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演じる中で育っていく絆 (アイカツ!第七十話補遺)

2014.02.28 17:40|アイカツ!
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(2014/02/26)
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第70話に関しては前回、特に「四人は役になり切れたのか」ということを考えました。
しかし、そこでは書き切れなかったことがあったため、改めて書こうと思います。
テーマは、「チームワークを描くには早過ぎたのではないか」ということです。
第70話では、四人のチームワークが問われるオーディションへの挑戦が描かれましたが、
時期としてはマリアの登場直後で、四人の絆が深く掘り下げられたわけではありませんでした。
絆がきちんと描かれる前に、チームワークが鍵となる話を描いてよかったのかということは、
この話を視聴した際に浮かんでくるかも知れない疑問の一つと言えるでしょう。
今回はこの疑問から、第70話について考えてみることにします。

先の疑問はもっともですが、第70話にそれを言うのであれば、
第21話のスワロウテイルのオーディションのことも思い出さなければなりません。
すなわち、それもユリカの登場直後で、四人の絆がきちんと描かれる前に、
「チームワーク」が鍵となるオーディションに突入しているのです。

練習やオーディションの最中に衝突する蘭とユリカは象徴的です。

これを鑑みると、誰かの登場直後にチームワークの話が敢えて配置されていると考えられます。
それではどうして、新メンバーの加入の直後にこうした話がやって来ているのでしょうか。
それは、彼女たちの既存の絆を描くのではなくて、
チームを演じる中で、絆が育っていく様を描くためであると思います。

実際に第21話の場合は、最初噛み合わなかった蘭とユリカが、
オーディションの中で次第に打ち解けていきました。
第70話でも、てんでバラバラだったドリームアカデミーの四人が、
敵役四人と対峙する場面ではしっかりチームになっていました。
このように、演じる中から本当にチームワークが生れてくる様を提示しているのではないでしょうか。
前回の記事で、きいがリーダーを演じる中で「頼もしさ」を身に着けたことを確認しました。
それと同じように、息の合ったチームを演じる中で「チームワーク」を身に着けていくのです。
こう考えると、まだ絆が深く描かれていないのにチームの話を持ってきたのではなく、
絆が深く描かれていないからこそチームの話を持ってきたと考えられます。



○関連記事

  「モノマネではない」と「人生をお借りする」の両立 (第70話考察)


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テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

「モノマネではない」と「人生をお借りする」の両立 (アイカツ!第七十話考察)

2014.02.23 10:21|アイカツ!
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(2014/02/26)
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今回は、第70話を見ていて私が気付いたことをまとめてみたいと思います。
特に注目するのは、「四人はきちんと役になり切れていたのか」ということです。
オーディションでは、パソ君の判断に従ってそれぞれ一見合わない役を演じることとなり、
結果として、当初監督にも「役を掴み切れていない」という評価を受けていました。
そして最後まで、例えばセイラが腹ペコキャラを自分のものにする明確な描写はありません。
よって、今回の話を見れば、先の疑問が当然浮かんでくると言えるでしょう。
だからこそ、その疑問を念頭に置いて、第70話を見返してみたいと思うのです。
もしよろしければ、内容を思い出しつつお付き合いいただければ幸いです。



○『アイカツ!』第70話:「モノマネではない」と「人生をお借りする」の両立


1. 対照的なティアラと織姫:ティアラの「常識的な」反応から

第70話は、蘭が心得の話を出す部分が最も顕著ですが、
いちごたちがスワロウテイルのオーディションを受けた、
第21話を受け手に想起させつつ進行していく形になっています。
第68話も、マリアが星座ドレスをみんなの協力を受けて獲得する話であり、
さくらがプレミアムをもらう第30話の流れをなぞっていました。
最近の物語では、このようなセルフパロディ的なものが多いと言えます。

今回はそういった話の中で、ティアラが織姫と対照的に描かれていました。
つまり、彼女は今回、無茶苦茶なオーディションを終始不安げに見つめるのであり、
この辺りが、監督と一緒に過去を懐かしみながら見ていた第21話の織姫とは真逆です。

アイドルでなかったティアラならではの常識的な狼狽と言え、
アイドルであった織姫との立場の違いが仄めかされています。

第65話で織姫とティアラの姿勢の違いは明確に示されていますが、
その根幹にあるのは「アイドルであったかどうか」という点にある気がします。
織姫は基本的に自分自身が磨かれてきた方法を踏襲していますが、
ティアラはIT系出身らしく割と革新的な方法でそれに立ち向かうのです。
ドリームアカデミーの最新式な設備は特にティアラらしい部分です。
第70話においても、ティアラと織姫の違いがさりげなく提示されていたと思います。


2. 「モノマネではない」と「人生をお借りする」の間の緊張

先述の通り、第70話では「四人は役になり切れていたのか」ということが問題になっています。
これはそもそも、『アイカツ!』という作品が演技に関して、
時に相反することもあり得る二つのテーマをこれまでに描いてきた上に、
それらをこの一話に両方詰め込んでみせたことによって生じたものです。

すなわち『アイカツ!』は、「演技はモノマネではない」というしおんの箴言(第14話)と、
「演技は誰かの人生をお借りすること」という心得(第21話)の二つを提示しているので、
アイドルは「誰か」になり切らなければならないのと同時に、
他ならぬ「自分」でもあり続けなければならないのです。

実際第70話では、誰かの人生をお借りするということを蘭が、
単なるモノマネをすればいいわけではないことをあおいがそれぞれ伝授しています。

「演技とは、誰かの人生をお預かりすることだって、昔教わった」
「元祖エンジェルスの真似じゃなく、
 新しいクールエンジェルスを作ればいいと思う!」 (第70話)


この二つが問われるオーディションだったので、
自分であり続ける(=必ずしも役に当てはまらない部分を持つ)ことと、
役になり切る(=自分ではなくなる)ことの両方が描かれることになり、
結果として先の問いが浮かぶ展開となったと考えることができます。
彼女たちは若干配役からは逸脱気味でありながらも、彼女たちらしくエンジェルスを演じました。
ここに先の二つの両立に伴う緊張を見て取ることができると言えます。
「新しい」クールエンジェルスになるためには、
役を演じながらも、彼女たちらしくもないといけなかったのです。

とはいえ、四人は肝心なところではきちんと役になり切っています。
すなわち、敵役四人が現れたとき、彼女たちはリーダーの一声を契機に「敵同士」として対峙して、
財宝を目的とするチームであったら実際にそうするであろう行動を取りました。

あの場面は第21話で、いちごとおとめがあおいたちと本気で対峙した場面を明らかになぞっており、
四人がきいの掛け声の後、かつての二人のように役になり切っていたことを強調しています。
とりわけ半ばリーダーを無視して先に進んでいたそらが、リーダーを先に行かせる点は象徴的です。


