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『きんいろモザイクPretty Days』と原作の比較から ――忍と綾の過去と現在を架橋する作品として

2017.01.09 15:01|きんいろモザイク
今回は、昨年劇場公開された『きんいろモザイクPretty Days』(以下「劇場版」といいます。)を考えます。
原作五巻の、綾が忍との関係を再確認する話(に受験時のエピソードを加えたもの)と、
忍が学校祭の演劇の脚本等のリーダーを任される話を一つにまとめた本作。
この記事では、原作に対して劇場版がどのような作品であるかと、
そうした劇場版に対して原作がどのような作品であるかを考えます。
この問いを考えることで、それぞれが特に示そうとしている関係が見えてきます。

まず、劇場版が、綾が忍との関係を再確認する話(に受験時のエピソードを加えたもの)と、
忍が学校祭の演劇の脚本等のリーダーを任される話の二本を軸としたことにより、
原作に対して如何なる作品となっていたかという課題を考えます。
それは、原作で個別に存する二つの話が、如何に捉えられ、一つと成ったかという問題でもあります。

思うに、劇場版は、学校祭の話を、
「忍と綾の友情の先にこそ成立する話」として捉えていた感があります。
そうして、個々の二つの話は架橋されていたのではないでしょうか。
つまり、受験時における忍と綾の関係の延長線上に、
学校祭の話における忍と綾の関係を捉えて、描き出していたと思うのです。

具体的に、受験時のエピソードが描き出した忍と綾の関係とは如何なるものであったかと言えば、
それは、一方で綾が、忍が勉強を頑張るから自分も勉強を教えるのを頑張り、
他方で忍が、綾が勉強を教えるのを頑張るから自分も勉強を頑張るという「お互いに頑張る関係」でした。

この高校受験時における二人の関係が、
現在もまた生き続けていることを示す話として、学校祭の話があったと思います。
綾が、忍がリーダーとして頑張って来たことを受けて代役を引き受け、
忍が、そういう綾の頑張りを受けて、綾を助ける即興脚本を書くという関係です。

そう考えると、学校祭の話で提示されているものというのは、
受験時の話にも表れていた、忍と綾の関係の在り方に他なりませんでした。
綾が忍との友情を再認識するのと並行して、
忍と綾の関係があの時と変わらない形で現にあることが示されています。

そこにこそ、原作の二つの話を基に一つの物語を作り上げた、
劇場版という作品の意味があります。
綾が忍との友情を再認識する話(に受験時のエピソードを加えたもの)だけでは足りません。
それに、忍が学校祭の演劇の脚本等のリーダーを任される話を合わせて、
過去の二人の関係の先に、変わらない現在の二人の関係を提示してこそなのです。


次に、原作に対して劇場版が如何なる作品であるかということと同様に、
劇場版に対して原作が如何なる作品かということも原作読者としては考えるべき課題に他なりません。
「綾と忍の関係」に焦点を当てた劇場版に対して、原作を如何に読むかという問題です。

個人的に一つ強調したいのは、学校祭の後のアリスの「金髪じゃなくてシノを褒めて!!」の一言です。
劇場版でもここはエンディングのところで入っていましたが、
原作だとこの一言は、前話の「みんなもっとシノを褒めて!!」からの、再度の「褒めて!!」です。

学校祭本番の前話は、忍が珍しく皆に怒る話でもあるために、
皆の中でアリスだけが(忍の服装につき)「褒めて!!」と言っていることが際立っています。
学校祭の話は、これを受けて、皆が金髪を褒める中で、
再度アリスだけが「シノを褒めて!!」という流れになっているのです。

この流れにこそ、「忍を愛する者」としてのアリス(単行本第五巻57ページに「愛の言葉」とあります。)が、
忍とアリスに固有の関係が、ここに表れていると思います。
そういった原作の流れだからこそ強調されていることに、この機会に是非注目しておきたいところです。

結論として、劇場版は、綾が忍との友情を再認識する話だけでなく、
そこに忍が学校祭の演劇の脚本等のリーダーを任される話を合わせることで、
受験時における、お互いの頑張りを受けてお互いに頑張る忍と綾の関係が、
現に今も継続しているのだということを示していると考えられます。
また、他方で原作は、アリスが忍を「褒めて!!」と連続で述べる展開により、
忍とアリスに固有の関係をも示していると考えられます。


