らず魔法生物が帰らないことを選ぶということです。
わざわざ解決策を提示しながら、「それでも」を物語は描いています。
何故、「それでも帰らない」ことが最後に描き出されているのでしょうか。
けだし、この問いはルーンファクトリーシリーズに通底するテーマに関連しています。
もしよろしければ、これまでの作品を思い出しつつお付き合いください。



○『ルーンファクトリー』:今ここにある新しい生活の強調


ルーンファクトリーシリーズに通底するテーマについて、最初に説明していきます。
このシリーズでは、基本的に「今ここにある新しい生活」が強調されています。
すなわち、何らかの原因があってそれまでいたところを離れざるを得なくなった人物が、
新天地で新しい生活、人間関係を作り上げていくというのが、
シリーズの全ての作品に共通するテーマであると考えられます。
1から4では「記憶喪失」が同じく新天地に居つく理由になっていました。

そこで描かれるのは、当初はやむなくそこに居ついたのにもかかわらず、
段々とそこでの暮らしが大切なものになっていくということです。
例えば1のラグナは、物語佳境で村を守るために単身戦車の前に立とうとします。
村は、最終的にはそうして命を賭けられるほど大切なものになっていくのです。

強い吸収力を持ったがゆえに異世界に閉じこめられた魔法生物は、
記憶をなくしたがゆえにその土地に居ついた主人公たちと同じであると考えられます。
何らかの原因があって、それまでいたところにいられなくなってしまった。
しかし、彼はそこでずっと孤独であったというわけではありませんでした。

作中では魔法生物が送られた異世界の描写がほとんどなく、
あのラストバトルが行われた殺風景な場所が「異世界」の全貌と捉えられがちですが、
先に引用した魔法生物の言葉と後の手紙の中身を鑑みると、実際はそうではありません。
すなわち、第一に魔法生物の他にも、彼に「家族」と評される存在がそこにはいます。
これは彼の創造主とは異なる、彼が新天地で見つけた新しい家族です。
この「家族」のために魔法生物は異世界に居残ることを選んでいます。
第二に、後の手紙でジェルバインが農耕に励んでいることが語られていることから、
作物を育てることのできるような土地がきちんとあることが分かります。

おそらく、トランルピア村に近いものが異世界にもあると推測できます。
放り出された異世界で、魔法生物はかけがえのない生活を手に入れたのです。

ここで示されているように、「元いたところに帰れるようになること」ではなく、
「新たな暮らしを見つけること」こそ、ルーンファクトリーの救済なのです。
だから歴代主人公たちは途中から記憶を取り戻そうとしなくなります。
以前の生活がある程度分かっても、そこにもはや帰ろうとはしないのです。
重視されるのは「今ここにある新しい生活」に他なりません。

フロンティアで興味深いのは、ボスであったジェルバインすら、
このルーンファクトリーのテーマの中で救済されていく(だろう)ということです。
つまり、彼は事件の後、やむなく魔法生物と異世界に留まることになりましたが、
そこで新しい生活を送っていくことになります。

魔法生物(たち)とともに、土いじりをしながら生きていくことになるのです。
このことは先にも述べたように、魔法生物からの手紙で示されています。
彼もまた、新しい生活を獲得する主体として受け入れられていきます。

結論として、今や問題は解決されたのにも係らず魔法生物が留まるのは、
彼が異世界で新しい「家族」を手に入れたためであり、
それが描かれた点にルーンファクトリーらしさを見出すことができます。
何故、唐突に魔法生物の「家族」の話が持ち出されたか。
何故、「戻ってもいいのに戻らない」という魔法生物の決断が描かれたか。
その問いの向こうに、全作品に通底するテーマが現れているのです。
かけがえのない、「今ここにある新しい生活」というテーマが。


テーマ:ルーンファクトリー フロンティア
ジャンル:ゲーム

ソレイユ、一人でも輝ける星へ (アイカツ!第七十一話考察)

2014.03.02 22:16|アイカツ!
KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡KIRA☆Power/オリジナルスター☆彡
(2013/10/23)
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先日、第71話「キラメキはアクエリアス」が放送されました。
この話の中で第51話より提示されてきたあおいの問題が解決されたことで、
ソレイユの三人がそれぞれ一年目より一歩先に進んだと言えると思います。
そこで今回は、ソレイユの三人が抱えていていた問題を改めて確認し、
それが如何に解決されてきたのかということについて振り返っていきます。