3. 役を演じることが与えてくれるもの:「リーダー」になったきいの成長

しかし四人の中で一番役になり切れていたのは、やはりきいであったと思います。
きいがリーダーに選ばれたのは、財宝を見つけるという探検隊の目的からして、
彼女に合っていると判断されたからだと思いますが、
それ以上の「リーダー」に、きいはきちんとなり切っていました。

きいが「探検隊のリーダー」に合っていたというのは、
彼女が隊員を引っ張っていく立場としては向いていたということを意味します。
探検隊は財宝の在り処に辿り着くのが目的なので、
そこでいう「引っ張っていく」とは目星をつけた地まで仲間を連れていくことに他なりません。
そしてそれは、事前準備の類が得意なきいが最もよく成し得ることです。
きいはオーディションの前日に地図を確認していましたが、
ああいう作業をきちんとできることこそ「探検隊のリーダー」に必要なことと言えます。

そこから、きいがそれ以上のリーダーになったというのは、
仲間にとって「頼れる」存在になったということです。
監督の用意した敵役が現れて動揺が走る中、
第一に目的を思い出し、仲間に号令をかけたのは他ならぬきいでした。

その場面を確認してみることにしましょう。

「何でスターライトのみんなが!?」
「足もとには気を付けた方がいいですぜ、お嬢さん方!」
「お宝はオレたち山賊がいただく」
「その水晶を渡してもらおうか」

「敵役は若手実力派に頼んだの。ドリアカさんのためならって、
 急な依頼にも、みんな喜んできてくれたわ」

これはきいたちが力を合わせて手にしたもの!
 絶対絶対誰にも渡さないよ!
「リーダー……!」 (第70話)


本人は最後まで気付いていませんでしたが、このとききいは確かにリーダーになっていたのです。

このように、自分には合わないと思われる役を演じていく中で、
これまで自分にはなかった要素を身に着けていくという「演じることによる成長」は、
第43話でしおんが経験したことに近いかも知れません。
自分が役に与えるものがあるように、役が自分に与えるものもあるのです。



○関連記事

  ドリームアカデミーの「チームワーク」 (前回の記事:第68話考察)


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

文化祭に見える関係の変化と安定 (桜Trick:第六話考察)

2014.02.20 17:30|桜Trick
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先日、アニメ『桜Trick』の第6話が放送されました。
早くもアニメの大体半分が終わってしまったということになります。
そこで今回は内容を振り返り、物語がどのように進んできたのかを確認してみたいと思います。
ちょうど文化祭の話は、作品の一つ目の山場と言っても過言ではないものです。
しずくとコトネ、楓とゆず、春香と優の三組にそれぞれ注目し、
第6話ではどのように各々の関係が描かれているのか、私なりにまとめてみます。



○『桜Trick』第六話:文化祭に見える関係の変化と安定


第一に、しずくとコトネの関係に注目してみましょう。
二人の関係については、特に文化祭前夜に深く描かれていました。
星空の下、二人きりで語り合う場面を引用してみます。
コトネは文化祭に対して積極的なしずくに違和感を覚えます。

「なーんか 無理してなぁい? この前の魔女とかもさ
 自分から言い出すなんて意外っていうか…」
「どういう意味?」
「しずくちゃんてこんなイメージだったから」
「私そんなにスカしてるようにみえてた!?」

「…それ当たってるかも 実は私の中学も泊まってよかったの
 私は輪の中に入っていけなくて 作業終わらなくても帰っちゃってた」
「じゃあどうして今回泊まったの?」
あなたのおかげです よ

「コトネがこういう行事楽しもうとすることが不思議で
 私も同じ事したら分かるかなって思ったの
 どうしてそこまで楽しもうとするの?
 コトネだって最初はそんなんじゃなかったじゃん」
「三年間って短いよ 大事にしなさいよって 姉に言われたことがきっかけかなぁ」
「私は三年間なんて長く感じるけどな…」
「でもでもー 好きな人といると自然とどんなことでも楽しくなるじゃない 私今楽しいもの!」
「! だったら私だって 今 楽しいよ 無理じゃないよ…」 (6話、2巻29-30ページ)


しずくのこうした変化は、肝試しの話でも示唆されていました。
すなわち、そのときの記事でも述べたように、
しずくは一度中止になった肝試しをそれでもやろうとしたのであり、
そこにはコトネのような「積極性」を見出すことができます。
こうした変化の意味を作中で明瞭に示したのが、上記の部分と言えます。
肝試しの仕掛け人として頑張る姿は、おそらく従来のしずくらしくはありません。
そうした「らしくない」行動がコトネの影響による彼女の変化であり、
決して「無理じゃない」ことが、本人の口から語られているのです。

『桜Trick』は春香が優に返していくことを決意するところから始まる物語であり、
「中学の頃からの変化」をテーマの一つにしているということは、以前の記事で述べた通りです。
文化祭の話では、しずくの「中学校の頃からの変化」の達成が描かれています。
肝試しの話と連続して描かれてきたしずくの成長は、ここで一つの完成を見るのです。
よって、二人の物語はここで一つのターニングポイントを迎えて、
次からはコトネの家に関わる別の課題に向き合っていくことになります。


第二に、楓とゆずの関係に注目してみましょう。
二人の関係については文化祭当日に記述がありました。
ふと楓がクラス委員をやっている理由が話題となった場面です。
ゆずは春香や楓に色々と煽られた結果、これについて思い出そうと躍起になります。

そっか 楓は昔から私に張り合ってきたんだよなぁ

「クラス委員やりたい人ー!」
「はーい」
「ハイハーイ」
「あら楓ちゃんも? じゃあジャンケンしてくれる?」

「ジャンケンぽん!」
「やったー! あたしの勝ち」
「じゃあクラス委員はゆずちゃんに決定ね」
「ぬうぅ 来年からは私がクラス委員の座を奪ってやる… おぼえておれ…」

「うーん 違う」
「じゃあ なんなの!?」
「その頃ゆずが大量のノートを運んでてさ
 前が見えなくて 階段から落ちて ケガしたんだよ」
「そんなことあったっけ?」
だからゆずにそんな痛い思いさせないように
 これからはこういう事は私が引き受けようと思ったんだ
「そうだったんだ…」 (6話、2巻39ページ)


ここで重要なのは、春香がこの話題のきっかけになっているということです。
ゆずは春香に言われなければ、楓が委員長をやる理由など気にも留めなかったでしょう。
ゆずと楓にも自分たちと同じような関係を勝手に期待している春香が、
ゆずが知らないことを問題視したからこそ、最終的に楓が理由を語ることになりました。
言うなれば、ゆずと楓の関係に一石を投じるものとして春香が現れているのです。

ここでの話の展開は、この後に繋がってくるものだと思います。
すなわち、春香と優を初めとする周囲の影響で、楓とゆずも少しずつ変わり始めるのです。
ゆずと楓は、これまで「特別な関係」にはほとんど縁のない人物として現れていました。
二人は初登場の時点で、腕組みすら普通じゃないという立場を表明しています。
そして、ゆずは文化祭でもこの立場を崩していません。
楓との間に、彼女の考える友達としての距離を依然取り続けています。