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テーマ:きんいろモザイク
ジャンル:アニメ・コミック

第五巻から第七巻にかけての穂乃花の気持ちの変化 ――言い出せないのは今や身分違いだからでなく (原悠衣『きんいろモザイク』第七巻)

2016.10.30 15:48|きんいろモザイク
今回は、先日発売された『きんいろモザイク』第七巻について考察します。
この巻で、穂乃花がカレンに二人で写真を撮ることをなかなか言い出せない修学旅行の話は、
第五巻で、メアドをなかなか聞き出せない話を彷彿とさせるものですが、
その両話を比較すると、穂乃花の気持ちの変化が表されていることを見出せる気がします。
この記事では、この側面を明らかにしていきます。

まずは、第七巻と第五巻の類似性が見出せる場面を確認します。

「何だかタイミング逃すと どんどん言い辛くなるね」
「まだ撮れてないのぉ?」
「だって想像の中の私がヘンタイっぽくなっちゃうの!」
「何で!?」 (第七巻、82ページ)


――考えすぎかもしれないけど・・・
 いきなりメアド聞くなんて 何かナンパっぽくないかなー (第五巻、10ページ)


写真の話を持ちかける自分が「ヘンタイっぽく」なってしまうためにためらう点は、
メアドを聞く自分が「ナンパっぽく」なってしまうためにためらう点と重ねられ、
ここにおいては両話は類似的であったと言えます。

両話が決定的に違うのは、第七巻では、第五巻において見出せた、
「身分違い」ゆえに話を持ち掛けられないといった意識が見出せないということです。
第五巻では、SPに断られると想像する点に表れているように、
カレンを高嶺の花と捉えた上で、「遠くから見つめるのがお似合い」と考えます。

「どうしよー カレンちゃんが警戒モードだよ――
 しかもメッセージ入れ忘れちゃった」
「ドジだわ」
――やっぱり私なんて遠くから見つめるのがお似合いだよ… (第五巻、11ページ)


この意識が第七巻では見出せないんですよね。
とは言え、カレンを高嶺の花と捉えることを止めたかと言うとそうではなくて、
穂乃花の中でカレンが憧れるべき高貴なイメージであり続けていることは、
使っているシャンプーを聞くシーン等(第七巻、80ページ)に表れています。

つまり、第七巻の穂乃花は、カレンを憧れるべき存在として捉え続けながらも、
そこで自分は彼女と住む世界が違うと考えることがなくなっているんですよね。
似たような構成の話の第五巻のメアドの話との対比において、
この事実が極めて明確に浮かび上がってきています。

この第五巻から第七巻への穂乃花の決定的な変化、その最大のきっかけは、
言うまでもなく、第六巻の末尾の話に他なりません。
一緒に遊ぶことが、カレンにとっても「幸せ」であると知ったあの日、
穂乃花はカレンの隣に並ぶことを目指し始めたのです。

「私も忘れていることも覚えていてくれたなんて
 ありがたき幸せ…」
「HAHAHA」

「今日はホノカと一緒に遊べて とっても楽しかったデス!
 ありがたき 幸せ…」
「私の真似!?」

「カレンちゃん 今度この服着て また一緒にお買い物行こう…!」
「! もちろんデス!」(略)

「さあホノカ 一緒にお茶会しまショウ!」
――私もいつかカレンちゃんみたいになれるかな (第六巻、115~118ページ)


カレンがお姫様のような憧れの存在であるならば、
一般市民としてそこから遠ざかるのではなく、
もう一人のお姫様としてその隣に並ぶことを志向して、
「私もいつかカレンちゃんみたいになれるかな」と思うに至っているんですよね。
だから第七巻では、「身分違い」が問題にならないのです。

結論として、第七巻で穂乃花がカレンにツーショットを持ちかけるのをためらう話は、
第五巻で穂乃花がカレンにメアドを聞くのをためらう話と類似性を持ちますが、
その中で決定的な差異が際立っていると考えられます。
その決定的な差異とは、穂乃花が「遠くから見つめるのがお似合い」とは考えていない点です。
ここに、穂乃花のカレンに対する気持ちの明確な進展を見出せるのではないでしょうか。


テーマ:漫画の感想
ジャンル:アニメ・コミック

そのきんいろの毎日の先には ――夢へと繋がる忍たちの関係 (ハロー!!きんいろモザイク:第十二話考察)

