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みんなで勝とうとする戦車道へ (ガールズ&パンツァー:全体考察)

2014.01.09 20:07|ガールズ&パンツァー
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水島努

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今回はアニメ『ガールズ&パンツァー』の考察の総括として、
最後に提示された「みほの戦車道」について考えてみたいと思います。
第12話で黒森峰に勝利した後で、みほはまほに「わたしの戦車道」を見つけたと伝えましたが、
それはどのようなもので、またどのように確立されたものだったのでしょうか。

この二つの問いは非常にシンプルではありますが、
必ずしも答えが自明である類のものではありません。
そのため、今年予定されている映画化やゲーム化などで、
作品が新たに展開していく前に、私の考えをここにまとめてみようと思います。



○みほの戦車道の内容:みんなで勝とうとする戦車道


まず、みほの戦車道がどのようなものだったのかという問いについて考えます。
これを考えるに当たっては、「勝利」を重視する西住流との関係を考えないわけにはいきません。
というのも『ガールズ&パンツァー』は、みほがそこから離れるところより始まり、
その下にいるまほ「に対して」自分の戦車道を提示して終わる物語だったためです。
「みほの戦車道」を述べるときには、元々の西住流と如何に異なるのかを考える必要があります。
とりわけ西住流では重視される「勝利」を、どのように扱っているかということが重要です。

一見、みほの戦車道は「勝利ではないもの」を重視しているように見えます。
現にみほは「勝利」を絶対とすることについて、母親に異議を申し立てようとしました(7話)。
これは「勝利」以上に大切なものがあるとの考えがあったからであると考えられます。
大洗がプラウダの作戦で危機に陥ったときにも、徹底抗戦を主張する桃に対して、
みほは「勝利」よりも重要なことがあるということを語って説得しようとしています(8話)。
特にこのときの言葉の中に、みほが重視するものというのが現れているように思います。

「でも、こんなに囲まれていては……。一斉に攻撃されたら怪我人が出るかも」(中略)

「だめだ! 絶対に負けるわけにはいかん! 徹底抗戦だ!」
「でも……」
「勝つんだ! 絶対に勝つんだ! 勝たないとだめなんだ!」
「どうしてそんなに? 初めて出場してここまで来ただけでもすごいと思います。
 戦車道は戦争じゃありません。勝ち負けより大事なものがあるはずです
「勝つ以外の何が大事なんだ!」
「わたし、この学校に来て、みんなに出会って、初めて戦車道の楽しさを知りました。
 この学校も、戦車道も大好きになりました。
 だからその気持ちを大事にしたまま、この大会を終わりたいんです!」 (8話)


ここでみほは、勝利を引き続き目指すことと、
仲間の安全を確保することの二つを天秤にかけています。
また、みほは桃に対して、大洗という場所やそこで出会った仲間たちの大きさを語っています。
これらから考えるに、みほが勝利以上に大切にするものとは「仲間」です。
これまでの試合でやってきたように、みんなで頑張って戦い抜いてこそ、
彼女にとって戦車道は楽しいものであり得ます。
勝利のために無理に前進して怪我人が出るような事態になれば、
それは最早戦争のようであって、みほにとっては決して望ましいものではありません。

ここでみほは、かつて黒森峰で全てを放棄して激流に飛び込んだときのように、
「勝利」よりも「仲間」を取ろうとしているのです。


みほが重視する「勝利ではないもの」とは、「仲間」であると言えます。
とりわけチームメイトの安全に関しては、みほはずっとこだわってきました。
走行不能の連絡を受けたときに、彼女たちはまず仲間の無事を確認するのです。

それではみほの戦車道は、「勝利ではなく仲間を重視する」ものであると言えるでしょうか。
上述のみほの考え方を見ると、どうやらそうであると言えそうなものです。
けれども私は、これでは正確でないと思います。
というのも、確かに当初のみほのスタンスはそれに近かったものの、
最終的に「みほの戦車道」として提示されたものは異なるものだった気がするのです。
先程の引用の直後、大洗は勝利を目指さねばならないことが桃たちにより語られます。

「負けたら我が校はなくなるんだぞ!」 (8話)