しかし、その距離のままであればずっと分からなかったであろう、
楓が委員長をやる理由は春香をきっかけとしてゆずに知られることになりました。
この話は象徴的で、二人は今後このように、周囲の影響を受けて少しずつ変容していきます。
以前の記事で、『桜Trick』は「特別な関係の外側」も描く作品であると述べましたが、
まさしくこの文化祭の話から、外側であった二人が変わっていくことになるのです。
とりわけ楓は明らかに影響を受けていきます。
よって、楓とゆずの関係も、ここを境に新章に突入すると言えます。


というわけで文化祭の話は、しずくとコトネ、楓とゆずの二組にとって、
一つのターニングポイントとなっています。
ここから、これまでとは少し異なる事柄を問題にしていくことになるのです。
ただその一方で、春香と優についてはいつも通りの日常を過ごしています。
文化祭の当日に、二人が仲直りする場面を引用してみましょう。

「本当にごめんね 春香」
「もう怒ってないからいいって」
「だって私が楽しい思いしてる間 春香はずっとモヤモヤしてたんでしょ?
 今だけ春香の好きにしていいよ」

え? 冗談なのかな? …なわけないよね

「じゃあ好きにしちゃう」

私と優ちゃんは体育館が明るくなるまでずっとキスしてた
バンド演奏はいつの間にか終わっていて 音なんて全然聴こえなかった
聴こえたのは 優ちゃんの鼓動と 吐息と
唇と唇から微かに漏れる声だけ (6話、2巻41-42ページ)


これはただの個人的な感想ですが、この後で二人の会話などが差し挟まれず、
春香の独白のままで文化祭の話の幕が引かれるというところがいいんですよね。
張りつめた空気を弛緩させないことで、いい余韻を残している気がします。

さて、ここで二人は仲直りするわけですが、ここまでの展開というのは、
「特別な関係」である二人であるからこその、いつも通りのものと言えます。
実際に第5話では、これに対応するよく似た流れで話が進行していました。
すなわち、春香が優へのサプライズも兼ねて美月を朗読劇に誘おうとしたとき、
優は春香が黙っていなくなっていたため怒ってしまいましたが、
このときも二人はやはりキスで仲直りをするのです。
文化祭の話と極めて似た流れを踏んでいることが分かります。
このことを鑑みると、しずくが三年間を楽しむために行動できるようになり、
ゆずが春香の問題提起で楓の気持ちを知ることになった一方で、
春香と優は文化祭で重大な局面を迎えているわけではありません。

彼女たちの関係の変化は、ここでは温存されています。
この事実が、他の二組との対比で結構目立っていると思います。

また「仲直り」と言えば、第2話のしずくたちの話を思い出せますが、そことの違いも顕著です。
すなわち、第2話の記事でも述べたように、しずくたちの場合は「仲直り」は「告白」を含むもので、
それによって関係が明らかに進展したと言えました。
しかし春香たちの場合、「仲直り」は文字通りの「仲直り」で、
それによって関係が進むわけではなく、元の関係に回帰するだけであったと言えます。

「特別な関係」はケンカによって動揺せず、十全に堅持されるのです。
この意味でも、春香と優の関係の安定が際立っています。

この安定が意味するものは、春香と優の関係が内発的には変化しがたいということです。
二人の「特別な関係」はそれだけ既に堅固なものになっていると考えられます。
よって、二人が関係を進展させるのならば、もっと決定的な、外発的な要因が必要です。
春香と優の関係については、そのようなことが示唆されていると言えるのではないでしょうか。



○関連記事

  キス以外に注目して見る『桜Trick』 (第1話)
  仲直りと告白の物語 (第2話)
  かしましい「肝試し」の裏には (第4話)


テーマ:桜Trick
ジャンル:アニメ・コミック

私を私と認めてくれる「友達」 (文尾文『さよならカストール』)

2014.02.13 17:30|百合作品
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今回は、芳文社より創刊された「きらら×百合」なアンソロジー、
『SAKURA』に収録された作品について、紹介しつつ考察してみたいと思います。
扱うのは、文尾文さんの「さよならカストール」です。
まずは内容をざっくりと紹介させていただきます。

これは一言で言えば、七瀬が事故で亡くなった恋人の花菜と「さよなら」する話です。
花菜と入れ替わりで自分のルームメイトとなった、
花菜の双子の妹・陽菜と接する中で、七瀬は悲しい気持ちを振り払います。
花菜と「同じ服 同じ顔 同じ声の」陽菜は、七瀬に花菜を不可避に思い出させましたが、
それでも彼女が「別人」であることを悟って前に進んでいくことにするのです。

そして七瀬は最終的に、陽菜と「友達」になります。

この時点で陽菜と「恋人」になりたいと思わなかった点に、
七瀬がしっかり、花菜とは別人として陽菜を認識していることが表れています。

あらすじを語り終えたところで、少しタイトルに注目してみましょう。
タイトルの「カストール」とは、ふたご座の首星の名前です。
また、その元となった双子の英雄の兄の方の名前でもあります。
言うまでもなく、事故で死んでしまった花菜がそれに重ねられています。
ただストーリーは、神話の流れを完全に踏襲しているわけではありません。
すなわち、花菜の死に対峙するのは陽菜ではなく七瀬であり、
彼女は生きていく者として花菜にきちんと「さよなら」をするのです。

ポリュデウケスがカストールと共にあることを選ぶ元の物語とは決別しています。

さて、今回はこの物語を、陽菜の視点から読んでみたいと思います。
先に述べたあらすじを確認していただければ分かるように、
「さよならカストール」は七瀬が花菜と「さよなら」する物語です。
ゆえに、これは第一に「七瀬の物語」と言うことができます。
しかし実は、その裏で「陽菜の物語」も進行していたのです。
彼女の内心は七瀬ほどには明らかにされていませんが、
作中にはそれに関するヒントが散りばめられていました。
このヒントを拾っていくことで、この作品を「陽菜の物語」として読み直していきます。
そうして別の側面からも読むことで、物語をより楽しむことができると思います。



○文尾文『さよならカストール』:私を私と認めてくれる「友達」


まずは、作中で描かれている陽菜の背景について触れておこうと思います。
極めて特殊なのは、陽菜は双子の妹であるにもかかわらず、
花菜とほとんど交流を持っていなかったということです。
中庭で声をかけてきた七瀬に対して、陽菜は次のように語ります。

「この中庭 姉が好きだったって聞いて
 あ 姉と言ってもね
 小さい頃に別々に引き取られたから 何も知らないんだけど…」 (186ページ)


後の場面より、彼女たちが幼い頃にそれぞれに引き取られたのは、
母親が亡くなってしまったためであることが推測できます(189ページ)。
そしてそれ以降会うことがなかったため、陽菜は花菜のことを全然知らなかったのです。
それでは、花菜とは異なるところで生活していたはずの陽菜が、
花菜と入れ替わるようにして転入してきたのは何故でしょうか。