2015.10.04 16:57|きんいろモザイク
今回は、『ハロー!!きんいろモザイク』の最終話、第十二話について考えます。
アリスとカレンのイギリスでの生活と、日本への帰国までの話と、
忍が英語の勉強に奮闘する話で構成されていた本話。
一つの大きな疑問としては、何故最終話の最後を飾る話が、
忍が英語の勉強に奮闘する話であったのかということが挙げられるでしょう。

アリスとカレンの帰郷は、アリスが来日してから、
ずっと一緒にいた忍とアリスが初めて離れ離れになる、作品上の一大イベントであり、
アニメでも満を持して最終話にかけて提示された感があります。
しかし、二期はこの一大イベントの末の大団円をもって最終話を締めずに、
忍たちの極めて平凡な一日をもって最終話を締めたのです。
その心とは何であったのでしょうか。
この記事では、このことについて、OPである『夢色パレード』の歌詞も絡めつつ、
一期との比較において考えていきたいと思います。
先に結論を行ってしまえば、私は、この忍が英語の勉強に奮闘する話にこそ、
二期において強調すべきテーマがあったからであると考えています。
もしよろしければ、原作やアニメに触れつつ、お付き合いいただければ幸いです。

それでは、二期の終わり方について考えを巡らせてみることにしましょう。
二期は、第一話と最終話で、忍とアリスにフィーチャーして、
二人の出会いを思い出させていく点では一期と変わらないのですが、
一期がそれを「二人の関係の始まり」として強調したのに対して、
二期は「忍の夢の始まり」として強調している点で特徴的だと思います。

一大イベントとして最終話にかけてアリスたちのイギリス帰国を描きながら、
彼女たちが日本に帰ってきたところで終わりにしないで、
もう一話、忍の夢が確認される、テストの話を挟んで終わりにしているのには、
一期が二年生への進級というきりのいいところで終わりにしなかったことと同様に、
何か意味があったのではないでしょうか。

けだし二期が、イギリス帰国編で終わりにせず、忍が英語を頑張る話で終わりにしたのは、
忍たちの関係を「夢へと繋がる関係」として強調するために他なりません。
これは、二期の主題歌である『夢色パレード』が歌う、次の部分に関連します。

一人一人の力じゃ 越えられない壁だって
一つになれたら 何かが変わり出すよ (『夢色パレード』)


この部分は、忍が英語を頑張る話においてこそ表されたテーマと言えないでしょうか。
そしてこれこそ、二期が一期から一歩進んで強調したことであったと思います。
一期は、忍が渡英し、その後アリスが来日したことを第一話で描き、最終話で強調して、
二人の関係が始まったことによる、きらきらしたきんいろの毎日を提示していました。
二期はそこから、その関係と夢との関連を描き出していったのです。
第二弾PVで忍は、「私たちの毎日は――きらきらしたきんいろです!」と述べていましたが、
二期が問題としたのは、そのきんいろの毎日の先であったような気がします。
きんいろの毎日は、どこへと繋がっていくのか。
だから、第一話が忍の夢のきっかけがアリスであることが示される話で、
最終話が忍が皆に支えられて夢に一歩踏み出す話であったのではないでしょうか。
それぞれで提示されているのは、一方で「夢へのきっかけ」となり、
他方で「夢への支え」となるものとしての、忍たちの関係です。

この、忍たちの関係と夢との関連が二期の強調点と言えます。
忍たちの関係によって紡がれる毎日の先にあるのは、夢に他ならないのです。

そして、忍たちの「夢へと繋がる関係」を象徴するものとして、
OPで示されるタイトルロゴの背景に、
新たに「虹」のモチーフが加えられていたのではないでしょうか。
一期では、青い空の中に桜の花と飛行機雲がありましたが、
二期はこれらを受け継ぎつつ、ここに「虹」を加えています。

kinniro18.png
 二期のタイトルロゴの背景は、虹が印象的。

桜の花は「ハロー!!」の部分に、
飛行機雲は「ハロー!!」が付け加わる際の演出に残されています。
桜の花と飛行機雲は、それぞれアリスの来日と忍の渡英を象徴すると考えられますが、
それでは二期で加わった虹は、何を象徴していると考えられるでしょうか。

そこでOPの『夢色パレード』の歌詞を読み返してみると、
「虹」は、一方でみんなで集まって作っていくものであり、
他方で夢に繋がる道であるとされていることに気が付きます。