この事情により、みほは「勝利でなく仲間」とは言っていられなくなります。
負けてしまったら、みほが何より大切に思う「仲間」とも一緒にいられなくなるのです。
そこでみほは、当初の自身の態度に少し修正を加えることにします。

「この学校がなくなったら私達、ばらばらになるんでしょうか……?」(中略)

「まだ試合は終わってません。まだ負けたわけじゃありませんから」
「西住ちゃん」
「頑張るしかないです。だって、来年もこの学校で戦車道やりたいから、みんなと」(中略)

降伏はしません。最後まで戦い抜きます。
 ただし、みんなが怪我しないよう、冷静に判断しながら」 (8話)


大洗で手に入れた「仲間」を大切に想うゆえに、「勝利」をも目指すことにするのです。
みほは勝利か仲間かという対立の中で後者を取るのではなく、
二つを擦り合わせて両方を目指していくことにしています。

これこそ作中で提示された「みほの戦車道」であると言えます。
そのため、「勝利ではなく仲間を重視する」と言ってしまうと正確でないのです。
この時点である程度定まった「みほの戦車道」の内容は、
第11話の渡河の場面で、柚子により改めて確認されています。

みんなで勝つのが、西住さんの西住流なんですね」 (11話)


ウサギさんチームが河の真ん中で身動きが取れなくなったとき、
みほは仲間の後押しを受けて、「前進することより仲間を助けること」を選びます。
それは黒森峰で仲間の救出に向かったときの状況に似ていて、
一見「勝利ではなく仲間を取った」ように思えるのですが、
実際にそこで目指されているのは「みんなで勝つ」ことに他なりません。
みほの戦車道においては、「仲間」によって「勝利」の価値が相対化されていますが、
それにより決して「勝利」が軽視されているのではないのです。
「勝利ではなく仲間を重視する」のではなく「みんなで勝つことを重視する」。
これがみほの戦車道において、最も重要な部分ではないかと思います。

結論として、「勝ち負けよりも大事なものがある」と考えるみほが、
「勝たなければならない」大洗という学校に辿り着いた結果として生まれたのは、
「仲間」を大切にしつつ「勝利」も諦めない、「みんなで勝つ」戦車道だったと言えます。


仮に再び仲間が激流に飲まれたのであれば、みほは迷いなく飛び込むでしょう。
けれどもその上で勝とうとするのが、みほであり、また大洗というチームなのです。
そうした「仲間」による「勝利」の相対化は、エリカに言わせると「甘い」(11話)のですが、
けだしそこから、「心を合わせて戦う」(10話)ことのできる大洗の強さも生まれています。



○みほの戦車道の確立の要件:自分の考えを認めてもらうこと


次に、みほの戦車道が如何に打ち立てられたかということを考えてみたいと思います。
換言すれば、自らの道を確立するために必要としたものは何かということです。
自信のなかったみほに、「わたしの戦車道」を提示するに至らしめた要件とは何だったのでしょう。
先程も引用した渡河の場面に、ヒントとなるかも知れない華の一言があります。

「私、この試合絶対に勝ちたいです。
 みほさんの戦車道が間違っていないことを証明するためにも、絶対に勝ちたいです!」 (11話)


ここを見ると、みほが自身の戦車道を確立するためには「勝利」が必要であったとまず考えられます。
実際に、みほが「わたしの戦車道」を見つけたと述べたのは、優勝した後のことでした。
先に述べたように、みほの戦車道の内容はプラウダ戦の時点でほとんど定まっていましたが、
黒森峰との戦いが始まった時点においても、それを自らの戦車道として提示するには至っていません。

「西住殿、よかったですね。仲間を助けた西住殿の行動は間違ってなかったんですよ」
「今でも本当に正しかったかどうかは分からないけど、
 でも、あのときわたしは助けたかったの、チームメイトを。
 だから、それでいいんだよね」 (10話)


試合直前、かつて水没する戦車から助けた張本人(赤星小梅)にお礼を言われたことを受けて、
みほは優花里に、以上のように自分の心境を語っています。
そこにはみほが「やりたいこと」を選べるようになったことが表れていますが、
この時点ではまだそれを自らの戦車道として掲げるには至っていません。