これには、彼女たちの祖父が絡んでいると考えられます。
彼は死別という悲しみを上手く乗り越えられなかったためか、
孫である花菜を、自分の娘(花菜の母)の代わりとして扱っていました。
生前の花菜は、送られてきた部屋着を前にして次のように語ります。

「これ 母が若い頃に使っていたのよ」
「花菜が小さいときに亡くなったっていう?」
「そうそう もう顔も覚えてないんだけどね 今の私に良く似ていたって
 おじいちゃんったら 私を母の代わりにしたくて仕方ないのね」 (189ページ)


そして、花菜も亡くなってしまった今、彼は陽菜に同じ部屋着を再び送っています。
花菜の更なる「形代」として陽菜を扱おうとしているのです。
このことを鑑みると、花菜の死に際してこの祖父が陽菜を引き取り、
花菜と同じ学校に陽菜を転入させたと考えられます。

このことについて、陽菜は特に何も語ってはいません。
けれども、何か思うところがあったということは、次の二つの場面から推測できます。
すなわち、送られてきた服について七瀬が「知ってる」と答えた場面と、
七瀬が陽菜について花菜とは「全然似てないわ」と答える場面です。
両方とも前後を引用しておくことにします。

部屋に戻ると陽菜の祖父から小包が届いていた
中身は冬物の衣料で それは去年花菜が着ていたものだった

「必死ねぇ」
「え?」
「ううん 何でもないの
 ねぇ これ全部 私の母が着ていた物なんだって」
うん…知ってる
「本当に何でも知ってるのね」

当たり前だ――
――だってそれは以前彼女が言ってたことだから (187-189ページ)


「付き合ってたの 大好きだったの
 明るくて いつだって優しくて なのに 急にいなくなって」
「そんなに私に似てた? 風邪引くよ」
「ありがとう … 全然 全然似てないわ
「そう」 (196-198ページ)


注目すべきは、下線で強調した七瀬の言葉に対する陽菜の反応です。
反応と言っても、返答に注目するのではなく表情を確認してみてください。
この二つの場面の陽菜の表情の描き方は、明らかに似せられています。
両方とも目は隠され、それより下だけが描かれているのです。
しかし、よく似た構図ではあるのですが、背景は正反対になっています。
つまり、「知ってる」の方は黒、「全然似てないわ」の方は白です。
これが、陽菜の心情を暗示しているとは考えられないでしょうか。
前のシーンでは暗い気持ちに、後のシーンでは明るい気持ちになっている。

陽菜は内心、姉と重ねて見られることに複雑な感情を抱いていたのだと思います。
だから、自分が服のことについて語り、七瀬が「知ってる」と答えた際には、
彼女の反応は黒の背景で仄めかされるのです。
花菜と親しかった七瀬が服のことについて「知ってる」ということは、
花菜も自分と同じように扱われていたということに他なりません。
七瀬は陽菜に、自分が形代として扱われているという事実を改めて突き付けてしまったのです。
陽菜は仄暗い気持ちを表には出していませんが、背景がそれを密かに語っています。

これに対して、「全然似てないわ」の後は真っ白な背景です。
ここは夜の中庭での場面であるため、この明るさはかなり目立っています。
言うまでもなく、花菜とは違うと言われた喜びが示唆されていると考えられます。

こういったことを鑑みると、クライマックスの中庭の場面というのは、
七瀬が花菜としっかり「さよなら」をした場面でもあると同時に、
陽菜が自分を認めてくれる大切な人に出会った場面でもあると言えます。
陽菜は祖父ばかりでなく、クラスメイトにも「花菜の妹」として見られてきました(185ページ)。
そんな彼女がここで初めて、私を私と認めてくれる「友達」を手に入れたのです。
「さよならカストール」では、七瀬が前に進み出す様が描かれていますが、
それは他方で「花菜の妹」ではない陽菜との関係を築いていくことを意味します。

次の場面は、七瀬の前進が陽菜にとっても嬉しいものであったことを示していると思います。

「いい子でいたかったの いい子でいられる気がしたわ
 あの子の前では でも あなたはあの子じゃないものね
「…そうよ」 (200ページ)


そう声をかけ合う「二人の」表情と、このときの背景は明るいのです。


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック

ドリームアカデミーの「チームワーク」 (アイカツ!第六十八話考察)

2014.02.09 13:27|アイカツ!
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(2014/02/26)
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先日、第68話「花咲くオーロラプリンセス」が放送されました。
見てまず思ったのは、さくらの成長がよく表れていたということです。
今回の話では、さくらがグリーン・グラスの知り合いとして、
スターライト学園のアイドルでただ一人マリアを本格的に助ける役割を担っていました。
かつてそれこそマリアと同じく、グリーン・グラスに気持ちを伝えるために、
いちごたちに助けられていたさくらが、今や誰かを助ける側になったのです。
ここに彼女の一年間の成長が表れていたように思います

さて、第68話は姫里マリアの初登場回で、彼女を軽く紹介していく内容でしたが、
他方で第30話を思い出させるような展開にもなっていたと思います。
例えば、グリーン・グラスに自分の気持ちを伝えるという課題は、
さくらがかつてそこで取り組んだのとほとんど同じものでした。
この記事では、このような第30話の内容との類似に注目してみることで、
第68話が単なる「マリア紹介の回」ではなかったことを示していきます。



○『アイカツ!』第68話:ドリームアカデミーの「チームワーク」


まず、第68話のおおまかな流れを確認しておきましょう。
今回は、マリアが自分の気持ち(拘り)をグリーン・グラスに伝えることが課題であり、
それをドリームアカデミーのメンバーやさくらが助けていくという展開でした。
このことは、次のティアラの言葉で明らかに示唆されています。

「いい! そうやって、こうしたいって言えるアイドルっていいよね!
 しかも、仲間が背中を押してくれるなんて、何て素敵なの!
 きゃーもう! ドリアカのアイドルたちって最高!」 (第68話)


実際に、この話ではマリア自身が努力することよりも、
仲間が彼女のことを後押しすることの方が重視されていました。
気持ちをデザイナーに伝えるという部分までそらに任せる形になっているのは象徴的です。
直近の星座ドレス回であるいちごやきいの話と比べてみても、差は歴然としています。
彼女たちの場合、彼女たち自身も努力してようやく星座ドレスを勝ち取るという具合でしたが、
マリアは今回、自分で特に何かをしたというわけではありません。

あくまで仲間が、彼女を助けた結果として星座ドレスが手に入る流れになっているのです。

第30話でも、このような「仲間の助力」が非常に強調されていました。
そこでは、なかなかグリーン・グラスに直接気持ちを伝えられなかったさくらを、
先輩五人が「チームワーク」でサポートしていくという流れが採用されています。
この話で「チームワーク」がテーマであったということは、次の織姫の言葉から分かります。