そうすることで、ここまでのスターライト学園側の物語を、
上手く一つの流れにまとめることができるのではないかと思います。
もちろん、特にあおいの問題の解決に焦点を当てるつもりです。
もしよろしければ、これまでの内容を思い出しつつお付き合いください。



○『アイカツ!』第71話:ソレイユ、一人でも輝ける星へ


1. 「太陽から星へ」という二年目の流れ

まず二年目は、冒頭のティアラの「太陽とアンタレス」発言で、
「太陽から星へ」という物語のおおまかな流れが示唆されていました。
第51話の彼女の言葉を確認してみましょう。

「セイラ、きい! いいステージだったわ!
 星座アピールを出すなんて、もう勝ったようなもの!」
「えへへ」
「本当にこれで勝ちなのかな?」
スターライト学園にいる星宮いちごが太陽なら、
 セイラはさそり座のアンタレス
「太陽の一万倍、明るく輝けるんだよ!」 (51話)


一年目は主にいちごが美月に対して「太陽」になっていく過程を描いていたわけですが、
二年目はそこから、より明るく輝く「星」になっていくことを目指すのです。
課題となる星座アピールは、「星」になれたことを証明するものに他なりません。

この発言というのはいちごだけではなく、ソレイユ三人に関わるものであったと思います。
すなわち、ソレイユ(=太陽)の三人がトライスターの三人のような、
「一人でも輝ける」明るい「星」になっていけるかどうか。

このことがこれから問われていくという意味が、
「太陽から星へ」を示唆する上述の台詞には込められていたという気がします。
だからこそ、直後であおいの課題が早くも提出されているのです。

「霧矢」
「いちごに交代してしまいました。負けたら学園長が辞めると聞いて……」
「聞かれてしまったのね……。耳に入れてしまって申し訳なかったわね。
 でも霧矢、あなたも星座アピールを出せると思っていた。
 あなたの可能性、私は信じているわよ」
「はい」 (52話)


言うまでもありませんが、ここであおいの「自信」の問題が既に現れてきています。
ソレイユは「一緒だから輝ける」、トライスターとは別の輝きを提示するユニットでしたが、
いちご・あおい・蘭は「トライスターにはなれなかった」三人でもありました。
そこにあった課題が、「太陽から星へ」の流れの中で改めて取り上げられることになるのです。


2. ソレイユ三人それぞれの課題

「一緒だから輝ける」ソレイユの課題は、一言で言えば「一人でも輝けるか」ということです。
しかし、一人ひとり特に問題になるところは異なっていたと考えられます。
すなわち、いちごは「自分を持つこと」、蘭は「寂しさを一人で克服すること」、
そしてあおいは「自信を持つこと」が、特に個人の課題として提示されていました。
それぞれ順番に確認していきましょう。

第一にいちごは、美月や、美月のくれた目標をずっと追いかけてきたため、
自分の目標を獲得し、進んでいく道を自分で決めることが問題になっていました。
その意味で「自分を持つ」ということが、彼女の課題であったと言えます。
第35話の面接での以下の回答は、いちごの問題を露わにしています。

「最後の質問。星宮さんが入ったらトライスターにどんな輝きが加わるのかしら」
「憧れの美月さん、パワフルなかえでちゃんと一緒のステージに立てたら――」

――このまま私に喰らいついてこられるなら、星宮いちご、あなたは……。

太陽! 私はトライスターの太陽を目指して、朝から晩まで沈まずに輝き続けます」(35話)


ここでいちごは美月が提示した「太陽」という目標を反芻するのです。
この回答は、あおいや蘭が自分はどうなれるのかを語るのに対して非常に目立っています。
自分はどうなれるのか、どうなりたいのかということに関して、
いちごは美月にもらった以上のものをこの時点では持っていなかったと言えます。

しかし、いちごは第49話で自分自身と向き合い、「自分」を獲得します。
自分は何をしたいのか、どうなりたいのかを考えて、アメリカ行きを決めるのです。
それも、美月がスターライト学園を去ると知る前に、いちごはこのことを決意しました。
それまで美月や、美月のくれた目標をずっと追いかけていたいちごが、
自分の側から彼女の下を離れることを選び、自分の道を進まんとしたのです。

面接の時点で現れていたいちごの課題は、ここで克服されたと言えるでしょう。
だからこそ二年目の冒頭で、いちごは軽々と星座アピールを出せたと考えられます。
「一人でも輝く」ためにネックになっていた部分は、既に乗り越えられた後でした。