実際にそれを成し遂げるのは、試合後、まほを前にしてのことです。

それでは、様々なチームに「勝利」し、果てに優勝したことが、
みほの自信に繋がったと考えることができるのでしょうか。
戦車道を確立する要件は、それでもって「勝利」することだったのでしょうか。
仮にそうだとすれば、「勝利」を絶対視しないみほの戦車道は、
それを確立するに当たっては、「勝利」を絶対に必要としたという、
奇妙な難局が目の前に現れてくることになります。

私は、「勝利」が確立の要件であるというのは、正確ではないと思います。
というのも、「勝利」は戦車道を確立するための「間接的な」要件でしかなく、
より直接的な要件があったと考えられるからです。

思うに、「勝利」は戦車道を確立するために必要だったのではなく、
戦車道を確立するために必要な何かのために必要であったに過ぎません。


その何かとは、「承認」、すなわち「認めてもらうこと」です。


しほなど、周囲に自分の考え方を否定された結果、戦車道から逃げたみほに必要だったのは、
自分の考えを誰かに認めてもらうことだったのではないでしょうか。
とりわけ重要な承認は、大洗の面々と、まほによってもたらされます。
この両者に認めてもらうことこそ、みほが自らの道を打ち立てるための要件であったと思います。

そして「勝利」は、この二種類の「承認」を受けるために必要なものだったと言えます。
まず、「勝利」をしなければ、「承認」してくれている大洗の面々と別れることになります。
次に、「勝利」をしなければ、一応西住流のもとにいるまほには認めてもらえません。
こうした局面において、「勝利」はあくまで間接的に、道の確立に関わってくるのです。

とりわけ、みほが大洗の面々だけでなく、まほの「承認」をも必要としていたということは、
黒森峰に勝った後で、「わたしの戦車道」を宣言する場面に最もよく見て取れます。

「お姉ちゃん!」

「優勝おめでとう。完敗だな。
 みほらしい戦いだったな。西住流とはまるで違うが」
「そうかな?」
「そうだよ」
「あっ。じゃあ行くね」
「ああ」

お姉ちゃん! やっと見つけたよ! わたしの戦車道!」 (12話)


ここでみほは自らまほに声をかけるわけですが、その後に言葉が続いていません。
少しの間沈黙があって、それからまほが「おめでとう」を述べた後で、
初めてみほは「わたしの戦車道」を見つけたということを伝えることができました。
この伝えるまでの一連の流れが重要であると思います。
すなわちみほは、まほが認めてくれるまでは、「わたしの戦車道」を宣言できなかったのです。
みほの正面にまほを、背後にあんこうチームの面々を位置取らせる、
この夕焼け色の場面の構図は象徴的だと思います。
認めてくれる両者の間に立って初めて、みほは自分の戦車道を確立するのです。

結論として、みほの戦車道は「承認」されることによって確立されたと言えます。
特に重要だったのは、大洗の面々とまほによって認められるということです。
それがみほの自信に繋がって、ついには自ら「わたしの戦車道」と述べるに至りました。
この両者の承認が鍵となっているのは、以前の記事で述べたように、
彼女たちがそれぞれみほにとって大切な存在であったからと考えられます。
みほにとってのまほの存在の大きさは、『リトルアーミー』で詳しく取り上げられている一方、
アニメ本編では語られませんでしたが、先のまほと対峙する場面から知ることができます。

認めてくれる誰かと出会い、最も認めて欲しい相手に認めてもらうことが、
みほの戦車道の確立のためには必要だったのです。



○関連記事

  今咲き初める友情の花 (第一話考察)
  大切な誰かに認めてもらうために (第四話考察)


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テーマ:ガールズ&パンツァー
ジャンル:アニメ・コミック

大切な誰かに認めてもらうために (ガールズ&パンツァー:第四話考察)

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今回は、第4話「隊長、がんばります!」についてです。
『ガールズ&パンツァー』と言えば、迫力ある試合シーンが目を引きますが、
注目して見てみると試合以外のところもなかなか面白いんですよね。
とりわけ第4話は、この作品の中で特徴的な考え方が提示されています。
そのためこの記事では、その部分に着目してきたいと思います。