「名門歌舞伎一家に生まれた、北大路さくら。
 彼女は遠からず化けるはず。
 星宮たちのチームワークが、化学変化を生んでくれることを期待しましょう」
「ケミストリーですね、学園長。
 ところで、オーロラファンタジーのデザイナーへのコールはどうします?」
「それも生徒たちに任せましょう。
 今回はチームワークで乗り切れるはずよ」 (第30話)


実際に、いちごたちはそれぞれのやり方でさくらを助けています。
つまり、いちごがさくらの気持ちを確認し、あおいが情報を収集し、
おとめがデザイナーのまことに居場所を聞き出した結果、
さくらはグリーン・グラスに気持ちを直接伝える機会を得ることができました。
蘭とユリカはいちごたちがさくらのサポートに回っていた分、
オーディションへの準備の方を請け負っています。
こうした「チームワーク」の結果、さくらは気持ちを伝えることができましたし、
プレミアムドレスを着て、いちごたちといっしょにオーディションに臨むことができたのです。

第30話で描かれたのは、スターライト学園のアイドルの「チームワーク」だったと言えます。

これに対して、第68話は「ドリアカ組四人のチームワーク」を描いたとは言えないでしょうか。
セイラたちがデイジーの花に関する心当たりをマリアに話し、
そらがマリアの気持ちを代わりにグリーン・グラスに伝えるという流れは、
第30話のいちごたちの「チームワーク」を彷彿とさせるものです。
彼女たちの助けがなければマリアの気持ちが伝わることはなかったでしょう。
また、グリーン・グラスはドレスの完成ぎりぎりまでイメージを盛り込むという情報を、
きいが持っていなければ、そもそも伝えようとすら思えなかったかも知れません。
他の三人がいたからこそ、マリアは気持ちを伝えることができたのです。

これまでドリアカ勢の「チームワーク」とでも言うべきものは、
四人揃っていなかったこともあってか、意外と描かれていませんでした。
いちごたちとの関係や、セイラときいの二人の絆を描いた話はありましたが、
「ドリアカ組の」チームワークが正面から描かれたのは今回が初めてだったと思います。

福女レースの際のティアラの次の言葉によって、このことが示唆されていたかも知れません。

「思った通り出て来たわね、音城セイラ」
いちごちゃんたちのチームワークも、侮れないですね
「ここから先が楽しみね」 (第64話)


ここでいちごたち三人の「チームワーク」が強調されたことは、
ドリアカ組が対照的に、三者三様の態度でレースに臨んでいたために非常に印象的です。
ドリアカ組の「チームワーク」が未だ描かれていないということを、
この部分がさりげなく示していたと考えられなくもありません。

結論として第68話は、同じ目標に対して協力して動く、
ドリアカ組の「チームワーク」を初めて正面から描いた一話でした。
マリアが加わって、ドリアカ組四人が揃った回にふさわしい内容だったように思います。
最後のステージは、マリア一人でのパフォーマンスでしたが、
それはドリアカ組四人で作り上げたものだったと言えるでしょう。



 注 ちなみにさくらは、第30話の時点ではグリーン・グラス「さま」と呼んでいましたが、
   今回の話の中ではグリーン・グラス「さん」と呼んでいました。
   それだけ彼女たちと仲良くなっているという点にも、年月の経過を見ることができます。



○関連記事

  マジカルトイを着るもう一人のアイドル (前回:第66話考察)


テーマ:アイカツ!
ジャンル:アニメ・コミック

かしましい「肝試し」の裏には (桜Trick:第四話考察)

2014.02.06 17:00|桜Trick
アニメ「桜Trick」OPテーマ『Won(*3*)Chu KissMe!』/EDテーマ『Kiss(and)Love』アニメ「桜Trick」OPテーマ『Won(*3*)Chu KissMe!』/EDテーマ『Kiss(and)Love』
(2014/01/29)
SAKURA*TRICK【高山春香/園田優/野田コトネ/南しずく/池野楓/飯塚ゆず】(CV:戸松遥、井口裕香、相坂優歌、五十嵐裕美、渕上舞、戸田めぐみ)

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今回は、アニメ『桜Trick』第四話の中の、一つのミステリーに注目したいと思います。
そのミステリーというのは、「肝試し」の話でのしずくの反応のことです。
しずくはこの話の冒頭で、肝試しの雰囲気を作るのに明らかに一役買っています。
しかしそれにもかかわらず、春香たちが合流した後の彼女の言葉は次のようなものでした。

「肝試しは?」
肝試しなんて一言も言ってないよ 私」 (4話、1巻104ページ)


確かに、しずくは「肝試し」とは一言も言っていませんでした。
けれども、コトネのバッグに「髪の毛」が入っていたなどと言って、
肝試しの雰囲気を作った張本人の言葉としては、これは不可解に思えます。
何故しずくはここで、肝試しなどする気がなかったかのような態度を取っているのでしょう。
このことについて考えてみることで、肝試しの話の新たな一面が見えてきます。



○『桜Trick』第四話:かしましい「肝試し」の裏には


先の問いに対するヒントとなるのは、肝試しの計画が本当は頓挫していたということです。
春香たちが花火を楽しむ面々と合流した後の場面で、コトネは次のように述べています。

「本当は肝試しもやろうと思ってたんだけど
 打ち上げ花火しか準備できなくて 肝試しは来年やろうね」 (4話、1巻104ページ)


一度はやろうとはしたものの、肝試しは結局中止になったということが分かります。
楓がこの計画に加わっていたかは分かりませんが、加わっていたとしても、
中止になった時点で何かやらかすことは諦めたと考えられます。
というのも、楓は春香に「みんなで花火しよう」というメールを送っています。
仮に楓が、それでも肝試しをやろうとしていたのならば、雰囲気を出すためにも、
「肝試しにいい場所がある」などと言ったのではないかと思います。
もしかしたら、春香たちをいきなり肝試しに放り出すために言わなかったのかも知れません。
しかし、そうだとしたら広場で合流した後の楓の言葉が不自然です。

「花火しようってメールしたじゃん」 (4話、1巻104ページ)


肝試しを実施したにしては、楓の反応というのはあまりにも淡白です。
これを鑑みると、彼女は本当に花火だけをやるために来たと考えられます。
また、楓やコトネが肝試しをやる気がなかったことは、
春香たちが森を通る間に誰も驚かせに来なかったことからも分かります。

準備ができなかったなりに肝試しをやろうとしていたのならば、
この二人が特に何もしなかったことを説明できません。

そこで、作中の「肝試し」はしずくの独断で行われたと推測できます。
コトネや楓は、少なくとも計画が中止になった時点で、肝試しをやる気はなくしていたのです。
ただしずくだけが、それでも肝試しをやってやろうとして、改めて計画を練ったと考えられます。
ここまで作品をご覧になった方であれば分かると思いますが、
これは比較的真面目なしずくにしてはかなり意外な行動です。
何故しずくは、中止になった肝試しをやろうと考えたのでしょうか。
この答えは、物語の中で明示されています。