次に引用するそれぞれの箇所から、それぞれのことを読み取れます。

皆で輪になれば 毎日がハッピーデイ
大きな虹 一つ一つかけていこう
たまに喧嘩したって すぐに仲直り! ネ!?
世界中で きっと 一番輝くよ (『夢色パレード』)


一人一人の力じゃ 越えられない壁だって
一つになれたら 何かが変わり出すよ
皆で作った虹は キラキラ光る道
きっと見つけるよ わたしたちだけの夢を この手で! (『夢色パレード』)


虹は、みんなで集まって作っていく、夢への道なのです。
これは、言うまでもなく二期の第一話と最終話で強調されたテーマと関連します。
忍は、アリスとの関係があったからこそ夢を見つけることができ、
みんなとの関係があったからこそ夢へと改めて進んで行くことができました。
忍たちの関係は忍にとって、「夢へと繋がる関係」であったのです。
虹は、こうした忍たちの夢へと繋がる関係を象徴するものと考えられます。

それは、みんなとの関係があって初めてかかる夢への道に他ならないためです。
こうした意味で、虹は新たにモチーフに加えていたのではないでしょうか。

結論として、二期は忍たちの関係を「夢へと繋がる関係」として強調していて、
だからこそ第一話で忍の夢のきっかけがアリスであったと分かる話を、
最終話で忍が皆のおかげもあって改めて夢に一歩踏み出す話を持ってきたのだと思います。
それは、『夢色パレード』を踏まえて言えば、
夢へと続く虹をかけていく、かけがえのない関係です。



○その他の『ハロー!!きんいろモザイク』の記事

   勇のスランプの話における二つのアレンジ ――忍とみんなの二方向の強調 (第五話)
   カレンが語らなかった本当の気持ち (第八話)
   綾の中で併存する二つの想い ――第九話に咲くマリーゴールドの花 (第九話)
   穂乃花が望むカレンとの関係 ――つい出てしまう従者的態度の裏に (第十一話)


テーマ:きんいろモザイク
ジャンル:アニメ・コミック

穂乃花が望むカレンとの関係 ――つい出てしまう従者的態度の裏に (ハロー!!きんいろモザイク:第十一話考察)

2015.06.28 19:43|きんいろモザイク
今回は、『ハロー!!きんいろモザイク』第十一話について考えます。
アリスとカレンのイギリス帰国前夜の光景と、
帰国した後の、忍たちの過ごすほんのすこしの長い夜が主な内容でした。
特筆に値するかと思うのは、前半で、カレンと穂乃花の関わりが、
大きく時間を割いて挿入されていたことです。
ここにおいて穂乃花は、非常に重要な問いをカレンに投げかけています。
公園でクッキーを食べた後、池沿いを二人して歩いていく場面です。

「私… ときどき思うんだ。もっと前にカレンちゃんに会ってたらなって。
 もっとみんなみたいに… 親友になれてたのかなって
「私にとってホノカは 今もベストフレンドデスよ!」
「カレンちゃん… ありがたき幸せ!」 (二期第十一話)


ここにおいて、穂乃花がカレンに望む関係が明らかにされていると思います。
穂乃花はカレンの高貴さの前に、つい従者的な態度で接してしまいますが、
本当に望むのは従者の位置ではなくて、親友の位置に他ならないのです。

今回は、この二期第十一話の穂乃花の台詞が、
単行本上の話での言動を基にしていることを指摘したいと思います。
穂乃花のカレンの親友になりたいという心情は、
単行本上の話における言動の上に、確かにあったものではなかったでしょうか。
もしよろしければ、原作やアニメのこれまでの話を振り返りつつ、
一緒にカレンと穂乃花の関係に思いを馳せていただければ幸いです。

※ コメントでの御指摘を踏まえ、一部修正いたしました。(七月五日)



さて、第十一話は、穂乃花がカレンに対して従者的反応をとる様を繰り返し描くことで、
最後の、「親友になれていたのかな」を際立てていた気がします。
穂乃花は、自分とカレンを思わず主従のごとき関係で捉えてしまいますが、
本当はカレンの隣に並びたいのです。
この第十一話の穂乃花の台詞は、先ほども申し上げたとおり、
その基となる穂乃花の心情は単行本上の話でも既に描かれていました。
以下、具体的な場面に注目して見てみることにしましょう。