○『ガールズ&パンツァー』第4話:大切な誰かに認めてもらうために


第4話は、ダージリン率いる聖グロリアーナ女学院との練習試合と、
華と彼女の母親・百合が対立する模様が描かれていました。
その中で特に重要だと思われるのが、次の場面です。

「お嬢、奥様が目を覚まされました。お話があるそうです」
「わたくし、もう戻らないと……」
「お嬢!」
「お母様には申し訳ないけれど……」
差し出がましいようですが、お嬢のお気持ち、
 ちゃんと奥様にお伝えした方が、よろしいと思います!」 (4話)


ここは、『ガールズ&パンツァー』でかなり特徴的な場面であると思います。
というのも、ここで華は家を出て行こうとするのを止められて、
きちんと母親と向き合って話し合うように求められています。
この流れの中に、単に家を離れて自分の道を行くだけではダメで、
それをきちんと認めてもらう必要があるということがはっきりと表れています。

自分の道を邁進するだけではなく、それを「認めてもらう」ことが肝要なのです。

もちろんそれは、五十鈴の家に奉公している立場である、
新三郎の考えている「あるべき形」として提示されているに過ぎません。
けれども『ガールズ&パンツァー』は、みほにも同じ道を選び取らせています。
すなわち彼女も、家を出て自分の道を行くというだけではなくて、
その上できちんと西住の家と対峙することが物語の上で求められているのです。

そのことを鑑みると、自分の道を「認めてもらう」ことが重要というのは、
単なる奉公人の私見に過ぎないものではないと思います。
現に次の場面では、明らかに華の立場とみほの立場が重ねられています。

「返りましょうか」
「でも……」
「いつか、お母様を納得させられるような花をいけることができれば、きっと分かってもらえる」
「お嬢!」
「笑いなさい、新三郎。これは新しい門出なんだから。わたくし、頑張るわ」
「はい!」
「五十鈴さん」
「はい?」
わたしも、頑張る」 (4話)


ここで、みほも自分の道を行くだけでなくて、
それを認めてもらうために「頑張る」ことが方針として示されています。
『ガールズ&パンツァー』というのは、認められるために対決する物語なのです。

それでは何故、自分の道で誰かにぶつかって、それを認めてもらうことが重要なのでしょう。
考えてみると、自分の道は自分で確立することで完成するのではなく、
重要な誰かに認められて初めて完成するという考え方があるからではないかと思います。
その「重要な誰か」とは、自分が何かに取り組むに当たって大きな影響を受けた人物です。
これまでに大きな影響を受けたからこそ、その人に認めてもらうことが、
自分の道を自信を持って自分で認めるための要件になり得ます。

みほに関しては、第12話でまほに認められて初めて、彼女の戦車道は確立されました。
それまで過去を突かれたときには絶えず揺れていた「みほの道」が、
あのときを境に決定的に固まったと言えるのではないでしょうか。

彼女がまほから受けた影響についてはアニメではあまり描かれていないものの、
第12話でまほに認められたときのみほの嬉しそうな表情が、
漫画『リトルアーミー』で描かれたような姉妹の過去を仄めかしています。

結論として『ガールズ&パンツァー』では、単に自分の道を行くだけではなく、
対抗する重要な誰かとぶつかって、それをきちんと「認めてもらう」ことが重要視されています。
みほの場合はまほに、華の場合は百合に認めてもらうことで、
家の流儀から離れた彼女たちの道は初めて確立されるのだと思います。


テーマ:ガールズ&パンツァー
ジャンル:アニメ・コミック

今咲き初める友情の花 (ガールズ&パンツァー:第一話考察)

2013.11.12 17:35|ガールズ&パンツァー
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今期は、『ガールズ&パンツァー』も再放送されています。
本放送の際には色々書き貯めていたにもかかわらず、
忙しなさのために何も記事を上げられなかったので、
今を良い機会と見て、考えたことをここに示してみようと思います。