くじはコトネがせっかく作ってたのに
 使わないのもったいないと思って って何ニヤニヤしてんの」 (4話、1巻104ページ)


コトネの頑張りを無駄にしないために、雰囲気だけの肝試しを断行したのです。
春香が美月に応援団のことを直談判する場面からも分かるように(3話、1巻64ページ)、
コトネは色々な事情もあって、「一度きりの三年間」を特に大切に思っています。
肝試しを計画するに当たっても、おそらく全力で取り組もうとしていたのでしょう。
それを隣で見ていたのだとしたら、しずくの行動も理解できます。
結局コトネが準備できたのはくじだけだったとしても、何とか活かしてやりたかった。

こうした背景を鑑みると、しずくが春香たちの前で明らかに肝試しの雰囲気を作りながら、
合流後に「肝試しなんて一言も言ってない」と述べた理由もある程度は推察できます。
おそらくしずくは、自分は「くじを引かせただけ」ということにしたかったのです。
実際はしずくは、コトネのバッグに髪の毛が入っていたと語ったり、
「助けて」と書かれた楓からの手紙を指さしたりする箇所から分かるように、
演技や小道具を含めて、肝試しのお膳立てをしっかり行っていました。
はっきり言って、かなり本気で肝試しの雰囲気を作りにいっています。
しずくは何だか恥ずかしくて、このことをコトネに隠したかったのではないでしょうか。
コトネのことを想って自分が色々と頑張ったということを露見させないために、
まるで肝試しをやるつもりなどなかったかのような反応を見せたのだと思います。

自分はただくじを引かせただけで、みんなに肝試しだと思われてしまったことは誤算だった。
しずくはコトネの前で、こうしたポーズを取っていたというわけです。

肝試しの話は、美月も乱入してのドタバタ劇という印象が強いものだと思います。
しかし、そのかしましい肝試しの裏には、しずくのコトネへの想いがあったのです。
しずくの不可解な受け答えに注目すると、このように物語を捉え直すことができます。
『桜Trick』は、ざっと目を通すだけでも面白いのですが、
このように登場人物の想いに注目してもう一度じっくりと見てみると、
それぞれの微妙な心情を描いた側面が見えてくることもあります。
アニメをもう一度流してみて、あるいは原作を手に取ってみて、
今一度物語を味わってみると違った姿が見えてくるのではないでしょうか。



○関連記事

   キス以外に注目して見る『桜Trick』 (第1話)
   仲直りと告白の物語 (第2話)


テーマ:桜Trick
ジャンル:アニメ・コミック

みんなで「いっしょに」輝きの向こう側へ (劇場版アイドルマスター考察)

2014.02.03 01:14|アイドルマスター
劇場版『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ! 』オリジナル・サウンドトラック(初回限定盤 CD+Blu-ray Audio 2枚組)劇場版『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ! 』オリジナル・サウンドトラック(初回限定盤 CD+Blu-ray Audio 2枚組)
(2014/02/05)
音楽:高田龍一

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今回は、劇場版『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』について考えます。
ついに銀幕に飛び出したアイドルマスター、皆様は何を考えてご覧になったでしょうか。
一人ひとり異なるであろう、これまでのアイマスとの関わり方によって、
それぞれに色々なことを考えられるような作品であった気がします。
私の場合、何か考える以前に、予想以上の盛りだくさんの内容に圧倒されてしまいました。
上映後に友人と語らうに当たり、何から語ればいいのか、しばらく困惑してしまったほどです。

この記事では、そのような盛りだくさんの121分を、
特に次のテーマに注目して振り返ってみたいと思います。
そこから、この物語がどのようなものだったのかを考えていくつもりです。
もちろん、その見方が正しいと言うつもりでここに書くわけではありません。
ただ、とりわけ次のテーマに注目して内容を眺めて見ることで、
こういう見方もすることができるということを、私なりに表してみたいと思うのです。

ゆえに、必然的にネタバレになるため、未視聴の方はご覧にならないことをお勧めします。
また、2011年に放送されたテレビ版の話も含みますので、そちらを未視聴の方もご注意ください。

さて、今回設定する二つのテーマとは、「絆」です。
これは、アイドルマスターという作品が様々な形で描いてきたものであったと思います。
Pとアイドルの絆、あるいは765プロアイドルたちの絆。
様々な媒体、様々な物語、様々なアイドルを通して、「絆」は描かれてきました。
だからこそ私は、この切り口でもって劇場版も眺めてみたいと思うのです。

アニメでは特に、「絆」と「夢」の間の緊張と、それを克服していく様が提示されてきたと思います。
トップアイドルへの道を上っていくにつれ、繋がりが希薄になってしまう。
そうした問題が、「みんなといっしょに」を夢に含むアニメの春香によって提出されていました。

劇場版もその先の物語として、「絆」というテーマを内側に包含していたと考えられます。
特に全員で頑張って集合した合宿は、765プロの絆と深く関連していたと言えるでしょう。
そのような当たりを付けつつ、更に細かい部分まで物語を見尽くしていきたいと思います。
もしよろしければ、内容を思い出しながらお付き合いいただければ幸いです。



○劇場版アイドルマスター:みんなで「いっしょに」輝きの向こう側へ

1. 765プロが辿り着いたところ

まず、「絆」という観点から、劇場版の物語を見返してみたいと思います。

先述した通り、765プロの「絆」は、テレビ版の時点で強く意識されていたテーマでした。
特に、第23話より描かれた春香の問題は、まさにこれに関連するものだったと言えます。
トップアイドルへの道を駆け上がるに連れて、「仕方なく」失われてしまう繋がりがある。
この問題の克服を通して、「家族」としての765プロを描いたのがアニメであったと思います。

劇場版は、この765プロの物語のエピローグとしての側面を有しています。
帰ってきた「生っすか!?」の映画予告が冒頭を飾るのは象徴的です。
この番組は、「仕方ない」で済ませないことを選び取ったからこそ、
今彼女たちの手元にある全員での仕事であると言えます。
ここから劇場版は始まって、これまでに描かれなかった重要な点を明示していきます。

これまでに描かれなかった重要な点とは、
再び個々の仕事で全員での時間が取れなくなる可能性に対し、
765プロの面々がどのように対応していくのかということです。

テレビ版では、全員での時間が個々の仕事により「仕方なく」失われていくのに対し、
全員が、それではいけないという気持ちを持っているということを確認するのみでした。
ゆえに、個々の仕事が全員での時間を侵食するという問題自体は解決されていません。
全員での時間のために個々の仕事を減らすことは、春香が第24話でやろうとして拒否されています。
よって、再び時間が取れなくなる状況になる可能性は、全然否定されていないと言えます。
全員での時間が、誰にとっても大切なものに違いないということは共有されましたが、
765プロの面々がどのように時間の確保に向かっていくかは明示されなかったのです。