印象的なのは、アニメで言えば二期第九話で、
カレンがおもちゃの五千円札で額の汗を拭く真似をしたときに、
穂乃花が対抗して五百円玉で額を拭く場面です。

「それにしても今日は暑いねー」

「お金で汗を… 何かいやらしいよ!」

「しかもこれオモチャだよね」
「あたりまえデス」
――さすがお姫様だよー 私も…

「どうして張り合ってるの!?」 (二期第九話、第四巻75ページ)


この穂乃花のカレンへの対抗心は、主従の論理では説明できません。
つまり、仮に穂乃花がカレンとの関係を、
主従関係として甘んじて受け入れているのだとすれば、
この場面でカレンに対抗する行動に出ることは考え難くはないでしょうか。

ここで穂乃花はカレンに、従者らしからぬ明らかな対抗心を持っていています。

この穂乃花の対抗心は、一見アリスが言うように意味不明なのですが、
カレンの横に並びたいという穂乃花の心情の現れと考えると、
結構合点がいくのではないかと思います。
カレンの従者の位置ではなく、隣の位置に立ちたいからこそ、
カレンに対抗して同じ行動を取ろうとしたのではないでしょうか。

また、単行本上ではもう一つ、同様の理屈で理解できそうな穂乃花の行動があります。
すなわち、アニメでは二期第六話、カレンたちが穂乃花の家にパフェを食べに行く話で、
穂乃花はカレンが制服を着てバイト体験を始めたときに、
その優雅な物腰を見て、「私も見習わなくちゃ」と思っています。

「カレンちゃんもお手伝いしてくれるって」
「憧れのバイト体験デス!」
――カレンちゃん 何て優雅な物腰…
 いつものお店がまるで外国のおしゃれなレストランだよ~
 私も見習わなくちゃ (二期第六話、第五巻50ページ)


ここも、先述の対抗心とは別の形ですが、カレンの隣に並ぼうとする心理と考えられます。

よって穂乃花は、自分とカレンの関係を思わず主従関係で捉えてしまうのですが、
そうであるべきとまで思っているわけではなくて、
本当はカレンの隣に並びたいと思っているのではないでしょうか。
その上に、二期第十一話における、親友であることを望む言葉があったのです。

ところで、上記の結論に関連して、先日発売された第六巻においても、
穂乃花とカレンの関係を取り上げた話がありました。
そこでも穂乃花はやはり、カレンの高貴さを前に従者的態度を取ってしまいますが、
カレンとの買い物を通して、最後に自身の望むことを独白しています。
ここにも、従者でなく隣に並ぶ親友でありたいと望む穂乃花の気持ちが表れていました。
最後に、この穂乃花の言葉を確認してみることにしましょう。

――私もいつか カレンちゃんみたいになれるかな (第六巻118ページ)


そう思う穂乃花が抱いていたイメージは、お姫様の格好をしたカレンの隣に、
自分もお姫様として存在していて、一緒に談笑している光景であったのです。




○その他の『ハロー!!きんいろモザイク』の記事

   勇のスランプの話における二つのアレンジ ――忍とみんなの二方向の強調 (第五話)
   カレンが語らなかった本当の気持ち (第八話)
   綾の中で併存する二つの想い ――第九話に咲くマリーゴールドの花 (第九話)


テーマ:きんいろモザイク
ジャンル:アニメ・コミック

綾の中で併存する二つの想い ――第九話に咲くマリーゴールドの花 (ハロー!!きんいろモザイク:第九話考察)

2015.06.14 16:54|きんいろモザイク
今回は、アニメ『ハロー!!きんいろモザイク』第九話を考えていきます。
第九話は、表紙裏や幕間など、原作の部分部分を基礎とした綾と陽子の話と、
カレンとアリスが忍の家に穂乃花を連れてくる話(第四巻71ページから)で成り立っていました。
このうちこの記事では、綾と陽子の話の二面性について、お話ししていこうと思います。
第九話の綾と陽子の話は、特に綾の陽子への気持ちが際立っていました。
しかしそれは、必ずしも二人の関係だけを押し出したものではなかったのではないでしょうか。
以下このことについて、考えていこうと思います。

まず確認したいのは、綾と言えば陽子との関係が際立っていて、
つい二人の関係に注目してしまいますが、綾は同時にみんなを想っているのであり、
単に陽子だけを想っているのではないということです。
綾の珍しく素直な言葉の一つに、以前にも取り上げました、
「ペットがいなくてもみんながいるし陽子がいるもの」というものがあります。