第二に蘭は、一緒でない寂しさを克服できるのかということが問題になっていました。
蘭は面接で「自分」に「自信」を持って回答し、結果合格を勝ち取りましたが、
いちごやあおいと一緒でない寂しさから、トライスターを脱退する事態になりました。
ここで、蘭の「寂しさを一人で克服する」という課題が提示されています。
そしてこれは、えびポンの助けを借りることで解決されます。
第57話で蘭が、いちごやあおいの助けをほとんど借りることなく、
プレッシャーを乗り越えて星座アピールを出せたのは、
彼女なりの方法で弱さを既に克服していたためであると考えられます。

そして第三にあおいは、自分に自信がないことが問題になっていました。
このことは第71話の中で改めて提示されていますが、
いちごと同じくトライスターの面接の時点で仄めかされていたと思います。
あおいの面接での回答を確認しておきましょう。

「最後の質問。霧谷あおいが入ったら、
 トライスターにどんな輝きが加わるかしら?」
「私には、これまで蓄えてきたアイドルや芸能界についての膨大な知識があります。
 私は、芸能界のあらゆるアイドル情報が詰まった、アイドルの缶詰です!
 それを全てまるごと、トライスターを輝かせるために使います!」 (35話)


あおいは、「一人でも輝けるか」を問うトライスターの面接で、
トライスターを輝かせることができるとは語れても、自分一人でも輝けるとは言えなかったのです。
ここに現れている「自信を持つ」という課題が、第71話で乗り越えられることになります。


3. 「一緒だから輝ける」と「一人でも輝ける」の架橋

第71話は、このあおいの「自信」という問題を、あおい一人では解決させませんでした。
つまり、一人で何とかしようと山籠もりに踏み切ったあおいの元に、いちごはやってくるのです。
そして、彼女の言葉があおいの「自信」に繋がっています。

「星座アピール、私にも出せるかな?」
「うん! 出せるよあおい!」
「そうかな?」
「出せるに決まってるよ。だってあおいだもん」
「え?」
「私ね、あおいのこと、ずっとすごいって思ってたんだ。
 あおいと一緒にステージに立つと、すごく安心するんだよ。
 私なんて自分のことでせいいっぱいだけど、
 あおいはちゃんと私たちを見てくれてるって分かるから。
 それができるのは、あおいだけなんだよ!」
「私にしか、できない……?」
「うん! ずっと近くで見てたから分かるんだ」
「私、自分より周りを見ちゃうのは弱点だって思ってた」
「え、そうだったの!?」
でも、そんな私を必要としてくれる、誰かがいるのなら……」(中略)

「私は、霧谷あおいの、可能性を信じる!」 (71話)


ここには、第54話のテーマが再度現れてきています。
第54話は、自分では気付けない自分の魅力(的な表情)を、
仲間なら見つけることができるということを描いていました。
このことがいちごとあおいの間に浮かび上がってくるのです。
いちごの言葉によって、あおいは自分の良さを認識することになります。

このように第71話では、あおいの問題解決に際して第54話のテーマを持ち出すことで、
「一緒だから輝ける」と「一人でも輝ける」を架橋していたと言えます。
すなわち今回の話は、いちごの言葉があおいの「自信」に繋がり、
そこからあおいの星座アピールの成功へという流れを踏んでいるわけですが、
そこであおいは、「いちごが一緒にいてくれたから」一人でも輝けたと考えることができます。
「一緒だから輝ける」と「一人でも輝ける」がここでは接続されているのです。

換言すれば、あおいはソレイユらしい「一緒だから輝ける」と決別しないで、
課題であった「自信を持つ」ことを達成したとも言うことができます。
ソレイユでなくなって一人でも輝けるようになった様ではなく、
ソレイユが一人でも輝けるようになる様がそこでは描かれているのです。
三人は一人でも強く輝ける「星」になったものの、
三人一緒のときに一番輝けるということはおそらく変わりありません。

第54話で、セイラときいは三人に次のように語っています。

「音が重なってる。ハーモニーが広がってく」
「え?」
つまり、あなたたちは三人でいるときが一番いい顔ってこと、でしょ?
「うん」 (54話)


彼女たちは、「星」より何倍も大きく輝いて見える、「太陽」でもあり続けるのです。



○関連記事

  自ら輝く太陽として――「太陽」という目標からの卒業 (第50話)
  卒業、挑戦――同じところに立ついちごと美月 (第63話)

     いちごの美月からの卒業について

  強く気高い獅子のように (第57話)

     蘭の弱さの克服について


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