推測することはできるものの、劇中で描かれていなかったため確証はありませんでした。

けれども、今回の劇場版の物語はここをはっきりと描いていたと思います。
二つの答えが、先の重大な問いに対して用意されていました。
それが分かる部分を拾いながら、順番に説明していきます。

第一に、全員が「努力」して、時間を調整する姿が描かれていました。
まだ十分に全員での時間を確保し得る段階においては、それぞれが努力して時間を作ります。
このことは、『THE IDOLM@STER』が流れる映画オープニングで強調されていました。
つまり、そこでやよいと真実は二人で写真撮影に臨んでいましたが、
「そろそろだよ」、「マッハで終わらせるよ」という言葉を合図に、
一気呵成に仕事を終わらせて事務所へと向かって行くのです。
他の面々も、各々の仕事をきっちり終わらせた上で駆け出していきます。
そして、みんな揃ってPに「ただいま」と言うところから物語は動き出すのです。
予め決めておいた時間に、全員で努力して集合する姿がここで描かれています。
その直後の会話から、こうした「時間調整」は既に半ば習慣になっていて、
Pと律子もアイドルたちによく助けられているということが分かります。

このアイドルたちの努力に対して、Pと律子も「努力」で応えています。
すなわち、全員参加での合宿の実施に当たっては、
特にPと律子の苦労が大きかったということが、到着時の真の台詞によって示唆されています。
アイドルとプロデューサーが、それぞれ自分の領域で努力して全員での時間を作っていくのです。
陰りの見え始めるミニライブの直後には、練習場に駆け込む春香を全員で迎える場面もあります。
第23話との対比で、全員で練習に集まることができていることが強調されています。

こうしたことは、春香一人が奮闘しても実現できないことでした。
けれども、気持ちを確認した今となっては、全員で取り組み実現することができるのです。
全員がそれを義務の意識からではなくて、自分の素直な意志からやってのけています。
この「努力」による時間作りが、残された問いに対するアニメの明確な答えの一つと言えます。

しかし、時間調整の努力だけではどうにもならないこともあるのが現実です。
劇場版の物語も、全員で頑張れば何とかなるという楽観主義を採っているわけではありません。
全然集まることができなくなってしまうという事態があり得ることを想定しています。

ゆえに第二に、全員が「信頼」によって、その期間を乗り越えられることが示唆されています。
劇場版では、千早と美希が近々外国に行ってしまうことが冒頭で表明されました。
行ってしまったら、帰るまでは「努力」でどうにかなるという問題ではありません。
実際にアイドルたちも水鉄砲で遊ぶ最中、そのことに思い至って寂しげな表情を見せています。
これは、合宿の最終夜にPのハリウッド研修の話を聞いたときも同様でした。
伊織が率直に寂しいと述べた後、部屋の空気は目に見えて湿っぽくなっています。

とは言え、劇中でこのことは大した問題にはなりませんでした。
全員が寂しいという感情を抱いていることは後の小鳥とPの会話でも強調されますが、
第24話の春香のように、その変化に対して逆らおうとするメンバーは誰一人いなかったのです。
そうできたのは、既に全員の気持ちが同じであることを確認していたからに他なりません。
もちろん、Pの説明の効果もあったでしょうが、それ以前にこのことは重要だったでしょう。
誰にとっても、みんなは「家族」のようなものであり、765プロは「帰る場所」である。
このことに関する相互の「信頼」が厚かったからこそ、誰一人として、
これを機に全員がバラバラになってしまうと考えることはなかったと推測できます。
何より、かつてそうした思考に陥った春香が、沈んだ部屋の空気を払拭するのは示唆的です。
春香は空港でPを見送るときにも、Pに次のような言葉をかけています。

どこに行っても、765プロの心は一つ。そうですよね!」 (劇場版)


これまで多くの困難を共に経験して、そう言えるだけの関係が構築されていたから、
春香は全く無理していないことが分かる声色で、こう述べることができたと考えられます。
この「信頼」による乗り越えが、アニメのもう一つの答えと言えます。

結論として765プロは、全員での時間が取れなくなる可能性に対して次のように対応していきます。
すなわち、「努力」で時間を作り、「信頼」で乗り越えることによってです。
これはこれまでに、特に第24話で、全員の気持ちを確認したからこそ取り得る手法に他なりません。
全員での時間を誰もが大切に思っているからこそ、「努力」は意志に基いて行われ、
離れることになったとしても戻ってくると「信頼」することができるのです。
共通の想いの確認がなければ、これらを無理なくやってみることは決してできません。
劇場版は、アニメの765プロが辿り着いたところを以上のように描き出していると言えます。


2. 「いっしょにいる」と「変わっていく」の架橋

さて、ここからは「絆」というテーマに関連して、 「いっしょにいる」ということを、
劇場版がどのようなこととして提示しているかという点に注目していきたいと思います。
というのも劇場版においては、「いっしょにいる」ということが、
これまでとは異なった感覚で使われていると考えられるためです。
具体的には、「いっしょにいる」ことが「変わっていく」ことと結び付けられています。
私は、ここにおいて劇場版が、これまでに確認された「絆」の先を描いたと思います。
テレビ版の話も踏まえつつ、このことについて説明していきます。

まず、テレビ版で「いっしょにいる」ということは、
765プロの一員として、同じ「場所」にいることを特に意味していたと考えられます。
とりわけ終盤の春香の問題とは、この「いっしょにいる」ことに関わるものでした。
すなわち、春香は自分たちが有名になってくるに連れて、
全員で同じところに「いっしょにいる」時間が減っていくことに不安を覚えたのです。
このような形で「いっしょにいる」ということは現れてきたため、
基本的にそれは「変化」の真逆にあるものであったと言えます。

つまり、様々な事柄が変わり行く中においても、変えてはいけないものとして、
みんなで「いっしょにいる」ことは提示されていなかったでしょうか。
美希は765プロが、帰ってくる場所として変わらずそこにある必要を語っています。

「美希ね、アイドルのお仕事、楽しいの。キラキラで、わくわくできるから。
 だから、前ばっかり見て、どんどん走ってって。でも、気付いたの。
 このまま進んじゃったら、迷子になっちゃうかもって。
 どこへでも行けるのは、ただいまって帰れる場所があって、
 そこで笑ってくれる人がいるからかなって。
 そこにいる人が、笑ってくれるからかなって」 (第24話)


このように、同じ時間を全員で共有する場所があるということは、
様々なことが変化していく中でも維持していくべきこととして提示されていました。
テレビ版は春香の問題を通して、最後にこのことを描いた上で大団円を迎えています。
ゆえに第26話やシャイニーフェスタのアニメは、これを踏まえた「その後の話」でした。
つまり、そこで描かれるのは、今でも変わらず「いっしょにいる」ということに他ならなかった。