「でも 私 ペットは必要ないわ」
「何で?」
ペットがいなくてもみんながいるし 陽子がいるもの
 それじゃあ!!」
――えっ 今のどういう意味? 私ペットってこと? (第三巻92ページ、二期三話)


これは既に二期第三話でアニメ化もされている、
アリスがペットを飼いたがる話での綾の言葉ですが、
重要なのは、綾が陽子と同様にみんなも想っていることが表れていることです。
単に「陽子がいるもの」ではありません。
綾は、「みんながいるし 陽子がいるもの」と述べるのです。
この辺りが五巻描き下ろしにおける、
忍にとって自分は大事な友達なのだろうかという不安に繋がっています。

「でも お金で買えない価値てあると思うんです
 今私があげたのは「友情という絆」です
 これからもいい友達でいてほしいという気持ち… ハートを載せました」(中略)
ありがとう しの」 (第五巻112ページ)


綾にとっては忍もかけがえのない大事な友達で、
だからこそ忍にとって自分が大事な友達なのかということを、不安に思っていると言えます。
そういうところには、陽子に向けるものとは同一でなくとも、
それと同種で並列な、綾のみんなへの想いを読み取ることができるのではないかと思います。

そのため、綾と陽子との関係だけに殊更に注目して、
綾を陽子との関係でもってのみ理解しようとすると、
綾の有している重要な側面を看過することに繋がるのではないかという気がします。
綾は、陽子との関係だけをもって語り切れるような人物ではないのです。
みんなとの関係も非常に大切にする人物として、登場しています。
そして第九話の綾と陽子の話は、綾のこの二面性を踏まえた物語であったと思います。

確かに第九話は、原作のチップスを拾い集めて繋げた、
半分オリジナルな展開の中で綾が陽子と夏休みを過ごす様を描き、
その中で綾の陽子への好意を極めて強調していましたが、
それでもあの話は、綾と陽子との関係だけを描いた話ではないのです。
綾のみんなへの想いを含んだ話となっています。

というのも、綾が夏休みの計画を立てて、
陽子と一緒に早めに宿題を終わらせようとしたのは何故かと言えば、
陽子と遊ぶ時間を増やすためとか、陽子が夏休みを楽しめるようにとか、
そういった陽子絡みの理由ではありませんでした。
綾が早く宿題を終わらせようとしたのは、「みんなとの時間のため」であったのです。

「よし! これで完璧だわ
 今年はみんなで海に行くし 宿題は早めに済ませておかないと
 これさえあれば陽子だって」 (二期第九話)


第九話で綾は、「今年はみんなで海に行くし、宿題は早めに済ませておかないと」と述べています。
綾は、みんなでの時間を楽しく過ごすためにも計画の策定に乗り出すのであり、
そこで向いている先は陽子でなくみんなであると考えられます。

第九話で描かれた、綾が陽子と一緒に過ごした時間というのは、
綾の行動の「結果」であって、「目的」ではなかったのです。
綾の行動の「目的」は、みんなと楽しい時間を過ごすことに他なりません。
換言すれば、今回描かれた陽子との時間は、
みんなでの楽しい海での時間のための、ある種の「手段」であったのです。

もちろん、綾と陽子の過ごした一日が、みんなで海で楽しく過ごすための、
手段でしかなかったというようには描かれていません。
むしろ、海で楽しく過ごすための手段として、陽子と一緒に勉強した一日が、
それはそれでかけがえのない一日になったことは、綾の言動から明らかです。
そのため、今回のサブタイトルは「とっておきの一日」であったのでしょう。
そうして綾と陽子が二人で過ごしたとっておきの一日が、
みんなで海で楽しく過ごすための一日としても提示されていたという話なのです。


だからこそ、第九話ではあれだけ綾と陽子の関係を強調しながら、
冒頭においてはマリーゴールドが出て来ているのではないでしょうか。
マリーゴールドは、二期第四話で登場していました。

「シノ この花知ってる?」
「マリーゴールドですよね」
この花の花言葉 「友情」って言うんだよ
「すてき…」 (二期第四話、第四巻14ページ)


『きんいろモザイク』が描く、みんなの関係を象徴する「友情」の花。
この花が冒頭に掲げられていることを鑑みると、第九話が綾を描くに当たって、
単に綾の陽子への想いのみを描いているわけでなくて、
五人の「友情」への想いをも描いていたと言えると思います。
第九話は、綾の中で併存する二つの大切な想いを提示しているのです。


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