今回は、みほが戦車道への復帰を決意する、
第1話「戦車道、始めます!」を読み込んでみることにします。
みほの復帰に関して疑問を立てて、それについて考えていきます。



○『ガールズ&パンツァー』第一話:今咲き初める友情の花


第1話でみほが、半ば忌避していた戦車道の選択を決意できたのは、
生徒会の圧力を置いておくとすれば、華や沙織との「友情」のおかげです。
現に第5.5話でみほは、次のように振り返っています。

「一度、戦車道に背を向けた私が、再び戦車に乗る日が来るなんて……。
 こんな素敵な友達と出会わなければ、ここに立つことはなかったんだと思う」(5.5話)


生徒会による脅迫めいた要求はあったものの、
みほは最終的に、友情のために戦車道を改めて選択したのです。
第1話で実際にみほが決心する場面も確認しておきましょう。

――二人とも、本当は戦車道やりたいのに、私に合わせてくれて、
 私をかばってくれて……。私のために……。
「あの、私! 戦車道、やります!」(中略)

「本当によかったんですの?」
「うん」
「無理することないんだからね」
「大丈夫」
「でも……」
私、嬉しかった。二人が、私のために一生懸命……。
 私、そんなの初めてだった。ずっと私の気持ちなんて、誰も考えてくれてなくて。
 お母さんもお姉ちゃんも、家本だから戦車やるのが当然みたいな感じで。
 まあ、あの二人は才能があるからいいけど、でも、ダメな私はいつも……」(1話)


ここに関して懐疑的な見方をするのであれば、
「数日の友情でそれだけの決意ができるのか」と考えることもできます。
第1話前半では、みほが如何に戦車道を避けているかが強調されただけに、
この最後の場面での反転がいささか唐突にも解せるわけです。
友情に基づくみほの決心は、疑問を生じさせるものであり得ます。


しかし私は、ここには「みほの友情観」が表れていると見るべきだと思います。


自己紹介のサウンドドラマによれば、みほの座右の銘は、
「友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である」です。
そのため彼女はこの言葉の向こうに友情を捉えていると考えられます。
そこでは、時間によって友情が果実として熟成される前に、
瞬間によって友情が花として結実する段階が想定されています。


みほに避けていた戦車道を選択させた、
華や沙織との友情は確かに未だ数日のものでした。
その意味では果実にはなっていなかったかも知れません。
けれども、花にはなっていたのではないでしょうか。
決定的だったのは、二人がみほのために自分の気持ちを曲げたときだったと思います。

「ごめんね……。私、やっぱり、どうしても戦車道をしたくなくて、ここまで来たの」
「分かった」
「ごめんなさいね、悩ませて」
「私たちもみほとの一緒にする!」
「そんな! 二人は戦車道を選んで!」
「いいよー、だって一緒がいいじゃん!」
「それに、私たちが戦車道をやると、
 西住さん、思い出したくないことを思い出してしまうかも知れないでしょう」
「私は平気だから!」
お友達に辛い思いはさせたくないです
「私、好きになった彼氏の趣味に合わせる方だから大丈夫!」 (1話)


ここで二人は自分の気持ちよりも、大切な友達のために動いています。
この場面の返答として、先のみほの決心はあります。
つまり、第1話の時点ではみほにとって戦車道は依然嫌なものですが、
自分の気持ちよりもみほのことを想って寄り添ってくれた二人に対して、
みほも自分の気持ちよりも二人を優先して、戦車道を選ぶのです。

華と沙織が戦車道を選ばないみほを認めてくれた瞬間、
みほの中で友情の花は確かに咲いたのだと思います。
故に、それが数日の友情であることは意思を弱める要因たりません。

結論として、みほが数日の友情で戦車道への決断に踏み切れたのは、
華や沙織との間に、「友情が花開いたと感じさせる瞬間」があったからです。
座右の銘から推測できるみほの友情観からして、
その大切な瞬間さえあれば数日という期間は問題になりません。
あの決心のときには既に、友情の花は咲いていたのです。


テーマ:ガールズ&パンツァー
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プロフィール

Author:天秤
天秤と申します。
アニメや漫画など、好きなものについて考えたことを書き込みます。
よろしくお願いいたします。

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