劇場版も合宿までの流れにおいて、今も変わらず「いっしょにいる」ことを描いています。
けれども、物語は合宿の最終夜からそうしたテーマよりも先へ進んでいくことになります。
すなわち、変わらず「いっしょにいる」ことを選んだアイドルたちが、
如何に「未来」へ進んでいくかということを語っていくことにするのです。
Pがハリウッド研修の件を伝えたことを契機に、春香は「この先」を考え出します。
「この先」、「未来」――それは不可避に、「今」からの「変化」を含むものです。
もちろん、既に第24話を経験している春香は、今やそれを拒絶することはありません。
しかし、みんなと「いっしょにいる」ことをこれまで通り大事にしたままで、
「今」からの「変化」に向かっていくことができるのかということは、
「いっしょにいる」ということを「夢」に含む春香の中で改めて問題となります。

「いっしょにいたい」を、「変わっていきたい」に繋げていくことはできるのか注1

劇場版の物語はこの問いに答えていくに当たり、
これまで「変わっていく」ことの真逆にあった「いっしょにいる」ということが、
必ずしも「変わっていく」ということと並立できないものではないことを示していきます。
そこで最初に、「いっしょにいる」から「変わっていく」へ繋がる身近な例が提出されます。
仲間やライバルがいるから、練習や仕事でより頑張りたいと思うという例です。

特に雪歩と伊織が、それぞれ違った方向からこのことを示していました。
すなわち、雪歩はいっしょに頑張ってくれる「仲間」がいるからこそ、
「変わらなきゃ」と考えて、実際に強くなることができたと語っていました。
また、伊織は互いに競い合う「ライバル」がいるからこそ、
負けないように更に頑張ろうとすることができることを示唆していました。
二人とも、「いっしょにいる」ことを「変わっていく」意志へ繋げていることが分かります。
成長という「変化」への気持ちは、仲間やライバルへの意識から生まれ得るのです。
こうした文脈においては、「変わっていく」ことは「いっしょにいる」ことの近くにあります。
ここでは「いっしょにいる」ことが「変わっていく」ことを促し得ることが示されています。

Pがハリウッド研修を決意したのも、アイドルたちと共にいたからこそでした。
彼は合宿の最終夜に、上のステージに進んできた彼女たちを間近で見ていて、
更に上のステージを目指すために、自分も変わらなければならないと考えたと語っています。
アイドルたちと「いっしょにいた」ことが、「変わっていく」ことを促したのです注2
「いっしょにいる」ことは、変化に対して守られるべきものでありながら、
同時に変化を積極的に生んでいくものでもあると、ここで強調されています。

そして春香も、Pと同じ気持ちを抱いて前に進んでいくことになります。
すなわち、みんなが変わっていく中で、自分も変わっていきたいと思うようになるのです。
アリーナライブの直前、千早と手紙を出しに行く場面で春香は次のようなことを語ります。

「季節が変わっていくみたいに、みんなも未来に向かって進んでいくよね。
 だったら、私も変わっていきたい。
 進んでいくことで見える景色を、私はみんなでいっしょに見たいな」 (劇場版)


これが、春香に投げかけられた問題への答えになっています。
「いっしょにいたい」を「変わっていきたい」と繋げていくことはできるのか。
春香はここで「いっしょにいる」ためにも「変わっていく」ことを選び取っているように見えます。
つまり、春香は変わることで見える景色をみんなと「いっしょに」見るために、
みんなが「変わっていく」中で、自分も「変わっていく」ことを目指すことにするのです。
もし仮に、自分だけ「変わっていく」ことを拒否するのなら、
変わったことで見える景色を「いっしょに」見ることはできません。
その意味で、みんなと「いっしょにいる」ことができなくなります。
ここでは、以上のように「いっしょにいる」ことと「変わっていく」ことが明確に接続されています。

ここで重要なのは、「いっしょにいる」ということの意味が拡大されていることです。
これまでは、どこか特定の「場所」に共にいるということを基本的には意味しました。
テレビ版で春香が、辿り着いた答えを美希に伝えている場面を引用してみましょう。

「前に、アイドルって何だろうねって話したことあったよね」
「うん」
「あのとき、千早ちゃんと美希は、ちゃんと答えを持ってたのに、
 私だけ何だかはっきりしなくて……。でも、今は自信を持って、こうだって言えるよ。
 私、やっぱりみんなと同じステージに立つときが、一番楽しい。
 ファンのみんながいて、765プロのみんながいる。
 私は、この瞬間が一番アイドルなんだって思うんだ」 (第25話)

 
ここでは「いっしょにいる」ということは、実際に同じ場所にいることを特に指しています。
それに対して劇場版では、同じ場所に共にいるということと言うより、
特定の「段階」に共にいるということを意味していたように思います。
ゲームの言葉を使えば、同じ「ランク」にいるというイメージでしょうか。
この先、それぞれの自分の道を進み、同じ歩数の分だけレベルアップして、
その結果として到着できた高さから見える景色を共有するのです。
それは、アリーナに満ちる光の海かも知れませんし、もっと素敵な何かかも知れません。
しかし何にせよ、ただ同じ場所に留まるだけでは見れないかも知れない、
一人ひとりが前に進んでいくからこそ見ることができる光景です。
このように劇場版では、「いっしょにいる」ということの意味を少し拡大して、
それでもって「変わっていく」ことと結び付けていたと考えることができます。

それではここまでの話を最後にまとめておくことにしましょう。
アニメがこれまでに描いてきたのは、様々なことが「変わっていく」中で、
それでも変わらず「いっしょにいる」ことを選ぶ765プロの面々の姿でした。
対して劇場版が描いたのは、「いっしょにいる」から「変わっていこう」と思えるということと、
変わることで見えるようになる景色を「いっしょに」見るために、
みんなと共に「変わっていく」ことを選び取っていく姿であったと言えます。

「変わっていく」こととは真逆のところにあった「いっしょにいる」ということが、
ここでは「変わっていく」ことを促す鍵として、それと結び付けられています。

765プロの面々は、これからも変わらず「いっしょにいる」ことを大切にしていくでしょう。
エンディングの最後で、Pを全員揃って出迎えるアイドルたちの姿は象徴的です。
同じ場所に集合するということは、これからも大事にされていくに違いありません。
しかし、「いっしょにいる」ことを大事にするからこそ、積極的に「変わっていこう」ともします。
彼女たちはそのようにして、みんなで「いっしょに」輝きの向こう側へ進んでいくのです。



注1 春香は「未来は今の延長」というPの言葉を受けて、目下、
   まだ「いっしょにいる」今を全力で頑張ってみることにします。
   しかし、春香はこの時点で「変わっていく」ことを積極的に受けとめ切れてはいません。
   小鳥がPに言うように、寂しさを頑張ることで紛らわせている節があります。
   そこで、先に述べたような問いが春香に投げかけられていると考えられます。

注2 来場者特典のコミックス0巻の32ページには、次のようなPの一言があります。
   「みんなどんどん成長していく オレはこれからみんなに何をしてやれるのかって……」。
   みんなの成長が決意のきっかけになったということが改めて分かります。
   

テーマ:アイドルマスター
ジャンル:アニメ・コミック

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アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
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